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 仕事帰り、駅から家に続く道をたどっていた花宮は、数十メートル離れた先に見知った男と、細身の女の姿を見つけた。花宮の知る限り男は女に興味がない人種のはずで、しかし男の太い腕には女の白く細いそれが絡みついている。男がどんな表情をしているのかは分からないが、普通に歩いているので嫌がっているわけでもないのだろう。何も知らない人間から見れば僕ら今晩ベッドインしますといった風に見えるかもしれない。
 そこまで考えた花宮の胸を鈍い色をしたもやのようなものが覆った。木吉が女を抱く姿を思い浮かべてしまったのだ。俺をアウトローの道に引きずり込んでおいて自分は女と寝るのかと思うと腹が立った。
 それとなく歩調を早め、のろのろと歩く二人に迫る。こちらから相手に声をかけるような真似はしない。男の存在になど気づかないふりをして、二人を追い越すと、

「花宮」

と、平素と変わらない木吉の声が背中にぶつかった。それだけで幾分満足し、もやはとれかけたが、相手の女の顔が見てやりたかったので一応振り返る。
 花宮の腕にまとわりつく女はかなりの美人だった。色が白く、体は細いが、胸は馬鹿みたいに大きい。女には好かれそうにもないタイプだ。しかし花宮はこんな女を知り合いに持つ木吉を素直に羨ましいと思った。いい女だな、とうっかり口を滑らせそうになり慌てて唇を噛む。木吉が女も抱けるのかどうかなど既にどうでもよかった。
 それと同時に、どこかで見たことのあるような顔だとも思う。けれどそれがどこなのかは思い出せない。恐らくは有名人の誰かに似ているだとかそんなところだろう。

「今、帰りか」
「まあな、お前は」
「俺も仕事帰りだ」

 仕事帰りだというわりに男は普段花宮の家を訪れるときと殆ど変わらない格好をしている。そんなラフな服装で出来る仕事があるものかと普通のサラリーマンの花宮は思う。自分の身にまとっているスーツが重苦しく感じられた。九月に再会して三ヶ月が経つが、花宮は木吉の職業を未だに知らない。

「仕事帰りにそのまま女としっぽりか、いい身分だな」
「なんだ、僻んでるのか」

 本当にヤるのかよ、と呟くと男は俯いて肩を震わせた。声を殺して笑っているようだ。木吉にへばりついた女が「やだぁ、嫉妬ー?」とへらつく、女は男の性癖を知っているらしい。

「こんな奴に嫉妬するかっ」

 花宮は利き手に持っていた通勤用の鞄を男に投げつけた。勢いよく飛んできたそれを木吉は難なく受け止める。

「危ないだろ」

 あっさりと鞄を返されて更に頭に血がのぼる。花宮は早まる心臓の拍動を収めるために深呼吸をすると踵を返した。木吉と関わると花宮は冷静ではいられなくなる。男は人のペースを乱すのがすこぶる上手いのだ。

「ちょっと待てよ」

 手首を掴まれ、振り払えずに結局また振り向く。このやりとりは何度繰り返したか分からない。前にやったのは二丁目でお互い男連れの状態ですれ違ったときだった。

「なんだよ」
「そう怒るなって。こいつは仕事場からついてきただけだよ」

 人のオトコみたいなことを言うな、とキレかけて、しかしそれを言ったら木吉が面白がることは分かりきっていたので「そうかよ」と気のない返事をかえす。だからなんだ、とも言ってやりたかったが、とにかく一刻も早くこの場から離れたかったので男の手を振り払って駆け出す。十二月の冷たい風が頬を撫でて、つまらない男と関わってしまった虚しさに涙が出そうになった。


*

「鉄ちゃんのシゴト? 知らないわよ、そんなの。あの子いつも自分の話なんか殆どせずに男引っ掛けて出ていっちゃうんだもん」

 木吉の職業に興味を抱いた花宮にそんなことを語って聞かせたのは、彼のセックスフレンドであるゲイバーのバーテンだ。クリスマスが近いからといって今は髪の毛を真っ赤に染めているのでかなり厳つく見える。

「そんなことより、まこっちゃんはクリスマスどうするのよ」
「どうするって、髪は染めねえよ」
「緑色に染めたら二人でコンビ組めるわねーって……んもうっ、そういうこと言ってるんじゃないわよ。クリスマス、なにか予定あるのってきいてるの」
「そういうことか」

 花宮は昨年のクリスマス自分がどう過ごしていたのか思い返してみる。去年の24日はたしか家で一人で酒を呑んで過ごしていた。当時の恋人からの誘いはあったにはあったが、気が乗らなかったため適当な理由をつけて断ったのだ。枯れていた男花宮真のクリスマスは例年そんな感じだった。今年だって出来ることなら家でまったりと過ごしたい。

「何もしない予定だな」
「やっだーなにそれ、枯れすぎよっ」
「クリスマスくらいはゆっくりしたいだろ」
「普通逆でしょ。まあクリスマスだからって馬鹿騒ぎしたくない人もいるんでしょうけど……」

 バーテンが言葉尻を濁したとき、店に新しい客が入ってきた。ちょっと見られないくらいに背が高い若い男だ。店内は薄暗いのでよく分からないが木吉と並んでも遜色はないだろう。体つきもしっかりしている。なかなかにモテそうな男だが、木吉や花宮の様に不特定多数の男と関係を持つタイプには見えない。

「あらタイガーじゃない、久しぶり」

 バーテンが男に向かって手招きをする。仏頂面の男がこちらに向かって歩いてくるのを眺めていた花宮はあることに気がついた。男の傍らにはもう一人細身の男が寄り添っていたのだ。
 地味な奴だ、そう思い俯いた花宮は次の瞬間目を見開いた。高校時代の思い出が蘇ってくる。木吉の所属していた誠凛高校のバスケ部にはいやに存在感の希薄な細身の少年と体格のいい生意気な少年がいた。あの体格のよかった男の名前は確か、

「火神大我」

 呟いた瞬間、カウンターに座ろうとしていた男が動きを止める。相手の方も花宮のことは覚えていたようで「霧崎第一の花宮……」と硬い声を出した。先に椅子に掛けていた黒子テツヤが花宮に向かって会釈をする。

「まこっちゃん、タイガーと知り合いだったの?」
「知り合いってほど平和的な関係じゃねえよ」

 そう言ったのは火神だ。花宮も苦い表情を浮かべて頷く。火神と黒子は花宮のことをあまり良くは思っていないだろう。それは仕方がない。問題は彼らが花宮に悪感情を抱くきっかけとなった木吉鉄平と彼がそこそこ親しくしてしまっていることだった。隠し立てする必要もないだろうが、二人は花宮と木吉が親しくしているという事実を良くは思わないだろう。

「鉄ちゃんが連れてくるお客さんて背の高い人が多いのよねぇ」

 口の軽いバーテンがあっさりと木吉と花宮に接点があることをバラしてしまい彼は肩を落とす。バーテンとのことがるのでなんとなく気まずく、木吉とは初めて連れてこられたとき以来二人でこの店に訪れたことはないのだが、客の間に共通点を見つけた男は口を開かずにはいられないようだった。
 溜息をついた花宮は仕方なく口を開く。

「お前らあいつに誘われてアウトローになったのか」

 火神と黒子に酒を出したバーテンが「アウトローだなんて失礼なこと言わないでちょうだい」と騒いでいるのを無視して、花宮は二人を見つめた。この二人は所謂ゲイカップルというやつなのだろうか。視線を下ろしてみてもお互いの足を絡め合わせたりはしていないが二人が纏う雰囲気はヘテロのそれとはどこか異なっている……気がする。

「誘われてというよりは背中を押されてという方が近いと思います」
「素人ゲイカップルだった二人をゲイバーデビューさせたのは鉄ちゃんなのよぅ」
「お前よく喋るな」

 腰をクネつかせるバーテンに視線を向けた花宮は呆れ声を出した。ギャップ狙いよっ、と言うバーテンに火神は怪訝な表情を浮かべる。火神と黒子は営業時間外の男の姿を知らないのだろう。男は店の中でこそひっきりなしに口を開いているが、店を出てしまうと殆ど口をきかなくなる。もっともどちらが男の素なのかは分からないが。
 二人をゲイバーデビューさせたのが木吉だとバーテンはいうが、奴は後輩と連れ添ったときもすぐに男をひっかけて店を出ていってしまったのだろうか。

「この二人連れてきたときもあいつウーロン茶だけ飲んで帰ったのか」
「それがあのときは閉店時間ぎりぎりまで三人で飲んでたのよねぇ、流石に青い少年二人置いて出てっちゃうのは気が引けたんじゃない?」

 あのいい加減な男ならあるいは、と思ったが流石に後輩の前では先輩のメンツは守ったらしい。それが出来るのなら花宮の前でももう少しくらいはまともな行動をとってほしかった。
 苦い記憶を辿っていた花宮は、黒子が物言いたげな表情を浮かべてこちらを見つめているのに気がつく。

「なんだよ」

 黒子のひやりとした視線に刺された花宮は居心地悪げに視線を彷徨わせた。こいつ昔と変わらねえな、と思う。存在感が薄くて、丁寧な口調で話すくせに、どことなく大物っぽく見える。それが花宮は気に入らない。

「僕達は花宮さんと木吉先輩がこの店に二人で入っていくところを見ました」
「それで?」
「木吉先輩が店に人を連れてくなんて珍しいからな」
「そうなのか」

 そうだったかしらねぇ、と言ったバーテンは、他の客に呼ばれてその場を去っていく。残された三人はホッとした様な表情を浮かべて会話を続けた。

「あの人が少しはまともになったんじゃないかって期待したんだ」
「僕は木吉先輩がそう簡単に変わるとは思えません」
「なんでそんなこと言うんだよ」

 火神は怒ったような口調で言うが、現在の木吉の有り様を知っている花宮は苦笑いを浮かべた。黒子がそんな花宮を指して「あの顔を見れば分かります」と冷たく言い放つ。火神に比べれば黒子は随分と冷静なようだ。二人の関係性は昔とさほど変わっていないらしい。

「あいつ、殆ど素人の俺をゲイバーに連れ込んでおいて自分は店に入って三十分で男引っ掛けて出てったんだぞ」

 花宮が自分の苦い経験を掘り起こして言うと、火神が表情を変えた。マジかよ、と言われ黙って頷く。あんな奴に期待するだけ馬鹿だ。

「そんなことだろうと思いましたよ」
「……俺キャプテンに期待持たせるようなこと言っちまったんだけど」
「この話には触れないようにしましょう」

 火神が大きなため息をつく。流石に不憫に思えてきたので「あいつも悪いとこばっかじゃねえよ」とフォローを入れると、睨まれた。なんかいい話あんのかよ、と尋ねられ固まる。
 ここ数週間の木吉は、ヘテロである今吉を酔わせてどうにかしようとしたり、二丁目で男連れで歩いていた花宮とすれ違って「今日はその男と寝るのか」と手首を引いてきたり、胸のでかい女と腕を組んで歩いていたりとろくなエピソードがない。これで後輩からの信頼を勝ち取ろうなどというのは無茶な話だ。だからといって嘘をつくのも気が引ける。第一木吉の信頼回復のために頭を悩ませるなんて花宮らしくもない。

「やっぱあいつクソだわ」

 一時間ほど前から飲んでいる花宮はそこそこに酔っており、木吉の可愛い後輩たちに酒を勧めながら男の恐ろしく適当な逸話の数々を披露した。初めのうちは苦い表情を浮かべていた火神だったが、酒が入ったこともあり途中から木吉の馬鹿馬鹿しい話を面白いと感じられる余裕が出てきたらしく口元を緩ませ始める。黒子の方はポーカーフェイスを崩さないでいるが、内心ではかなり呆れているのだろうグラスを空にするペースが早くなっている。
 頬を赤らめはじめた黒子の頭を火神が自然な動作で撫で「大丈夫か」と尋ねるのを眺めていた花宮は、本物のゲイカップルなんだなと思った。二丁目では珍しくもない光景だが、男の恋人を作る気のない花宮の目には二人の姿がどこか新鮮に映った。

「普通にカップルだな」
「他人ごとの様な物言いですね」
「実際他人ごとだ」
「特定の恋人を作ろうとは思わないんですか」
「面倒くさいだろ、そういうの」
「あなたも木吉先輩とそう変わりませんね」

 ああ、そうかもしれないな、と思った。木吉にはデリカシーがないだけで、二人の倫理観には甲乙をつけられるほどの違いはない。

「俺も木吉も他人に責められる謂われはねえだろ」
「そうかもしれませんが――」

 アルコールのせいで顔を赤くした男が懸命に口を動かし続けている。若いくせに説教臭い奴だ、と花宮は思った。ゲイのくせに公平で真っ当なことを言う。男の言葉は花宮の胸には響かなかった。今木吉が隣にいたとしても花宮と同じ感想を抱いただろうと思う。しかし木吉はあれで後輩思いなので、反省したふりくらいはするかもしれない。
 酔った男の話は花宮の知らない高校時代にまで飛んだ。火神と黒子は木吉のおかげでお互いの気持ちを確かめあうことが出来たのだという。
 あくびを噛み殺しながら、花宮は黒子と、ときたま挟まれる火神の話を聞いていた。火神と黒子は元々はゲイではなく、今も厳密に言えばそうではないのだと言う。好きになった男がたまたまゲイだったのだと、そんなことを。

「じゃあお前ら別れたらどうするんだよ。今日喧嘩別れしたら明日には女のケツ追いかけるのか」
「そんなあっさりと別れらねえよ」

 火神はそう言うが、結婚というゴールのないゲイの恋愛がそう上手いこといくものなのかと花宮は不思議に思った。黒子が「僕達は一緒に暮らしているんです」と言う。

「は? そんなのありかよ」
「パートナーと二人で暮らしている同性愛者はそう珍しくもありません」
「男二人で一緒に暮らしてて楽しいのかよ」

 白けた声で言うと冷たい視線を向けられた。火神は氷の溶けたグラスを握って微妙な表情を浮かべている。

「あなたはやっぱり不誠実です。バスケにも、恋愛にも」
「今更バスケの話持ちだすなよ、気分悪い」

 そう言ったものの、花宮が気を悪くしたのはバスケの話を持ちだされたからではなく、恋愛に対して不誠実だと言われたからだった。コート内で対峙したことはあるものの殆ど初対面の相手に自分の恋愛観について口出しされるのは適わない。酒飲みが人に酒を飲ませたがるのと同じように、恋をしている人間は恋について説きたがる。その厚かましさが花宮にはたまらなかった。

「もう俺帰るわ」

 離れた席で客と話し込んでいたバーテンに向かって軽く手を上げる。目に痛い赤毛の男は名残惜しげな表情を浮かべた。今日も花宮を抱けるつもりでいたのだろう。元々花宮もその気で店を訪れたのだが、木吉の後輩たちとの会話で興が削がれた。

「おい」

 花宮が席を立ったとき、暫くの間だんまりを決め込んでいた男が口を開いた。火神は花宮に、木吉に伝えてほしいことがあるのだと言う。花宮はそんなもの直接伝えろと思ったが、高校卒業後の数年間で彼らと木吉の関係性には溝が出来てしまったらしい。仕方なく火神からの伝言を聞いてやることにした。


*

 部屋に戻ると、夕刻女連れで歩いていたはずの男が我が物顔で花宮の部屋を占拠していた。缶ビール片手にまたもやAV女優のふざけたおすバラエティを見ている男の姿に何故だか花宮は安堵感を抱いた。

「鍵開いてたのか」
「合鍵、チラシ入れの中に引っ掛けてるだろ。無用心だぞ」
「しょうもないゲイが押し入ってくるからな」
「そうカリカリするな」
「してねえよ。むしろ家にお前がいて少し安心した」
「……酔ってるのか」
「酔ってる。最悪な酔い方した」

 テレビの正面に座り込む木吉の元までずりずりと床を這うようにして移動した花宮は、男の肩にもたれかかるようにして溜息をついた。なにかあったのか、と尋ねられる。

「お前の高校の後輩に店で出くわして、最初は気分よく飲んでたのに最後には説教かまされた」
「黒子か」
「俺あいつとは絶対にヤりたくねえ」
「ウケ同士だしな」
「お前もだろ」
「俺とは出来るのか」
「お前の後輩にげんなりしてる今ならいける気がする」

 お前がタチに回るなら、と唇を奪うと、木吉が目を細めた。珍しく積極的だな、と今度は木吉の方からキスをされた。
 そのときテレビから「上様のおなーりー」という声が聞こえてきて、花宮は何事かと思いテレビに視線を向ける。液晶の中で番組MCである芸人が偉ぶった態度をとりながら、着物姿で頭を下げたAV女優達の間を歩いていた。今日は中奥か、と木吉がつぶやく。

「お前この番組好きなのか」
「好きというか、」

 木吉が口を開いたところで殿様に扮した芸人が一人の女優を指名する。顔を上げた女はかなりの美人で、

「これ、夕方お前が連れてた女だろ」

 面白セクシーダンスをしてみろ、とムチャぶりされて女が立ち上がる。画面下には「宮崎県のポルノスター」というふざけたテロップが挿入されていた。

「仕事場からついてきた女だって言ってたよな。お前何の仕事してるんだよ? まさか、AVだんゆ、」
「女相手に勃つわけないだろ」
「それじゃあ」
「カメラマンだ」
「AVの?」

 木吉が頷く。男は高校卒業後進学はせずにその道に入ったらしい。この番組には面識のある女優もよく出ているのでついつい見てしまうのだと言う。
 二人が話している間にも面白セクシーダンスを披露していた宮崎県のポルノスターはその面白さとセクシーさが殿に認められ褒美の団子を受け取っていた。殿様からのムチャぶりに上手くこたえられれば団子を、こたえられなければわさびを口に入れられるという企画らしい。

「ちょっと面白いな」
「そうだろ。普通のアイドルに比べたら根性がある」

 そう言いながらも木吉はテレビの電源を切った。最後まで見なくてもいいのかと尋ねると「ついてたらそっちに意識が向くだろ」と返される。フローリングの床に押し倒されて、男の顔が近づいてきたところで花宮は店を出る間際に火神に頼まれた伝言のことを思い出した。

「ちょっと待て」

 首元に吸い付く男の頭を押しのけて無理やり半身を起こす。おあづけをくらった木吉は怪訝な表情を浮かべた。

「火神からお前に伝言頼まれた」
「そうか、あいつ何て言ってた?」
「自分たちはなんとか上手くやれてるって、あいつら同棲もしてるって言ってたぞ」
「本当か、すごいな。他には何か言ってたか」
「日向はお前にまともになってほしいと思ってるみたいだぞ。あいつも今は女と暮らしてるらし、」
「結婚したのか」
「そうは言ってなかった」
「そうか……リコと日向が」

 まともになってほしいというくだりは耳に入らなかったようで、俯いた木吉は「同棲、同棲してるのか」と呟いている。しばらくして神妙な顔で顔を上げると、

「昔の友達二人が同棲してるってなんか生々しくてキツイな」

と馬鹿なことを言った。

「なんでそうなるんだよ。素直に祝え」
「結婚秒読み段階だって考えるとめでたいけど、思う存分セックスするために一緒に暮らしてるんだと思うと生々しいだろ」
「相変わらず最低だな」
「結婚もしてない男女二人が一緒に暮らすのにセックス以外の理由があるのか」
「……ないな。俺には思いつかない」

 あっさりと意見を翻した花宮は再び床に背中を預けた。彼を見下ろす木吉はまだ思考を切り替えられていないようでぶつくさ言っている。

「二人でテレビ見たり、酒飲んだりしてる時間には愛があるかもしれないけど、セックスには欲しかないよな」

 そんなことを言って今度こそ本当に花宮の服を脱がしにかかった。
 二人でテレビ見たり、酒飲んだりしてる時間には愛がある――その言葉には違和感を覚えた。それが木吉の友人を指して言った言葉だということは理解出来るのだが、自分と男の関係に重ねて考えてしまいそうになる。自分と木吉の関係はなんなのだろう。時々花宮はそんなことを考える。ただの友人だと言うには近すぎるし、セフレだというには互いに向ける欲は希薄だ。

「お前、俺のことどう思ってるんだよ」

 気がつくと男に女々しいことを尋ねていた。花宮の胸の突起に舌を這わせていた男は一瞬顔を上げると、

「今は不思議と抱きたい気分だ」

それだけ言って再び舌を出す。体にこもり始めた熱を冷まそうと深く息を吐いた花宮は、なるほど今は欲しかないんだな――と瞳を閉じた。



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