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 青春時代というのは目まぐるしく過ぎていくものだ。スーツを身に纏い、電車に揺られる花宮はかつての自分を思い出し口角を持ち上げる。
 花宮真の高校時代は青春だなんて美しいラベルを貼れる様な大それたものではなかったかもしれない。人並み以上に部活に熱を入れ、忙しかったなりに女遊びもしていたが、それだけでは満たされなかったかつての彼はラフプレーで他人を陥れた。自分の思い通りに事が進まないとすぐに不機嫌になっていたあの頃の彼は他人の青春を壊すことを生きがいとしていたのだ。
 そんな彼も今は社会の歯車として企業に勤めて働いている。元々外面は良い方なので上司や同僚との人間関係には特別気を遣う必要もなく、出世する見込みもなくはない。それなりに伸び伸びやっているが、それでも退屈な人生だ。
 聡い花宮は学生時代から自分がさして面白みもない人並みの人生を送ることを察していた。だからこそ悪童だなどと寒い肩書きを背負わされる程度には好き放題に学生時代を消費していたのだ。
 就職してからというもの一日二十四時間が酷く長く感じられるようになった。何をしていても満たされない。だからといって昔の様に他人を陥れることを楽しむ気にもなれない。
 不本意ながらも現在でも親交のある今吉にそんな話をしたときには「生活に潤いが足りんのやろ。女でも引っ掛けたらええやん」等と軽く返されてしまった。花宮真という男は、人生を振り返ってみても女に不自由したことは殆どない。今吉によく分からないアドバイスをされてから社内でも美人だと評判の女子社員と付き合い始めるまでにはさほど時間もかからなかった。しかし新しく恋人になったその女とデートやセックスをしたところで乾いた心は満たされなかった。
 元々花宮は女性との交際に楽しみを見いだせない男だった。出すものを出せば気持ちが良いとは感じるのだが、セックスに至るまでに踏まなければならないステップについては面倒だと感じてしまう。休日に、何が悲しくて自分が高い金を払って女を食事に連れ出してやらないといけないのだ等と考え始め、デートの待ち合わせ場所に向かうのが億劫になることも珍しくはなかった。
 一昨日の晩花宮は今吉と酒を飲みに出かけた。今吉と会うのは三ヶ月ぶりのことだった。女を作れとアドバイスされて以来男とは顔を合わせていなかったのだ。しかし中学が一緒だったとはいえさして親しくもなかった相手なので、しばらく顔をあわせなかったとしてもなんという事はない。むしろ自分が成人してから今吉と二人で飲みに行く様な関係を保てるとは想像もしていなかったくらいだ。
 花宮の携帯で彼の恋人の写真を見た今吉は口元を歪めると「お前枯れとるなぁ」と呟いた。

「こんなかわい子ちゃんと付きあっとってインポやなんて普通やないわ」
「……インポではないんですけど」
「付きあっとっても楽しくないんやろ? インポみたいなもんやん。精神的インポやな」
「インポ、インポ言わないでくださいよ」

 二人が訪れた居酒屋はそれぞれの座席が個室になっているため、周りの客や店員に会話を聞かれる様なことはないがそれでもこんな場所でおかしな言葉を連呼されては敵わない。深い溜息をついた花宮を今吉が面白げに見つめる。男の細い目が更に細められるのを眺める花宮は皿に盛られた焼鳥に手を伸ばした。

「お前も随分丸くなったなぁ。昔はもっとギラギラしとったやろ。今はスーツがよう似合っとるで」
「今吉さんもスーツはよく似合ってますよ」

 まるでヤクザ崩れのホストの様だと思う。そんな花宮の心中を知ってか知らずか今吉は更に笑みを深めた。なまじ整った顔立ちをしているだけに笑い顔にも凄みがある。

「この子のどこが気に入らんのや」
「彼女のことが気に入らない云々と言うよりは、女全般に興味がないんです」
「なんやそれ。お前コレなんか」

 反らせた手の甲を頬に当てた今吉が上半身をひねって花宮を見つめる。顔色に変化は見られないが既に酔いが回っているのかもしれない。

「そんなわけないでしょ。二十三年間生きてきて野郎好きになったことなんて一度もないんですよ」
「まあ確かに、お前は中学時代も女癖悪かったしなぁ」

 人聞きの悪いことを言うなと言いかけて、しかし学生時代女癖がよくなかったことは事実なので結局はだんまりを決め込む。さすがに大学に入って以降は昔の様に女を使い捨てる様な真似はしていない。今の恋人にもそれなりに良くしてやっているつもりだ。

「彼女のことは好きなんやろ」
「好きか嫌いかで言えば」
「なんやはっきりせんなぁ」

 今吉がグラスに口を付ける。男の言うとおりだった。確かに花宮の気持ちははっきりしない。彼女のことは嫌いではないのだ。意外にも肉感的な体つきや形の良い唇にはそそられるし、美しい顔に似合わず控えめな性格についても好ましく思っている。しかしだからといって彼女に対して性的な側面を除いた興味を持っているのかと問われれば答えは否だ。花宮はデートの折に交わしている彼女との会話の内容を殆ど覚えていない。食事中も自分の話をすることは殆どなく、彼女の美しい顔を眺めながら適当な相槌を打ち、事を済ませてさっさと家に帰りたいとばかり考えているのだ。
 振り返ってみると花宮はそんな風にしか女と付き合ったことがない。しかしそれは今自分の目の前に座りグラスを傾ける男も同じなのではないかと思う。花宮には今吉が一人の人間に執着する姿が想像出来ない。

「アンタだって人を好きになったことなんてないだろ」

 お互い気がつけば結構な量の酒を飲んでいる。弛緩した舌は敬語を忘れていたが、今吉はさして気にもしていない様子だ。

「ワシはあるよ」

 それが普通だろうとでも言いたげな物言いだった。そういうものなのだろうかと花宮は考える。今まで付き合ってきた女たちの顔を思い描いた。彼女たちは花宮に愛されていると思いながら彼と付き合っていたのだろうか。花宮くんは本当に私のことが好きなの? そんな風に尋ねてきた女は少なくない。彼女たちは自分が花宮に愛されていると考えていたからあんなことを尋ねてきたのかもしれない。

「俺には分からない」
「花宮、お前いくつになった?」
「アンタの一個下だよ、分かってんだろ」
「分かっとる。やけど今時中学生でももっとまともな恋愛しとるで」

 小さく溜息をついた今吉はグラスに残っていた酒を飲み干すと「そろそろ解散にするか」と言った。花宮はまだ飲みたい気分だったが、明日もお互い仕事があることを思い出し、しぶしぶ立ち上がる。想像以上に蓄積していたアルコールのせいでよたつく。

「大丈夫なんか」

 苦笑した今吉に言われて頷くが、頭の芯は重たい。花宮は再び「分からねぇ」と呟いた。

「お前も人の子なんやからいつかは分かるやろ」

 慰めにもならない言葉を吐いた今吉が伝票を握って座敷を降りる。どうやら今晩は男の奢りのようだ。


*

 重たい足を引きずるようにしてアスファルトを踏む。花宮の一人暮らしのアパートは駅から十分ほど離れたところに建っている。
 今朝方は乾いていた地面が濡れていることに気がついた花宮は暗い空を見上げた。今吉と飲んでいる間に雨に降られたのだろうか。
 視線を上向けたまま歩いていると、街灯にぶつかりそうになった。存外間抜けな自分に呆れながら濡れた地面に視線を移すと、街灯に照らされた地面にゴミにしては大きな何かが落っこちていることに気がつく。なんだこれ、と屈んだ花宮は「ヒッ」と呼気を漏らして跳ねる様に立ち上がった。口元に手を当てて、踵を返す。
 地面に落ちていたのは鳩らしき鳥の死骸だ。車に轢かれたらしく頭が落ちて肉が露出していたのが生々しかった。
 別の経路から家へ帰るため近場の公園に入った花宮は、砂っぽい地面を踏みならしながら考える。猫の死体なら今まで何度も見たことがある。しかし鳩には猫や人間とは違い翼があるのだ。それなのに何故車に轢かれたりするのか、ひしゃげた翼は飾りだったのか、と。
 背中に脂汗が浮く。とろくさい鳩のせいで酔いが覚めた。居酒屋で食べた焼鳥のことを思い出してしまった花宮は突発的な吐き気に襲われて、普段なら決して利用しない公園の薄汚い便所に駆け込んだ。洋室便器の個室に入ると、自分以外には誰もいないのをいいことに扉も閉めずに胃の中身を吐き出す。腹筋に力を入れて胃の中のものを押し出していると生理的な涙が零れた。頭痛がする。踏んだり蹴ったりだ。
 息も絶え絶えに顔を上げ、トイレットペーパーで口元を拭ったとき、足音が聞こえた。誰かが中に入って来たらしい。個室の鍵をかけていないことを思い出した花宮が焦って立ち上がった瞬間彼の背中で扉が開かれる。

「すみませ、」

 言いかけて振り返った瞬間、三十過ぎの男と目があった。男はねちっこく、舐め回す様な目をして花宮を見つめている。ぎょっとした花宮が黙って個室を出ようとすると一歩足を引いた男が彼に手を伸ばした。スーツの上から尻を撫でられる。そこまできて事態の異常性に気がついた花宮はかけ出した。
 すぐさま公園を出て、いつもとは異なる道を通ってアパートに向かう。恐怖心から何度も後ろを振り返ったが男が追いかけてきている気配はない。アパートの自室に入った花宮は大きく深呼吸すると靴も脱がずにドアに背中を預けた。ずるずると音を立てながら玄関にしゃがみこむ。
 あれは何だったのだろうか。花宮は自分を見つめていた男のギラギラした目を思い出して唇を噛んだ。あの男は花宮に欲情していたのかもしれない。
 カルキ臭い水道水を飲んで心臓の拍動を落ち着かせた花宮は、あの公園はハッテン場にでもなっていたのだろうかと考える。そうでもなければあの三十路男がゲイだったとしても突然触れてくるようなことはしなかっただろう。
 自分がゲイの性の対象になるだなんて想像もしていなかった。スマホ片手に先ほどの公園についての事実確認をした花宮は、近所にそういう場所があるのなら契約をするときに教えてくれ、と不動産屋を憎んだ。
 花宮の尻を撫でた男の手つきは妙に優しかった。あのまま動けずにいたら自分はどうなってしまっていたのだろうかと考えると恐ろしい。しかし男から逃げ切れた今となって不思議に思うこともある。あのとき花宮は男に対して恐怖心を抱いた。それなのに男に触れられたことことを不愉快だとは感じなかったのだ。若い男が三十路男に尻を触られたら気持ち悪いだのなんだの思うのが自然だろう。
 しかし花宮はそうは思わなかったのだ。彼に触れた男は目つきこそ危なかったものの油っけもなく細身だった。あの程度の男が相手なら自分は――そこまで考えて頭をかきむしる。グラスに残った水を飲み干して、額を机についた。

(今、何考えた……)

 洒落にもならないことを考えかけた自分に気がついた花宮はYシャツに包まれた自らの肩を撫でると今吉の言葉を思い返した。

『お前、コレなんか』

 そんなはずはない。花宮はノンケだ。今まで男を好きになったことなど一度もないのだから間違いない。

(だけど女に惚れたこともない……)

 男のねちっこい視線を思い出す。どうしてあんな場所に足を踏み入れてしまったのだと自分を叱責する。車に轢かれたとろくさい鳩を憎む。しかしあの場所に鳩の死骸が落ちていたのは花宮に無意識下の性癖に気づかせるための神の裁量だったのではないか――そこまで考えて首を横に振る。神様だって暇じゃない。馬鹿らしいことを考えるのは終いにしよう。花宮はシャツのボタンに手をかけながら、あの公園には二度と足を踏み入れないと心に誓った。


*


 昨晩しっかりと心に誓ったはずなのに、花宮は今日も公園の砂っぽい地面を踏んでいる。風に揺れる木々の音を聞く花宮は、緊張のため恐ろしい勢いで跳ねる心臓を落ち着かせるために深呼吸をした。
 花宮はなにもハッテンするためにこの場所を再び訪れたわけではない。確認がしたかっただけなのだ。自分がゲイなのか、そうでないのか。勿論花宮は自分はゲイであるはずがないとは思っているが万が一ということもある。しかしながら、もしも万が一に自分がゲイだと分かってしまった場合はどうすればいいのだろうか。

(いやいや、どうも出来ねぇだろ……)

 出来ない、はずだ。男に抱かれるのも男を抱くのも嫌だ。好きになることが出来なくてもセックスするなら女がいい。それが分かっているのだから本当はこんな場所に訪れる必要はなかったのだ。
 今すぐ踵を返していつもの道に戻れ、そう自分を語りかける。それなのに地面を踏みつける足は止まらない。幸い時間が早すぎたのかそれらしき人影は見えなかったので心配するようなことは起こらないだろうがやはり不安だ。
 歩を進め続ける花宮の視界に昨日の便所が映り込む。足の爪先がそちらに向いて進み始めて、花宮は自分が自棄になっているのだと悟った。つまらない日常に飽き飽きして、刺激を求めるがあまりに馬鹿げた肝試しを敢行している。
 昨日と同じように便所に入り、しかし今日は個室には入らずに用を足す。やはり中には誰もいない。安堵の溜息を漏らした花宮は小汚い蛇口から出てくる水で手を洗うとそこを出た。便所のすぐ傍に男が立っていることに気がついて息を飲む。
 顔はよく見えないが背の高い男だ。180cm近くある花宮よりも更に10cmは高く見える。ガタイもいい。こんな男に抑えこまれたらひとたまりもないだろう。
 後ずさりしかけて、しかし便所の中に入ったところで逃げ場などないことを思い出す。花宮はできる限り心を落ち着かせて、男を無視するように歩き始めた。時間も早いことだ、こちらがその気がない態度を示せば襲われる様なことはないだろう。そう思っていたのに、歩き始めて数歩で宙ぶらりんの手首を男に掴まれた。

「離せって、俺はそういうのじゃ、」

 声を震わせながら振り返った瞬間、花宮と男の視線がかち合った。数歩歩いたことによって街灯の真下に移動した男の顔には見覚えがある。存外あっさりと花宮の手を離した男は彼のかつての知り合い、いやそんな生温い呼び方をしていい相手ではない。

「……木吉」

 男とはもう随分と長い間顔を合わせていなかった。それでも花宮は目の前に立つ大柄な男がかつて自分が選手生命を断った相手だとすぐに察した。

「やっぱり花宮か、そうじゃないかと思ったんだ」

 男の声音が柔らかかったので花宮は酷く居心地の悪い思いをした。どうしてこんなところにいるのだと尋ねたいが声が出ない。

「花宮はどうしてこんなところにいるんだ」
「公園を突っ切った方が早く家につくんだよ」

 まさか自分がゲイなのかどうか確かめるためだとも言えないので、もっともらしい理由を呟く。あながち嘘だとも言えないので問題はないだろう。

「だけどお前、ここがそういう場所だって知ってたんじゃないのか」
「そういう場所ってなんだよ……」

 あくまで白をきろうとする花宮の肩を木吉の大きな手が撫でた。花宮はこの手に負けたのだ。しかし花宮に触れる男の手つきはバスケットボールに触れるときのそれとは異なっていた。恐怖心から体が強張る。それなのに不快感は覚えない。昨日と同じだ。

「ハッテンする場所。さっき俺はそういうのじゃないって言いかけただろ。お前本当にコッチじゃないのか」
「んなわけねぇだろバァカッ」
「そうなのか。なんとなく同類っぽいと思ったんだけどな」
「同類って、お前、」
「ゲイだぞ」

 あっさりと言われて声も出ない。肩を撫でていた木吉の手が背中にまで回ってきた。動揺した花宮が「お前ノンケにまで手出すのかよ」と漏らすと、木吉は口角を持ち上げた。底が浅いのだか深いのだかよく分からない笑顔だ。

「普段は出さない。だけどお前悩んでるだろ」
「なに、を」
「自分もゲイなんじゃないかって思ってるんじゃないのか」
「はあっ、思ってねぇよ」
「お前はたぶん男もいける口だ」

 耳元で囁かれてぎょっとする。あまりにも自然に抱き寄せられて息を詰めた。こいつ本物じゃねぇか、と今更に思う。

「普通の男ならこんなことされたら相手殴り飛ばすだろ」
「お前みたいな大男殴り飛ばす奴いねえよ」
「無駄でも抵抗くらいはする。花宮、お前自分がそうなのかどうか確かめたかったんじゃないか」
「なんで、」
「状況判断だ」

 木吉の手が離れていく。寒くもないのに人肌の温もりを名残惜しいと思ってしまう花宮はやはり“そう”なのだろうか。分からない。分かりたくもないのに、体から離れていった木吉の手が再び伸びてきたとき、花宮は思わずそれを取っていた。大の男二人が手を繋ぐだなんて普通じゃない。

「寒いな。お前の家、行っていいか」
「まだ9月だぞ。寒いわけねぇだろ」

 馬鹿げたことを言われて正気に戻った花宮は男の手をすぐさま振り払って歩き始めた。そんな花宮の後ろを木吉がついてくる。それなのに男に帰れと言えない花宮は、自分の愚かしさを嘲って笑った。

*

 電車に揺られながらここ数日のことを思い出していた花宮は、大きな溜息をついた。もしかすると自分はとんでもないことをしでかしてしまったのかもしれない、と木吉との再会から一晩を経た今になって思う。
 昨晩花宮の家に上がり込んだ木吉は彼の体にべたべたと触れてきた。抵抗しなければと思いつつも、肌に触れる手のひらの感触が存外心地がよく、最後には下着まで剥ぎ取られてしまった。無論行為を完遂させたわけではないが、気が付けば性器に触れられていて、訳もわからないままに射精した。自分も木吉に対して同じ事をするよう強要されるのかもしれない、そんな不安が胸をよぎったが、花宮の家の水道で精液を洗い流した木吉は「そろそろ帰るな」とだけ言って出ていってしまった。それが昨日起きた事の全てだ。大事には至っていないが、大したことはなかったと流すことも出来ない。
 花宮は自分はもしかするとゲイなのかもしれないという疑惑を更に募らせていた。木吉に触れられることを不快に感じなかったどころか、男が家を出ていってしまったときには寂しいとすら思ったのだ。
 花宮は自分を慕う美しい恋人の姿を思い浮かべた。しかし付き合ってはいるものの好きでもない相手だ。このどうしようもない不安を晴らすだけの力は持たない。
 次に木吉の姿を思い浮かべる。木吉はしばらく見ない間にすっかりそっちの人風な雰囲気を纏ってしまっていた。再会したのがハッテン場だったということも関係あるのだろうが、女の恋人がいるような若者にはとても見えなかった。昔以上に掴みどころのなさが増していた気がする。
 木吉は花宮のことを自分と同類だと思ったと言っていた。おかしな話だ。ここ数日で危うい方面に行ってしまいそうになっているものの、花宮は二十年以上も異性愛者として生きてきた。尖っていた時期もあるが、現在では極々一般的なサラリーマンである。木吉の様に「アンタどんな仕事してんの?」と尋ねたくなるような退廃的な雰囲気は持っていない。
 それでは木吉は何故あんなことを言ったのだろうか。適当を言ったわけではないと思う。もしかするとゲイにしか備わらない仲間を見つけるための嗅覚の様なものが存在しているのだろうか。もしも本当にそんなものを木吉が持っているとしたら男に同類扱いされた花宮はゲイだということになる。
 それでいいのだろうか。自分の気持ちが分からない。何をやっても満たされないと感じていた。しかし、男と寝て心が満たされるのなら万々歳だ、そんな風に考えられる程花宮は世間から逸脱していない。
 溜息をもう一度つく。電車は花宮の降りる駅に停まるために減速を始めている。今はこれ以上考えても仕方がない。電車を降りた花宮はホームの自販機でコーヒーを買い、改札に向かって歩き始めた。

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