7.5

 真田が俺のものになった。信じられないことにこれは夢じゃない。大学を卒業後それなりの企業に就職、24歳で結婚し、一人娘を設けた真田弦一郎という男は、その品行方正だった人生を俺の手によって崩された。真田は俺を憎んだに違いない。いや、むしろ家族で暮らしていた家に二人きりで暮らしている今だって俺のことは憎んでいるのかもしれない。
 真田はボタンなら初めから掛け違えていたと言っているけど俺はそうは思えない。あいつのボタンは途中まではたしかに正しく掛けられていたのだ。就職したときに一つ、結婚したときに一つ、子供の成長を見守りながら更にもう一つ。全部うまく行くはずだった。矛盾しているようだけど、俺はあいつにはまともな人生を歩んでほしかった。俺なんかのせいで手元を狂わせた真田は見たくない。
それなのに俺の作った不味い朝食を微妙な表情を浮かべて食べる真田を見ると幸せで、幸せでたまらなくなる。

「もう死んじゃいたいなぁ」

 幸せを噛みしめながら呟いた俺を、向かいの席で新聞を読んでいた真田が見つめた。真田は洒落にならないことは言うなって顔をしている。

「今この世の中に俺より幸せな男はいないと思うよ」
「そう思うならつまらないことは言うな」
「だけどここが幸せのピークかもしれない」

 言い切ってしまってからなんだかもやもやした物が胸にうずまいた。何かが違う、そう思うのに言葉が出ない。朝食のメニューの中で唯一上手く作れたインスタントのミルクティの湯気が唇を湿らせる。

「お前は俺との暮らしに幸せを求めているのか」

 静かな声でそんなことを言った真田が、ミルクティに口を付ける。それが甘すぎたせいか、会話の内容が悪いのか、眉間に皺が寄った。

「違う」

 幸村は頭を振った。そうだ、そうなのだ。幸村は真田に幸せにされたかったわけでも、真田を幸せにしてやりたかったわけでもない。辛くても息苦しくてもいいから、この男の誰よりも近くで生きたいと思った。

「お前といると幸せなのに息が苦しい。だけどこの息苦しさを俺はずっと求め続けてたんだと思う」
「……そうか」
「俺はきっと前世でもお前のことが好きだったよ。だけどお前は俺のことなんて好きじゃなかったんだろうな。真田のおかげで俺は酸素不足の暮らしに慣れたよ。お前と、お前の家族のいる家はすごく息苦しくて、」
「息ぐらい好きなだけ吸えばいい。今はもうここはお前の家だ」

 そう言った真田はミルクティの消えたマグカップを幸村に向けた。溶けきらなかったミルクティの粉がマグカップの底に溜まっている。殆どお湯の味しかしなかった、と真田は言う。
 苦笑した俺は深く息を吸った。視界が鮮やかさを増した気がする。ようやく口を付けることの出来たミルクティは上手く作れたと思っていたのに真田の言ったとおり味がしなかった。


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