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 薄墨色の空から落ちてきた雨粒が頬を叩いた。腕時計を見やると時刻は午後六時二十分、待ち合わせの時間まではまだ十分程あった。念のためあたりを見渡してみたが、待ち人の姿は見受けられない。
 雨脚が少しずつ強くなる。それに追われるようにして、近場にあったコンビニに駆け込む。レジ横で売られているホットスナックの香りが鼻腔をくすぐり、自分が腹を空かせていることを自覚した。
 近くのコンビニで雨宿りしてるよ、口の中で呟きながらスマホに文章を打ち込む。送信すると同時に窓際のマガジンラックに視線をやると、結婚情報誌の表紙のモデルと目が合った。多幸感に満ち溢れた笑顔を眺めていると、責められているような気分になる。
 あの人もこういうのを買ったりしたのかな。去年の今頃は真田の誕生日を祝うための準備に余念がなかったであろう女のことを思い出すと鳩尾が重たくなった。

 もう着くぞ、と連絡が来たので、ビニール傘を買って店の外に出た。
 雨粒が傘を叩く音を聴いていると、人から奪ってまで手に入れたかった男の面差しが胸に迫る。真田と顔を合わせるのは一週間ぶりだ。この最近は仕事が詰まっていて、帰りが遅くなるので、自分のマンションで寝泊りする日が続いていた。
 十二月に真田の家に戻って早五ヶ月。夜は真田の寝息を肌で感じながら眠りにつき、翌朝隣の熱が去っていく寂しさで目を覚ます。そんな生活に慣れてしまっていたので、一人寝はさぞかし辛かろうと思いながらベッドに入ったが、仕事の疲れもあってその日はすぐに眠ってしまった。次に瞼を開くと朝の七時で、案外一人でも平気なんだな、と拍子抜けした。
 そうして二、三日を過ごす間、真田とはなんのやりとりも交わさなかった。あんなに欲しかった男なのに、こうして手に入れてしまうと積年の激情もあせていくものなのだろうか。
 日曜日、ようやく休みが取れた。土曜日は出勤したので、六日ぶりの休日だったが、しばらくほったらかしにしていた部屋の掃除をしている内に夜もとっぷり更けていた。今更真田の家に帰るのも決まりが悪くて、ソファに体をうずめる。
 この部屋ももう少しは使ってやらないと、一人呟いたとき、壁にかけられたカレンダーが視界に映り込んだ。昨年末から剥がしもせずに放ったらかしにしているそれを眺めていると、次の木曜日が真田の誕生日であることに思い当たる。
「忘れてた」
 日々の生活に精一杯で、プレゼントも用意していない。前日までに仕事に区切りをつけて、当日はステーキ肉でも買って真田の家に戻ろうかと考えていると、スマートフォンの液晶が光った。

 今度の木曜日に外食をしよう、と言ったのは真田だった。幸村の職場の付近を待ち合わせ場所に指定したのも。
 この関係に至ってからは、真田を外に誘うようなことは殆どなかった。
 自分の気持ちを押し通して手に入れた男のことは愛しかったが、不実の関係には後ろめたさがついてまわる。以前のように普通の友人のふりをして外で会う気にはなれなかった。それは真田の方も同じだろうと思っていたので、今回の誘いは意外だった。
 時計の長針が六を指し示す直前、真田は姿を現した。黒のスーツに黒の傘。誕生日というよりは葬式の風情だ。人でごった返す駅前広場で、思い入れのない人間だったら思わず見過ごしてしまいそうな風貌の男を、幸村は二十メートルも手前から見つけた。
 さなだ、口パクで呟くと、相手の視線もこちらに向く。幸村の姿を視認した男は、跳ね返る雨を避けるように鈍かった歩調を、ほんの僅かに早めた。
「待たせたな」
「さっき来たところだよ」
 ベタなやりとりを交わしてから男の顔をしげしげと見つめる。はっきりとした眉、直線的に通った鼻筋、鋭い眼差し。
「ふふ」
 誕生日らしい浮かれが少しも見られない男がおかしくて吹き出すと、眉間に縦線が刻まれる。何がおかしい、とでも言いたげだった。
「こんなに顔を合わせないの久しぶりだね」
「家が広く感じられた」
「いいことじゃないか」
 二人とも傘をさしているので、少し距離をとって歩き始めた。駅前の目抜き通りから外れて、目当ての店を目指す。今日の店は幸村が決めた。以前知人に紹介されて、よく通っていた店だ。
「仕事は落ち着いたのか」
「昨日までにあらかた。日曜日は休めたけど、部屋の掃除をしたら一日が終わってたよ。人が住まなくても、家は汚れるものだね」
 もう少し可愛がってやらないとね、と続けると真田は黙り込んでしまった。気に障るようなことを言ったつもりもなかったので、不思議に思いながらも、幸村もそれ以降は黙っていた。
 昔は事あるごとに大声を上げていたのに、成人に近づくにつれ、胸の内にあるものを抱え込むように男は口数を減らした。

 昼間だけ営業している古めかしいサンドイッチ屋を目印にして角を曲がる。そこから二本目の通りの端くれに、『初花』という店はあった。臙脂色ののれんのかかったこじんまりとした店だ。
 店ののれんをくぐり中に入り、傘立てに傘を差すと、すぐさま奥の座敷に通される。飲み物の注文を尋ねられて、しばらく悩んだ末に瓶ビールを注文すると、程なくしてお通しと共に栓の開いた瓶が差し出された。
「乾杯」
「うん、乾杯」
 グラスをかち合わせて、控えめに杯を傾ける。真田がグラスを置くのを見計らって、
「誕生日おめでとう」
 静かに言うと、箸を握りかけていた男は小さく頷いた。
「ありがとう」
「またお前の方が年上になったね」
「少しでも若くいられるんだからいいだろう」
「真田でもそういうこと考えるんだ」
「近頃衰えを感じる」
「昔から老けてたくせに」
「外見の話じゃない」
「ふふ、分かってるよ。俺は今も昔も、お前の顔が結構気に入ってる」
 何の気なしに言ってのけると、真田は難しい表情を浮かべる。赤也が見たら青ざめそうだが、照れているのだと分かっているので幸村は目を細めた。
 注文していた料理が少しずつ届き始めた。きゅうりの浅漬け、長芋のとろろ焼き、骨付き若鶏に焼き茄子。物珍しさはないが、丁寧に作られたことの分かる料理の数々を口に含むたびに、真田は、「うまいな」と頷いていた。少しずつ緩んでいく表情を眺めていると、胸の内がほのかに温くなる。
「よかった」
「いい店だな」
「うん」
 店を気に入ってくれたこと以上に、真田が喜んでいるのを見て素直に嬉しいと思える自分に安心した。この一年間の幸村は、真田から大切なものを奪うばかりだった。
「この店にはよく来るのか」
「以前はよく来てたよ。最後に来たのは一年以上は前だな」
 店の女将は幸村のことをよく覚えていて、座敷に料理を運んでくるたびに笑顔を向けてくる。
「板場に立ってるのが息子さんなんだけど、若い頃は神戸の有名な中華料理屋で修行してたとかでこういう店なのに酢豚なんかもいけるんだ。今日はもう食べる余力がないけど、また今度来たときは食べよう」
「お前がうまいと言うなら信頼がおけるな」
「人通りの少ないところに建ってるから、足が向きにくいんだけどね」
 真田が手酌をするのを眺めながら、幸村はウーロン茶で喉を潤わせた。酒を飲んだのは一杯目のビールだけだ。自分が酒に弱く、酔うとつまらないことを口走ることは自覚しているので、今日は控えることに決めていた。
 対する真田は、日本酒に移っており、普段よりハイペースで杯を傾けていた。目が据わっているように見えるのも、気のせいではないと思う。
「この店のことはどうやって知ったんだ」
「どうやってって、知り合いの紹介だよ。地味だけどいい店があるんだって連れてきてもらった」
「職場の人間か」
「会社の人間の来るような店にお前を誘ったりはしないよ。それより、少し飲みすぎなんじゃない。お冷持ってきてもらおうか」
「友人でもないんだろう」
 この話題をこれ以上深掘りされることを厭うて話を変えようとしたが、男は気にせず言葉を重ねる。それが次第に問い詰めるような口調になっていくので、幸村は座りの悪い思いをした。
「何が言いたいんだい」
「以前に付き合っていた男と来ていたんじゃないのか」
「付き合ってた男なんていないよ。お前との関係だって曖昧なのに」
 言いながら、以前この店でカウンターに肩を並べていた男の顔を思い出そうとした。真田の家に上がり込む以前は二週間とおかず顔を合わせていた相手なのに、今はやけに通る声をしていたことしか思い出せない。
 真田が家庭を持って以降、男への気持ちが募れば募るほどに、心が空いていくような感覚に襲われていた。せめて体の穴だけは埋めてやろうと引っ掛けた男だったが、存外に話の合ういい男で、今までに寝た相手の中では一番長く続いた。
「お前が他の人間とどうこうなっていたと想像すると体から力が抜ける」
「俺はいつもそれを味わってたよ」
 しばらく沈黙が流れた。その間も真田は幸村から視線を逸らすことはなかった。
 ウーロン茶の氷が溶けて、カチリと音がするのを合図に、「帰るか」と真田が言う。そうだね、と財布を取り出しながら、昔は男から発せられるその言葉が大嫌いだったことを思い出す。
 真田が家庭を持って以降も、時たま二人で外に食事に出ることはあった。その時は決まってウーロン茶とビールで乾杯をして、仕事の話や学生時代の話をした。
 しかしいくら話が弾んでも、この男は終電を越えるような飲み方はしなかった。仕事終わりから集まって、夜の九時を過ぎるころには時計に視線をやるようになり、十時前には必ず帰宅出来るように店を出る。
 二人きりの時間を長く過ごしたい幸村を気遣うような重たい声で、「帰るか」と言われると冷や水を浴びせられたような心地がした。
 だけど今日は同じ家に帰ることが出来るのだ。1年前には想像も出来なかった。
「今日は俺が払うよ。誕生日なんだから」
「そういうわけには」
「このためにたくさん残業代稼いだから」
 まあまあ、と財布を出しかけた男を押し留めると、幸村は女将に会計を頼んだ。札を出すとき、「最近あなたのお友達の顔見てないわよ、あのいい男」と声をかけられて、曖昧な笑顔を返す。隣の男の纏う空気が固まったのが分かると、なんとなく気分が良かった。

 一足先に店の外に出た真田が、傘を広げている。弱まるどころか激しさを増した雨が、その黒い布地を不規則に叩く音があたりに響いていた。
「あれ」
「どうした」
「傘がない。ただのビニール傘だったから誰かが取っていったのかも」
 弱ったなぁ、と呟くと、太い腕に肩を抱かれた。力強い所作で、真田の黒い傘の下に二人で入る形になる。
「人が見るよ」
「見られてもいい」
「さてはお前、酔ってるね」
 肩に巻きついた腕を引き剥がして、歩調を合わせて歩き始める。
「傘、さっきのコンビニでまた買うよ」
「もったいない」
「真田ももったいないとか言うんだ。似合わないね」
「お前は俺をどういう男だと思っているんだ」
「いい男だと思ってるよ。顔も、声も、体も、愚直な生き方も、全部」
 そこまで言って、足を止めた。その拍子に水たまりを踏んで、雨水がスラックスに跳ね返る。
「俺は、初めて出会った時からずっと、お前のことを待ってたんだ。こうやって、お前が俺のところまで堕ちてくるのを。何度も言うけど、俺はしつこいよ。これ以上泥濘にはまりたくなかったら、今すぐ傘の外に追い出して」
 部屋の掃除もしたところだしね、と話を締めると、真田は拳を握り込んで幸村を睨みつけた。お互いそれなりに体格がいいので、スーツの肩が随分と濡れてしまっている。
「俺がお前を選び取ったんだ」
 静かな、しかし強い口調で真田は言った。これ以上言わせるな、と再び肩を抱かれる。今度はそれを引き剥がすこともせず受け入れて、幸村は押し黙った。
 いい歳をした男が相合傘をして歩くのを、すれ違った若い女が物珍しげに見つめていた。ホモだと思われたよ、と呟くと、
「あの店にお前を連れて行った男の話は、まだ終わっていないぞ」
 と険のある声が返ってきた。

 真田と寝るようになる以前から、幸村はセックスが好きだった。
 精通以降、時たましていた自慰のネタはいつも真田だった。男同士の行為のやり方を知って以降は、真田の逞しいモノに貫かれる自分を想像して疼く熱をおさめていた。そうした翌日は、普段以上に男の真っ直ぐな姿が眩しく見えた。
 そんな具合だから、自分のモノが異性を相手にしても役立つことを知った時には驚いたし、安心もした。初めて生身の体から与えられた快楽は、真田の恋人を寝取ることへの罪悪感をいとも簡単に払拭してくれた。
 初めて男とシたのは大学生の時だ。その頃真田は、後に彼の妻になった恋人と付き合い始めていた。
 彼女は真田の歴代の恋人と違って、幸村の誘惑には堕ちなかった。その事実は幸村の心を荒ませたが、その一方で、妄念にも似た恋情を一瞬でも彼の心から消し去ってくれた。
 同性を相手にするセックスに幸村はすぐに溺れた。男とするそれは、体の隙間を満たしてくれるのと同時に、耐えがたい寂寥感を紛らわしてくれる。
 セックスはいい、寂しくならないから──そんな風に思っていた。

「さな、だ……いた、」
 男の太くて長い指が、濡れそぼった幸村の入り口を押し広げている。ローションを纏った一本目の指が挿入された時には、時間をかけて慣らされることを期待したが、二本目の指はそれから殆ど間もおかず幸村の内側に押し入ってきた。
「これ、はずかしい……」
 尻を大きくかかげるような体勢でうつ伏せになっているから、真田の眼下には自分の恥ずかしいところの全てが晒されている。指を押し広げられる動きに抵抗するように蠢く内側も、限界まで伸ばされて赤く熟した入り口のしわの一本一本も、全部。
「っ……はぁ」
 ぐぷん、と粘液をまとった真田の指が内側から抜け出してくる。何度経験しても慣れない異物感から解放されて息をついていると、今度は更に太いモノが入り口を押し広げ始めた。指が三本に増えたのだ。
「ァ、グッ……」
 むりだよ、とゴネる間もなく細身のバイブ一本分程の質量を伴ったそれが肉壁を押し広げ始める。布団に爪を立てて圧迫感をやり過ごしながら、幸村は固く目を閉じた。
 乱暴に過ぎるようでいて、真田の指が幸村の内側を傷つけるようなことはない。それどころか、確実に性感帯を責めてくるので、幸村のペニスは痛いくらいに張り詰めていた。
「あっ、あんっ……ぅ」
 気持ちいい、苦しい、気持ちいい、寂しい。真田とのセックスは、寂しい。他の誰とするよりも。
「……っ、う……ん、ん」
 幸村が呻き声にも似た嬌声をあげている間、真田は物言わず男の肉を責め立てていた。黙ってないで何か言えよ、という言葉も、与えられる快感の中に沈んでしまう。
 家に帰る間もずっと、この男は殆ど口をきかなかった。気まずい空気が続くあまりに、「今日も自分のマンションに帰ろうかな」と心にもないことを口走った幸村の手首を、往来でしっかりと握りしめて家まで引きずってきた。
 何をそんなに腹を立てているのか、分からないでもなかったが弁解もせずにいると、そのまま布団に押し倒された。噛み付くようなキスをされて、実際に跡の残るほどに強く首筋を噛まれて、息をするのも億劫になる。そういう痛みの伴うセックスを男に教えたのは、紛れもなく幸村自身だった。
「集中しろ」
「ん、」
 向かい合ってもいないのに、考えごとしていると知られて空恐ろしくなる。この男がこんなにも簡単に深みにハマってくれると分かっていたなら、もっと早く自分の物にしていた。どんな手段を使ってでもこの体を抱かせて、他の人間になんて触らせなかった。
 肉壁を抉ぐる三本の指が、バラバラに動き始める。呼吸をするのも億劫になるくらいに内側を拡げられて、生理的な涙が目尻に滲んだ。
「それ、だめ……」
 堪らず抗議の声をあげると、「クッ」と短い笑い声が降ってきた。
「随分と良さそうだが」
 ナカを探っているのとは別の手で、ペニスを弾かれる。亀頭の周りを、いたずらをするみたいにピンピンとなぞられて、腰が引けたところにますます指を深く押し込まれた。
「ひっ」
「ナカがまた締まったぞ」
 真田の低い声がいつになく嗜虐的に響く。その事実にますます興奮する。真田はきっと、自分にしかこんな姿を見せない。異性に対して無体を働く真田なんて想像出来ないし、したくもない。意地の悪い姿は自分にだけ見せてほしい。
「んん、」
 ペニスにもっと直接的な刺激がほしくて、ぞんざいに立てられた男の指に先端を擦り付ける。
 僅かに溢れはじめた先走りを、深く爪の詰まれた指先に絡めた時、今日は自分を抱く気でいたのだなと気が付いた。
「もっと」
 はしたなく腰を振って快楽を求める自分の背中を、真田はどんな目で見下ろしているのだろうか。この上なく冷たいものであってほしいと思う。
「お前は、いやらしいな」
 真田の指がナカから抜けていく。ペニスの先端をこねくり回していた指も、動きを止めた。まだまだ足りないのに。抗議の意味も込めて顔を上げて、体を仰向けにすると、真っ直ぐな目に打ち抜かれた。その黒々とした瞳の中に、だらしなく口元を緩めた自分の姿が映りこんでいる。
「その男はお前の何を満たした」
 すぐに『初花』を教えてくれた男の話だと分かって、「性欲」と即答する。
「セックスが上手かったんだよ。それに声が良くて、話も面白かった」
 おざなりな口調で付け足すと、ペニスを握り込まれた。快楽への期待に、視界がにじむ。
「そのままシゴいて。お前の手、好きだよ」
 腰を浮かせながら言うと、「この淫乱が」と罵られる。それすらも心地良くて、目をすがめながら男を見上げた。太い眉、直線的な鼻筋、腰の奥を痺れさせる響きの良い声、幼少期からの因縁めいた縁。その全てが耐え難く愛おしい。
「俺は、お前が、」
 好きだよ、と言い切るよりも早く、いきりたったモノで口を塞がれる。顔を跨ぐように口内にペニスをおさめて抜き差しをされると、気が遠くなるような被虐心に襲われる。
「ん、く……む、」
 そういう体勢だから当然、幸村のペニスを握り込んでいた真田の手は離れてしまっていて、快楽を求めるそれは物寂しげにヒクヒクと屹立していた。
 真田の太いモノが喉奥を押し拡げる感触を縁に、淫肉にそれが押し込まれる感覚を想像して、屹立をシゴく。先走りを潤滑油に普段よりも強い力を持って上下運動を続けると、頭の中が朧げになってきた。
 真田のペニスが頬の内側の肉を抉ぐるように押し入ってくる。激しい抽挿を繰り返す男の息は荒い。もっと気持ちよくしてやりたいから、血管の浮き出た幹に舌を絡ませてやったら、「くっ」と息を詰めていた。真田が、あの真面目一辺倒だった真田が、性欲でいっぱいいっぱいになっている顔を見上げるのが好きだった。
 その顔を燃料に、ペニスを握り込む指に力を込める。カウパーに滑ったそこが自分の手のひらの表面に擦れるたび、涙が出そうになる。
 そういうことを続けている内に犯されているのが口の中なのか、内側なのか分からなくなってきた。気持ちが良すぎて目眩がする。真田も同じだろうと思って男の顔を見上げると、先ほどまでと変わらない熱のない視線とかち合う。
 真田はおそらく怒っていた。幸村が以前寝た男に嫉妬していた。自分は女と結婚して子供まで作っているくせに、自分と何度か通じただけの男に嫉妬する真田の気持ちが幸村には分からなかった。
 しばらく激しい抜き差しを続けたのちに、真田のペニスが口内から出て行く。そのまま口に出してしまえばいいのに、いきり立ったモノを持て余した真田は幸村の足首を掴んで大きく開脚させた。
「俺のこと、好きになったの」
 そう問いかける声は、寝室に空々しく響いた。
「昔から好きだ」
「俺も、昔からお前が好きだよ」
 馬鹿みたいなやりとりをした。昔から、ここまで拗れる前から想いあっていたなら、どちらからともなくそれを伝えればよかったのに。それが出来なかったせいでろくでもないことになった。
 お互い以外の人間の体を知ったし、真田は結婚して子供まで作った。幸村は一度は諦めた男のことが諦めきれなくて、真田の家族の幸せを壊した。
「くだらないね」
 本当にどうしようもない。だから真田と寝ると寂しい。好きでもなんでもなくても、他の男と寝る方がよっぽどいい。
 諦めたような風に幸村が入り口を指で拡げると、真田は大きく膨れた切っ先をそこに押し当てた。ぐずぐずになった後孔は、男のモノを受け入れようと浅ましくひくつく。
「ちょうだ、アッ……」
 呼吸を整える間もなく、真田のモノが押し入ってきた。三本の指をつかって、しつこいくらいに慣らされたはずなのに、幸村の内側は、それをきゅうきゅうと締め付ける。
 真田のペニスが最奥に達して、指では届かなかったそこをゴツゴツと叩くと、鈍い痛みと共に目の前の白くなるような快感が腹の内側を襲った。
「い、た……ん、あっ……ぬい、て」
 痛いのと、気持ちがいいのがないまぜになっている。抜いて、抜いて、とこぼしてしまうのは殆ど口癖のような物だった。前に体を預けていた男にも同じことを言っていた。優しかった男はそのたび、「そういうのめちゃくちゃ唆られる」と言って幸村を快感の絶頂に導いてくれた。
 だけど真田は違う。幸村が抜いてと言うと、本当に抜いてしまう。痛かったか、と気遣わしげに言って、そのくせ感情の読み取れない表情をしてこちらを見下ろす。
「痛くない。気持ちいいんだよ、気持ちよくて怖くなる」
 大きな質量のモノが抜けてだらしなく口を開いた入り口を晒したまま、幸村が懇願するまで許してはくれない。もっと欲しい、お前のが欲しい、そういう言葉をこちらが吐き出すのを待っている。
「紛らわしいことを言う」
「分かってるくせに、白々し、んっ」
 カリのフチを指の腹でなぞられる。息を詰めたまま面白半分に自分の敏感な部分を捏ねくり回す男を睨みつけると、「どうした」と意地の悪い声で問われた。
「もっ、と……んんっ」
 今度は裏筋ごと、大きな手で撫で回される。直接的な快楽に幸村は、小刻みな嬌声を漏らしながら体をよじった。
「このままイきたいか」
「んっ、ん……」
 涙が下瞼の淵に浮かんだ。いやいやと、大きく頭を横に振るうと、男の嵩の張ったカリが入り口のシワを押し伸ばした。
「真田のが欲しい。その大きいので、内側ぐちゅぐちゅにされてイきた、いっ」
 言い終えるよりも先に、グロテスクに隆起した凶器を押し込まれた。根元までずっぽりと刺さったそれは、しばらくの間幸村の最奥を刺激したのち、激しい抽挿を始める。
「あっ、あっ」
 内側を穿つようなピストンのストロークは長かった。カリの一番太い部分が引き締まった後孔を押し広げるまで抜かれて、そのまま一気に最奥を叩かれる。真田のペニスに抉られた淫肉は締め付けを増し、腰の奥はきゅうきゅうと疼いた。
「さなだ、きもち……だめ、」
「はぁ……俺も、いい」
 多少呼吸を荒くした男が、幸村の耳元で囁いた。女の人とするより、と尋ねたくなりながらもそれを堪える。お互いの嫉妬心を性欲の糧にするなんてくだらない。そんなことをしなくても、真田とのセックスは充分にイイ。
 内側を激しく突かれるたびに、胸の内がどろどろに蕩けていく、こんなに苦しいのはお前のせいだ。呪いの言葉を何度も飲み込む。
 体の前面を合わせるようにしっかりと抱き留められて、大きく体を揺すぶられると、恨み言も霧散して消えてしまった。
「んっ、ぁ」
 パンパン、と肌と肌のぶつかる激しい音が聞こえていた。真田のモノが最奥まで侵入してくるたびに、幸村のペニスはその逞しい腹に擦り付けられる快感を拾い上げていた。今にも達してしまいそうなのを堪えて、意識するでもなく息をつめていると、「出していいぞ」と耳輪に歯を立てられる。
 奥ばかりを虐めていた真田のペニスの先端が、小さく主張する幸村の前立腺をグリグリと刺激した。不意打ちの快楽に、目の前が真っ白になる。
「ぃっ、ぁ……ああ」
 小さな嬌声と共に幸村は達した。白濁が真田の腹を汚す間中、淫肉はヒクヒクと痙攣しながら男のモノを締め上げていた。
「あっ、あー……」
 一度達したペニスは萎えたままで、それでも力づくでかき回される内側はむず痒いような快楽を拾い続けていた。
「へんになる」
 呂律の回らない舌を大きく投げ出した。
「こんなことをしてマトモでいられるか」
 真田はそう言って幸村の舌を嬲った。お互いの生々しい舌の動きに合わせたように、律動もぐずぐずとナカを緩く崩すようなものに変わる。ずんずんと、緩やかだが力強い動きでペニスの根本を前立腺に押し付けるように動かれて、下腹部が甘く痛んだ。
「もっと早くシたらよかったね。高校生のころとか、」
「それはありえない」
 舌が離れると同時に放った投げやりな言葉に対する返事は早かった。
「好きだったのに?」
「あの頃は耐えられた」
 気付いていないふりをしていられた──言いながら真田は、幸村の一番気持ちいい部分を激しく擦り上げた。
「アッ」
 泣き声にも似た喘ぎが唇から漏れ出る。淫肉の全体が真田のペニスを締め上げるように引き絞られる。く、と短いと呻き漏らした真田は、幸村の肉の中で激しい抜き差しをしたのち、生温いものを彼の内側に放った。


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