夢の中で、わたしは赤木さんだった。全自動卓の前に陣取って、煙草を喫みながら、悠々と麻雀を打っていた。わたしはもちろんトップで半荘を終えて、清算も待たずに「今日はここまでだな」と席を立つ。


「おい、起きろ」


肩を優しく揺すられて、ゆっくり目を開ける。ああ、赤木さんだ。腰を曲げて、ソファに横になっている私の顔をのぞき込んでいる。下敷きになっていた右腕で体を起こすと、白にストライプのジャケットがちょうど腰のあたりでわだかまる。それをひょいと拾い上げて右肩にかけた赤木さんは、ぼんやりと空を見つめたままのわたしの手をつかんで、ほら、行くぞ、と笑った。優しすぎてまだ夢の中にいる気がした。





外に出てみると、陽が昇ったばかりだからか街はまだ白く微睡んでいた。目覚め切らないわたしの頭の中のような、そんな街を赤木さんはわたしの手を引いてなんでもないように歩いていく。てのひらは狭くて指は長く、爪は甲虫みたいに丸っこくてかたい、乾いていて冷たい手を握り返しながら隣に並ぶと、赤木さんの手はするりと逃げていき、肩にひっかけたジャケットを羽織ると内ポケットからいつもの煙草を取り出した。さみしくて赤木さんを見上げる。


「少し歩くか」


雀荘のあるスナック街の狭い道を抜けて左に曲がると、駅前の大きな道に出る。けれど赤木さんは右に曲がったので、右側を歩いていたわたしも巻き込まれるように右折した。時々後ろから朝帰りの人を乗せたタクシーが追いぬいていく以外は、人も車もほとんど通らない。静かな住宅街。
寝ぼけて頼りない歩調のせいで、わたしは赤木さんの2歩ほど後ろからその背中をながめることになった。すらりと長い体躯も、華奢で痩せっぽっちに見えるけれど意外なほどしっかりした肩幅も、わたしの中の、四十を過ぎた男、というものではなかった。上等なスーツが驚くほど似合うけれど、お金持ちの臭気はちっともしない。ほったらかしのくせに不潔な感じはしない白髪が一歩すすむごとに風にそよぐ。


「赤木さぁん、」


たまらなくなって、小さな子供みたいな甘い声で呼ぶ。赤木さんは振り向いて、目を細めて、両手を広げて、ヨシカって、ずるい声で呼んだ。つまづいて転びそうになりながらも、一歩、二歩。その優しい場所に飛び込んだら、ぎゅうって抱え込むみたいにして、おでこに唇をつけてくれて、今度は動きだけで名前を呼ばれた。何もかもくすぐったくて、ふふ、と笑って、赤木さんの背骨を指でなぞる。マルボロの、焦げたようなほろ苦い匂いに顔をうずめると、幼いころの宝物みたいにきらきらしていとおしい唇がつむじに押し付けられて、このまま眠りに落ちてしまえたらもう二度と目が覚めなくたっていいと思えた。


「まだ寝ぼけてんのか」
「ううん」
「…仕方ねえなぁ」


そう、それが聞きたかったの。どうしようもない子供をなだめすかすような、その仕方ねえなぁが聞きたくて、こんなあざとくて見え透いた手段を何度も使うわたしを、赤木さんは誰よりもよく見透かしている。顔、上げな。それだけで何をされるのか分かって、ついつい期待に満ちた目を上げたら、赤木さんは珍しく声をあげて笑った。柔らかく瞼をついばまれて目を閉じる。


「早く帰って寝るぞ、ジジイになると徹夜が堪えンだ」
「…遠回りしたくせに」
「なんだ、したくなかったのか?」
「……したかった」


この人のてのひらで馬鹿な子供をやるのは、幸福だ。頭をぽんぽんと優しく叩かれて、体を離す。わたしが手を握っても、今度は赤木さんの手は逃げて行かなかった。みんなまだ寝静まって、内緒話でもするように繋がれた手を引かれながら、二人で入る布団のことを考えた。赤木さんの長い手足が、外の世界のあらゆるものからわたしを守るように絡みついて、その腕の中で息絶える瞬間のことを。わたしはそのときこそ、最も強く感じるのだ。このひとは、わたしのおとこ。