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「ああ、あいつは知ってるよ。俺が真田のことを好きだったってこと」

 幸村の部屋から回収した充電器を手渡した真田が問いただすと、彼はあっさりとそう答えた。当然のことだとでもいうような口調に目眩がする。確かに幸村の好意はあからさまだったが、まさか三つも歳下の彼女にまで知れているとは思いもしなかった。

「このことも知っているのか」
「俺が真田の家庭を滅茶苦茶にしたことなら知らないよ。想像もしてないだろうな」

 そう言って幸村は夕飯の焼き飯をスプーンで掬った。彼は焼き飯を作るのは得意なのだと言ってもう四日間も連続でそれを作り続けている。にも関わらず毎晩玉葱の焦げた微妙な品が出てくるのが面白い。幸村には料理の才能がないのだ。それでも真田は幸村の作る料理に文句をつけない。気を遣っているわけではなく、食べられれば何でもいいと思っているのだ。
 食に関するこだわりは昔から殆どない。料理上手の妻は張り合いがないと言っていた。妻に気を遣ってあれやこれやと感想を言ってみたりもしたが上手くいかなかった。その点幸村との食事は気楽なものだ。好きなスピードで食べて、適当な話をすればいい。こちらが黙りこくっていても幸村はあまり気にしなかった。傍にいられるだけでいいと言う。

「俺が結婚することなんて絶対にありえないんだから、あいつに期待した方がいいと思うんだけどなあ」
「見合いはいつから勧められているんだ?」
「三年位前かな。気が早いよね、今はもう適齢期かもしれないけど」
「断り続けるつもりか」
「当たり前だよ。流されてうっかり結婚することになっても相手を不幸にするだけだ。俺がお前以外の相手を愛せるわけがない」
「そんなことは分からないだろう」
「分かるよ。俺はお前に心の全てを捧げる。お前への愛は俺の誇りだ」

 そこまで言って恥ずかしくなったのか、幸村は頬を赤らめた。横髪を指先で弄びながら、ビールでも飲むかと尋ねてくる。真田が頷くと立ち上がって、冷やしたビアグラスと500mlの缶ビールを取りにいく。

「アサヒでいい?」
「ああ」

 真田家の冷蔵庫にはアサヒとキリンのビールが必ず常備されている。真田はビールの銘柄には拘りがないのだが、幸村は必ずアサヒでいいかと尋ねてくる。頷き続けるとキリンのビールがなくならないのでときには首を横に振ることもあるが、そのたび幸村はアサヒとキリンの違いなど分からないに違いないと思う。
 あの晩以来、幸村は酒を飲んでいない。真田がビールや日本酒を飲んでいる間も、浄水器から汲んだ冷やした水を飲んでいたりする。元々酒が美味いとは感じないらしいので、真田から勧めることもない。……なかった、今日までは。

「お前は飲まないのか」

 それは極々自然に出た言葉だった。先程までは水の入っていた空のグラスに缶ビールの飲み口を向ける。酔った幸村がどんな風になるのか忘れてしまったわけではない。しかし幸村の気持ちがはっきりと露見してしまった現在では彼にアルコールを入れることを避ける必要もないように思える。一人で酒を飲んでいても味気ないというのも理由の一つだった。妻はザルだったし、彼女が出ていってしまってからは友人と飲みに出ることも控えている。

「知ってると思うけど、酔うと我儘になるよ、俺」
「お前は素面でも我儘だろう」
「いらないことまでぺらぺら話し出す」
「聞かれて困る相手もいない」
「……真田がいる」
「二人きりのときならかまわん」

 幸村が今にも泣き出しそうな顔をした。涙を堪えるためなのか唇を噛んで、真田から缶ビールを奪い取る。それからグラス半分ほどにそれを注ぐと缶を机に置いた。グラスの中身を一気にあおると、震える声で「いい加減なことを言うな」と言う。いい加減なことを言ったつもりはない真田は何と返せばいいのか分からず閉口した。
「そういうことを言われると勘違いしそうになる……これからもお前が俺と一緒にいてくれるんじゃないかって、馬鹿な夢を見そうだ」
「……しばらくはお前の傍にいる」
「しばらくっていつまで?」
「分からん」
「俺のこと好きなの?」
「友人としてだ」

 それは嘘だった。いくら愛の言葉を囁かれてもただの友人を抱くことは出来ない。だからといって、俺もお前と同じ気持ちだとは口が割けても言えない。

「奥さんと別れたらお前は新しい恋をするんだ。恋人が出来たら俺のことは邪魔になる……それがお前の言うところのしばらくの終わりだろ?」
「幸村、」
「……そんな終わり方は嫌だ。お前みたいな頑固な、しかもバツイチの男を俺以上に愛せる女なんているはずがない」
「そうだろうな……」
「だからといって、女と結婚して子供まで作ったお前が自分への愛の重さだけを条件に男を選ぶはずもない。それが分からないほど俺は愚かじゃないんだよ」

 幸村はアルコールが入ると理屈っぽくなる。面倒な男になる。それを知っていて酒を飲ませたのは他ならぬ真田だったが、今は悲観的な台詞を吐き続ける男の口を塞いでしまいたかった。

「お前は一人酒はわびしいから俺に酒を勧めたんだろうけど、俺と楽しく酒を飲むことなんて不可能だ。分かってただろ?
楽しく酒が飲みたいならジャッカルでも誘えばいい」

 学生時代の友人の中では珍しい既婚者であるジャッカルとはよく二人で飲みに行っていた。部活を共にした学生時代より現在の方が良好な関係を築けていると思う。

「ジャッカルとは子供の話でもしてたんだろ。俺や仁王が想像も出来ないような話をして盛り上がってたんだ?」
「どうしてそこで仁王が出てくるんだ」
「ゲイだからに決まってるだろ。仁王だけじゃない、丸井もだ」

 丸井。幸村の口から飛び出した男の名前に、真田の心臓は激しく跳ねた。学生時代、幸村と彼がキスをしているのを見たことがある。今の今まで忘れていたことだ。十年前の打ち上げの日の記憶と共に胸の奥にしまいこんでいた。出来れば忘れたままでいたかった記憶だ。

「十年前、お前は丸井と、」
「してない」
「しかし俺は確かに、」
「お前は何も見ていないと言ったはずだ。俺はしてないと言ってる……それでいいだろ」
「ああ」

 有無を言わせぬ口調だった。真田は頷くことしか出来ない。しかししばらくすると唇を震わせた幸村がぽつりぽつりと語りだす。

「あれは不意討ちだったんだ。あのときの俺と丸井の間にはなにもなかった。丸井は悪気なんてなかったんだろうけど、ファーストキスを奪われた俺は家に帰ってから少し泣いたよ。お前とのキスを初めてだって思いたかった……なんて、いい大人がファーストキスなんて単語を使うのは恥ずかしいな」
「……すまなかった」
「どうして謝るの?」
「お前と丸井のことは忘れる」
「忘れなくてもいいよ。キスは不意討ちでもセックスはお互いの同意の元してたから」
「なっ」

 思わぬ言葉に目を剥いた。まさか幸村が自分以外の男に抱かれているとは思ってもいなかったのだ。

「俺の初めての男、丸井だったよ。大学生になったころ、お前には恋人が出来て、丸井は仁王のことを忘れきれてなかった。俺達は傷の舐め合いみたいなセックスを何度かして、」
「やめろ」

 それ以上は聞きたくなかった。女であろうと男であろうと幸村が関係を持った相手の話など聞きたくない。聞きたくない理由は分からなかった。

「どうして?」

 幸村が試す様な目で真田を見つめる。分からないのだ。分からないのだから黙っておけばいい。それなのに、

「気持ちが悪い」

衝動的にとんでもないことを口走ってしまった。幸村の整った顔が一瞬にして歪む。顔を青ざめさせた幸村が立ち上がって部屋を出ていこうとした。
 咄嗟に手首を掴んでそれを止める。幸村の体は震えていた。

「……座ってくれ」

 幸村は素直に腰を下ろした。しかし真田に視線を向けようとはしない。
 同性間のセックスに嫌悪感を覚えるているのは事実だ。自分は偏見を持たない人間だとは言えない。
 幸村の肩を抱き寄せる。それは意識せずして行った行動だった。真田の腕の中で体を強ばらせた幸村が不安げな瞳で彼を見つめている。震える唇に吸い寄せられるようにして、真田は自分の唇を彼のそれに重ねた。嫌悪感は勿論ない。幸村からの好意を意識したとき戸惑いはしたが嫌な気はしなかった。幸村精市という存在はいつでも真田の価値観から離れたところにいる例外だ。
 触れ合っていた唇を離して幸村の顔を見つめる。呆然とした様子の幸村が「なんで……」と呟いた。理由なんてものはない。したくなったからしたのだ。

「気持ち悪い仲間になるよ」
「今更だな」

 言いながら幸村の柔らかい髪に触れる。側頭部を撫でるようにしてやると、幸村は再び泣き出しそうな顔になった。

「……お前は無責任だ」

 自分が無責任だということは分かっている。幸村には一週間後も傍にいると約束してやることも出来ない。するべきではないとも思っている。幸村は男だ。彼の気持ちに軽はずみにのることは出来ない。自分が同性愛者になれるのかどうかじっくりと考えなければならないのだ。例え真田が悩んでいる間幸村の傷が深まっていくとしても、結論を急ぐことは出来ない。



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