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 冬も半ばにさしかかっている。世間はクリスマスムードに包まれているが、独り身の真田にはあまり関係がない。
 離婚したことは回りの人間に隠していない。特別友人の多い方でもないが、職場の人間や、両親には伝えている。母親は「アンタが上手くやれるなんて端から思ってなかったよ」などと言って笑っていた。
 冷たい部屋の中で、炬燵を出すべきかと考えるたび、今まで家族三人で入っていたそれに一人で入り暖を取る自分を想像して虚しくなった。家を追い出したきり幸村からの連絡は途絶えている。それなのに男がいつか戻ってくるのではないかと考えてしまう自分が情けなくて真田は俯く。真田は幸村の執念深さに期待しているのだ。ひとりきりで沈み込む自分の心とは対照的に明るいネオンの光を目の当たりにして弱っているのかもしれない。
 幸村とこんなにも長いこと顔を合わせずにいたのは初めてだ。彼が入院していたときでも僅かな時間をぬって真田は見舞いに出かけた。病室でベッドに腰掛ける幸村はいつも嬉しさと切なさがごちゃまぜになったような複雑な表情を浮かべていたのを覚えている。彼は弱っている自分の姿を真田に見られたくなかったのかもしれない。それでも部長不在の部活を支えなければならなかった真田には幸村と病室で話す僅かな時間が必要だった。
 そして今も真田は幸村を必要としている。幸村を幸せにしてやれるかどうかなどこの際どうでもいい。幸村が戻ってきてくれればそれでいい。
 馬鹿げた感傷に浸る真田の耳に玄関のチャイムの音が届いた。時刻は既に十一時を回っている。人が訪ねてくるような時間ではない。
 しばらく動かずにいると今度はドアを叩く様な音が聞こえてきた。仕方なく玄関のドアを開くと、そこには瞳を潤ませた幸村が震えながら立っている。
 クリスマスシーズンに望んだものが手に入るだなんて出来すぎていると思った。真田はサンタクロースにプレゼントの希望を聞き入れてもらえるほど徳を積んでいない。

「久しぶりだな」

 月並みな言葉を呟きながら幸村の手首を引く。あっさりと家の中に通された幸村は目を見開いていた。驚いているのはこちらの方だ。
 真田は幸村が戻ってくることを期待していた。しかしそれはあくまでも願望に過ぎず、心の奥底ではあんな別れ方をしてしまったのだから幸村が戻ってくることは二度とないだろうと諦めていたのだ。
 それなのに今、幸村は確かに真田の目の前に立っているのだ。アルコールが入っているのだろう、顔全体が赤らんでいた。

「飲み会にでも行ったのか」
「行かないよ。俺以外とはもう飲むなって言ったのはお前だろ」
「一人で飲んでいたのか」
「家で。アルコールが入ったら暖房が入ってるはずの部屋がすごく寒く感じられた。普通逆だよね」
「この家も寒いだろう」

 靴を脱ぎ捨て、顔を上げた幸村は今にも泣き出しそうな顔をしている。玄関は寒い。真田は彼をリビングに誘導した。

「なあ真田、ここは寒くないよ。お前がいたら苦しいけど暖かい」
「……そうか」
「この三ヶ月、何度もここに来ようと思った。何食わぬ顔をして、友達のふりをすればお前は俺を受け入れてくれるんじゃないかって。だけどどうしても勇気が出なくて、そんなもの出しちゃいけないのも分かってて、それでもお前の顔が見たかったから酒の力を借りたんだ」

 真田の手を振り払った幸村が小さく笑う。この男は知らないのだ。幸村を追い出してからの三ヶ月強の間、真田がどんな気持ちでこの家で暮らしていたのかを。真田はもう妻とやり直したいとは思っていない。移りゆく季節をその身で感じながら、幸村のことばかりを考えていたのだ。

「俺はお前の傍にいられるならもう友達でもいいよ」
「俺は今さら友人のお前を傍に置く気はない」

 幸村が死亡宣告でも受けたかの様な顔を浮かべる。彼は恐らく真田の言葉の意味をはき違えているのだ。
 震える肩に触れて、別れたときに比べれば肉の削げた体を抱きすくめてやる。幸村が何か言おうとしているのが分かったが、それよりも早く口を開いた。大切なことはいつも幸村に言わせてきた。しかしいつまでもそのままではいけないことも分かっている。

「好きだ」
「馬鹿みたいなこと言うなよ。お前は俺を奥さんの代わりにしようとしてるだけだ」
「あいつの代わりも、お前の代わりも他にはいないだろう」
「俺はお前を愛してるんだよ。お前は違うだろ」
「違わない」

 幸村が真田の腕から逃れようとして身動ぎをする。それを窘めるように腕に力を込めると、苦しげな声で「お前はボタンを掛け違えようとしてるんだぞ」と言われた。

「結婚して、子供作って、家建てて……まともな人生歩んできたくせに、俺なんか受け入れるなんて馬鹿げてる」

 どこまでも後ろ向きな男に呆れて溜息をつく。この男が自分に何を望んでいるのかが分からない。

「ボタンのシャツは最後まできちんととめる、ノンケは死ぬまでノンケでいる、それが普通の生き方だろ」
「ボタンなら初めからかけ違えている。お前の様なしつこい男と出会った時点で遅かれ早かれこうなることは決まっていた」

 そもそも今さら普通の生き方などというものに拘る気もしない。幸村の言う通り今までの真田はこれでなかなか上手くやっていたのかもしれないが、 今はもうあの晩幸村を受け入れたことを後悔はしていないのだ。

「離してくれないか、逃げたりしないから」

 言われて幸村を解放してやると、自由になった彼は真田の頬に手の平を重ねた。形の良い唇が震えている。幸村は、自分の胸の内で渦巻く感情を整理しようとしているようだった。

「俺は分からないんだよ。自分がどうしたいのか。
お前の披露宴のとき、ウエディングドレスを着たあの人が綺麗で、お前が幸せそうで、俺は自分の感情なんてどうでもいいんだって思おうとした。だけどしばらく経つと、どうして俺ばかり我慢しなくちゃいけないんだって、どうしようもなく腹が立って、いつかお前のまっとうな道を塞いでやろうと思うようになった。
そんな気持ちもお前に娘が生まれたらまた萎んで、もうこの子と結婚しようかなぁなんてとんでもないことを考えたりもしたんだけど、あの子はやっぱりあの人の子供で、そう思うと憎らしくて、萎んでたお前への気持ちがまた膨らみ始めた。
父親の顔をしてるお前は本当にいい男だったよ。いい男だったけど、最悪だった。俺はあの子に嫉妬してた。
汚い感情積み重なって、どうしようもなくなって、俺はあの晩お前に泣き付いた。あれっきり終わりにするつもりだったけど、お前があまりにも優しく抱いてくれるもんだから離れるのが惜しくなって、結局はまた汚い手を使った。
お前と二人で暮らしてた毎日は夢みたいに幸せだったよ。このまま死んじゃいたいって布団を並べたお前の寝顔を見るたびに思った。だけどこんなの長く続くわけがないとも分かってたから、お前に追い出されたときもこんなもんだってすぐに諦めがついた。それで本当に諦めたはずなのに、俺は今未練たらしくここにいて、お前に求められて嬉しいのに、いつか捨てられるんじゃないかって不安をかき消せないからお前の気持ちをつっぱねようとしてる。
なんなんだろうな、俺。お前への愛だけなら自信があるんだけど、それだけなんだ」

 長い台詞を言い切った幸村には、しかし少しも満足した様子はない。喋れば喋るほど感情が奔流するのだと言う。

「愛があるならそれでいい。俺はお前に報いてやりたい」
「……似合わない台詞吐かないでよ。死にそうになる」
「俺はお前に身も心もくれてやると決めている。それでは不満なのか」
「不満なはずないだろ。だけど信じられない。なにか証拠が欲しい。この先も残るものじゃなくていいから、今だけでもお前を信じられるなにかが欲し、」

 言葉を遮る様に唇を重ねた。幸村の瞳から涙が零れる。幸村の口内を蹂躙する舌が熱い。これだけでは少しも足りない。それでも幸村が苦しげな表情を浮かべるので名残惜しく唇を離す。涙を拭った幸村が「真田、それじゃ本気みたいだよ」などと言うのでたまらなくなって、華奢でもない男の体をリビングのフローリングに押し倒した。


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