おしゃぶりじょーず

 昨年の春、どうじゃ隣で一杯と声をかけた男の面差しは昔となんら変わらなかった。
「お前か」
 久々の再会がミックスバー。それも示し合わせたわけでもなく偶然のもので、唐突に声をかけたというのに丸井の反応はあっさりとしていた。
 上着を脱いで隣にかけると、「何年ぶり」と男は軽い調子で訊いてくる。それが丸井が三十一になった四月。大学を卒業した翌年、ラーメン屋で出すチャーハンの修行に発つジャッカルの壮行会で会ったのが最後だったから、顔を合わせたのは八年ぶりだった。
 こちらだけはっきりと覚えているのが癪で、「さぁのう」とシラを切った仁王に、「ま、どうでもいいよな」と笑った男の顔が今でも忘れられない。昔と変わらない、可愛いばかりの心のこもらない笑顔。
「お前なに飲む」
 前のめりになった体からは甘い匂いがしていた。カウンターの上にのせられた左手の薬指に指輪がないのをついつい確認してしまう。
「ジンリッキー」
 仕事終わりに同僚と行った中華料理店で食った揚げ餃子のむつこさが後を引いていた。
「最近熱いしな。俺も同じで」
 カウンターの内側、青い髪を頬骨のあたりで切り揃えたビアンの店長が会釈をする。口数は少ないが、人当たりが良くかなりの美人なのでゲイのふりをして潜り込んだストレートの男によく口説かれていた。丸井もその手合いかもしれない。
 そう時間もかからず二人分のグラスがカウンターに置かれる。どちらともなくそれを傾けて、しばらくは無言の時間を過ごした。
「二人はお友達ですか」
 その沈黙に耐えかねたのか、普段は無口な女が口を開いた。青い髪が頬の上で小さく揺れる。それとなく顔を上げると、丸井の視線は自分に向けられていた。
「昔の同級生じゃ」
「一緒に部活もやってたぜ。二人ともレギュラー」
「へぇ、そうなんですか」
「ここにはよく来るんか」
 部活の話はそれ以上広げずに尋ねた。探りをいれるような質問も不快ではないらしく、丸井はあっさりと頷く。
「間開くときもあるけど、来るときは月に三回くらいだな」
「お前さんが“そう”だとは思わんかった」
「俺はなんとなく気付いてたけどな」
 デビューいつ、と訊かれて、中二だと返すと、丸井は怪訝な表情を浮かべた。
「げーマジで。それって男」
「地元の大学生」
「爛れてんな」
 小学校を卒業するまで暮らしていた四国の田舎には祖母が住んでいたので長い休みのたびに帰省していた。今の自分を知る人間のいない場所を定期的に訪れて歳上の男と遊ぶ生活は楽しかったが、開放的になりすぎて高二の夏に身内バレした。苦い思い出だ。
「自分はどうなんじゃ」
「女は高一」
「案外真っ当じゃな」
「高一でそういうことシてんのを、真っ当だって思えんのが不健全だろぃ」
「男は」
「ハタチ過ぎじゃね。案外いけたんだよな」
 あっさりと答えた男がグラスを傾ける。上下する喉を見つめていると、心臓が鈍く軋んだ。舌先には柑橘の爽やかな風味が残っているのに、唇が妙に重たい。
「この人ゲイウケしなさそうな見た目なのに妙にモテるんですよ。その上、他のお客さんが連れてきたおこげの女の子まで食べちゃうことがあって……マナー悪いですよね」
「あの子はこっちに来ちまったんだから仕方ねーじゃん」
「それでもこの場でああいうことは困ります」
 珍しく怒気を滲ませた女は、他の客に呼ばれて場を離れる。
「先月俺がお持ち帰りした子が好みだったらしいんだよ」
「この手の店で異性を持ち帰ったらヤナ顔されても無理はないぜよ」
「普段はしねーって、でもホテル入ってスカート下ろしたら竿がぽろんって。もちろんそのまま楽しんだけど、自分好みの女だって信じこんでた店長にはなんか言いにくいだろぃ」
 爽やかな甘い声が紡ぐ生々しい話。悪酔いしそうになるのを堪えて適当な相槌を打っていると、丸井は、「つーかさ、」と顎を傾けた。
「お前はどっちなの」
「俺は男だけじゃ」
「そっちじゃねぇよ」
 タチ寄りかウケ寄り、どちらかと訊かれていることは本当は分かっていた。行為をする上では重要な情報だが、丸井はそういう意味で自分に話を振ったわけではないだろう。
「お前さんは」
「俺はタチ専門」
「……俺は逆ぜよ」
 口に出した瞬間、酷く喉が渇いた。
 昔はウケ側しか考えられなかったが、数年前に暴力的なプレイを好むタチ男と別れてからはそっちはしばらくご無沙汰だった。いつの間にか付近に戻ってきていた店長もそのことは承知のはずだが、眉一つ動かさずに黙っている。
「じゃあホテル行こうぜ」
 ババ抜きを持ちかけるような気やすさで誘いをかけてきた男に、カウンターの下で手を握られた。冷えた皮膚に移る温もり。この手に触れたくて、中学時代何度も仕掛けたパッチんガムは今でも実家の自室に残してある。
「こんなにぬくかったんか」
「はあ」
 あの頃は結局一度も触れることの叶わなかった男の指は、自分のものに比べれば厚みがあった。
 テーブル席で低い呻めき声が聞こえる。手を握り合ったまま振り返ると、かなり出来上がった様子の三十路男が、ノースフェイスを肩にかけた若い男にディープキスをされていた。
「熱いな」
 呟いた男の手を強く握り返すと、男は束の間目を丸くした。
「お前そんな顔すんだ」
 意外だわ、と続けた男の大きな瞳の中に映り込んだ自分かどんな表情をしていたのかは想像したくもない。

「なんだこれ」
 四月十九日。いつものように丸井の部屋を訪れた。
「誕生日じゃろ」
 仁王の手渡した紙袋を怪訝げに見つめていた男は、「おー悪ぃな」と表情を変える。
「大したもんじゃなか」
「どれどれ……はあ? アサコイワヤナギのバターサンドじゃん。大したもんじゃねーとか言うなよ」
 下手な謙遜が甘党の男の不興を買ってしまった。悪かったのう、と素直に謝れば、「滅多に買えねぇから嬉しい」と笑顔を向けられる。丸井がSNSでフォローしているのを確認して平日の休みに足を向けたパティスリーは確かに繁盛していた。
「つーか誕生日なんて教えたことあったか」
「ラインから通知が来た」
「げ、乞食してるみたいじゃん」
 設定切っとかねーと、男はスマホに視線を落とした。そんなものなくても、身の回りの人間の殆どは丸井の誕生日を覚えているだろうと思う。浅く広く、人に愛される男だし、生まれ月もイメージに似合っている。
 仁王自身も中学時代、男が四月生まれだと知ったときにはハマりすぎていて心の中で笑った。そのときの印象が強くて、去年再会したときにも、事後にベッドの上で、「先週誕生日だったじゃろ」と訊きかけた。気味悪がられるのが嫌で結局飲み込んだが。
「お前は誕生日いつだっけ」
 ソファの隣に手招きされる。
「いつでもええじゃろ」
「そんな険のある返しすんなよ」
「十二月」
「はぁ、とお……何日?」
「四日」
「まあ覚えとくわ」
 その頃にはまた疎遠になっているのかもしれない。
「メシは」
「揚げ餃子とチャーハン」
「脂っこいな」
「その組み合わせが好きな同僚がおるんじゃ」
「いい男?」
「真面目堅物系」
「それで脂っこいもん好きなのかよ」
 悪くねーな、と呟いた丸井の男の好みは、実は柳生のような男なのではないかと思う。二人でその手の店に行くたび、「俺あいつ結構アリ」と視線を向ける男は服装のきっちりした融通のきかなそうなタイプばかりだった。
「俺、男も女も胃が強いのが好き」
「変な好みじゃのう」
「人がガツガツ食ってるとこってエロくね」
「よう分からん」
 そう返しながらも、丸井が自分のやったバターサンドを食うところが見てみたかった。普段は見かけに反して粗雑なくせに、甘いものを食べるときだけ、丸井はやけに大人しくなる。一口一口真剣に味わって、体の内側に受け入れてやろうという、甘党の矜持が感じられるその時間が仁王は好きだった。
「そういえばこの前ヤった奴も唐揚げばっか食ってたわ」
「はあ」
「あの店のフード全部レンチンなのによく食うよな」
 聞き捨てならない発言に添えられた爽やかな笑顔。横っ面をトンカチで殴打されるような衝撃を堪えて、「いつ寝たん」と尋ねる。
「先週。お前がうち来た次の日」
「具合はどうじゃった」
 少しの気まずさも含まない口調に引きずられるようにして、聞きたくもない質問を重ねると、男は首を横に振った。
「初めてだったしな」
 嫌な予感がした。
「ウケって最初は感じないもん?」
 あっけらかんと尋ねてくる。仁王は柄にもなくその場で叫び出しそうになったが、自分のキャラを崩したくなかったので下唇を噛んで堪えた。
「いっつもお前がすげーヨさそうにしてるからいいのかと思って」
「そうか、そんなに簡単に」
 どこまで軽いんじゃ、こいつは。愕然としつつも、最初から分かっていたじゃないかと自分を励ます。可愛い顔をして思い切りがいい。元々そういうところが好きだった。人を雑に扱うのが中学生の時点で板についていて、それがマゾの自分からすると魅力的だったのだ。
「ダメだったか」
 当然ダメじゃろ。心の中で思っていても、口には出さない。ただのセフレだ。ダメなのは自分の心だけだと分かっている。
「お前あの店気に入ってたもんな。自分の狩場のタチ男の荒らされたらいい気しねーか」
 男があまりに見当違いなことを言うので流石に腹が立ってきた。
「もうええ」
 男の腕を引いてソファから立ち上がらせる。我が物顔でベッドルームまで手を引いていっても、丸井は抵抗もしなかった。
 珍しく綺麗に整えられたシーツに男の体を引き倒す。自分に比べれば肉付きの良い体の上にのしかかると、「やけにがっつくじゃん」と丸井は仁王の肩を抱いた。
 生意気な舌を吸い上げて、滑らかな頬を撫でくりまわす。挑むように差し伸べられた丸井の舌に口蓋を撫でられると、下腹部が重たくなった。早く抱かれたい。しかし、このままでは腹の虫がおさまらない。
 いつになく長いキスを終えて顔を離すと、こちらを見上げた男が丸い瞳を細めた。
「ねちっこい」
「この前ヤった男はどうじゃった」
「普通」
「そうか」
 自分から聞いておいて興味のないそぶりをみせる。つまらないプライド。その浅ましさを見抜くほど、男は自分に関心をもっていないはずだ。
「あ」
 シャツのボタンを外していると、何かを思い出したような声が耳に届いた。
「口の中、お前より熱かった」
 胸の中で苦いものが渦を巻いた。自分から訊いておいて、そう細かく答えるなと言い返したくなる。そのくせ隠されたら隠されたできっとつまらない想像をしてしまうだろうから、八方塞がりだった。
「お前なんでそんなこと訊くの」
 関係ないだろ、とでも言いたげな顔。そこに悪意はない。
「もう勃ってる」
 股間を撫でる手は優しかった。お前ってあんま喋らねーよな、と続けながら仁王のスラックスのホックに指をかける。
 救急車のサイレンの高い音。丸井の部屋は二階だからよく聴こえる。それが低い音に変わるまでに、仁王の下半身は剥き出しになった。
「もっと触って」
 丸井の、自分のそれより厚みのある手首を握り込んで、手のひらをペニスに押し付ける。血管の太く浮き出たそれをきゅっと握り込んだ丸井は、「なんでそんな興奮してんの」と問うてくる。
「お前が他の男にヤられとるとこ想像したらたまらん」
 本音だった。普段なら無言を通すか、適当にはぐらかすような場面なのに、打算より先に言葉が出ていた。
「お前も俺の中挿れたい?」
 焦げ茶色の瞳の中にこの後に及んでポーカーフェイスを気取った自分が映り込んでいた。情けない。余裕ぶってカッコつけたところで、この男の心には響くはずもないのに。
「……挿れたい」
 じっくり十数秒悩んだ末に出た言葉は悲しくなるほどにシンプルだった。自分のモノを握り込んだ手のひらを犯すように腰を前後に動かす。
「お前こんなときでも虐められたそうな目すんのな」
 丸井にはそう見えていたらしい。
「俺の方がその唐揚げ男よりも上手いぜよ」
 売り言葉に買い言葉で言い放つと、「そういうの似合わねえよ」と笑われた。

「ここじゃな」
「げっ」
 服の上から胸の飾りをつまむと、男は硬い声をあげた。
「色気ないのう。そんなんじゃ挿れる前に萎えるぜよ」
「ばっきばきの人の太ももに擦り付けといてよく言う」
「いつになくおとなしいんに唆られる」
「触るなら触るで直接やれって」
「学生時代こういう遊びせんかった」
「お前は友達いなかっただろぃ」
 相変わらずの辛辣さ。あの頃そういうところが好きだったと言ってやったら、どんな反応を示すだろうか。想像するだけ虚しかった。
「ほら脱ぎんしゃい」
 シャツのボタンを外してやって促すと、男はさっさと裸になった。ムードのかけらも無い。ウケとしての資質は低そうだ。
 それでもその柔らかな肌に触れるとやらしいことしか考えられなくなるのが不思議だった。
「ここ、舐めてもええ」
 淡い乳輪を指先でなぞると、小さく頷いた。いつになく不安げに揺れる瞳。日頃は不遜なセックスフレンドが、他のタチ男にもそれを見せたと思うとたまらない。
 舌先が飾りに触れると、男は肩を震わせた。
「ん」
 小さく漏れる甘い声。ん、て。意外に可愛かった声が燃料になった。使い慣れていない分小さな飾りを、舌先で押しつぶし、咥内に圧をかけて吸い付く。
「子供みたいな吸い方すんな」
 拗ねたような声が上ずっている。一旦顔を上げて、「案外敏感なんじゃな」と揶揄すると、頭をはたかれた。
「次つまんねーこと言ったら即犯す」
 股間のモノが硬度を増すのが分かった。
「満更でもないって顔すんなよ」
 呆れ声の男が、仁王のペニスに触れた太ももをずりずりと上下に動かす。弾力のある肉が、裏筋を刺激した。血液が沸騰するような感覚。思わず息を止めて、男を見やると、いつも自分に覆いかぶさってくるときと同じような目をしている。これはまずい。
 今にも体を反転させられそうな予感に、仁王はベッドから体を下ろした。馴染みになった丸井の寝室。いつもの場所からローションとコンドームを取り出してから、「ここでヤったん」と問いかける。
「行きずりで自分ちに入れるかよ」
「その程度の分別はあるんじゃな」
 ベッドの上に横たわる男の足を大きく広げて、窄まりにむかってローションを垂らす。冷たいと文句を言った唇は、仁王がコンドームを着けた指で窄まりに触れると閉ざされた。
「そう緊張しなさんな」
 緊張を解くために内腿を撫でると、ますます表情が硬くなる。この歳まで頑なにタチを貫いていたような男だ。唐揚げ男と寝た晩も受け身になるのには勇気がいっただろう。
「ぅ」
 ぐ、と手首に力を入れると、人差し指が肉の中に埋め込まれていった。そこは狭く引き締まっていて、ローションを纏ってなお奥に進むことは容易ではなかった。
「力入れてみんしゃい」
「抜くんじゃなくて入れんのかよ」
 大きいの出すときは力むじゃろ、とは全部が台無しになりそうで言えなかったが、入り口が僅かに開く。その隙に根元まで指をおさめると、それだけでも妙な達成感があったが、丸井のペニスは完全に萎えていた。
「ようならんか」
「なるわけないだろぃ」
 なんなら気持ちわりぃ、という言葉を無視して指を抜き差しする。じゅぷ、じゅぷ、とローションと肉の境目の融ける音だけは一丁前にやらしかったが、丸井のモノが兆す気配はなかった。
「体起こしてなにされてんのか見てていいか」
 首を縦に振ったの見えたのかどうか、上半身を起こしてベッドのフチに座るような形になった。
「うわ、マジで入ってんじゃん」
 内側を粛々と慣らす頭に、戸惑い混じりの声が降ってきた。挿れられている状況に興奮しない限りはヨくなることもないと告げると、「お前相手に?」と訊き返された。
「なにか不満なんか」
「べっつにそういう訳でもねぇけど」
 指を折り曲げて、前立腺を探す。丸井と再会する以前はいつもやっていたことなのに、妙な緊張感があって、なかなか見つけられない。
「この前の男より上手いんだろ」
「萎えたままだと分かりにくい」
「じゃあしゃぶって」
 丸井は萎えたペニスの根本を持ち上げて、ぷらぷらと揺らした。目の前に人参をぶら下げられた馬のような気分になる。
「おしゃぶりじょーず」
 自分に心のない、嫌な男。だけどそういうところがたまらなく好きだ。
 露出した赤黒い粘膜に引きずられるようにして唇を寄せて、先端をそっと唇で挟み込む。濡れた舌を先端に這わせると、人差し指がきゅっと締め付けられた。傘と竿の境目を刺激して、先ほど見つけられなかった前立腺を探す。
「やっぱいいわ、お前の口」
 間抜けな声。萎えていたペニスがむくむくと膨らんでいく。それを可愛いと思ってしまうのだから、もうどうしようもない。
 完全な形になったペニスを深く咥えこむのと同時に、しこりのように膨らんだ前立腺を見つけた。すぐに刺激することはせず、親指で会陰をじわじわと押し込みながら、ペニスを含んだ口を窄める。
「はぁ」
 濡れた吐息。かなりイイらしい。人差し指の先のそれを、くりくりとなぞってみると、ナカが狭くなった。
「どうじゃ」
 一旦解放された男のペニスは、唾液を含んでてらてらと光っていた。顔を上げて表情を窺うと、唇が緩んでいた。
「こら、勝手にやめんな」
 三十路過ぎとは思えない可愛いに寄った顔立ち。存外につり上がった眉が顰められる。いかん、犯されたい。腰の奥が重たくなる。抱かれることに慣れた内側が引き締まった。
「ほら」
 後頭部を押さえ付けられて、無理やりペニスを咥えさせられる。普段自分を気持ちよくしてくれるモノが、後ろからの刺激を受けてひくりと震えるのに酷く興奮した。二本目の指を受け入れてきゅっきゅっと窄まる丸井の入り口が真っ赤に充血している。
 喉奥でカリを締め上げてやりながら、会陰に触れると、「そこ、押されんのヤバい」と余裕のない声が上がる。二本の指のハメられた窄まりは、物欲しげに蠢いていた。
 挿れたい。犯されたい。ハメたい。相反する性の欲望が仁王の体を襲う。
「っ、にお」
 前立腺をぐりぐりと刺激して、ペニスを吸い上げると、男の睾丸が持ち上がっていく。限界が近いのだと分かると、途端に惜しいような心地がした。
 再びペニスから口を離す。今度はナカに差し込んでいた指も抜き取った。勝手にやめるな、とまた叱られるかと思ったが、丸井はなんとも形容しがたい表情を浮かべて仁王の手を取った。
「ダメだわ。やっぱ挿れていい?」

 背中を預けたシーツはひんやりしていたのに、のしかかってきた男の体は熱かった。早く挿れたい、と性急に自分の入り口をほぐす瞳は心なしか潤んでいる。
「なあここ触って、自分で入り口に当てて」
 剥き出しの先端を尻肉に擦り付けながら、丸井は焦がれたような声をあげた。堅く張り詰めたペニスを掴んで、しごき上げながらローションに濡れた窄まりにあてがう。
「はぁ」
 濡れた吐息が落ちてくる。
「後ろがそんなによかったんか」
 悩んでいた質問を繰り出すと、男は虚を衝かれたように目を丸くした。数秒の逡巡ののち、いつものように口角を持ち上げる。
「本当は結構よかったぜ」
 今度犯して、吐息が耳に吹きかけられた瞬間、ぐぽんと肉が押し入ってきた。
「は、ぁっ」
 呻くような喘ぎの漏れた唇を、丸井のそれがさらう。絡んでくる舌の感触を楽しむ暇も与えられずに、熱を持った肉が最奥を叩いた。
「ん、ん」
 ぎゅっぎゅっと内側を押し潰されて、目尻から生理的な涙が滲む。歯の裏、舌先、上唇。順繰りに舌で舐って仁王の咥内から出て行った丸井は、「やっぱお前すげーな」とこぼした。
「こんな奥で気持ちよくなれんの」
「っ、歴が違う……」
「中二だっけ、大先輩じゃん」
「覚えとったんか、っ、あ」
 エピソードのインパクトが強かったから覚えているだけだ。丸井が仁王に関心があるわけではない。分かっているのに内壁はぎゅうぎゅうと男を締め上げた。
「いっ」
 自分の耳を食む男の荒い呼吸。押し拡げられ、みっちひとした質量を受け入れるたび、頭の奥で白いものが弾ける。
「っ、俺はあのまま、抱かれてやってもいいと思ってたのに」
「う、っ……あ」
 ぬぽんくぽんとペニスが入り口を出入りする。敏感なしこりをカリ首が抉るたび、仁王の体は震えた。
「お前、あんま喋んねぇくせに挿れてほしいって目で語ってくるし」
 暖かな両の手が仁王の頬を包む。自分の好みの顔に見つめられ、眩さに目を細めると、まぶたを舐められた。
「っ、」
「結局尽くしてんのってこっちの方だろぃ」
 マゾは男でも女でも一緒だな、らしくもなくボヤくような口調で言った男が、入り口付近でとどまっていたペニスを激しく打ち付けてくる。
「いっ……あっ」
 粘膜と粘膜が擦れ合う、ぐじっという音が耳に届く。唇の端からこぼれ落ちたよだれを、丸井の指がすくう。その間も、激しい抽挿は続いていた。
 はぁ、と熱い吐息。
「お前ってなんでこんなになんの」
「わ、からん……っ、あ」
 尻の穴にちんこを突っ込まれてこんな風になるだなんて、世界を作った人間の悪ふざけだとしか思えない。
 ガツガツと打ち付けられるインパクトがヨすぎて、恐ろしくて、逃れるように揺らした腰を、がっちりと掴まれる。
「抜いてほしい?」
 逃すつもりもないくせに。硬いモノがじりじりと納められていく快感。小さく首を横に振って、足を男の腰に絡める。
 動きにくい、と男は仁王の首筋を甘噛みした。入り口がきゅっと窄まる。
 丸井がピストンを再開させると、ぐちゅっぐちゅ、と熟れた肉の拡がる水音が部屋に響く。丸井を抱いた男が、この部屋に入らなくてよかった。そのくせ自分以外の人間と体を繋げる丸井を想像すると、どうしようもなく下腹が疼く。
「っ、ナカ締めすぎだって」
 何考えてんだ、と訊かれて、「他の男とヤるお前さんの顔」と取り繕いもせず答えると、体の内側に埋め込まれた杭が硬度を増した気がした。
「変態」
 言葉が耳に届くと、薔薇のとげに触れたような細やかな快感が押し寄せてきた。
 浅い性感帯を、ガツガツと抉られる。カリが擦れるのが気持ちいいらしく、丸井もあの甘い声で喘いでいた。
 淫肉にペニスをぎゅうぎゅうと押し付けられて、肉と肉の境目が分からなくなる。友達だったと断言するのも憚られるような相手なのに、体を繋げている間は誰よりも近くに丸井を感じた。
 伏せていた目を上向けると、焦げ茶色の丸い瞳と視線がかち合った。見つめ合うような形になって、唇が落ちてくる。舌の絡み合わない、触れるだけのキス。これを終えたとき、好きだ、と伝えてみれば、男は案外笑って自分を受け入れてくれそうな気がした。
 唇が離れる。肉を繋げたまま、じっと見つめ合う。
「なんだよ」
 何かに焦れているような声。丸井がしてくれたように、自分も男の頬を撫でる。滑らかな感触が気持ちいい。
「甘いものの食べすぎじゃ。頬が膨らんどる」
「バーカ、これはチャームポイントだろぃ」
 長く凍結させていた心は、一朝一夕では溶けきらなかった。気を悪くした様子もなく、男は仁王の体を抱きすくめる。肌と肌の触れ合う感覚に心地よさを覚える暇もなく、痛いくらいのストロークに襲われた。
「いっ」
 淫肉が暴かれるようにペニスが擦り付けられる。ばちんばちん、と結合部の肉同士がぶつかり合う音が激しくなり、丸井も限界が近いのだと悟る。
「っ、も……イっていい」
 余裕のない声に問われて、小さく頷くと、髪を撫でられた。蠢く肉壁に、硬いものを突き立てられる感触。ローションにぬめった最奥の肉がぐりゅりと押しつぶされた瞬間、仁王は白いものを吐き出した。

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