タイミングは関係ない


 僕がタソガレドキの曲者、雑渡昆奈門さんと関係を持ち始めてから既に半年以上のときが過ぎていた。場の雰囲気に流された形で始まった関係、どうせすぐに飽きられてしまうだろうと思っていたのに、卒業が近づいた現在でも雑渡さんは僕に会うために忍術学園を訪れる。そうして最近では僕との短い情事を終えたのち、雑渡さんは決まってこんなことを言うのだ。

『伊作くん、卒業したらタソガレドキに来なさい』

 雑渡さんは僕を傍に置いておきたいと思っているらしい。僕はそんな雑渡さんの申し出を嬉しく思っていて、だけど答えは出せずにいるので毎度曖昧に微笑むばかりだ。
 僕は確かに雑渡さんのことを慕っている。そうでもなければ男同士、いつ学園の人間に見つかるとも分からない場所で体を重ね続けることを容認したりはしない。だけどそれと同時に雑渡さんに出会ったばかりな僕なら縁故採用なんて決して受け入れなかっただろうとも思う。僕にもそれなりの自尊心があったのだ、そして男に抱かれることに慣れきってしまった現在でも僅かながらの自尊心が胸にこびりついている。持っていても役立つとは思えないそれを捨て去ることが出来ないからこそ、僕は雑渡さんの提案を素直に受けとめることが出来ないのだ。そんな風に僕が悩んでいる間にも旅立ちの季節刻一刻と近づいている。僕に答えを急き立てるのは雑渡さんではなく、冬が終わったのちに訪れる春なのだ。


*****


「伊作、俺はずっとお前のことが……」

 こんな風に、言葉に詰まる留三郎もまた春に急き立てられたものの一人なのだろうと思った。

「知ってるよ」
「そうか……そうだろうな」

 睫毛を伏せる留三郎の複雑げな表情は平素ではなかなか見ることの出来ないものだ。武闘派プリンスと称される彼の顔立ちは男の僕でもときたま見惚れてしまいそうになるくらいに整っているものだから、憂いある表情も嫌みなくらいに似合ってしまう。

「……伊作は卒業した後はどうするつもりなんだ?」
「まだ決めていないよ」

 雑渡さんの愛人兼タソガレドキ忍軍付きの薬師になるか、それとも自分は忍びに向いていないのを承知しながらも駆け込みで他の城で忍になるか……なかなか難しい問題だ。そろそろ答えを出さなければならないとは思っているけど。

「他の六年生は皆卒業後の進路を決めているんだぞ」
「告白したばかりなのに教師みたいなことを言うんだね」
「それはお前が……これ以上は触れてくれるなって顔をしたからだろ」

 そういう顔をしたのは僕が留三郎の気持ちを受け入れることが出来ないからだ。先程も言ったように、留三郎は男前だし、闘うことが大好きだけど心根は優しいし、僕のことをよく好いてくれている。更に言えば留三郎の気持ちを受け入れれば忍者になることも諦めずに済むのだろう。それでも僕は留三郎の気持ちを受け入れることが出来ない。出来ることなら破顔しながら僕も留三郎のことが好きだよ、なんて言って彼の手を取りたいけど、やはりそれは不可能なのだ。

「僕にはあの人がいるから」

 呟いた瞬間、留三郎が奥歯をぎりりと噛み合わせた。俺はもっと昔からお前の傍にいた、そう思っているんだろうと思う。確かに留三郎は忍術学園に入学したあの日から僕の傍にいてくれたし、僕は雑渡さんに出会うよりも前から彼の気持ちに気付いていた。そうして僕は、あの人に出会うまでは彼が気持ちを打ち明けてくれるのを心待ちにしていたのだ。

「……遅すぎたってことか?」

 それは違うよ、留三郎。確かに僕はお前が、あの人に出会うより前に気持ちを打ち明けてくれていたら、お前の気持ちを受け入れていただろうけど、それでもあの人に出会ってしまったら最後お前に不義理な振る舞いをしてしまうことは避けられなかっただろうと思うんだ――なんて、そんなこと言えるはずもないから、僕は雑渡さんに向けるのと同じ曖昧な笑みを留三郎に向けて首を縦に振る。

「そうだね……遅すぎたんだ」

 作り笑いを浮かべるこの瞬間に、逃した魚の大きさを充分に理解している僕は、きっともう答えを見つけているのだろう。
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