なぜ働くのか、というアカギの問いに対する答え。


「生活できないからですよ」


大学がせっかく休みでも、ヨシカはあくせく働かなければならないようで、昼過ぎまで眠っているアカギを置いてさっさとそのバイトに出掛けてしまった。何度か繰り返した問答のたびに、そういう意味ではないのだと不満に思うがヨシカはどうやらアカギの金に手を出す気はさらさらないようで、もて余した札束だけが宙ぶらりんのまま金庫のなかだ。これこそ持ち腐れである。そういえば家賃も食費も話題に上がったことはなく、平気な顔で当たり前のように出して何も言わないのだからそれはむしろ無言という暴力だとすら思う。しかし不思議と飼われている気にはならない。それはアカギがいつでも出ていけるからで、出ていったところでヨシカがアカギを追わないからだろうか、と起き抜けのタバコに手を伸ばす。しかし空。


「……あらら」







ワイシャツにエプロンをまとったヨシカが、2トーンは高い声でさえずっていた。気さくそうな笑顔ではきはき挨拶をし、頭を下げ、店の人間にまでもまるで客商売のその姿を目に止めて、アカギはふと立ち止まる。そうか、ここだったのか。同類が何とかして普通の皮を被り必死にその本性を隠しているのは、ひどく滑稽な見世物だった。しばらく眺めていると、テーブルを拭き終わって顔をあげたヨシカがなにげなく窓の方を見て、目があった。途端にまがい物の笑顔が凍りついて、アカギは危うく声を上げて笑うところだった。固まったままのヨシカへ向けて手をひらりと上げてからポケットにしまいこみ、家路につく。







「なんで見に来るんですか」


感情が昂りすぎたヨシカの目には涙が浮かんでいた。嬉し泣きならまだ分からないでもないが、怒りながら泣くというのをアカギは見たことがない。


「いや、たまたま通りがかっただけ」
「うそつけ!」


くつろいでのんびりタバコを吸っているアカギになにをいっても無駄だと悟ったヨシカは、大人しくなって腹いせのように封を切ったばかりで真新しいハイライトに手を伸ばす。


「まあ、普通に馴染もうとしてるあんたは面白かったよ」
「………仕方ないでしょう、私はアカギさんみたいに生きていける力がないんだから。こんなのみんな嘘だ、くだらない、つまらない、そう思ったってそんな奴らの下で働くしか生きてけないんだから」
「なら、死ねばいい」
「それができたらあなたに会うこともなかったでしょうね」


伏せた横顔は心底くやしそうで、どうしてそんなに死が怖いのかアカギにはわからなかった。いつかみんな無に帰すことくらいわかっているくせに、ヨシカは死にたくないのだ。社会的に抹殺されることすら。そんな板挟みにあいながらどうして生きている。アカギはひどく歪んでいると思いながらも、その言葉をためらわなかった。


「じゃあ、俺に頼ればいい」
「…え?」
「そうすれば働かなくてすむ」


金ならいくらでも手に入るのだから。驚きで丸まった目が、ぐらりと揺れて、刺すような嫌悪で細まる。やはりまだ死んではいない、アカギはタバコを挟んだ手で口許を隠す。負け犬のなけなしのプライドで、喫茶店の店員の面影は殺される。そうだろう、そんなことをすればこんな関係は簡単に崩落する。


「それこそ、死んだ方がマシだ」