※神域死ネタ



そうか、死ぬのか。
コーヒーをふたつ持ってキッチンから帰ってきたヨシカは、明日の天気でも話題にするように、息をするようにそうつぶやいた。ミルクが入って茶褐色に濁ったコーヒーに口をつけながら、赤木はこのマグカップがうちに来た日のことを思い出そうとする。ソファーに腰掛ける赤木のとなりに、ヨシカが並ぶ。あち、と舌を出す横顔には、その日よりもずいぶん年季が入っていた。


「なんだ、驚かねえのか」
「…覚悟、っていうのかな。そういうのはとっくに出来てたよ」


いつもならばこんな休日の昼下がりには特番の再放送だとか旅番組だとかを楽しそうに見ているはずが、今日に限ってテレビの電源を入れない。男女の別れ話というのは、こんな感じなんだろうかと思う。とろとろと眠たそうな陽光がクリーム色の厚そうなカーテンをぼんやり包む、やわらかく心臓をきゅうと締め付けてくるような。


「残酷な話だ」
「ああ」
「まさか、博打の中で死なせてもらえないなんて思ってなかった」
「…ああ、そうだな」
「アンタはさ、博打で死んで、私はそれも知らないまま一カ月くらいそのまま暮らして、人づてにそれを聞いて、ああ死んだのかあ、って、そういうの想像してたからさ」


そうかぁ、とヨシカはマグを持つ手に額をつけて目を閉じた。口元はゆるゆると笑っている。こすりつけられた前髪がカップにすべりこんでしまいそうで、赤木は手を伸ばして払ってやろうとするが目測を誤ってカップのふちに触れてしまった。震えている。ほろり、と何の前触れもなく雫が転がって、張りを失った頬をゆっくりゆっくり染み込むように流れていった。それもなんとなく、何億年と昔から知っていた気がする。出会ったとき、感じたように。マグカップをテーブルに置いた。そのテーブルも二人で買った。


「行くなよ」
「…………」
「嘘だよ、わかってる。でも、でもね、とまらないんだ。わかってるんだ、ここで死なないお前なんて、お前じゃないよ、私が、ひたすら愛した、信じた、赤木しげるじゃないよ、私はそんなのいやだ、でも」


―――ああ、離れたくないな。


真似するようにマグカップを置いたヨシカは、無造作に放り出されていた赤木の手をとる。熱いコーヒーを持っていたとは思えないほど冷たかった。言葉はもういらない。ヨシカはまだ涙の残る湿った目のままくすくすと笑った。赤木もつられるようにくつくつと笑った。