雨宿り


 紫陽花が泣いている。
 鮮やかな藍色の花弁が、煙るような小糠雨に打たれて震えているのを見て、咄嗟にそう思った。梅雨入り前に実家から送られてきた荷物の中に紛れ込んでいた折りたたみ傘の表面を、細い雨粒が「ととと」と、流れていく。その音を鼓膜で受け止めながら、俺はぼんやりとしゃがみ込んでいた。実際に泣き出したいのは、紫陽花じゃなくて自分の方だってことを認めきれずに。
 折りたたみ傘からはみ出た学ランの腰回りがしとどに濡れているのが鬱陶しい。早くユニフォームに着替えて室内練習場に向かわないといけないのに、ローファーの靴底は濡れたアスファルトにへばり付いて離れようとしない。
 それもこれも全部御幸先輩のせいだ。胸の奥から込み上げてくる何かをせき止めるために唇を噛んで、鼻をスンと鳴らす。泣いてたまるか、と思うのに、目の縁に透明な膜が張り始めた。

 学校の下駄箱の前で、突然降り始めた雨に戸惑って立ち尽くす御幸先輩を見つけたのが、ちょうど三十分くらい前のこと。
「キャップ、傘持ってないんスか」
「うわっ……なんだ沢村か」
 背後から届いた俺の声に、思いがけず驚いた様子の御幸先輩は、苦笑いをした。なんだ沢村か、とはなんだ……と、モヤっとする俺に、「降るって言ってたか」と、付け足した。
「いやー俺もあんまり天気予報見ないんで、というか……なんだ沢村かとはなんですか! 沢村で良かったでしょ」
 一旦スルーしようかとも思ったけど、思い直して噛み付くと、御幸先輩は唇を尖らせた。
「だってお前どうせ傘とか持ってねーだろ」
 決めつけてかかる態度に腹が立つ。だけど今日の俺は折りたたみ傘を持っているのだ。学生鞄の中の紫陽花色の傘の持ち手を掴む。
「そんなの分かんないでしょーが」
「いーや分かる。だってお前雨が降るたびに濡れ鼠みたいになって寮の玄関にスライディングしてるだろ。あれ迷惑だからやめた方がいいぞ」
「なっなっ、なにを……確かにそんなこともありましたが、今日の沢村は一味違うと言いますかなんといいますか……大体、男子高校生ですよ! 偶には雨に体を任せることを楽しんだりしてもいいじゃないすか」
 キャップには童心がないんですね! と、喚く俺を、御幸先輩は呆れ顔で見つめている。
「眼鏡濡れるの嫌なんだよ。濡れてもいいならお前は先に行け」
 シッシッと俺を遠ざけるように手を振る御幸先輩が憎たらしくて、俺はギリギリと音が鳴るくらいの勢いで奥歯をかみ合わせた。鏡で確認したわけじゃないけど、多分目尻もつり上がっていたと思う。
 それでも御幸先輩と相合傘がしたい欲求は消え去ってはくれなくて、そろそろ出すしかないか――と、俺は鞄の中で傘の持ち手を掴んだ指にキュッと力を込めた。
「御幸先輩、」
「沢村君、御幸先輩?」
 仕方ないから傘、入れてあげますよ――と続くはずだった俺の言葉を遮るようにして、女子の声が耳に届いた。振り返ってみると、大きな黒い瞳をまん丸にした吉川がそこに立っている。その手にはピンク色の傘が握られていた。折りたたみじゃない、普通の大きさのやつだ。
「今日の練習は屋内ですよね。一旦寮に戻りますか」
「傘忘れて戻れないんだよ」
 小首を傾げた吉川に、間髪入れずに御幸先輩は返した。眼鏡の奥の視線は、吉川の手元に注がれている。
「私の傘で良かったら入っていきますか」
 選手の体調に気を配るマネージャーがそう答えるのは、自然な流れだ。吉川は、御幸先輩から俺に視線を移して、「沢村君も?」と、尋ねてくる。
「私は校内に残ってる友達の傘に入れてもらうから、御幸先輩と沢村君が二人でこの傘使う?」
 優しい吉川は、気遣わしげな目で俺を見つめている。俺は折りたたみ傘あるから、と言わなきゃいけないのに、俺の口はなかなか動かない。どうしても御幸先輩と相合傘がしたい。だけど折りたたみでもない吉川の傘があるのに、俺の小さな傘に二人で入りましょうとは今更言いにくかった。
 なかなか返事をしない俺に痺れを切らした吉川が、傘の持ち手を差し伸べてくる。
「沢村はいいって」
 それを制したのは御幸先輩だ。俺に向かって差し伸べられた吉川の傘をスッと受け取って、開いてみせる。
「濡れて帰るのが好きらしいから、俺たち二人で入って行こうぜ」
 傘の露先をくるりと回しながら先輩は言った。吉川に声をかける実、その視線はしっかりと俺に向かっていて、二重瞼に縁取られた綺麗な形の瞳が意地悪げに歪んでいるように見えた。なかなか素直にならない俺への当て擦りらしい。
「えっ……だけど」
 御幸先輩は、戸惑う吉川の手を引いて、傘の内側に招き入れる。その仕草があまりにも自然で、心臓が握り潰されたみたいに痛んだ。
 それでもなんともない顔をして俺は口を開く。
「御幸先輩のジゴロ! 吉川に変なことしないでくださいよ!」
 あくまで親しい同級生の身を心配するフリで言って、吉川には笑顔を向ける。
「俺はもう少し雨が弱まってから戻るから、気にすんな」
 言い終えるよりも先に御幸先輩の足は既に動き出していた。吉川は、俺の方を何度も振り返っていたけど、その内二人の背中は見えなくなる。
「はー……」
 俺は深い溜息をつきながら、鞄の中の折りたたみ傘を開く。新品のはずなのに、どこか湿った匂いがした。

 そういうことがあったせいで、なんとなく寮に戻る気分にもなれない俺は、寮のすぐ傍にある紫陽花の花壇の前で二十分くらい過ごしている。雨に濡れるほどに花弁をキラキラと輝かせる紫陽花とは逆に、前髪とか制服の所々を雨で濡らした俺の姿はきっと見窄らしい。
 こんなところ誰にも見られたくないし、大切な試合を控えたこの時期に、雨だからといって練習をサボるわけにもいかないけど、俺は吉川の手を引いた御幸先輩のことを考えていた。なんであんなこと……と、考えるたびに腹が立つし、なんで早く傘を出さなかったんだ……と、悔いるたびに自分が情けなくなる。
 御幸先輩は、俺の恋人だ。好きだとか、愛してるとか言われたわけじゃないけど、多分そうだって思ってる。
 春の甲子園から戻って一週間くらいした頃、俺は御幸先輩にキスされた。
 屋内練習場で二人きりで投球練習をしていた時のことだった。夏の大会では絶対にエースナンバーを背負うって息巻いていた俺に、御幸先輩はフっと笑いかけて、唇を重ねてきたのだ。突然のことに戸惑う俺に、更に重ねてキスをした先輩は、そのまま何も言わずに寮に戻って行った。
 それからも、二人きりになるたびにキスをした。普段の会話なんかは前までと何も変わらないし、さっきも言ったように告白されたわけでもないけど、これは付き合ってるって言ってもいいんじゃないかと思う……思ってたけど、最近の俺は先輩の気持ちが分からなくて苦しい。
 意味もなく好きでもない相手とキスをしたりする人じゃないと信じたいけど、さっきは吉川と相合傘してたし、もしかすると御幸先輩はちょっと軽いのかもしれない。
「俺って遊ばれてたのか……」
「バーカ、何言ってんだよ」
 涙声を紫陽花に落としていると、御幸先輩にそっくりな声が鼓膜を震わした。
「あ、紫陽花が喋った!」
「ホントにバカか」
 呆れ声と共に肩を叩かれて振り返ると、制服から眼鏡から何から何までずぶ濡れにした御幸先輩が立っていた。驚き過ぎて、咄嗟に自分が濡れるのも構わずに折りたたみ傘を御幸先輩の頭の上に差し出す。冷たい雨粒が、頭のてっぺんをトントントンと叩いた。
「傘……持ってんのかよ」
 落ち込んでいるような、呆れているような声で、そんなことを言った御幸先輩が、俺の体を抱きすくめる。小さな折りたたみ傘の中に、二人の体がすっぽりと収まった。
「なぜここに……」
「お前がなかなか寮に戻らないからだろ」
「傘は?」
「さっきは忘れてたけど、前に雨降った時に校舎に置いたままにしてた」
 つまりさっきの下駄箱前でのやりとりは全部無駄だったということだ。俺は今までになくぴったりと密着した大好きな人に、少し呆れた。
「他の人に借りれば良かったのに」
「……急いでたんだよ」
 拗ねたような声。拗ねてるのは目の前で相合傘を見せつけられた俺の方なのに。
「眼鏡濡れるの嫌だったんじゃないんすか」
「だーかーらーお前が……はあ、もういいわ。お前の言った通り、雨に濡れるのも少しは楽しかったし」
「俺は楽しくねーし。吉川と相合傘……俺だって先輩としたかったのに」
「逆にお前ならお前の傘には入らねえとか、じゃあ俺と沢村で入って帰るわとか言えるのかよ」
 しばらく考え込んで、「言えない」ぽつりと返す。だろ、と言った御幸先輩は、少し誇らしげで収まりかけていた怒りがまたぶり返す。
「じゃあ俺と吉川が二人で入ったんでも良かったんじゃないすか!」
 投げつけるように言うと、御幸先輩は薄っすら眉間に皺を寄せた。眼鏡を濡らす雨粒のせいで、レンズの奥の瞳がどんな色をしているのかはうかがい知れない。
「それはダメ」
「なんで!」
「お前が他の人間と相合傘するのなんか絶対許せねーし」
 飄々とした口調で言われて、ガックシと力が抜けた。
 それで自分が相合傘するのはいいって……どんだけ勝手なんだ。
 腹が立って仕方なくて、だけど言葉は喉の辺りでつっかえたままで、俺は右手を御幸先輩のうなじに回した。
「ん……」
 触れるだけのキスをして、誰にも見られてないかと辺りを見回す。長雨が降り注いでいるせいか、人の姿は見当たらない。ほっと胸をなで下ろす俺の腰に、御幸先輩の濡れそぼった腕がきつく回された。
「ぐっ……ん、」
 今度は舌の絡んだ激しいキスを落とされて、頭がぼーっとした。そういうキスは始めてだった。
 長いキスを終えると、御幸先輩は、「早く練習行くぞ」と、キャプテンの顔になって言う。
 互い違いに肩を濡らしながら歩く俺たちを見上げる紫陽花は、雨水を浴びることを楽しんでいるように見えた。

嫉妬
 梅雨明けも近い七月の頭の昼休み、沢村は萎びかけの紫陽花を背にしゃがみ込んでいた。人目を気にして辺りを見渡す彼は、その場で一人の女子生徒と待ち合わせをしている。
 名前は伏せておくが、その女子生徒は沢村より一学年下の一年生で、一週間ほど前彼に、「好きです。付き合って下さい」と至極シンプルな告白の言葉を寄越してきた女であった。
「遅くなってすみません」
 爽やかな声が沢村の頭に降ってくる。見上げると、セミロングの髪を一本に束ねた少女が沢村に笑顔を向けていた。逆光を浴びた髪の一本一本が陽に透けて美しい。女雛のような涼しげな瞳は、沢村の姿が写り込むととろけたように細まる。
「待ってない」
 可愛いな、と思いながら応える。近場のベンチに並んで座り、少女の誂えた弁当を開く。白米には揉み海苔と白ごまが散らされている。おかずは卵焼きと、ピーマンのきんぴら、ウインナー、それから見慣れぬ黒い塊が入っていた。
 箸でつまんでみると、それは存外に平たい。これ何、と尋ねるのも不躾な気がして、沢村はその黒いものを真っ先に口に含んだ。
「ん、美味い!」
 想像外の味に、沢村は高い声を上げた。少女は、沢村の反応が嬉しいらしく自分の弁当に箸をつけることもなく彼を見つめている。
「ひじきと千切った梅と玉ねぎを小麦粉を繋ぎにして焼いたものです。ご飯に合うんですよ」
 その言葉を受けて、揉み海苔の載ったご飯を口に含んだ。なるほど海苔ご飯との相性も抜群である。歳若いのになかなか渋いおかずを作る少女を、「出来る……!」という目で見つめた。
 こんなやりとりを交わしているが、沢村は彼女からの告白を受け入れたわけではない。むしろ「付き合ってください」の「さ」の字の辺りで食い気味に「ごめん」と頭を下げていた。想いを寄せる相手がいるのである。
 しかし少女はめげなかった。その場ですぐさま「とりあえず友達になってください!」と軌道修正をはかり、その三日後からは手作りの弁当を持ってくることを口実に、沢村との昼休みの逢瀬の約束を勝ち得た。
 異性から真っ当にアプローチを受けたことがない(と本人は思っている)沢村は、この数日の間昼休みの一時間を少女に差し出している。付き合うことは出来ないが、一緒に食事をとるくらいはいいだろうと、軽く考えていた。
「昨日お母さんがベランダでゴキブリと間違えて今年初めて見た蝉を殺しちゃったんですよー」
 高く澄んだ空に、少女の声が溶けていく。
 取り留めのない会話を交わしていると心が和んだが、このままどれだけ逢瀬を重ねようとこの子を好きになることはないという予想は、殆ど核心に変わりつつあった。
 十五歳の女の子の一日は貴重である。早い所想い人の存在を明らかにして、誘いを退けなければいけないとは考えつつも、沢村は人間としては好ましい少女に嫌われることを恐れていた。自分が悪者になってまで少女との関係を断つ踏ん切りがつかないのだ。高校生らしい青い逡巡だった。
「今日も私ばっかり喋っちゃってすみませんでした」
 予鈴と共に立ち上がって、彼女は頭を下げた。綺麗に空になった弁当箱の入ったアニマル柄の手提げをぶらぶらと揺する。しかしなかなか歩き出そうとしない。
 沢村もまた立ち上がって、少女の手提げが揺れるのを見つめていた。
「あの……」
 気まずい沈黙を打ち破ったのは少女の方だった。手提げを持たない右手を沢村に向かっておずおずと差し伸べる。
「手を、繋いでもらえませんか」
 それで終わりでいいんです――と消え入るような声で付け足した。長さはないが量の多い睫毛が震えている。
 気の無い態度が少女に伝わってしまっていたことに気がついて、沢村は唇を噛んだ。その唇に触れる秀麗な男の顔が、頭に浮かぶ。
「手は繋げない……ごめん」
 少女に嫌われる決心がようやくついた沢村は、背を向けて歩き出そうとした。その背中に、「沢村先輩っ……」と半分泣いているような声がぶつけられる。振り切ることが出来ず、動きを止めた沢村の右手に少女は立った。
「小指だけでもいいんです」
 そう言って左手の小指をピンと立てて見せる。そこまでくると流石に、なんだそれ……と呆れ半分に思わないでもなかったが、小指くらいならいいだろうと右手を差し伸べた。
 小指の先同士が触れ合って、音もなく絡まり合う。小指くらいなら、と思っていたのに、細い指の感触がまざまざと感じられて、沢村は息を詰めた。単純に手を繋ぐよりも儀式めいていて、官能的だと言えるかもしれない。
「ありがとうございました」
 数秒の後、先に指を解いたのは少女の方だった。今までになく晴れやかな表情を浮かべた少女は、頭をぺこりと下げて走り去っていく。沢村はしばらくその場に立ち尽くしていた。

「どういうことなんだよ、バカ、バーカ、バカ村!」
 廊下にまで届く程の大きさで叫んだ倉持を、机に向かって眼鏡を拭いていた浅田が振り返った。三白眼の上級生の手には、最近買い換えたばかりだというスマートフォンが握られていた。液晶を突きつけられた先には、二年生エースの沢村が座っている。眼鏡を外しているので、画面に何が写っているのかまでは判別がつかない。
「どういうことと言われましても……」
 平素はやたらめったら威勢のいい沢村が、今日は押され気味だった。珍しいこともあるんだな、と心の中で呟きながら浅田は磨き残しがちなレンズの端を丹念に磨き上げる。
「お前が最近一年の女子と昼休みにコソコソ連んでるってネタは上がってんだぞ」
「別にコソコソしてたわけじゃ」
「口答えすんな」
 倉持の拳が沢村の頭を軽く小突く。眼鏡は大方磨き終えたのだが、上級生二人のやりとりが気になってなかなかそれを装着することが出来ない。話を盗み聞きするのであれば、何か作業をしているフリをする方が自然に思われた。
「あの子とはただの友達ッスよ! それも今日で終わりましたから!」
「ああっ!? じゃあこれはなんだ? 地元で若菜が泣いてるぞ」
 倉持がスマホの画面を更に沢村に近づけた。殆ど目と鼻の先である。それに何が……気になってたまらない浅野だったが、今更眼鏡を付け直すわけにもいかない。
「若菜は関係ねーでしょ! 大体その写真どうしたんすか」
「善意の第三者からの提供だ……言い逃れは出来ねーよ」
「ぐっ……」
 不本意げな表情の沢村が、倉持からスマホを取り上げようとした。しかし反射神経に富んだ倉持は、あっさりとそれを避ける。
 浅野が眼鏡拭きをケースにしまいこみ、一切の指紋のなくなった眼鏡を掛けたとき、部屋のドアが開け放たれた。入り口を見やると、そこには野球部の主将御幸一也が立っていた。風呂上がりらしく、前髪がほんのり艶を帯びている。
「げっ」
 御幸の視線を真っ直ぐに受けた沢村は、顔面を蒼白にしてその場に佇む。そんな沢村の背後で倉持が高笑いをした。
「ヒャハ! 不純異性交遊するバカにキャプテンが指導したいってよ!」
「倉持先輩がキャップにチクったんすか!?」
「善意の第三者だ、バーカ。ヒャハ、浅野出るぞ」
 こってり搾られろよーと叫びながら倉持が部屋を出るのに、浅野が続く。そのタイミングで倉持のスマホの液晶を覗き見ると、一年生と思わしき女子と、沢村が肩を寄せ合う姿がおさめられていた。
「意外だ……」
 ぽそりと呟いた浅野の呟きは、五号室から漏れ出る沢村の断末魔にかき消された。

「それで、これ何?」
 倉持達の足音が遠ざかるなり、沢村を床に縫い止めた。冷えた目で見下ろすと、沢村は何故だか頬を紅潮させてふいと横を向く。
 前から思ってたけど、こいつマゾっ気あんのかな。
 追い詰められる状況を楽しんでいるような節のある後輩に、御幸は呆れた。それと同時に初めて組み敷いた後輩の体が愛しくて、倉持から送られてきた写真のことは不問にしてこのまま襲ってやろうかなどとも考える。
「……俺ですね」
「何してるとこ? 一緒に写ってんのは?」
「先週俺に告白してくれた一年の女子で……小指を、繋いでやす」
「はあ? 付き合ってんの」
「まさか! ごめんって断ったらせめて友達にって言われたんで、お昼だけご相伴に……」
「預かるなよ、バカ。大体なんだよ小指って」
 俺だって繋いだことねーのに、という言葉は飲み下す。沢村とは何度か唇を重ねてきたが、それ以外の接触は六月の雨の日に抱き合って以来ない。好きだ付き合おうというようなやりとりを交わしていないこともあって、手を繋いだことすらなかった。
「もう会わないみたいな感じで、最後に手だけ繋いでくださいって言われたんですけど断ったら、せめて小指だけって……」
「小指だけでも駄目に決まってるだろ、バカ」
「自分は吉川と相合傘したじゃないすか」
 拗ねたように目を細めて唇を尖らせる沢村は、不覚にも可愛く思えたが、御幸はあくまでも渋面を崩さない。俺はいいの、と以前にも振りかざした身勝手な言葉で沢村を押さえつけて、普段はアンダーシャツの下に隠されている白い鎖骨に口付ける。
「っ……本当に勝手ですよね。相合傘したら腕とか肩とかくっつくじゃないすか、それに比べたら小指の一本くらい……」
「小指の方が問題だろ! その子はもうお前に会うつもりはないのかもしんねーけど、お前の中で忘れられない女になろうとしたんだよ」
 床に投げ出された沢村の左手首を掴む。緩く握られてきた拳を解いてやって、ぴんと伸びた小指に自分のそれを絡めると沢村の肌は面白いくらいに張り詰めた。
 敏感であろう指先を詰るように爪の先でつつく。
「一年生っすよ……そんな手練れの悪女みてぇなこと考えませんって」
「バカ。悪女じゃねーから性質が悪いんだろ。お前小指繋いでなんとも思わなかった?」
「それは……ちょっとドキドキはしましたけど」
 馬鹿正直に答えた沢村の鎖骨に歯を立てた。う、と息を詰めた沢村の鼓動が早くなっているのが分かる。やっぱりこいつはマゾだ。
「契約。これ以降プライベートで他の奴に体触らせんなよ」
 絡み合った小指にキュッと力を込めた。
「御幸先輩は、何の権利があって俺にそんなことを言うんすか。付き合ってるワケでもないのに……」
 吐息と共に絞り出された沢村の声は掠れていた。御幸は何も言わず、その震える唇に自分の唇を重ねた。一秒にも満たない時間の、触れるだけのキスを終えて沢村を見おろすと、瞳のふちを赤らめてこちらを睨みつけている。
「いっつもいっつもチューするだけで、大事なことは何も言わないでっ……それで俺の行動は縛ろうとして……御幸先輩は勝手です!」
「分かってて受け入れてるくせに」
「そうですけど……俺はバカだから、もっと分かりやすいものが欲しい……」
 消え入りそうな声で言って、沢村は小指を振りほどいた。自由になった左腕で御幸のうなじを抱き寄せる。
「俺から言わないといけないんですか? アンタが俺をこんなにしたのに……」
 耳朶を撫でる沢村の吐息の熱さに、御幸は酔った。
 ただ一言、好きだとか、付き合おうとか、分かりやすい言葉を与えてやれば、沢村はきっと女を傍に寄せたりはしないだろう。
 だけれど、いつの日にか自分の胸の内に芽生えたこの左利きの後輩への感情はあまりにも重たい。所詮は野球バカの御幸のボキャブラリーの中には、その激しすぎる想いを形にする言葉が存在しなかった。そこには、適当な言葉を当てはめて気持ちを伝えた気になるのは憚れられる程の熱が孕んでいる。
「なんで、何も……」
 御幸の額に濡れた何かが触れた。それが沢村の涙を含んだ睫毛だと気がついたとき、身体の中心で情欲の種が弾けた。
 寝巻きのTシャツ越しに肩の肉に歯を立てる。沢村が、「いっ……」と息を詰めて首を振る気配を、耳の裏側で感じた。
「さーむら、俺とちゅーするの好き?」
 耳元で囁くと、御幸のうなじにかかった沢村の腕に力がこもるのが分かった。
「好きじゃなかったら、キャップが相手でもぶん殴ってる……」
「今日先っぽだけ入れちゃダメ?」
「舌?」
「ばーか」
 うなじを固定する沢村の腕をほどきながら、シャツの裾をするりと捲ってやる。蛍光灯の下で露わになった腹から胸のラインに思わず生唾を飲み込んだ。更衣室で、風呂場で、何度も見ているはずなのに、二人きりの密室で見下ろすその体の求心力は計り知れない。
 鍛えられているとはいえ、少年らしい薄さを残した沢村の胸に吸い寄せられるようにして唇を押し当てる。寒くもないのに立ち上がった先端の飾りに舌を這わせると、「変な感じ……」と困ったような声が降ってきた。
「初めから気持ち良くなるような場所じゃねーよ」
「……二回目があるんすか」
 それには答えず、輪と皮膚の輪郭、ぷっつりとした突起を丁寧に濡らしていく。煩いくらいに鳴り響く心臓の鼓動の持ち主が沢村ではなく自分であると気がついたとき、御幸は、「ふ」と口角を持ち上げた。
「お前のことになると、余裕がなくなる」
「そうは見えませんけど」
「そう見えたらカッコ悪いだろ」
「あ、確かに」
 せんぱいの勃ってる……と漏らしながら、沢村が自由の効く膝を揺り動かす。
「っ……や、め――」
 薄い膝の皿で勃起したそれを嬲られて、眉間にひびが入った。
「そういえば鍵開きっぱなし」
 御幸の反応を楽しむことによって、少しは余裕の出てきたらしい沢村は、素面の声を上げる。
 鍵をかけることを口実に組み敷いているはずの相手からの責め苦から逃れようかとも一瞬考えたが、逃げるような形になるのが不本意で頭を振った。
「誰に見られてもいいだろ」
 いいはずはなかったが余裕ぶって返してやると、沢村は俄かに狼狽始めた。その隙をついて今度は自分から沢村のズボンに指をかける。脱げよ、と命令すると瞳を潤ませた後輩は案外素直にズボンのゴムに手をかけた。
 トランクスの布越しにでも分かるくらいに膨らんだ沢村のそれが御幸の視界に飛び込んでくる。
「下も」
「それは……恥ずかしいっス」
「俺も脱ぐから」
 その段になってようやく立ち上がって部屋の鍵をかける。戻りしなにズボンとトランクスを一気に床に落として膝立ちになると、「俺のと形違う……」と漏らした沢村は生まれたままの姿になっていた。
「上は脱げとは言ってねーけど」
「暑いから……」
 窓の外から蝉の声がかすかに届く。
 どちらからともなく互いのペニスに手を触れて、どこが気持ちいいのかも分からないままにそれを上下に揺り動かした。いやらしい水音が部屋中に響き渡って、酸いような苦いような匂いが立ち込める。
「ァ……せんぱ、きもちっ……」
 沢村の声が濡れている。それが面白くて、先走りでグズグズになった先端を中心に、手のひらで竿全体をいたぶる。
「そんなにされたら……じょう、ずにできな、あっ」
 上手に出来る必要なんてない。拙いところがまた愛しい。御幸がそんな気持ちでいることを沢村は想像もしていないだろう。自分が与えられた分の快楽を、御幸に返してやることが出来ないことを厭うて眉を下げている。
「……もう少しこっち寄って」
 おずおずと距離を詰める沢村の腰を掴んで、体を反転させる。こちらに背中を向ける形になった沢村を腹の上に座らせて、「一緒にしごいて」と耳元で囁いた。
「っ……ぅ」
 二本のペニスを束ねるようにして沢村は右手を動かす。
「お前左利きなのにオナニー右でするの?」
 左手に比べれば柔らかな感触に陶然としながら尋ねる。
「スマホで動画見るとき左で操作するんで……」
「なんだそれ、やらしー」
 沢村の第二指から五指にかけてが、御幸の屹立の裏筋をしっかりと上下する。互い違いにズレあいながら触れ合う亀頭はどちらのものとも知れない先走りでテカテカと輝いている。
「ん……んっ……あっ、アアッ……!」
 半分自分の世界に入り込んでグラインドを続ける沢村のうなじにかぷりと噛み付くと、大きく喘いだ沢村の本体がぶるぶると震えた。
「外、聞こえる……」
「ん、ん……」
 左手で涎の垂れた口を塞ぐと、その状況にも興奮するらしい男は、瞳の端からポロポロと雫を落とした。手の動きがおざなりになり始める。
「ちゃんと動かせって」
 半分動きを止めかけていた沢村の右手に自分の手を重ねるようにして上下を始める。
「んー……んー!」
 くぐもった喘ぎを漏らす沢村は、泡立った皮膚を御幸の二の腕に擦りつけた。接触面から互いの汗が混じり合う。ずっとこうしていたいが、あまり時間をかけすぎると倉持達が帰ってきてしまう。
 自分のモノからは手を離して、沢村のペニスだけを上下に虐める。んーんー! ……と悲痛に何かを訴えながらも、沢村は、射精感の頂きに昇り詰めようとしているようであった。御幸のペニスの付け根に柔らかく接していた睾丸が、芯を帯び始めている。
「んぐ……んんっ……んー!」
 竿を中心に動かしていた指の先でカリの裾野をくびった瞬間、沢村の背中が大きく仰け反った。それと同時に鈴口から白い液体がびゅるびゅると飛び出し、沢村の腹を汚した。ビクビクと震えるそれから、精の残滓を絞り出すように竿を扱き上げると、一回、二回と僅かばかりの液が垂れてくる。そこへきてようやく口を押さえていた手を剥がしてやった。
「ハァ……ハァ……」
 床に倒れこんだ沢村は、荒い呼吸を整えようと懸命に酸素を吸い込んでいる。腹から滴り落ちる精液が、五号室の床に滴っていた。
 それをすくい取って、目の前の露わになった菊門の皺を指の腹で伸ばす。
「ぁ……んなとこ、だめ……」
 マトモな抵抗も叶わないくらいに消耗した沢村は、いやいや甘い声を漏らすばかりだった。それをいいことに人差し指をその内側にとぷりと捩じ込むと、「き、つい……」とひび割れた声が上がる。
「小指だよ」
 真顔でうそぶきながら、その繊細な内壁をゆるゆると解す。傷が付いて、痛みのせいで投球に影響が出るようなことになれば事である。
 己の白濁を潤滑油に、じゅぷじゅぷと卑猥な音を立てる沢村の内側は、初めて外からの侵入者を受け入れたとは思えないくらいに柔らかだった。度々上がる高い嬌声を聞くに、痛みを感じているようには思われない。
 男の性感を探るように御幸が指を蠢かせると、「汚いから……やめて……」と、懇願された。
「本当にやめていいのかよ」
「いいっ……いいから、ァッ――」
「それはどっち?」
 分からない、と泣く沢村。男の体の内側の、生殖行為をする上ではなんの役にも立たないその一点を御幸が探り当てたのはその瞬間だった。
「アッ、あ、あー……」
 壊れた玩具のような声を漏らし続ける沢村の、一番気持ちのいい部分をしつこいくらいに擦り上げてやる。こいつは俺のものだという傲慢な実感が、御幸を悦に浸らせた。
「さーむら、きもちいい?」
 その問いに答えることもなく、沢村は身動ぎ続けている。汗に濡れた床に面した足の指はピンと伸び、その張り詰めたふくらはぎはぷるぷると震えていた。
 先程精を放ったばかりのはずの沢村の中心が再び形を作り始めている。
 御幸は、挿入していた人差し指を一旦抜き出した。
「はあ……」
 沢村が安堵の溜息をついたのを見計らって二本同時に挿入してやる。さすがに苦しいらしく、「フーッフーッ……」と発情期の猫のような吐息を漏らす沢村の内側は、ヌチュヌチュと御幸の指に絡みついて離そうとしない。
「お前のナカ、すげーエロい……知ってた?」
「はぁん……っ、うう……えろいの、むり、」
 耳元で囁いてやると、それだけで肉壁が締まった。たまらなくなった御幸は、沢村の形の良い耳殻に舌を這わせて、犬歯を立てる。沢村のペニスは腹に付きそうなくらいに勃ち上がった。
「イったばっかなのに……っ、いた、い……たい」
 痛いのは内部ではなく、半ば強制的に勃ち上がらされた肉棒だろう。消化不良な兜合わせを経た後にとんでもない痴態を見下ろしている御幸のモノも最早限界を迎えつつあった。
 指ではなく自分自身を沢村の中に捻じ込みたい。その欲求が極限まで高まった時、御幸は沢村の内側で暴れまわっていた二本の指を抜き去った。その瞬間にも快楽が生じるらしく、沢村は半狂乱したような声を漏らす。
 御幸は痛いくらいに張り詰めた自分のモノを二、三回シゴいて、その入り口に挿入を試みようとした。しかしぶるぶると震える後輩の、うなじの後れ毛を見るにつけ、その滑らかな肩に触れる。キスがしたくなった。
「さわむら、こっち向いてきもちー顔見せて」
 キスしたいからこっち向いて、とは言えない己の強情さに呆れた。沢村もまた呆れたのだろう、「うるさい黙れ御幸一也」と掠れた声でぶつけてくる。
「俺、先輩」
 このやりとりは随分久しぶりだった。
「コーハイ、おかすくせに……」
「まだ犯してねぇし」
 言いながら、掴んだ肩を起点に沢村の体を反転させて仰向けに押し倒す。数分ぶりに拝んだ沢村の顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。触れるだけのキスを落とすと、「もっと……」と舌を出して要求される。
 ばーか、と額を小突いてやると沢村の口元が緩んだ。そう呼ばれるのが好きらしいと気がついたのは、つい最近のことだ。望み通りに舌を吸ってやる。顎からエラにかけてを掴んで、上顎、歯列を舌先で辿ってやると、沢村の瞳からは更に涙が溢れでた。もっと啼かせてやりたい。そんな欲求が体の中を支配する。
 半ズボンのポケットからコンドームの袋を取り出して、破く。付き合ってる大学生を孕ませてしまった――と落ち込んでいたクラスメイトが俺のようになるなと泣きながら配っていたものだ。妊娠は女の狂言だったので、そのクラスメイトは現在も平和に高校生活を送っている。
 初めて生で見るそれを不慣れな手つきで装着する御幸を沢村はじっと見つめていた。
「初めてで悪いかよ」
 拗ねた声を上げると、
「嬉しくて」
 と泣き笑いで言った。下がった目尻を舐めてみたかった。
 固く立ち上がった屹立を沢村の襞に這わせる。互いに息を詰めて、一秒、二秒、三秒目を数え終える瞬間に御幸は沢村の中に押し入った。
「っく……」
 太く固い御幸のモノをぱっくりと咥え込んだ沢村の菊門は、束ねられる許容量を超えた輪ゴムのように締まり切っていたが、指で丁寧に鳴らした内側は生温く怠惰に彼自身を受け入れた。
 すぐさま抜き差しを始めるのは不憫に思われて、圧迫感のせいか半分萎えかけた沢村のペニスを扱く。先走りで体中をべとつかせたそれは、御幸が大きな手を上下させると次第に形を取り戻していった。
「あっ……ん、あっ」
 甘い吐息と共に嬌声が漏れ始めたのを確認して、ぐりぐりと沢村の奥を蹂躙する。亀頭の皮膚全てが沢村の肉壁と一体化していくような感覚に、御幸は溺れた。とろとろの内側を割り入って、出来るだけ奥に入り込もうとするのだが、少年のそこは存外に狭い。
「せんぱ、きもち、いーですかっ……あっ」
「……っ、お前の体すごい……すげーいい」
 好きだ好きだと口走りそうになるのを堪えて、沢村の頭を撫で回す。
 床に突き立てて体を支える左腕から力が抜けて、御幸は沢村の体に倒れこんだ。密着度が上がったのをいいことに更にガツガツと腰を振る。竿全体をにゅるりと包み込む沢村の肉の中に自分自身を埋め込む反復。下腹部の内側が、ぴりぴりとした澱の様な快感で淀む。
「ィッ、っあ――あっ」
 ごつ、ごつと、体を前後に揺り動かして、沢村の中の感触を余す所なく堪能する。
 日頃は馬鹿げた大きさに開かれて、周囲に呆れられるような大声を出す口元がしまりのない形に緩んで、唇の端からは涎が垂れていた。
 一年女と隠れて会っていたことを知った時には腹わたが煮えくりかえりそうだったが、荒い呼吸を繰り返すたびに、八の字に下がる眉、奥を貫かれる度に張り詰める瑞々しい肌――それら全てが他の人間には晒したことのないものなのだと思うと、多少は溜飲が下がる。
 こめかみを滴る玉のような汗を舐めとってやると、
「汚いから……」
 と、沢村は眉を下げた。少しも汚くなんてないのに。
 肉壁の奥の奥に、亀頭の先をぐりぐりと押し付けながらもう今度は喉仏のあたりを舐めてみる。塩の味がした。ここに至るまで貪り続けていた口内のそれとはまた違う、新しく知った沢村の味。
 その味を舌に覚えこませるように、こいつは俺の物だ、という所有の証をつけるように、なだらかな首から肩にかけてのラインにかぷりと歯を立てる。軽く力を込めると、沢村の内側が蠢いた。
 しばらくして解放してやって、顔を上げると、自分を睨みつけているものだとばかり思っていた沢村は、意外にも潤んだ瞳をこちらに向けて、「もっと……」と誘った。
「……クソ、あんまり煽んな」
 叩きつけるように腰を振りながら、先程よりも強い力で噛み付く。
「は、ぁん……せんぱ、やばい……」
「何がやばいんだよ?」
「いたいの……きもちくて……変になる、ああ……」
 抉られた内部がぐちぐちと御幸に絡みついてくる。跡が残ってしまうのではないかと、心配になる程にくっきりと歯型のついた沢村の肌を、御幸はちろりと舐めた。
 絶頂はすぐ傍までやってきていて、だけれどまだ物足りない。一人で発散するときには感じ得なかった欲求の中で御幸は漂っていた。
 御幸の体の下では、後頭部を床に擦りつけるようにして体をしならせる沢村が悲鳴のような喘ぎ声を漏らしていた。
「ひっ……ひ、ぃあ……やめて、やめて」
 言葉とは裏腹にもっともっとと哀願するように沢村は腰をくねらせる。つい数十分前まではただの蕾に過ぎなかった肉襞が許容量を超えた質量の御幸のものを受け入れていた。
 まさか自分が男で筆下ろしをすることになるとは夢にも思わなかった。小中学生の頃はクラスの女子を好きになったこともある。沢村もまた同じだろう。御幸といくら唇を合わせようとも、まだ女を好きになる余地があると感じたからこそ自分を好いている女と逢瀬を重ねたのだろう。
 倉持から送られてきた写真の像が頭に浮かんだ。体に巣くった熱を冷めていく。
「男に抱かれてそんなにヨガって、今どんな気分?」
 冷えた声で尋ねると、その時だけはっきりとした口調で、
「嬉しい……」
 と、断じた。
 堪らなくなった御幸は、沢村のナカの杭を激しく打ち付けた。
「アッ、アッ……はぁ、イッ、く」
「二回目だけど」
「らって……みうき、うますぎっ――アッ」
「っ……」
 沢村の膝を折りたたむような形で上から突き崩すと、強すぎる快楽に耐えきれなくなったのだろう。沢村は折檻を受けた幼子のような声を漏らしながら体を痙攣させた。白い迸りで、互いの腹が汚れる。
「俺も……出る、っ……くっ!」
 もうむり、と首を横に振る沢村を無視して、ぐずぐずになった肉の穴を広げるように激しく抜き差しをする。うなじから背筋を越えて駆け巡る快感が腰を貫いて下腹の奥に達した時、御幸は果てた。
 二度、三度と腰を打ち付けて精を放ちきり、自分の下で泣き濡れている沢村と唇を重ねる。舌を絡め合う濃密な交わりを終え、ゴムに覆われたそれをじゅるりと抜き去った。荒い息を吐く沢村の、未だ緩んだ唇を何時間でも吸っていたい。
 やっぱり好きだと伝えよう、不意にそう思った。心の内に漲る感情と釣り合うまで何度でも。
「沢村、」
「先っぽだけって言ったのに……」
 意を決して口を開いた御幸の声を遮るようにそう言った沢村は、非難めいた目でこちらを睨んでいる。
 反論に困ってその場に佇んでいると、廊下から倉持の声が届く。前園と二人、何かを話しながらこちらに近づいてきているようだった。
「わ、やばっ……御幸先輩早く服!」
 床からかき集めた衣類を、精液まみれの体のまま纏おうとする沢村にティッシュの箱を投げる。手元に投げたつもりだったそれは、沢村の側頭部にぶつかって床に落ちた。
「エラー」
 そう呟くと、「言ってる場合っすか」と沢村は白い歯を見せた。
 

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