平日のど真ん中、水曜午前十時前の平和通りは中央分離帯を縫い止めるように植え付けられたイチョウの葉が地面に降りしきり、所々が黄色く色づいていた。
 生成りのセーターにベージュのパンツを合わせたシンプルな出で立ちで歩道に立つ謙也は、昨晩白石からかかってきた電話を思い出していた。
『明日休みなんやろ、朝十時に家の前で待っとって』
 先週の合コンの翌朝に、白石は謙也の次の休みをしっかりと確認して去っていった。
 電話口から届いた疲れたような声に、どこに行くとも聞かされずに誘いをかけられた謙也は、それでも一も二もなくそれに応じて電話を切った。地元を離れてからは病院の同僚以外に知人もおらず、休日は簡単な買い物をする以外は家にこもりきりなのだ。
 たまの休日くらいは旧交を深めるのもいいだろう。例え酒に酔った勢いで体を重ねてしまったとしても、白石は中学時代から関係の続くかけがえのない友人である。
 強かに酒を呑んでいたはずなのに、あの晩の記憶はあまりにも鮮かだった。日頃の多忙をあらわしたかのように殺風景なワンルームに染み付いた、男の匂い立つような淫靡な習癖は、謙也の心に変調を与える。
 まばらな車通りをぼんやりと眺めていると、目の前で黒い車がハザードをつけて止まった。助手席の窓から内側を覗き込むと、運転席の白石が軽く手をあげる。
「おはよう」
 朝の挨拶と共に助手席に乗り込むと、車が動き出した。シートベルトをつけながら、ハンドルを握る白石に視線をやると、
「待たせてしもた?」
 横目に言われた。
「さっき出てきたとこやで」
 車のナビの時計を確認すると時刻は午前九時五十九分だった。あいかわらずキッチリしとるな、と呟くと、
「合コンの日は遅れたけどな」
「仕事忙しいん」
「まあぼちぼち。十月は軽く繁忙期やし、そもそも店が閉まるんが六時半やから」
「ギリギリにお客さん来たりしたら延びるんや?」
 白石は頷いた。車はその間も滑らかに、温泉街に向かって抜ける道を走り続けている。
「この車白石のなん」
「姉貴のお下がりやけどな。こっちで仕事するんに必要やったから譲ってもらった。七年前の車やけどよう走るで」
「手慣れたハンドルさばきやから驚いたわ」
 大学在学中の白石からは、車の運転をするような話は聞いたことがない。
「こっち来てからは基本車でしか行動してへんからなぁ。大学入りたての頃に免許とって一度も運転してなかったから、最初は酷かったで」
「ほんまに?」
 よほど難しいことでもなければ、なんでも軽々こなしてしまうイメージのある男である。
「物件によってはめちゃくちゃ狭いとこに停めないかんことがあって、お客さん乗せとるのに駐車に五分くらいかかったり」
「……ヤナ顔されたやろ」
「そん時は頑張ってね、くらいやったな。その人、俺と同い年くらいの息子がおる言うてたし」
「白石はマダム受け良さそうやもんなぁ」
 オーディオのボリュームのつまみを回しながら言うと、
「若い女の子の受けもええけどな」
 運転中でなければ頭をはたきたくなるような言葉が返ってきた。

 谷横のひなびた温泉地をすり抜けて、車は山道をぐらぐらと走る。一歩ハンドルをきり損ねれば谷底に落ちていきそうな曲がり道だったので、謙也は内心ヒヤヒヤしていた。
「あんまりスピード出し過ぎたらあかんで」
「これ以上落としたら後続車に煽られるで。難波のスピードスターが聞いて呆れるわ」
「こんな山道走ることないからしゃあないやろ」
 案外ビビりなんやなぁ、と呟いた白石が、「そういえば」と何かを思い出したかのように続ける。
「なんやねん」
 謙也はシートベルトの緩みを正した。
「アッチの方もスピードスターなんかと思っとったのに案外持ったな」
「な」
 あえて触れずにいた部分をあっさりと突かれて、謙也は言葉を失った。
「意外やったわ」
「お前の中で俺は早漏キャラなんかい」
「誰の中でもそうなんちゃう? 自分で遅漏やって触れ回っとるわけでもあるまいし」
「……遅漏ではないしな」
 そやったなぁ、と言ったきり、白石はまた口を閉ざした。
「なんでそこで黙るねん」
 別れ道の先にある赤い橋を車が渡る。橋と道路のつなぎ目の小さな段差をタイヤが踏んだ時、車体が小さく揺れた。
「あの晩のこと思い出してたんやけどな」
「はあ?」
「俺達案外カラダの相性がええんかもしれんな」
「なんちゅーロコツな発言や」
 勘弁したって、とツッコミ口調で言いつつも、カラダの相性については否定しない。あの晩のことを思い出すと、下腹部に甘い痺れが走る。長年友人として接してきた男を自分の体の下に組み敷いた背徳は、謙也の体を熱く燃え上がらせた。
「正直な、謙也が今日の誘いに乗ってくれて安心したわ。ああいうことしてしまったから、もう普通の友達として会ってもらえんかと思った」
「んなわけないやろ。してしまった言うても、挿れたんは俺やし」
 酔った白石に無理矢理犯されていたら同じ態度でいられたかは分からない。最もアルコールの回って思考力の落ちたあの日の自分なら、白石の顔キレーやななどと考えている内にさっくりと受け入れていた可能性も否定は出来ないが。
 ほんなら良かったわ、と頷いた白石は、
「やけどエッチした相手と普通に会うん気まずない?」
 照れもせず言った。
「いや、驚くほどなんともないわ」
 気を使うでもなく返すと、「謙也のそういうとこ好きやで」と白石ははにかんだ。運転席のその横顔を見つめるのが女性ではなく、昔馴染みの男友達であるこたは世界の損失であるかのごとく思われる。
「あの日は好きでもない男や言うたくせに」
 つと思い出した言葉を蒸し返すと、
「惚れてないって意味やろ」
「なんやそら。白石は惚れてもない相手と寝るんかい」
「たまには人肌恋しくなる日もあるやろ。大体それはお互い様」
 崖沿いの道を抜けると、カーブの緩やかな田舎道に出た。チラホラと頭を出し始めた民家は、どの家も古い。
「俺は、普段はそんなことあらへんけど」
 付き合っていない相手と体を重ねたのはあれが初めてだ、とは流石に言えないが、流れでセックスした相手とは短い期間でも交際している。
「謙也はちょっとフェミ入っとるよな。男が相手やったら行きずりでもええんや?」
「人聞き悪いこと言うなや! 別にお前ともあれっきりにするつもりもなかったし」
「そしたらどうするつもりやったん」
 白石の形の良い瞳がこちらに向いた。危ないからよそ見すんな、とその視線から逃れてから、
「お前とは友達や」
 自分でも驚くほどあっさりとした声で言った。
 白石は、「ほう」と納得したように頷く。
「ヤったこと忘れて田舎で再会した普通の友達として過ごすってことやな」
「あんな濃ゆい経験忘れられるか。夜寝る前に瞼を閉じたら十年来の友達のやらしー姿がフラッシュバックする俺の気持ちにもなってみぃや」
「俺も寝る前に思い出しとったで。あーあの晩の謙也エロかったなぁって」
 俺はエロくない、と否定しようとしたところで、山を切り開くようにしてそびえ立つ大きな建物が視界に飛び込んできた。ラブホやなぁ、と思うよりも先に、
「帰りに寄ろか」
 アイスでも食べよか、くらいの軽さで白石が言うので、「そやな」と反射的に頷いた。
「行きたいんや」
 白石が呆れたような声を上げる。
「お前が誘ったんやろ」
「せやけど二回したら完全にセフレやで」
「セフレやない。友達や。友達やけどセックスすんねん」
「それをセフレ言うんやろ」
「やらしーことするための友達やないって言いたいんや」
 言葉を重ねる度にドツボにハマっている気がした。
「友達としてそれはどうなん。ま、ええけど」
 帰りに寄ろな、と白石が言った頃にはホテルはもう見えなくなっていた。ハンドルを握る白石の表情からは照れや焦りは見つけられない。
 自分から誘ったくせに取り澄ました様子のその男が、少しだけ憎たらしかった。

 白石の運転でたどり着いたのは、タオルの美術館だった。
 洋館風の建物に足を踏み入れると、エントランスの階段のそばに佇んでいたつぶらな瞳をした二頭のキリンと目があった。反射的にタオル地で出来たそれをスマホのカメラに収めていると隣の白石は、「そんな写真撮ってどうするん」と薄く笑った。
「オカンに送る。田舎になんの娯楽もないからって引きこもっとったらあかんでってしつこうに言うてきよるわ」
「酷い言い草やな」
「白石はここ来たことあるん」
 何の気なしに尋ねたが返答はなかった。それでも淀みのない足取りで、「あっちでたくさんタオル売ってんねん」と男は歩みを進める。
 タオル足りとるけどなぁ、と謙也もその後に続いた。
 明るい照明に照らされた広大な売り場には所狭しとタオル製品が陳列されていた。女性や子供向けであろう可愛らしいデザインのものから、シンプルな配色で触り心地の良い高級なもの、タオル生地の子供服まで、その商品展開は多岐にわたる。
 入り口から奥に向かって早足で商品を確認していく謙也に、いつの間にやらハンカチタオルを手に持った白石が、「せっかちやなぁ」と肩をすくめた。
 ひとしきり売り場を確認したところで、謙也は目ぼしい物を手にとっていった。奥壁側から売店の入り口のレジに戻る間に両手がタオルでいっぱいになる。
「これ県外に発送できますか」
 品の良い雰囲気のレジ打ちの女性がにっこりと微笑む。差し出された郵送状に向き合っていると、自分の買い物を終えた白石が横から顔をのぞかせた。
「すごい量やなぁ。実家に送るん?」
「実家と東京の侑士の家」
「その大物は?」
 謙也の選んだ商品の中には、肌掛け用のタオルケットなども含まれていた。
「あれはうちのオカンと侑士の姉ちゃんの。肌触り良かったし喜ぶと思うわ」
「ちゃんとした今治タオルやし高いやろ」
「こんなとこまできて安物送ってもしゃあないやろ」
 淀みなく言うと、隣の男の唇から吐息が漏れた。
「謙也のナチュラルお坊っちゃまなとこ、懐かしいわ」
「なんやそれ」
 馬鹿にされているような気分になって少しムッとしている謙也の、郵送状の上に几帳面に並ぶ文字を、白石は指で辿った。
「せっかちなくせに字も綺麗やろ。俺、昔から謙也の素知らぬ顔して育ちがええとこが友達として誇らしかった」
「アホ」
 それはこっちの台詞だ。白石の努力を惜しまずアクの強い部員達をまとめあげる崇高な人間性と、ケチをつけるところのないほどに整った外見。他校の人間とかち合うたび、これがうちの部長やで、と誇らしい気持ちにさせられた。
 どうにも気恥ずかしくなって、残りの一枚の住所は走り書きにしてカードで会計した。

 昼時が近づいていたので美術館の有料展示室には入らずに駐車場に戻り、市街に向かって車を走らせた。
 白石が、「ここ美味いで」と車を停めたのは、讃岐風のうどん屋で麺にコシが強くなかなかに美味かった。ぶっかけうどんの大盛りにちくわ天をトッピングした謙也の隣で、白石は楚々とした仕草で醤油うどんを啜っている。
「そんなんで足りるんか」
「最近あんまり胃の調子が良うないねん」
「胃が悪いなら酒は控えた方がええで。あの晩もめちゃくちゃ呑んどったやろ」
「呑まんと女の子と関われんから」
 醤油うどんの最後の一本を吸い終えた白石は、コップに残った水を飲み干した。
「押しの強い女の子、まだ苦手なん?」
「今とっては押しの強さは関係ないで。女嫌いともちゃうんやけどな」
 そんな風に語る白石の頬からは血色が消えていた。
「……難儀やなぁ」
 それ以上深入りしていいのどうかかも分からず、最後に残しておいたちくわを口に含むと、あおさの豊かな風味が鼻から抜けていった。

 うどんという食べ物は案外塩分が濃いものらしい。市街に入ってそこそこのところで謙也が喉の渇きを訴えると、「俺もコーヒーかなんか飲みたいわ」と白石も頷いた。
 二人してコンビニの店内に入り、雑誌コーナーや新商品の菓子類を冷やかす。
「今日この後どこ行くん?」
「ホテルやろ」
「そ、それは帰りの話やろ! つーかこんなとこでなんてこと言うねん」
「謙也声デカイで」
 白石は都こんぶを手に取ってレジの最後尾に並んだ。田舎のわりに客が多い。謙也も適当に目についたグミを手に取ってその後ろに並ぶ。
「これとアイスカフェラテください」
 名札に研修中のシールの貼られた若い男の店員は、「アイスカフェラテですねー」と復唱して小さな冷凍庫からカフェラテのカップを取り出す。カチカチに凍ったそれをスラックスの側面に軽く叩きつけてほぐしてから白石に差し出した。
 謙也は隣のレジでアイスコーヒーを頼んだ。
 店を出ると、淹れたちのカフェラテのカップを握りしめた白石がどことなくぼんやりとした表情で口を開く。
「あれ、なんかようない?」
「なんの話?」
「俺の会計した若い店員さん」
「ハタチそこそこやろうな」
 やっぱりこいつゲイなんやろか。
 口に含んだコーヒーは値段の割には美味しい。
「コンビニの店員さんにアイスの飲み物頼んだ時に、カップの外から氷コンコンしながら渡されるのちょっとツボやねん」
「こわっ……いきなりなんの話してくれとんねん」
「ファミマのカフェラテの話。セブンやったら自分で持ってくやろ」
 白石はこんな時に限ってまっすぐな瞳をしている。
「いや、ファミマかセブンかはどうでもええねん。いきなり独特な細かい性癖の話すんなや」
「謙也もあるやろ。看護師さんのことついついええなって思ってしまう瞬間とか」
「ナースのなぁ」
 勤めている病院に所属しているナースの殆どは女性である。その中には恋愛対象たりえる二十代のナースも多い。
 言うまでもなく、医者にとってナースは仕事上欠かすことの出来ないパートナーだ。特に病棟ナースなどは医師よりも患者についての理解が深いことすらザラで、ひとたびこちらがズレた判断をくだせば身の置き場のない視線に晒されることになる。
 研修医として病院に勤務し始めて約半年、未だに、「忍足先生は来たばかりだから分からないかもしれませんけど」と溜息を疲れる場面も多かった。
「あかん。俺ナースをそういう対象として見れんかもしれんわ」
「なんやそれ」
「あの人ら俺よかよっぽど強くてたくましいし」
「姉御肌は嫌なん?」
「嫌っちゅーか。俺がおらなって思える子の方が可愛いやろ」
「さよか」
 小さく頷いた白石がカフェラテのストローに口をつける。少し伸びた横髪をかけた形の良い耳と、すぼまった唇から謙也は目が離せなくなった。

 その後立ち寄った産直市で自炊をするという白石が野菜や果物を買い、二人でいちごのスムージーを飲んだ。
 他に寄りたいところはあるか、と問われたが馴染みのない土地だったので思いつかず、
「もうホテル行こや」
「即物的やなぁ」
 台詞に反して白石は満更でもなさそうに見えた。
 ホテルに着いたのは夕方の四時前で、平日だということもあり殆どの部屋が空室だった。
「よりどりみどりやん」
 口先だけではしゃいで見せると、白石は、「アホやなぁ」と言いながらも、
「この部屋にしよ。なんかラグジュアリーやし」
 存外ノリノリに電光パネルを指差す。
「なかなかやらしげや部屋選ぶやん」
「やらしーことしに来たんやろ」
 押しの強い女のような所作で謙也の腕を引いた白石と、すっかりカップルのようなノリでじゃれ合いながらエレベーターに乗り込む。
 ルームランプの点滅を目印に雪崩れ込んだ三〇七号室が、写真で見る以上にラブホ然としていることに戸惑った謙也が、なんちゅー場所に友達と来てしもうたんや──と我に帰り入り口で歩みを止めると、白石がその背中に張り付いてきた。胸のあたりに腕を回されると、爽やかな柔軟剤の香りが鼻腔をくすぐる。
「今更ビビってもうたん? 相変わらず謙也はヘタレやな」
「誰がヘタレやねん! ちょっとビビっただけや」
「ストレートにヘタレとるやん」
「しゃあないやろ。ホテルとか来るの久しぶりやし」
 体に回された白石の手を握りながら言うと、「彼女いつからおらんの」と聞かれる。
「こっちくる直前からやから半年以上──その前もなんやかんや忙しかったから、こうやって患者さん以外の手握るのも久しぶりやし。というか、」
 お前の手柔らかなったなぁ、しみじみと続けると、
「元の硬さ知らんやろ」
 照れの混じった声が返ってきた。
「知らんけど柔らかくて気持ちええ」
 存在を確かめるような動きで手のひらから前腕をなぞっていくと、白石の体がひくりと震えた。謙也の手から逃れるようにして、体を引く。
「シャワー浴びへん?」
 離れた体を惜しむように謙也が視線をやると、白石はそんなことを言った。
「シた後でええやろ。歯だけ磨く」
「キスするん」
「せんでも磨くわ」
 この前は磨きそびれたままキスをした。ベッドの上の白石は、謙也の理性を飛ばす。
「ラブホの歯ブラシってなんややけに細ない? 毛の量も少ない気がするし、歯磨き粉も貧弱やし、あんま磨いた気せんわ」
 謙也の後に続いて洗面室に入った白石は、ちゃちな袋に入った歯ブラシを手にとった。
「ラブホに限らずホテルの歯ブラシはどこのもそんなんやろ」
「あとドライヤーの風も弱いよなぁ。フロントでナノケアとか借りるん忘れたら下手したら十分くらい乾かす羽目になるやろ」
「白石は髪が長いからなぁ」
 大学時代に付き合っていた恋人は髪が長かった。黄みの薄い茶髪は、美容室に行くたびにトリートメントを施されていて、いつ触れても指通りが良かったが、その反面濡れ髪を乾かさずに放っておくことを許さない女だったので、行為の前にシャワーを浴びると髪が乾くまで随分と待たされていた記憶がある。
 その彼女には四国に来る前にフラれた。壮行会も兼ねた失恋残念会で、「そういうとこも含めて可愛かったけどなぁ」と零した謙也に、財前が軽蔑するような視線を向けてきたことを思い出す。
「泡、口の周りにめっちゃついとるで」
 うがいを終えた白石の声で、謙也は現実に引き戻された。口の中をゆすぎ、ドライヤーの話の流れから元カノと財前のことを思い出していたと説明すると、「財前はお前のそういう話聞きたくなかったんとちゃう」と言われる。
「あいつ人の恋バナに無関心やからなぁ」
「無関心というか……まあ、ええけど。俺は謙也が付き合っとった女の子に興味あるし」
 うがい用のコップに歯ブラシを差し込んだ白石は、美しくメイキングされたベッドの上に転がった。赤く光沢のあるベッドライナーが白石の足の動きによってひずむ。
「こういうとこよう来るん」
「ぼちぼち。大人やからな」
 白石は大雑把な口調で答えて謙也を手招きした。
「お前はこういうやらしーとこ来んと思っとったわ」
 隣に横たわって、滑らかな頬を撫でながら言うと、
「なんで」
 むしろやらしーですけど、と似合わない丁寧語で続ける。
「白石ってなんか作り物みたいに整っとるし、周りの奴らが下ネタとか言うとってもお愛想程度に笑うだけで殆ど乗ってこーへんから一人でシたりせんのやろなぁって思っとった。カブトムシ以外に好きな奴の話も聞いたこともなかったし、恋人出来てもアッサリしとるんかもなって財前なんかと話しとったわ」
「俺、好きになったらめっちゃ重いで」
 謙也が知らんだけ──唇の端をかすかに持ち上げて、白石は謙也の顔を引き寄せた。呼気が触れ合う程の距離にある白石の顔は、謙也に寄る辺のなさを覚えさせる。
「オナニーも普通にするし」
「……っ、やからそんな顔してあんま直接的なこと言うなや。ギャップがキツいっちゅー話や」
 端正な顔立ちと泰然とした雰囲気を併せ持つ白石からは、日頃はほとんど性的な匂いを感じられない。
「生まれつきの顔や。俺かて男やから性欲も溜まるし、オナニーもセックスもするん当たり前やん。対象が謙也みたいに女の子やないだけ」
 言いながら白石は謙也の股間をズボン越しに撫でた。情欲を誘うような白石の言葉と、器用な手の動きによって、そこはすぐさま重みを増していく。
「謙也って感じやすい? ここ、もう硬くなっとるで」
「っ……それはお前やから」
 謙也の口から飛び出した言葉に、白石は目を丸くする。ゆるやかに硬度を増していく謙也のモノを撫ですかしながら、
「一回ヤったら惚れてしもた?」
「なんで俺が男に惚れたりすんねん」
 口に出してから失言だったと悔やんだが白石は、「気持ちよかったくせに」と笑っている。
「自分では意識したことなかったけど、俺面食いなんかもしれん……お前のそのキレーな顔からやらしー言葉が飛び出すとめっちゃ興奮すんねん」
「顔が良かったら男でもええってもはや雑食の域やないか」
 白石は呆れたような声を上げながらも謙也のズボンのチャックをおろしにかかっている。しかし布地を押し上げる屹立に阻まれてなかなか上手くいかない。
 謙也は、「自分でやるからええ」と白石の手を退けてから、
「白石も脱いで」
 微熱を孕んだ声で言った。
 ベルトのバックルに手をかけた白石は、「下だけ?」と首をかしげる。
「どっちも。この部屋ちょっと熱いやん」
「ちょうどええけど」
 そう言いながらもシャツのボタンに爪の先を引っ掛けた。首元の一番上の物から順に窮屈げなボタンホールから解放していくのだが、一つを外すのにたっぷり十秒はかける。やけに勿体ぶった所作だった。
 熱いやんと言ったそばからパンツ一枚になっていた謙也は体を揺らしながらそれを眺めていたが、やがて痺れを切らして、脱げかけのシャツをひっかけた体を押し倒す。
「せっかちやなぁ」
 こちらを見上げる白石のボクサーパンツを引き下げると、半勃ちのペニスが露出された。
「白石はこんなとこまで綺麗なんやな」
 なんの含蓄もなく呟くと、流石に恥ずかしかったのか、白石は内ももを擦り合わせた。
「電気消してや。男のこんなん見たら萎えるやろ」
「はあ、自分の毎日見とるのにそんなことで萎えんやろ」
「どういう理屈やねん。セクシャリティズボラ過ぎや、ろっ……あっ」
 むき出しのペニスをゆるゆると扱いてやると、面白いくらいに反応する。端然とした骨格の上に張り付けられた白石の肉体は、随分と快楽に馴染んでいるらしい。
「はっ、ああ……」
 小さな喘ぎ声も漏らし続けながらも、白石の瞳が謙也から逸らされることはない。
 その情欲のこもった瞳を見つめ返しながら、謙也は五本の指を上下にゆする。時に締め付けて、時に緩めてやりながら愛撫を続けていくと、白石の先端からぬめつく液体がこぼれ落ちた。
「気持ちええん?」
「見れば分かるやろ……」
 女のものとは異なる低い掠れ声に瞠目する。腰に甘い痺れが走り、今は隠されている窄まりに己のものを突き立てたくてたまらなくなった。
「分かるけど白石の口から聞きたい。お前の声やらしいわ」
「……気持ちええ、ええからもっと、きつうにシゴいて」
 行為の始まる前の余裕ぶった態度とは対照的に、謙也に組み敷かれた白石はしゃくりあげるような声を上げる。その言葉に素直に従った体で、竿を締め付ける力を強めながらも、あえて上下運動の速度をゆるめてやると、
「謙也……っ」
 男は面白いくらいに焦れた。快楽を上手く取り込みきれないことがもどかしいのだろう、少しでも強い刺激にありつこうと腰を揺すっている。
「まだイきたくないやろ」
 先走りをすくい取った謙也がそう言って竿から手を離すと、白石は形の良い瞳を細めた。なんでやめんねん、という視線を無視して膝裏に手をかけ、きつく閉ざされた窄まりを露出させる。
「このまま自分で足もっとって」
「謙也ってベッドの上ではわりと強気なんやな」
 言いながらも両手で膝裏を抱えた白石は、「なんや恥ずかしいわ」と顔を背けた。
「体やらかいなぁ」
 大きく開脚をした形で尻を突き出した白石の、窄まりの周りを指の腹でなぞる。指で触れた感触は硬く引き締まっていて、こんなところに自分のモノが入るとはとても思えない。
 肛門科の実習に行ったときのことを思い出しながら、入り口の皺をゆっくりと揉みほぐす。何分もの時間をかけて指先五ミリを飲み込むほどに内側がほぐれたのを見計らって、
「挿れるで」
「いちいち言わんでええわ……っ、あ」
 ナカに侵入する。みっちりとした肉の壁は想像していたよりは柔らかで、しかし強い力で謙也の人差し指を締め付ける。
 思い切って奥まで指を突き入れると、前立腺の位置を探るように指先を動かす。
「蔵、どのへん?」
 不意に思いたって昔に戻ったような呼び方をしたが、白石は意にも介さずに、「もうちょっと奥……あっ、行き過ぎ手前やって」と謙也に指南する。
 バツの悪さを覚えながらもその言葉に従って指を動かしていると、粘膜の内側の一段硬くなった部分に指先が掠めた。瞬間、淫肉がひくひくと蠢く。
「……あっ、そこ……ん」
 男が荒い呼気を漏らし始めたことに気を良くして、そこをこねくり回すと、嬌声が高さを増した。
「ふっ……ああっ」
 白石の硬く勃ちあがった幹には、先端から溢れた透明の液体が絡みついている。
「謙也っ、ゆび、ふやして……」
 ぐずぐずに蕩けた瞳で懇願されると、謙也の中で何かが弾ける。下腹部の内側に重たくのしかかる情欲を、必死に飲みくだして、性急な手つきで中指を挿入した。
 強く締め付けられる感覚に、触れてもいないペニスから先走りが溢れるのが分かる。
「もう一本……」
「急には無理やって……まだ二本目もきついくらいやのに」
「ええねん、っ……大丈夫やから、いっぱい挿れて……あっ」
 こんな風に男を煽る術を、白石はどこで覚えたのだろう。かつては清廉さすら身に纏っていた男を、性を貪る雄に変身させたその人物に、謙也は嫉妬した。
 仄暗い情動が胸の内を支配する。まだキツく引き締まった肉のフチに薬指を当てがって、無理矢理に押し入った。
「くっ……う」
 息の詰まったような呻き声。眉間に深い皺を寄せた白石は、謙也の顔を苦しげに見上げて、薄く涙の滲んだ瞳で、「案外指太いんやなぁ……」と呟いた。
「苦しい?」
 分かりきったことを尋ねると、白石はかすかに首を横に振った。案外強情なところのある男だ。
 それでも肉の内側に傷などのないことを確認して、謙也は自身の指を食いちぎらんばかりの力で締め上げるそこをゆっくりとほぐした。指を増やした瞬間は強い抵抗を示していた粘膜が、時間の経過に伴って綻んでいく。
「っ、あ……」
 白石の呼吸も次第に穏やかになり、甘い嬌声が再び混じるようになった。
「……なんや怪しげなマッサージ受けてる気分、や、あっ」
「人をエロビに出てくる変態マッサージ師みたく言うなや。仮にも医者なんやから、診察受けてるみたいでええやろ」
「医者らしいところ見たことないからしゃあないやろ──というか、エロビとか見るんや」
「当然見るやろ」
 余裕を取り戻してきたような口調が小憎たらしくて、しこりに圧をかけてやる。
「うっ……」
「こういう時にペラペラ喋んなや。萎えんねん」
「萎えとるようには見えへんけど」
 白石は膝裏から手を外して、自由になった右足でパンツの布越しに謙也のモノをなぞった。そこは今にも破裂しそうな程に張り詰めていて、唐突に与えられた刺激に、謙也は思わず腰を引いてしまう。
「ガチガチのくせに」
「うっさい、お前に言われたないわ!」
 声を荒げたことによって付け入る隙を与えてしまったのか、白石は表情にわずかに涼しさを取り戻した。
「元カノ、エロビとか見ても怒らんかったん?」
「怒られるほど会う暇なかったからなぁ」
 会話が始まってしまったので、白石の足を振り切って、内側をじっくりとほぐしながらそれに応える。嬌声は押さえ込みながらも、腹筋の筋の浮き出た腹が時たまヒクつくのが艶かしかった。
「会うたびにシとったん」
「なんでそんなこと聞くねん」
「言うたやん、俺は謙也の付き合っとった女の子に興味あるって」
「……三回に二回くらいはシとったけど」
「どういう風に抱いとったん」
「エロカウンセラーやん」
「あかん? ノンケの男が女の子抱くときどんなんか気になんねん。前戯はどういう風にしてたん」
 興味本位であることを強調するくせに、生々しい質問を重ねる白石の目は艶っぽい。自分が女を抱く姿を想像して興奮しているのだろうと思うと、唇の表面が乾いた。
「お前の思うとるような特殊なことはしてへんよ。普通にキスして、服脱がせて、胸吸って、手マンして、時々はフェラしてもらって、正常位かバックで挿れる」
 そんだけやで、と話をしめると、白石の内側がひくひくと動いた。
「なにを興奮してんねん」
 言いながら、弱点を執拗に押しつぶしてやる。
「っ、あっ……! やって、謙也の口から出てくるそういう言葉もめっちゃ破壊力あるで。ずっと友達やと思ってたんやから」
「友達エロいことに誘ったんは自分やろ」
 三本の指を一気に抜き去ると、白石は高く喘いだ。手早い動作でコンドームを装着して、ぽっかりと空いた穴に先端を充てがう。
「はよ挿れて……謙也のでめちゃくちゃにされたい……」
「っ……言われんでも」
 今この時間だけはこの男を支配したい。それは雄としての本能なのだろうか。ほんの僅かにぶら下がっていた理性を捨て去った謙也は、ずちゅ……と生々しい音を立てて白石のナカに押し入った。
 長く時間をかけてほぐしたが、緩んでいるのは内側から数センチだけで、謙也が張り詰めたペニスを根元まで埋め込むと、最奥はそれを拒むよう締め付けを増した。
「っ……うう……」
「白石の中、きっつい……」
「ゆるいよりええやろっ、ん……ふっ」
 減らず口を止める気配のない男の唇に、自分のそれを重ねた。舌を差し込むと、爽やかなミントの香りが鼻を抜けていく。
 白石の薄い舌に吸い付きながら、竿全体で内側を小刻みに揺らす。身体中を駆け巡るような強い快楽に、謙也は溺れた。繋がった部分から、白石と溶け合うような錯覚を覚える。
「ふ、ふ……」
 白石は息継ぎの仕方を忘れてしまったかのように顔を赤くして、謙也を睨んでいた。口蓋と、端然とした歯列にじっとりと舌を這わせてやると、浅い鼻息が謙也の肌を撫ですかす。
 その間中、ゆっくりとした抜き差しを続けていたので、白石の内側は随分と柔らかくなっていた。
 ゆっくりと唇を離すと、それに追いすがるようにして白石の舌が伸びてくる。
 名残惜しくなって再び唇を近づけると、下唇に強い痛みが走った。噛み付かれたのだと気がついて、目を剥くと、
「もどかしいねん、アホ!」
 腰に回されたかかとで皮膚の表面を撫でられる。
「めちゃくちゃにされたいって、言うたや、あっ……っ!」
 言葉を聞き終えるよりも先に、ペニスを引き抜く。そのままの勢いで白石の感じる場所を強く擦りながら奥まで押し込むと、整った形の唇から甲高い嬌声が漏れた。
 赤く充血した窄まりを目一杯に拡げられて、友人のモノを受け入れる白石の姿は痛ましいくらいに扇情的だ。
「白石、恥ずかしないん」
 努めて冷えた声を落とすと、男の内側が強くうねった。先走りでぐずぐずになったペニスを、乱雑な手技でシゴいてやると、「ひぁ」と情けない声が上がる。
「友達にチンコ突っ込まれて、こんなやらしい姿見られて」
 その友達とセックスをする関係を続けることを選んだのは謙也だが、粗雑な言葉責めに白石の躰は面白いくらいに反応する。張り詰めたペニスは、射精の寸前といった様子で、睾丸が竿に向かって持ち上がって震えていた。
「ひっ……あっ」
「白石のここどろどろやで、いろわんでもイけるんちゃう?」
 ペニスへの直接の愛撫を中断して、綺麗に張り出した骨盤を両の手で掴んでやる。そのまま力強く抜き差しを加えると、
「やっ……無理、やって……前、触って、あっ」
 苦しげに首を振っていたが、構わずに前立腺を擦り上げる。
 組み敷いた男が激しく乱れる度に、劣情は膨らんでいった。性的な経験に乏しいわけではないが、抱いている相手に無体な言葉をかけたのはこれが初めてだ。今までの恋人達とはそれなりに愛情深いセックスをしてきたつもりである。
 それなのに、白石にだけは特殊な欲求が湧く。ただの友達だと思っていた男のナカに自分のモノを突き立てている背徳が、こうも体を熱くさせるのだらうか。
「謙也……っ、もっ、イく……アッ!」
 その言葉と同時に、白石は精を破裂させた。白い欲望が、謙也の胸にまでかかる。
「後ろだけでイけるんや、めちゃくちゃ開発されとるやん」
 わずかな嫉妬心が、快楽の炎に薪をくべた。
 白石は肩を大きく震わせて、荒い呼気を吐き出している。その呼気を奪い取るように、深く唇を重ねて、謙也は朱に色づいた穴に己のペニスを突き入れた。
「はっ、ふ……んっ」
 一度達したので前は萎えているが、内側はきゅうきゅうと嬉しげに謙也のペニスを受け入れている。謙也もまた限界が近づいていて、ベッドが軋むほどの激しさで抜き差しを繰り返した。
 パン、パンと、肌と肌のぶつかり合う激しい音がホテルの部屋に響く。謙也と唇を合わせたままの白石は、その度に「んっ、む」とくぐもった嬌声を漏らした。長い睫毛に縁取られた瞳はきつく閉ざされている。
 目を開けてほしいと思った。目を開けて、白石に欲情する自分を見て欲しい。
 蕩けきった淫肉に分け入るように、強い律動を続けていると、白石の内側がきつくうねった。謙也は、唇を白石から離す。そこにきてようやく開かれた白石の瞳はある種の無垢さを感じさせるほどに透き通っている。
 何故だかたまらなくなって、謙也は白石の体をキツく抱きしめた。そのまま何度か腰を揺さぶって、腹筋を痙攣させながら精を解き放つ。
 白く粘ついたその欲望が、一滴残らずゴムの内側を満たすまで、二人は重なり合ったままでいた。


 
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