ずっしりと詰まった鼻が苦しいくらいに重たくて、それが物理的なものでは決してないことも知っている。恥ずかしくてひとには言えないさみしさが詰まった私の鼻の奥は大変重苦しく、今にもなにか叫びたくてしょうがないくらいにわあわあと掻き乱れた胸の内も同じくらいに痛かった。

ひときわ大きな音を立てて鼻を啜りあげ、ずんずんと暗い夜道を歩きながら、つい数分ほど前に転がるように飛び出してきた狭いアパートの一室のことを考えた。その六畳間で今にも寝転がって、何食わぬ顔でハイライトをぷかりぷかりとふかしているであろうひとのことを考えた。彼はついぞ私を特別なものとして扱わなかったし、腐葉土のように黒く深く澄んだその目に、興味を持って見つめられることもなかった。彼の中での私は取るに足らぬもので、その悩みも同様に、彼にとっては言うまでもないちゃちなものであっただろう。

街頭のない道に、小さく響く靴音とほろほろとこぼれる涙があとを残す。私のこまっしゃくれた悩みなど、アカギさんは出会った瞬間にすべて見抜いていたのだ。ひとと同じようにできない自分を嗤って同情を乞おうとしたあの日も、誰かを横目で見てはその素振りをぬすむような真似をして、何食わぬ顔で列に混ざっていたあの日も、惨めな私を見るたびにアカギさんは紫煙の向こうで薄く笑って、そしてどんな言葉よりも雄弁な背中を向けては一度も振り向かずに去っていくのだ。私はそのたびにそんな自分を死ぬほど恥じ入り、そしてそれと同じくらい、そのように愚鈍で狡猾な自分を見抜かれることに至上の幸福を感じた。このひとは私を理解し許容してくれるひとだと勘違いするのに時間はかからなかったし、それがまさに勘違いであることに気がつくのにもそう時間はかからなかった。ひとつ季節が巡るまでもなく、私の中の赤木しげるという人物の印象は出会った時分のそれとは幾分か変わったものとなった。

「アカギさん、麻雀とは楽しいものですか」

私はよく浅はかな質問をしては、アカギさんが端正な眉をそれとはわからぬ程度にひそめて面倒くさげに息をつく瞬間を好んだ。アカギさんの前では私は物事のわからぬ子供で、その振る舞いは楽しく、またそう振る舞う動機をアカギさんが知っていてくれるのなら、これ以上のことはもうなにもないと思われた。

しかし、どれだけ長い時間を一緒にいたとしても埋められぬなにかが私たちの間にはいつでも横たわっていた。いくら正面から見据えてもどこか希薄であったあの人の纏う気配は、微笑むことも怒ることもなく、そして色づくことも褪せることもない私の脳みその中にある都合の良い記憶でしかなく、そしてその記憶の最後に刻まれたのは、この先の私を手ひどく縛りつけるであろう出来事だ。今日はアカギさんが私に触れた、おそらく最初で最後の日となる。

例によって私はアカギさんの六畳間で、今日がその最後の日になるとも知らずに、たった数時間の労働から帰ってきてはこの世界のどこにも馴染めぬ自分の肉体を憎んでいた。どうしてもどうやっても皆のように振る舞えぬと嘆いた私の頭の上に、なんの前触れもなく、ものも言わずにアカギさんは触れた。果たしてそれはやさしさと呼べるものなのかどうか、ほんの気まぐれが成した出来事だったのかもしれない。実際てのひらはすぐに離れ、まるで何事もなかったようにアカギさんはまたごろりと私に背を向けた。私はしばらく身動きせず、そしてようやっとおそるおそる、もはやなんの体温の残らぬそこにそっと手をやり、それから静かに泣いた。生まれてからいちばんかなしい夜だと思った。私があの六畳間を飛び出したのは、それから数分も経たぬうちだった。

私に見えていたアカギさんとの間の隔たり、そんなものはそもそもなかったのだと知った。私は大きな勘違いをしていたのだ。あの人は私のすべてを理解し許容し、そして愛さなかった、それだけのことだったのだ。それ以上のことも以下のことも、私たちの間にはなにも存在していなかった。

胸が凍えるように痛む。こんなふうに苦しむことすら、今の私にはルール違反のように思えてならなかった。ルールがあると思っていたのは私だけのことであったのに。
歯を食いしばっても漏れる嗚咽をとどめることができず、ついに私は足を止め、その場に棒のように立ちつくした。歩くのをやめた途端、夜の静けさが耳を突き刺し、このまま砂ほこりの舞う地べたに突っ伏して号泣してしまいたいと思う気持ちはとても簡単なさみしさからくるものだった。それでも追いかけてくる誰かを待つような真似はしたくないとかろうじて思った。

あの一瞬、髪に触れた見た目よりもきちんとした体温を宿したてのひらが、私を確かにこの場所に生かし、呼吸を続けさせているのだと知ったら、あの人は一体どんな顔をするだろう。見立て通りの愚かしさであったと一蹴するだろうか。
そんなはずはなかった。私は知っている。アカギさんはそんなことを考えもしないだろう。足蹴にされる方がいくらでもましだった。全身をはりぼての理屈で固めたところで、私はこの瞬間、ただの浅はかな女でしかなかった。それはなによりも深く、爆発するような絶望である。

次から次へと零れ落ちるせいで滲まない視界で空を見れば、出そろった星たちが舐めるように私を見下ろしている。今更届けたいわけではなかった。だけど知ってほしい気持ちは、きっと出会ったその瞬間からずっと私の中に燻っていた。

「あなたが、好きです」

どうか記憶の中では優しくしてください。私はアカギさんが優しい人だということを知っている。そう、知っているのです。



120811





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ところがどっこい……夢じゃありません……!現実です……!みなさまみずけさまのアカギ夢ですわよ!!!おそらく生涯最後の!!!(ふだんは腐向け書き)アカギさんおれにも!!おれにもその白痴を見る顔して!!!!せっせと布教したかいがありました。でも奴はどっちかってーとカイジ派らしいので今度は言葉巧みにカイジを書かせようと思います^^みずけさんありがとうございました!ちゅっちゅ!!