蜂蜜と風呂場

「精液って美味いの?」
 安っぽいが清潔なホテルの浴室の、バスチェアに腰掛けた俺が尋ねると、沢村はしばらく考え込んでから口を開いた。
「蜂蜜みたいな味がする」
「前と言ってること違うじゃねーか」
 以前同じことを尋ねた時は、「味というか、喉越しが悪い」と聞いた気がする。
「そんなこと何回も聞く方がおかしいじゃないですか。御幸先輩の変態」
「やけに美味そうにしゃぶるから聞きたくなるんだよ……っ」
 俺の問いかけによって、おざなりに先端を舐めながら口をきいていた沢村が、唐突に竿の全体を口内におさめた。ぢゅぽぢゅぽと下品な音を立てながら上下のピストンを始める。
 椅子に腰掛けた俺を上目に見つめる瞳が怪しく光る。マウンドに立った時の、日向ぼっこをする猫みたいに晴れやかなそれとは百八十度違う、発情した雄の瞳だ。
「……く、」
 ぢゅるるるる、と長いストロークで根元から先端まで抜ききられて、無意識に腰が引けた。逃してたまるかとでも言わんばかりに、沢村が俺の体に腕を回す。
 また深く咥え込まれて、腰の奥の芯の部分に痛いくらいの熱がともる。この行為を始めた頃よりも幾分か太くなった腕が、俺の皮膚の表面を甘くて痺れさせた。
 沢村とは、三年くらいになる。当時大学に入りたてだった沢村と、プロ二年目の俺は、酒に酔った勢いでこういう関係になった……という体を装っているが、実際にはあの日の俺はとりあえずのビール一杯以降はウーロン茶しか飲んでいなかったし、ザルの沢村はほとんどシラフに近かった。
 結局のところ俺はこいつに自分のモノをしゃぶらせたかっただけで、それを受け入れた沢村が何を考えていたかは分からないが、アルコールが口実に過ぎなかったことだけは確かだ。
「……っ、はぁ、ちょっと休憩。顎やばい」
 ゆっくりと俺のモノを抜き去って、名残惜しげに先端にキスを落とした沢村は、深呼吸をしてから俺の腰を解放した。限界が近かったのはきっと沢村の顎のじゃなくて、俺自身だ。もう少しあれが続いたら暴発していたと思う。
「先輩から離れたらさみぃ……風呂浸かっていいスか?」
「いいよ。俺も入る」
「二人で入ったら狭いっスよ」
 そう言いながらも沢村は歯を見せて笑って、湯船の中で膝を抱えた。空いた隙間に俺は体を滑り込ませる。浴室が広いタイプの部屋にしたから、想像していた程の窮屈さは感じない。
 適度に温い風呂水に濡れた沢村の、形のいい鎖骨が光っていた。あの沢村と、ホテルの湯船に二人して浸かっている。現実味がない、夢みたいだ――悪夢なのかもしれない。
 部活の後輩だった頃の沢村は、いかにも性的なことには無頓着そうに見えたし、俺はそんな沢村に惚れていた。
「延長料金必要?」
「今日はいいですよ。サービスしときやす」
 夢見心地な気分を打ち壊すように、現実的な金勘定の話を持ち出した。今の俺は、沢村を金で買っている。アルコールの次に俺達が得た口実がそれだった。
 部活が忙しく、バイトをする暇もないと零した三年前の沢村を、俺が誘った。沢村は、一瞬の躊躇いもなくそれに乗った。
「お前彼女出来た?」
 沢村の内腿を、足の指でなぞりながら聞いた。沢村は、眉間に皺を寄せて俺を睨んで、更にきつく膝を抱えなおした。
 一回一万円。俺に許されている接触は、沢村の口の中に自分のモノをねじ込むことだけだ。金を多めに払えばいいというものでもないらしい。
「出来ませんよ。時間ねぇし」
「部活きつい?」
「まあ程々に。授業ももう少し残ってるし、バイトのシフトもぼちぼち入れられてるんで」
「はあ? お前バイトなんかしてんの」
「部活の監督の斡旋スよ。監督の行きつけの寿司屋だから、居心地悪いですけど」
「それならもうこんなことする必要ねーじゃん」
 アンタなんか必要ない、そう言われて困るのは自分の方なのに、反射的にそんな言葉が出た。
「こんなワリのいいバイト他にありませんから」
「あっそ」
「それに俺結構上手くなったでしょ?」
 言いながら、湯船の中で伸びてきた沢村の手が、俺の萎えかけたモノに触れた。そろそろと表面を撫でられて、ぐ、と喉が鳴った。
「……いつまでこんなこと続けるつもりだよ」
「御幸先輩は辞めたいんスか? そっちから誘ったくせに」
 出来ることなら辞めたい。こんな生殺しの、生き地獄みたいな関係を、よりにもよって惚れた相手といつまでも続けていたいと思う人間がいるなら見てみたい。
「こんなこと続けてたら、人としての軸がブレる」
「なんスか、それ」
 唇を尖らせて、拗ねたような顔。幼げなふりをするくせに、俺のモノをなぞる手の動きを止める気配はない。完全に芯を持った俺のモノの、ぱんぱんに張り詰めた先端を沢村の指がくりくりとつまむ。
「変な触り方すんな」
「御幸先輩のカリの形が好き」
「……他に好きなとこねーのかよ」
 きっとこいつが、俺の期待するような答えを返すことはない。
「あと竿の長さ? 根元まで咥えたら、喉の奥に当たるのが苦しくて好き」
 ほらな。想像通りの答えに気持ちが萎える。だけど、与えられた言葉の響きのいやらしさに、体に灯る熱は激しさを増した。
 沢村栄純という男は、天性の売女なのかもしれない。せめて俺専用であってほしいけど、縛りつけておく言葉は思いつかない。
「萎えないでくださいよ」
「べつに、萎えてねぇよ」
「こっちはそうだけど、」
 裏筋の一本一本を指で辿りながら、沢村は憮然として言った。
「気持ちが萎えてるでしょ。そういう顔されるとこっちも萎えるんで」
「萎えてもサービスの手は抜くなよ」
「抜きませんよ。そこ、座ってつかぁさい」
 浴槽の縁を指差して、沢村は言った。言われるがままに腰掛けると、開いた腿の間に座り込んで、先端に口付けた。ちゅぱちゅぱと、カリの膨らみをなぞるように舌が動く。
「……こういうの、お前には似合わねぇよ」
「ふぇんふぁいが、はほっはふぁんふぇほ」
「聞こえねーよ」
 先輩が誘ったくせに――本当ははっきりと聞こえた。沢村は俺の先端をいやらしくしゃぶり続けながら、根元を扱く。柔らかな舌の感触と、ボールを握り込みすぎたおかげで硬くなった指の感触が心地いい。
「お前がもしもこの先プロに指名されたら、地方に行くこともあるだろうし、そもそもこんな金必要なくなるだろ」
 舌の動きが止まる。ちゅぽり、と音を立てて沢村の口内から俺のモノが抜き去られた。
 沢村の滑らかな肌が、俺の首に巻きついた。形良く隆起した腕の筋肉が、悲しいくらいに眩い。
「……俺は、ずっとこのままでいいですよ。地方に行って、今みたいに頻繁に会えなくなっても、半年に一回でも、一年に一回でも、一回一万円で先輩のせーしが飲みたい」
 沢村が、俺の首筋に吸い付く。アンダーウェアで隠れる、ぎりぎりの位置を、痛いくらいに吸って、赤黒い鬱血を残した。
「御幸先輩は、結婚してくださいね。結婚して、子供作って、幸せになって、他の女の人の体の中に挿れて、」
 自分の体に縋り付く沢村の体が、いっそ悲しいくらいに震えていた。らしくねぇな、と思うのに、俺はその体を離せずにいる。
「だけどそういう御幸先輩のせーしを一番美味いって思うのは俺ですから」
「結婚したら飲ませねーよ」
「けち」
 つまらなそうに言った沢村の体が、ゆっくりと離れていった。ちゅぽりと、また俺のモノをくわえ込んだそいつは、他には何も考えたくないとでも言いたげに、それを根元まで飲み込む。喉の奥の筋肉を無理矢理に狭めて、俺の先端を締め付けた沢村は、フーフーと苦しげな鼻息を繰り返していた。
「いくら出したら、ナカ挿れていい?」
 沢村は答えない。目の淵に透明の液体を浮かべながら、俺のペニスを受け入れている。鈍く痙攣するその奥に俺は膨れ上がったカリを強く押し付けた。
 湯船の中の沢村のペニスを、足先で嬲る。何の刺激も与えられていないはずのそこは、痛々しいくらいに張り詰めていて、俺の足指が筋をなぞっただけでぶるりと震えて、沢村の目尻からは大粒の涙が溢れる。
 くだらない。本当に。俺たちはいつまで、こんなことを続けるんだろう。この関係が、この形のままで、硬直することを望んでいるのが沢村の方なのか俺自身なのかも分からない。
 金を積んでも、積まなくても、沢村の体はいつか俺を受け入れるだろう。
 だけど、蜂蜜みたいだと言った俺の精液を、体の奥の奥で受け止めた沢村が、その先に何を望むのか、学生時代の名残のような恋情に振り回される俺には少しも想像がつかなかった。

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