2014/08/03 12:03


死ぬ死ぬ死ぬ。ちなみにこれで死んだ人間はまだいない。それでもわたしは人類初のこの死因でこの世を去ってやる。そう決めた。腹周りの筋肉が壊れたように伸び縮みしても、寝てる間に誰かがわたしの腹をかっさばき石でも詰めたに違いない胃が肺の膨張を妨げる。足りないのが何かもわからないのに生きようとする体は荒い獣の呼吸を愚直に繰り返す。鼓動を呼吸が追い抜いてバラバラのリズムに頭もかき回されていく。手足がじわじわ冷たくなる、震えはじめる。踊り場でぶっ倒れている息も荒い女の横髪が顔を覆っている様はさぞホラーだろう。でもこれは、一回やっちゃわないと治まらない。諦めた瞬間今まではウォームアップでしたとばかり吸って吐いての速度が倍になった。ああもうだめだしぬ、しぬしぬ、いっそころせ、と目を閉じる前に我が校のカリスマが階段に足をかけたのが見えた。


「……旭?」


ちょうど過呼吸さんのテンションが最高潮なタイミングだ。開きっぱなしの口はとっくに息以外の役割を放棄している。消えろとか空気読めとか言いたいことはあったけど頭の中がぐちゃぐちゃで何もはっきりした言葉になるものはなかった。落ち着き始めたころにうっすら目を開けると臭そうな上履きが目の前に揃っていて、ぐったりきて目を閉じた。


「おい、旭」
「……ァ、……ハァ」
「何やってんだこんなとこで」


呑気か? つーかそこですか?


「……ヤク中ごっこ」
「そんなに笑えねぇjokeがこの世にあるとはな」
「うるせえばーか」


もうこのままここで寝て風化したい。手足の痺れがゆっくり遠退いていくのと同じ速度でさっきまでの乱暴な思考も失せていく。残ったのはみじめに踊り場で寝っ転がるブスと人間としての完成度の高いイケメンと、過呼吸でろ過された純度の高い死にたさだけだった。


「過呼吸だよ」


言えば政宗は心底いやそうな顔をする。そうだよ、お前にはわかんないだろうよ。そんなことずっと前から知ってたなんていやしい強がりは私には言えない。苦しさに容易く敗北して、誰かの気を引きたいみたいに繰り返す生産性のない発作が、誰に向けられたわけでもないって言っても説得力がない。だからせめてかなしい冗談にしてるってこともきっと、私の弱さに苛立つお前の心ではわかんねえだろうよ。惨めだなあ、生きててもしょうがないなあ、そう思うたびにそれを真っ向から否定しようとして呼吸を激しくする体が卑しい。死にたい死にたいって、言うばっかりじゃなくて死んじまえよ私。意気地無し、卑怯者、弱虫、能無し、畜生に謝れ。


「お前、ほんとにそういうのやめろ。気持ち悪ィ」
「……わかってるよ」


政宗が気持ちからくる病をやたらに嫌う理由を論理的に説明付けるのは幼なじみの私には簡単なことで、お互いに暗黙の了解と化してるけど、私がこうなってしまうことに対してちっとも理解を示そうとしないお前は暴力的だ。嫌いでもいい、理解してほしいけど無理は言わない、だけどその気持ちをちょっとだけぐっと飲み込んでお前はそれでもいいって嘘でもいいから言ってほしい私のわがまま聞いてくれないなら、今ここにお前はいらない。


「ちゃんとわかってるよ、もううるさい、どっか行け」


わざと体が重たいように立ち上がってやろうとしたけど、ストレスを最低な形で発散したおかげで溌剌とした動きになった。乱れた髪とかワイシャツとかを整える間政宗は立ち尽くしたままで私を見つめていた。あーあ、また死ねなかった。


「今何時?」
「……あ?」
「だから今何時って」
「…………3限終わりだ」
「ふーん、じゃもう帰るわ。じゃあね」


こうしてまたひとつ政宗は私を嫌いになり、私は政宗を嫌いになる。それでも楽しかったあの頃の残りカスにしがみついて大事に大事に持ってたら、それはいつか重石になるのにね。ここらが潮時ってやつでしょうと感じても、政宗のいない世界は身の毛もよだつ恐ろしさだからそんなもんでもないよりマシだ。だって政宗に見捨てられたら、私ほんとにひとりぼっちになって死んじゃうよ。


「じゃあな」


ほら、小さかった時みたいにオレもって言ってくれないじゃん。別れは始まっている。政宗には分かんないだろうなって確信することが、もうすでにこの世で唯一愛した他人を喪った証明なんだって、説明する気も起きないほどには。





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