仁王さん、ナースの声に従って診察室に入ると、白衣を見に纏った旧友がこちらに振り返った。
「今日はどうなさいましたか」
 病院特有の薬品臭さに緊張していた体が、聞き慣れた声によって弛緩する。
「胃の調子がようない」
「それは空腹時ですか」
 小さく頷く。
「朝目が覚めたときが酷い。日によっては吐き気もする」
 大まかな症状を聞き取る間、柳生は仁王から視線を逸さなかった。ここの病院では医者ではなくナースがカルテに情報を書き込む。紳士的であることを信条とする男のことだから、患者の表情を見て関わることを大切にしているのだろう。
「午前はカメラの枠が空いているんです。飲みますか」
「は、ああ頼む」
 胃痛があるといっても強いものではない。偶然平日の休みが出来たので、処方だけでもしてもらおうと立ち寄ってみたのだが、眼鏡の奥の瞳の強さに押されるような形で仁王は頷いた。
 自分は以前に胃潰瘍を患ったことがあるし、ちょうど先月二十代の芸能人が胃癌で亡くなったニュースが流れていた。こちらの身を友人として心配してくれている男の好意を退ける理由は仁王にはない。
 ナースに通された検査室は以前と変わらず手狭だったが清潔感があった。
「先にエコーで内臓をみてみますね」
 診察台に仰向けに寝かされて、デニムの前面にタオルを挟み込まれる。
「これから先生が入ってきます。エコーの機械を当てられたら、大きく息を吸ってお腹を膨らませてください」
「分かりました」
 似たような検査は以前にもしたことがある。二年に一度程度しか訪れないが、仁王がこの病院を受診すると、柳生はいつでも細かな検査をしてくれる。
 柳生が部屋に入ってきて、照明が何段か落とされた。こうしないと画像が見えにくいんです、と男は笑う。
 それから検査用のジェルをプローブの先端に塗って仁王の胸に右腹に沿わせる。看護師に言われた通りに、大きく息を吸って腹を膨らませる。
「っ」
「少し我慢してくださいね」
 プローブで与えられた想像以上に強い圧に仁王が唸ると、柳生は柔らかな声を落とした。
「もう少し膨らませてください」
 言われるがままに更に息を吸うと、ますます強い力でその部分を押し込められる。
「肝臓は綺麗ですね。最近お酒は控えてますか」
「飲む暇がない」
「お仕事忙しいんですね」
 仕事が忙しいというよりは、余暇がそれなりに充実しているのだ。しかしわざわざ言うことでもないので、もう一度息を吸って腹を膨らませる。
 膵臓、腎臓、胆嚢と、それからも苦しいくらいに強い力で押されながら診てもらう。別段異常のある部分はないらしいが、エコーの映像の映し出された画面を覗き込む柳生の表情は真剣そのものだった。昔から行き過ぎたくらいに真面目な男だった。機械を押し当てる圧が強いのも、異常を死んでも見逃すまいという決意の強さ故だろう。
「便秘、ではないようですね」
「そんなことまで分かるんか」
 流石にバツが悪かったが、男は淡々としている。毎日のように同じ検査を繰り返しているのだから当然か。
「大腸の内視鏡検査の設備も最近整ったのですがどうしますか」
「尻の穴から挿れるカメラじゃろ」
「ええ。流石に準備が必要ですから後日来てもらうことになりますが」
「遠慮させてくれ」
「そうですか。何か気になる症状があればいつでもおっしゃってください」
 おう、と応じてはみたが、流石にそんな部分は知り合いには絶対に見られたくない。
「エコーでみた限りでは内臓に異常はありませんね。胃カメラを入れる前にトイレで尿をとってきてもらえますか」
「分かった」
 尿検査もいつものことだ。ジェルで汚れた体を柳生が念入りに吹き上げるむず痒さを堪えてから、仁王は立ち上がった。
 検査室を出てからスマホを取り出し、『胃カメラ飲むから昼は過ぎる』とメッセージを打ち込む。
「誰かと約束がありましたか」
 背後からひょっこりと現れた柳生から、スマホをそれとなく隠すようにして首を横に振る。
「仕事の連絡ぜよ」
「そうですか」
 それではまた後ほど、と去っていく男の背中に見惚れる。柳生に対しては友人に向ける以上の感情は持ちえないが、白衣姿の男というのはなかなかどうして悪くない。
 
「喉の麻酔が前よりも増えちゃって。苦いけど我慢してね」
 口を開いては閉じるのを何度も繰り返しながら、喉に麻酔のスプレーを行き渡らせる。麻酔薬の独特の苦味は空きっ腹には響いたが、カメラを終えたあとにありつけるであろう昼飯を想像しながら堪える。
 最後の麻酔薬を嚥下したとき、柳生が検査室に現れた。
「またここに寝てね」
 促されるままに診察台に横たわると、「落ちないように気をつけてくださいね」と柳生の笑い声が聞こえる。
 何がおかしいんじゃ。診察台が高くせりあがり、寝返りをして床に叩きつけられる自分を仁王は想像した。
「これを口に」
 柳生から手渡されたマウスピースを口にはめて、目を閉じる。
「鎮静剤打ちますね。眠っても大丈夫ですよ」
 ナースの声が聞こえると共に左手がとられた。そっちの血管はとりにくいのに、と思っている内に関節の内側のあたりにチクリとした痛みが走る。今日は珍しくすぐに血管が見つかったらしい。安心して気を抜いていると強い鈍痛が針の刺さった延長線上を襲う。
「くっ」
「血管痛ですね。少し我慢してください」
 柳生の声だ。いやに近くに感じる。
 胃カメラは何度か飲んだことがあるが、普段なら針を刺されて十も数えない内に意識を失っているのに、今日に限っては痛むばかりで一向にその気配がない。
「眠りましたかね」
 背後から年齢不詳のナースの声が聞こえる。
「どうでしょうか」
 今度は柳生の声だ。
 抗議の意味も込めて目を開けると、眼鏡のレンズ越しの切れ長の瞳とかち合った。緩く口角を上げた男は、
「じきに眠たくなりますよ」
 黒く細長いものをこちらに差し向ける。異物が咥内に挿入される感触。喉奥に固いそれが触れたとき、仁王は大きくえずいた。
「ぐっ、え……」
「一度抜きますね」
 カメラが引き抜かれて、優しい所作で肩を撫でられる。
「大丈夫ですよ。力を抜いていればすぐにすみます」
 生理的に浮かんだ涙で、男の顔は滲んで見えた。
「もう一度いきますね。鼻から呼吸をしていてください」
 今度もまた喉奥のあたりでえずいたが、柳生がカメラの挿入を中断することはなかった。目を閉じていいですよ、と言われたが恐ろしくてそれも叶わない。カメラが数センチ進むごとに横隔膜が大きく痙攣して、マウスピースをくわえた唇の端から流涎する。
「大丈夫です。主人は“上手い”ですから」
 背中を撫でさすっていたナースに囁かれたとき、初めてその女が以前に結婚式で見た柳生の妻であると気がついた。柳生とは大学の同級生だったと聞いているが、化粧っ気がないとかなり老けて見える。
 柳生夫妻のことを考えている内に、カメラは食道を抜けて胃の内部に達していた。その頃には、異物感も随分とおさまって、仁王は自分の内部が映っているモニターに目を向けた。
「カメラは逆に見えますから、奥に見えるのが胃の入り口です。見えますか」
 声は出せないので軽く頷く。
「所々に赤い斑点、軽い胃炎が見られますが、目立つ物はありませんね。ピロリ菌もいないようですし、今回もアコファイドを出しましょう」
 カメラの位置が動く。大きなひだが幾重にも重なった肉壁がカメラに映し出される。
「相変わらず綺麗な腸ですね」
 カメラがぐるぐると動く。その度に腹の奥の芯の部分に異物感が走って、息苦しい。眉をひそめると、背中をさすっていた女の手が止まった。
「潰瘍なんてもちろんありませんし、とても可愛らしい色をしています」
「先生、それくらいでいいんじゃありませんか」
 ああこの女は、自分の亭主のことを職場では先生と呼ぶのかとかなんとか考えている内にカメラが十二指腸から抜けていく。
 食道もとても綺麗ですよ、素晴らしいです──という柳生の声はやけに遠くから聞こえる。今更薬が効いてきた。それを意識した瞬間仁王は意識を失っていた。

 気がつくと、検査室のそれとは異なる白いシーツの上に横たわっていた。
「目覚めましたか」
 耳元のすぐ側で、聞き慣れた男の声が響く。
「いつの間に移動したんじゃ」
「検査のあと、ご自分の足で移動しましたよ。勿論肩は貸しましたが」
「全く覚えとらん。どれくらい寝とった?」
「二時間くらいですかね」
「そんなにか」
 眉を開いて壁掛け時計を確認すると、時刻は午後一時半を回っていた。枕元のスマートフォンを確認すると、『おせーよ』、『早くこーい』、『飯冷めるぞ』というメッセージが飛び込んでくる。
「やはり約束がありましたか」
「大した用じゃなか」
 まさか男のセフレからの呼び出しだとは言えないので緩く首を振る。
「すぐに帰られますか」
「二時までは会計も出来んじゃろ」
「それでは久々に話しでもしませんか」
 男が顔を覗き込んでくる。流石に自分だけ横になっているのも居心地が悪いので体を起こして、「新婚生活はどうじゃ」と尋ねると、
「そういう十人並みな話題はあなたには似合いませんね」
「三十路も過ぎれば誰だって人並みの社交性は身につける」
「あなたの方こそいい相手はいないんですか。その年になると、結婚はまだかとせっつかれるでしょう」
「うちに限ってそれはない」
 学生時代にやらかして、親戚中にゲイであることは知れ渡っている。そのストレスが起因して十七歳という若さで胃潰瘍を患って以降、完治しても定期的に胃の不調に悩まされるようになった。
 とはいえ家族の中には、仁王の性癖に関心を払う者はいない。姉は既婚で子供もいるし、弟も婚約中だ。
「今日のナース、お前の嫁さんじゃろ。しばらく気がつかんかった」
「妻として紹介したのは結婚式の日の一度きりですからね」
「公私共にパートナーとは、なかなか理想的じゃな」
 身綺麗にしておけば雑誌にでもとりあげられそうだ。
「よく出来た妻なので助かっています」
「大学の同級生か」
「あなたは覚えていないかもしれませんが、高校も同じでした」
「それは記憶にないのう」
 柳生はその頃から彼女のことが好きだったのだろうか。人当たりこそ柔らかいが、一度決めたことはなかなか曲げない男だからありえなくもなさそうだ。
「仁王くんは、私が何故医者を志したのか知っていますか」
「実家が病院だからじゃろ」
「それも一つですが、ここは無理に私が継ぐ必要もありませんでした。妹は聡明ですから」
 柳生と同じく医師免許を取得した彼の妹は、都内で美容皮膚科に詰めていると式場で聞いた。
「病気の人間を治したかったか」
 いい加減な答えを絞り出すと、「あなたは本当に可愛い人ですね」と笑われる。鎮静剤が抜け切っていないせいか、上手く頭が回らない。
「私は、好きな人の体の内側を他の人間に見せたくなかったんです」

「……こっわー昼間から変な話聞かせんなよ」
「カメラとエコーで診られる部分に異常はなかった言うとるじゃろ」
「お前の健康状態になんか興味ねぇよ」
 普段と変わらず飄々とした様子のセックスフレンドは、「可愛くないのぅ」と呟きながら、冷め切って団子状になった焼きうどんを音も立てずに啜った。
「ヒロシだよ。お前こえーと思わねぇの」
 何故と言いたげに瞬きをする仁王に腹が立った。
 自分よりずっと頭の良い男だと思っていたのに。関係が密になって初めて気づいたが、人の裏をかくことばかり考えていたはずの男は、他人から自分に向けられる感情に存外に鈍感だった。
「今日は、麻酔が効かんかったからちと苦しかったが、それも大人に耐えられんほどのもんでもなか」
 前戯なしに尻に突っ込まれる方がよっぽどきついぜよ、と続けて焼きうどんの最後の一口を口に含む。
「ごっそさん」
 こくりと嚥下して半開きになった唇から覗いた前歯には、青のりがついていた。似合わない。普通の人間なら誰しもが兼ね備えているはずの生活感というものが、この男には極端に欠如していた。
「青のり、ついてる」
 丸井が唇の端に指を伸ばすと、「ん」と爪の先に噛み付いてくる。ゆるゆると甘噛みをされながら、先端から付け根にかけてをなぶられると、男を呼び出した目的がセックスだったことを思い出した。柳生のことは一旦頭の隅に追いやる。どの道恋人でもない男相手に、かつての同級生がどんな形の情を抱いていようが丸井には関係ない。
「歯磨きしてくる」
 ベッドで待っとって、と丸井の指を解放した男は、緩く口角を上げて洗面所に去っていった。
 いつの間にか置き去りにされた仁王のお気に入りのメーカーの歯ブラシ。初めのうちは女を部屋に呼び込むたびに隠していたが、この半年程はそういう相手もいない。
 寝室で布団に潜り込んでスマートフォンをいじっていると、入り口のドアが開いた。
「暖房つけて」
 寒がりの男が、ベッドの足側の床に座り込む。冷たい手が、布団に割り込んできて、ようやく温もり始めた足先がいとも簡単に捕まった。
「先月電気代高かった」
「一月はどの家も高いじゃろ」
「去年に比べてだよ。お前のせいだろぃ」
 仁王と寝始めたのは去年の四月だ。体温調節の下手な男は、夏場は夏場で冷房の温度を下げろとせびった。
「終わったらPayPayで五百円送金する」
 高くなった電気代に比例するように、男がいるのが当たり前のような生活が続いているのが薄気味悪い。
「そういう話じゃねー」
 諦めたように枕元のリモコンに手を伸ばすと、右の足首を掴まれた。つと視線を下に向けると、仁王の上半身が布団の中にすっぽりとおさまっている。
「マッサージでもしてくれんのかよ」
 茶化すように言って掴まれた足首を揺すってみても、男からの返事はない。指の股や爪先を、骨張った指がするするとさする。
 しばらくされるがままにしていると、不意に親指の先を生温く濡れたものが包みこんだ。指を口に含まれているのだと気づいた瞬間、思わず声があがった。
「う、わ」
 指の付け根から先端にかけてを、薄い舌がじっとりと舐めあげてくる。
「風呂入ってねーけど」
 布団をめくりあげて言ってやると、上目遣いになった男の目に喜色が滲んだ。
 しょーがないのぅ、とでも言いたげに鼻を鳴らしながら、親指と人差し指の間に犬歯を立ててからジュウッと音を立ててそこをしゃぶる。どエロい。認めたくはないがこの手の奉仕はわりと好きだ。くるぶしの皮膚の薄い部分を撫でさすられると、内腿がひくりと震えた。
「っ……お前そういうのどこで教わったの」
「プリッ」
 唾液に濡れた指の腹に、ふっと息を吐き掛けられる。布団の中にこもった空気は生温く湿っていた。
 空いた左足で頬の肉をつついてやると、「欲張りじゃな」とそちらにも噛みつかれる。痛みはない。甘噛みだ。仁王はしばらく気まぐれに左右の足を弄んでから、スラックスを履いたままの太ももに跨がってきた。
「勃っとる?」
「確認してみれば」
「今日はマグロの日か」
 それはそれで唆られる、と仁王は丸井のスラックスをずり下げた。ボクサーパンツごしに、僅かに芯を持ち始めたペニスに尻を擦り付ける。相変わらず小さな尻だ。
「撫で甲斐がねぇな」
 首尾よく下着ごとデニムをずり下ろして、太ももとの境の部分を撫で回してやると、「その割にはご執心じゃな」と小馬鹿にするように言われた。
「うるせぇよ」
「っ」
 パンっと音を立てて尻を張ってやると、仁王は小さく体をのけぞらせた。
「ほら、早くこっち来い」
 薄い尻肉に指をめり込ませながら腕を引いてやると、体の前面をこちらに預けてきた。腹のあたりに硬い感触が触れる。
「もう勃ってんのかよ」
 反撃がてらに嘲ってやると、「いかんの」と下っ腹の皮膚の薄い部分に嵩の張った先端が押しつけられた。生々しい感触。体の奥のスイッチが強引に押し込まれた。男の半開きの唇からは、赤い舌がちらちらと覗いている。
「顔、もっと近づけろぃ」
 男が動くよりも先に、顎を掴んで噛みつくようなキスをした。薄い唇を、端から端まで舐め回して、前歯の裏を順繰りになぞる。ふっ、ふっ、と浅い呼吸を繰り返す仁王のペニスはひくひくと震えていた。
「んっ、ぐ」
 先走りを零す先端を手のひらで包んでしごいてやると、切れ長の瞳の縁が濡れた。いやらしいくせに飄々とした男の、余裕ぶった皮を一枚一枚剥いでいくのが楽しい。
 重なった部分の角度を変えて、ぐり、と上顎を舌で刺激する。柳生の操るカメラの先端が自分が触れている部分よりも更に奥を暴いたのだと思うと下腹部が重怠くなった。
 布ごしのペニスの上で、仁王の尻がもぞもぞと揺れる。唇を離して、「もう欲しいのかよ」と尻たぶを叩いてやると、男は白い前歯を見せた。
 唇の周りを汚したどちらのものともつかない唾液を拭いながら体を後退させる。ボクサーパンツの布ごしに、すんすんと丸井の匂いを確かめるように鼻を鳴らしてから、硬く張り詰めたそこを口に含んだ。生地を通じて送りこまれる暖かい呼気の感触がむず痒い。
「変な咥え方すんな」
「やらしい匂いぜよ」
「バーカ」
 細い髪を撫でてやると、猫のように目を細める。長い付き合いなのに、男の瞼が一重だと気がついたのはつい最近だ。それくらいに、自分の中で仁王の存在は希薄だった。
「ご開帳」
 ふざけた声と共にずり下ろされたボクサーから、ぱつぱつに張り詰めたモノが飛び出す。
 元気じゃのう──言いながら、男は乾いた先端に唇を落とした。ちゅ。小さなリップ音を皮切りに、ペニス全体が仁王の口の中に吸い込まれていく。
「ちゃんと舌使えよ」
 言われなくても、とでも言いたげに仁王は視線を上向けた。はっきりと浮き出た裏筋に、濡れた舌先が絡みついてくる。下半身の溶けそうな感覚に、思わず腰を浮かせる。
「ん、」
 喉奥に亀頭をねじ込まれた男はひそかに眉をひそめた。
「苦しいか」
 気遣うわけでもなく興味本位で尋ねると、仁王は小さく首を横に振った。とろけ始めたカウパーをねりこむように腰を回してみても、どうやら嘔吐感はないようである。
 ぐっぷぐっぷ、と音を立てて喉の奥を犯してやる。初めて寝た日、シャワーも浴びない内にそこに貪りついてきた男は、この手の奉仕が好きらしい。苦しげながらもうっとりと目を細めている。
「チンコここまで突っ込まれてもイケんのにカメラだと気持ちわりーの、なんで」
 それなりの大きさのモノを根元までぴっちり飲み込んでいるのだから、答えられるはずもない。仁王は何度か瞬きをして、顔を引いて、
「咥えてきた回数が違う」
「くだらねー」
 この手の台詞を吐き出しても、勢いがないので下品に見えないのが仁王の長所なのかもしれない。
「それ、柳生に言ってみろよ。今度はもっと苦しくしてくれるんじゃね」
 マゾヒストの男を煽るようにカリで頬を叩いてやると、根元から捕らえられて扱きあげられた。は思いがけぬ反撃に、く、と息を詰めると嬉しそうに目を細める。
「医者が仕事に私情を挟むわけないじゃろ」
「どんな職業についてても人間だろぃ」
「妙に絡むのう。妬いとんか」
「はぁ、なんで俺がお前に、」
「これ、借りるぜよ」
 空いていた丸井の利き手をすくいあげた。使い切り式のローションの封を切って、何本かの指に含ませる。
「もう殆どほぐれとるから」
 こちらの腰を跨いだ仁王に誘われて指先を埋めたその穴はぬらぬらと緩んでいた。ぁ、と小さな嬌声が漏れるのが男のくせにいやらしい。
 今すぐにでも押し倒して無茶苦茶に啼かせてやりたいのを堪えて、仁王の一番イイ部分を擦り上げてやる。もう中は充分にほぐれているらしいから、遠慮する必要もない。
「っ、あせらしい」
「汗らしい?」
 仁王は時々耳馴染みの薄い言葉を発する。意味が分からないから無視して、指をもう一本増やしたら、今度はシンプルに、「ダメじゃ」と言われた。もっとシての合図だということは、童貞を失っておおよそ十五年程度の経験で学んでいた。現に蕩けた目をしてこちらを見下ろした仁王は、更に足を大きく開いている。
「欲しがりかよ」
 二本の指で挟み込むようにしてしこりを刺激すると、引き締まった内腿の肉がひくひくも震えた。
「そこ、そんなに気持ちいい」
 尋ねると、こくこくと頷く。声を我慢するように下唇を噛んでいるので、顎の皮膚が引きつっていた。
 前歯二本だけで堰き止めている嬌声を引き出したくて、指を抜いたり押し込んだり、ぐるりと回したりしてみる。そのたびに少しずつ広がっていく両腿の根本に鎮座した仁王のペニスは、腹につかんばかりに硬く勃ちあがっていた。
 透明な滴りを指先でひねるようにすくいあげてやりながら、「わけーな」と零すと、
「っ……うっ、はよ挿れんしゃい」
 掠れ声で呻いた。こういう時の仁王の声は、なかなかに腰に響く。おずおずと腰を下ろそうとする男の体を受け入れたくなるのを堪えて、「こっち?」と指を三本に増やしてやると、仁王の内側がぎゅうぎゅうと締まった。
「指はもうええ……っ」
「なんで、もう一本入りそうだぜ」
 内側を押し広げるように三本の指を拡げる。
「バカになるからやめ」
「お前のケツマンコは元々賢かねーだろい」
 突き放すように言って指の抜き差しを再開させると、仁王はしゃくるような喘ぎを漏らし始める。
「そこ、いかん」
 いくらローションを含ませても、女性器のようには緩まないそこがぐじゅっぐじゅっと音を立てていた。
「そこって?」
 敏感な部分をごりごりと擦り上げて、今にも射精を果たしそうな男のペニスを見ていると、どうしようもなく唆られた。
「やばい、すげーやらしい。もうハメていい?」
「聞かんでいいっ……はやっ、く……っ、アッ」
 指を抜いて、ぽかんと開いた穴に一気にペニスをねじ込む。あ、生だ。やばいやばいと思いながらも、大きく突き上げると腰の奥が融けそうな錯覚に襲われた。
「陰性じゃ、気にしなさんな」
「そうかよ」
 陰性っていつとか、今でも知らない男とヤってんのかよとか、聞きたいことは沢山あったはずなのに、仁王の内側がうねるから、逃さまいと締め上げてくるから、腰を振る以外のことが何も考えられなくなった。
「あっ……くっ、」
 いつも気怠げな顔をしているくせに、仁王の肉壁はあまりにも熱く、ペニスとの境目を曖昧にさせる。いっそ一つになりゃいいのに。ぐずぐずの最奥を亀頭の先で抉ぐると、仁王は、「いかんいかん」と頭を振った。その反応が面白くて、仁王の体を前後に揺するようにして締め上げてくる内側をほぐす。
「お前、地元どこ?」
 ぐじゅっぐじゅっ、と下品な水音を鳴らす淫肉を突き上げながら尋ねると、
「ヤっとる途中にしゃべりなさん、なっ……あっ」
「こっち長いだろぃ。訛りってそんな抜けねぇもん?」
「ひ、あっ」
 対面座位の形になるように体を起こして、先走りで濡れそぼったペニスを扱いてやると濡れた瞳に睨み付けられた。やめろと言うのを無視して奥を小刻みにゆすりながら扱き続ける。
「いかんっ」
 また出た。最中に出るこの言葉が、丸井は案外気に入っている。唆られるというかなんというか、もしも相手が女なら、可愛いとすら思ったかもしれない。
「ナカ、めちゃくちゃ動いてるぜ」
「うっ……く、ああっ」
 耳元で囁いて、入り組んだ耳殻に舌を這わせる。舌先で縁をなぞるようにしてなぶってやると、仁王の内側はますます引き締まった。下半身ごと持っていかれそうな感覚。反射的に耳朶に歯を立てると、指先で弄んでいた仁王の睾丸がきゅっと持ち上がった。
「イきそうなんだろ?」
 尋ねてやると首を横に振るが、強がっているのは明らかだった。今度は肩口に、跡が残りそうなほどに力を込めて噛み付いてやる。
「もう……やめ、」
「いかんの?」
 茶化すように言って、腰を大きく揺すると、
「イく」
 掠れ声が鼓膜を揺らした。たまらなくなって深く唇を重ねながら、挿入を深めると男は呆気なく吐精した。内側がぎゅっぎゅっと伸縮するのがたまらなく気持ちいい。持っていかれそうになるのを堪えて、一旦体を離してやる。
「はあ……今日はもうしまいじゃ」
 大きく息を吐いた男が自分に都合の良い宣言をするのを無視して、肩を軽く押してやる。背中をシーツに預けた男の左足を自分の肩にかけて、軽く持ち上がったアナルに再び切っ先を突きつける。
「もうええ……っ、はぁ」
 射精を終えて弛緩した内側から、先ほど指で大いに可愛がってやったイイところを探り当てる。カリの段差で押しつぶすようにして刺激してやると、ペニスを萎えさせたままの男は泣き出しそうな声で喘いだ。
「あっ、あっ」
「出したあとでも気持ちよくなれんの」
「そこ、いかんっ……っ、ぅ」
 いかんことはないだろう。少なくとも丸井は滅茶苦茶気持ちいい。恋愛感情は一切ないが、この男とのセックスは最高だ。
「気持ちよくねぇの?」
「よすぎて、いかん……っ、かたい、っ」
「俺それ言われるの好き。めちゃくちゃ興奮する」
 射精間近の張り詰め切ったペニスで仁王の一番奥を押しつぶす。こちらを見上げる仁王の、大きいとは言い難い潤んだ目に自分の姿がうつっているのを丸井は見た。
 興奮しすぎて余裕のないカッコ悪い姿だった。
「お前ナカだけは最高だわ」
 強がるようにこぼしてから、「もうイっていい」と重ねると、
「はよ、イって……おかしくなる」
 男は緩く腕を広げた。担ぎ上げた足を下ろして、平たい胸に顔を埋める。長いストロークでピストンすると、男の内側が大きくうねった。
「っ……出る」
 溜め込んだ精液を放出したとき、目の奥で火花が散った。何度も釘を打つように、管に残った残滓を余すことなく仁王の内側に注ぐ。
「俺、中出しとかすんの初めて」
「記念日じゃな」
 ふざけたように言った男が、丸井の髪の毛を一房すくって落とした。

 恋人でもなければ友達でもない。仁王とはただのセックスフレンドだ。お互い吐精後は怠くなる性質なので、出してすぐ解散というわけにもいかないが、ピロートークを弾ませる義理もないので各々布団に包まって無言でスマートフォンを叩くのが常だ。
「なぁ」
 しかし今日は、なんとなしに喋りたい気分だった。
 胃内視鏡検査について説明された内視鏡クリニックのページを眺めていた丸井が声をかけると、
「なんじゃ」
 仁王は自分のスマートフォンを枕の下に滑り込ませた。
「お前今度柳生と寝てみれば」
「はあ」
「あいつんとこ直腸のカメラ始めたんだろ。中の構造分かってんだからすげーヨくしてくれそう」
「いかんいかん」
 仁王は小さく首を横に振る。丸井の輪郭を指でなぞりながら、「好みじゃなか」と言い切る。
「そもそも不倫は面倒ぜよ」
「お前の好みって」
 興味もないのに尋ねてしまって後悔していると、輪郭をなぞっていた男の指が唇に到達した。上唇と下唇で軽く挟んでやると、くすぐったげに目を細める。
「ジャニーズ系」
 冗談とも本気ともつかない口調だった。
「顔の話かよ」
「分かりやすく露出しとるのはそこだけじゃろ」
 それより夜は何を食わせてくれるん、と足を絡ませてくる。
「夜まで居座る気かよ」
 げんなりした風を装いながらも絡んできた足をホールドすると、「一回じゃ足りんじゃろ」と下唇に噛みつかれた。痛い。下腹部がずくりと疼く。
「そこまで若くねーよ」
 男の腰を抱き寄せると、ほんのりと湿り気を帯びた皮膚がぴたりと体に吸い付いてきた。


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