金曜の日付変更前から降り続いた雨は、土曜日の昼過ぎにはやんでいた。それでも雨の痕跡は街に残り、自宅のマンションのエントランスから出てたった五歩で水たまりに足を取られた謙也は、靴下に滲む雨水の感触に顔をしかめた。
「飲み物なんにするん?」
 同僚の女性ナースの加藤が呑気な顔をして謙也の顔を覗き込む。
「俺にも聞いてよ」
 唇を尖らせて言ったのは、同い年の男性ナースだった。今年の春から研修医として四国にやってきた謙也より、二年早くナースとして働き始めている。
「はいはい、高橋君はなんのむん?」
「俺は、トマトジュース」
「メニューにトマトジュースないんやけど」
「レッドアイあるんやけん、トマトジュースも出るやろ」
「一杯目くらい飲んだらいいのに」
 かしましいやり取りを聞き流しながら、謙也は小さなあくびを漏らす。夜勤明けの眠たい目をこすりながら申し送りを終えた謙也に、今晩合コン行かん? と誘いをかけてきたのが高橋だった。
 疲れとんねん、と一度は断ったが、「メンバー集まらんのよ、俺を助けると思って」と言われるともう駄目だった。人からの頼みは無碍に出来ない性分なのである。
 それでもいざ店にやってきて、宅についた三人の女性陣の内の一人が、「やっほー待ってたよー」と手を挙げたときには面食らった。女側の幹事は加藤さんなんよ、と笑った高橋に、「そしたら男女六人の内三人は知り合いやないか」とつっこむと、「気兼ねせんでいいやん」と返されたので閉口した。
「もう一人の男の子、なかなか来んね」
 のんびりとした口調で言ったのは、加藤の高校時代の同級生だという女だった。色白でぽっちゃりとしているが、顔の造作が華美に整っている。パッと見でかわええ子やなぁ、と思ったので、謙也はちゃっかり彼女の向かいに座った。
 今日の合コンは、男女三人ずつの会なのだが、高橋が誘っているはずの男側のもう一人がなかなか現れないのだ。店での待ち合わせの時刻は、既に三十分過ぎている。
「仕事が終わるんが遅くなっとるみたいなんよ」
 トマトジュースのグラスを握った高橋が気まずげに言うと、「その人も不定休なんや」と加藤が食いついた。暦通りの休みの少ない病棟ナースが、土日休の人間と付き合うのはなかなか難しい。
「不動産の営業しとるらしいんよ」
「らしいんよって友達なんやろ?」
 謙也が怪訝な表情を浮かべると、高橋は、「ううん」と唸った。
「友達と言うほどの仲ではないんよね。この前相席居酒屋のビルで知り合ったばっかやし」
「どんなきっかけやねん」
「その日はちょっと出会いを求めとって、加藤さん行きつけの相席居酒屋とやらに行ってみたかったんやけど、生憎一人やってね」
「行きつけとらんわ。たまに女子会で行くだけよ」
 加藤が眉を釣り上げると、謙也の向かいに座っている女も大きく頷いた。どうやらいつも同じメンツで出会いの場を巡っているらしい。
「あの手の店は女の子は無料やけんいつでも女子は潤沢におるもんなんよ。やけど基本的に一人では入れん店やから諦めて帰ろうかなと店のあるビルの一階のコンビニに入ったところで彼に出会ったんや」
「それが今遅刻しとる男なん?」
 高橋はブンブンと音が鳴る程の勢いで頷いて、鼻息を荒くした。
「それがまたとんでもないイケメンで、こんな地方都市にこれほどの男がおるとは! と、慄いた俺はすぐさま声をかけたんよ、上の店で相席しませんかってって」
「男の子をナンパしたってことー?」
 長い話にげんなりした様子のぽっちゃりが揶揄するように言うと、「変な話聞かせないでよ」と加藤がそれに続く。
「だけどすごいイケメンなんでしょ」
 満更でもなさそうなのは、殆ど会話に参加していなかった茶髪の女だった。
「そうなんよ! その日も彼がイケメン過ぎて女の子全部持ってかれたけんねー」
「そんな奴をなんで呼ぶんや……」
 謙也の呆れ声が呼び水になったかのように、店の入り口のドアが開く音が響いた。オチのない高橋の話にややテンションを落としていた女性陣の目が煌めく。
 店の奥壁側に椅子を向けていた謙也も、そのとんでもないイケメンとやらの顔を拝んでやろうと振り返る。
「遅れてもうて堪忍な」
 聞き覚えのある声に導かれるようにして、視線を上げると、見知った男がこちらを見つめていた。
「謙也、久しぶりやな」
 とんでもないイケメンは、目を丸くしつつも冷静に彼の名前を呼ぶ。
「久しぶりやな……って、白石お前なんでこんなところにおんねん!」
 中学時代所属していたテニス部の、部長を勤めていた白石蔵ノ介とは、中学卒業を機に学校が離れてからも頻繁に連絡を取り合い、時には顔も合わせていたが、彼が関西の大学を卒業したきり音信不通になっていた。
「二人知り合いなん?」
 やっぱ松山狭いな、と続けた高橋は空いた席の椅子を引いた。おおきに、とそこに腰かけた白石は、手すきの女性店員に声をかけてビールを注文する。
「みんな自己紹介はすませとんかな」
 向かいに座った茶髪が生春巻きを取り分けたのを、控えめな笑顔で受け止めた白石はそんなことを言った。俺へのフォローはなしかい、という目で見やる謙也に、意味深な流し目を一つくれる。

 奇妙な再会を果たした二人のことは一旦脇に置いて、合コンの場は大いに盛り上がった。
 俺研修医やねん、と言いそびれた謙也と、あからさまな三枚目キャラの高橋は、遅れて現れておいて強烈な輝きを放つ白石の引き立て役に徹するハメになったが、女子陣の歓喜したカボチャのチーズフォンデュを初めとする異国風の料理の数々は確かに美味かったし、カクテルの種類も多彩だったので酒も進んだ。
 謙也が初めに目をつけていたぽっちゃりの女が白石だけに連絡先を聞いていたことも、取るに足りないことである。
 加藤が翌日早出だったこともあり、二次会もなく解散した一同は、各々タクシーやバスを求めて散っていった。
 店の入っていたビルの前には、謙也と白石だけが残される。職場から直接店に来たという白石はスーツ姿で、それがまた女性陣にはウケていたのだが、十月の存外冷たい夜風に晒されると心許無く思われた。
「白石、お前そんな格好で寒ないんか」
「寒いっちゃ寒いけど、耐えられる範囲やな」
 言葉とは裏腹に、白石は唇を紫にしている。
「痩せ我慢やないかい」
「バレてもうたか。まあすぐタクシー拾うし。謙也はどうやって帰るん」
「家までわりと近いからなぁ、歩いて帰るつもりやったわ」
 近いといっても早足で二十分強はかかる距離なのだが、日頃の運動不足を解消する意味でも、飲みに出た帰りは極力歩くようにしている。
「こっから徒歩圏内て、ええとこ住んどるやん」
「普通のワンルームやけどな」
 地方都市の家賃は安い。部屋選びに同行した母親は、不動産屋の提示する賃貸物件の間取りと家賃を見比べて、目を丸くしていた。
「白石の家はどこらへん?」
「うちも車やったら二十分圏内やな。今日はバスで来たんやけど、本数少ないから帰りはタクシーのことが多いで」
「どうせタクシーで帰るんやったら飲み直さへん? なんでお前がこっちにおるんかも聞きたいし。あ、明日仕事早いか」
「いや、嬉しいわ。俺の仕事出勤遅いし」
「ほな行こか」
 近くにいい店があると言う白石の後ろに続いて歩き始める。信号にかち合って立ち止まるたびに身震いをする白石に、上着を貸してやろうかとも考えたがやめておいた。男同士では過ぎた気遣いだろう。

 案内されたのは、先ほどの店から五分ほど歩いたところに建つ古びたビルの一角にあるバーだった。地元産の果物を使ったカクテルを売りにしている店で、一時間千五百円で飲み放題と、リーズナブルなこともあってか若い客が目立つ。
「ビールもあるで」
 白石は、手書きのメニューを指でなぞりながら言った。薄暗い空間で、俯いてメニューを見つめる彼の横顔があまりにも整っているので、謙也は息を詰めた。
 彼と最後に顔を合わせたのは三年ほど前だろうか。
「そんなに見られたら穴あくわ」
 白石が、照れたようにはにかむのを見て初めて、自分が彼に見惚れていたことに気がついた。
「改めて見たらほんまにカッコええなぁ、白石は」
 誤魔化しようがないので素直に認めると、白石は、「なんや真顔で言われると照れるわ」と肩をすくめる。
 各々梨と柑橘のカクテルを選んで、つまみにはポテトフライを注文した。
「お前いつからこっちおるんや」
 再会した瞬間から気になっていたことだ。
「大学卒業してからやから、もう二年半になんのかなぁ。学生時代付き合ってた恋人の地元がこっちでな、戻りたい言うからついてきてん」
「恋人についてって、案外情熱的なんやな……意外やったわ」
 端正な外見と、穏やかで面倒見の良い性格、その両方を兼ね備えた白石は、中学に入学した頃には既に群を抜いて異性に人気があった。その反面、押しの強い女性が苦手で、中学の卒業式の日には彼のボタンを求める女子達に囲まれて顔を青くしていたことを思い出す。
「当時は好きやったからなぁ」
「その相手とは今も続いとん?」
 緩やかにかぶりを振った白石のコースターの上に梨とラフランスのカクテルが置かれた。時を同じくして、謙也のオレンジ粒々ジントニックも手元に届く。
「乾杯」
 どちらからともなくグラスをかち合わせて、カクテルを傾ける。舌の上でオレンジの粒が弾けるのを楽しんでいると、白石が自分をまじまじと見つめていることに気がついた。
「俺の顔はお前のと違って見惚れられるような出来とちゃうで」
「何言うてんねん。俺からしたらお前の顔の方がよっぽどカッコええよ」
「相変わらず嫌味なやっちゃで」
「本心なんやけどなぁ」
 おべんちゃらは好きやないねん、と白石は続けた。
「おべんちゃらやないからタチが悪いんやろ。自分よりもよっぽど顔のええ男に、俺の友達イケメンやねんて紹介される俺の気持ちがお前に分かるんかいな」
 ぐちぐちと謙也が連ねた文句を、
「謙也は変わらんなぁ」
 涼しい顔で流す白石の耳が赤い。心なしか呂律もあまり回っていない気がした。
「白石、お前もしかしてかなり酔っとる?」
「酔ってへんよ。ちょっと頭ぼーっとするけどな」
「アホ、それを酔っとる言うんや。さっきの店でも結構飲まされとったもんな」
 アルコールというものは、飲んでいる最中はなんともなくとも、時間差で体を蝕むものなのだ。
 合コンの最中女子陣から絶大な人気を集めた白石は、グラスの中身が半分を切るたびに、「お代わりなんにするー」の大号令を受けていたので、自然と杯が進んでいた。
「結局何杯飲まされたんやろなぁ。あの店、グラスめっちゃデカなかった?」
「デカかった! あんなにデカいグラスに入ったショウヨウジュリン初めて見たで。沼かと思ったわ」
「店員さん二人しかおらんかったもんなぁ。お代わり何度も作らんでええようにデカいグラスつことったんやろ」
 これ以上白石に酒を飲ませてはいけないと思っていたはずなのに、四方山話を続けていると自然とグラスの水位は下がっていった。結局一時間の間に二杯半のカクテルを飲んだ白石は、まっすぐ歩くことすらままならず、タクシーに押し込むのも心配なくらいだった。
 地方都市の夜は早い。昼から夕方にかけては絶え間なく若い人間の行き交うショッピングストリートは、夜になると薄暗なシャッター街へと変貌する。
 目抜き通りから逸れれば、朝方までやっている飲み屋や飲食店も点在しているが、車を避けて二人が歩いている商店街で店を開けているのは、コンビニか牛丼屋くらいのものだった。
「白石、お前大丈夫か? 水でもこうたろか」
「かまへん、喉乾いてへんし」
 殆ど謙也の体に体重を預けるようにして歩を進めている白石の体は冷たい。スーツのまんまやもんなぁ、と眉間に皺を寄せた謙也の前に、一台のタクシーが停まった。
「平和通りなんですけど」
「はいはい。平和通りのどこ?」
 芯のない人形のような白石の体を後部座席に押し込んで、ひとまず自分の住所を運転手に告げる。
「……謙也んち平和通りなんや、職場近いわ」
「スーツそのままでええなら明日Yシャツ貸したるから、今日はうちに泊まり」
「オカンみたいやなぁ、謙也は。やから女の子にモテへんのかなぁ」
「……一言多いっちゅー話や」
 夢うつつといった様子の白石は、車が発進してしばらくすると目を閉じて動かなくなった。
 うちまで十分もかからんで、という謙也の言葉も耳には届いていないようである。それ以上会話を成立させることを諦めた謙也は、窓の外に視線を移した。

 一人寝用の薄っぺらなベッドに白石を転がした謙也は、寝巻きに着替えてスマホを充電コードに繋いだ。研修医として四国に移り住んでから半年、人を泊める機会もなかった謙也の家には、客用布団がない。
 時たま顔を見せる母親や弟は、温泉街の高級旅館に宿泊していた。
 今日は床で寝るしかないか、と洗面所から取ってきたバスタオルを枕にするために丸めていると、「こっち来たらええのに」とベッドの上の白石が顔を上げる。
「起きとったんかい」
「スーツのまま寝られへんし、かけるもんある?」
 白石の脱いだジャケットとスラックスを受け取って、ハンガーにかける。白石の寝巻きになるような服を探していると、「このままでええわ」と声がかかる。
「なんやダルいし、明日の朝シャワーだけ借りてもええ?」
「それはええけど、その格好やと寒いやろ」
「一緒に寝たらええやん」
 ワイシャツにボクサーパンツという出で立ちの白石が、謙也を見上げていた。薄い布越しに肌の色が透けて見えるのを意識すると、生々しい肉感が鎌首をもたげた。
(これ以上見たらあかん)
 反射的にそんなことを思ってしまったことに動揺した。男同士なのだから、何を見て悪いということもあるまい。
 元々深くは物を考えない性質である。謙也は体の内に湧き上がった性欲に似たものを振り切るように頭を大きく振ると、半分体を起こした白石の隣に寝転がった。
「家主を床で寝かすわけにはいかんからな」
「自分が床で寝るって発想はないんかい」
「謙也は客を床で寝かせられるような男やないやん」
 あっさりと言った白石は、謙也に背中を向ける。
 深酒によって無呼吸状態が引き起こされることを心配して、謙也はしばらくその呼吸音に耳を傾けていた。
 二十分程が過ぎると眠気がこみ上げてきたので、飲みに出るときに履いたままのジーンズを脱いで床に放る。
 重みを増すまぶたに逆らわずに夢と現実の境を滞留していると、ふくらはぎに何かが触れた。なんやスベスベしとる、と思考が現実に戻ってきたところで、それが白石の足であることに気がついた。
 げ、と息を飲んで聴覚に神経を集中させる。白石の呼吸音に変化は見られず、眠っているのか否かは判別がつかない。
(いやいや起きとるとかありえへん! 白石はただ寝相が悪いだけや)
 そう思い込むことにして、頭のてっぺんまで毛布を被った謙也は、白石の足から逃れるように自分のそれを手前に引き戻した。
 それに追い縋るようにして、白石の足が動き、彼の皮膚の表面を撫でる。
 やっぱり起きとるわ、愕然としつつも、何故だかスネ毛のない白石の肌の感触は、女性のそれに似ていて、謙也は生唾を飲み込んだ。学生時代に付き合っていた恋人と別れて以来、人と肌を合わせていない。
 だからといって、男と、しかも昔からの友人と足を絡めうことは本意ではなかった。冗談で済まされる内に止めな、と謙也は体を起こし、白石の肩を叩く。
「お前なぁ、流石に、」
 気色悪いで、と続けようとした謙也を、仰向けに寝返りを打った白石が見上げた。白い額に、艶やかな前髪が幾筋もかかっている。くっきりした形の良い眉の下の瞳が、濡れたように輝いていた。
 それがアルコールによって作り出されたものだと分かっているのに、謙也はその潤みから目を離すことが出来なくなった。喉に大きな空気な塊が溜まっているかのように、彼は言葉を失う。
「なんちゅー顔しとんや」
 静寂を打ち破ったのは白石だった。眉を下げてからかうように笑いながら、「マジな顔しとるで」と謙也の眉間を指で撫でる。
「お、お前が変なことするからやろ!」
「変なことってなんやねん」
「足絡ませてきたやろ! サブイボ立ったわ!」
「そんなん立ってなかったけどなぁ」
「う……」
 からかわれたのだと気が付いても尚、白石の肌の感触が体の表面に残っているようであった。
「大体、なんで足の毛剃ってんねん!」
「なんでって趣味、いや実益も兼ねとるか」
 スネ毛を剃ることによって生まれる実益ってなんやねん、などとつっこむのも恐ろしくて、謙也は毛布の中に潜り直した。これ以上酔っ払いの相手を続けて、神経を擦り減らしたくない。
「謙也、ちょっと硬くなっとるで」
「触んなや!」
 当たったんやからしょうがないやろ、と白石は膝の皿で謙也の股間をグリグリと刺激した。
(しょうがないの範疇を超えとる……こいつは宇宙人か)
 魂が抜けそうになるのを堪えている内に、謙也のそこはパンツの布越しにも分かるほどに強く主張し始めていた。
「謙也は男に触られてもこんな風になるんや」
 平素と変わらない穏やかな口調で白石は言った。
「最近女の子とシてないからしゃーないやろ」
 反射的にそう返すと、笑われた。やっぱり謙也は変わらんなぁ、と白石は謙也のボクサーパンツのゴムに指をかける。そのまま太腿のあたりまで布をずり下がると、「しゃぶってもええ?」と裏筋を撫でた。
「ええわけないやろ」
 げんなりした声を上げながらも、強い抵抗を示さずにいると、毛布を剥ぐられた。寒い、と呟いた謙也の股間に、白石が唇を寄せる。
 こいつゲイやったんか、全く気付かへんかった――かえって他人事のように考えているうちに、ペニスに濡れた舌の感触が当たった。躊躇いもない様子で口に含まれると、背中に怖気にも似た快感が走る。
 唾液に滑りながら謙也のモノに絡みつく白石の舌は薄い。だけれど通常よりも長いようで、謙也の筋の立った皮膚を襞で撫でるように刺激する。強い快感に、思わず腰を引くと、部活の現役時代よりは肉のついたそこに腕をまわされた。
 深く深く、咥えこまれるような形になる。カリのくびれが、白石の喉の入り口に当たって、そこが狭められると、頭の奥で何かが切れた。より一層強い快楽を求めた謙也が、腰を進めると、喉奥を突かれる形になった白石が呻いた。ん……んん、とくぐもった呻き声を漏らす形の良い唇が、ぱっくりと開いて自分のモノを飲み込んでいるのに興奮する。
 白石の後頭部に手をやって、謙也は小刻みに抜き差しを加えた。
「んっ」
 苦しげに体を押し返してくる白石を無視して、力ずくで鈴口を喉の奥に擦り付ける。白石が、こみ上げる嘔気をやり過ごすように目を閉じると、腰の奥がずくんと重たくなった。
 謙也の下半身に覆いかぶさるようにモノを咥える白石の前髪に触れる。目元を覆い隠すように伸びたそれをかきあげてやると、淵に涙を滲ませた瞳とかち合った。
 これ以上はまずい。無理に犯される間も必死に絡みついてきた白石の舌を振り切るように、謙也は彼の咥内から屹立を抜いた。
「口の中に出したらええのに」
 息も絶え絶えのくせに名残惜しげに目を細めた白石は、唾液でしとどに濡れそぼった謙也のペニスを、手のひらで包むようにして扱き上げる。カリのくびれを指の腹で刺激されると、熱い呼気が漏れた。
「ゴム持っとるけど、最後までする?」
「最後までってなんやねん」
 往生際の悪い問いかけをしても、白石は謙也を嘲けるでもなく、中学時代と変わらぬ爽やかな笑顔を浮かべたまま彼のペニスを扱き続けていた。
「セックスやろ」
 なんでもないことのように言う。
「男同士やぞ」
「せやけど謙也、俺に見とれとったしなぁ」
 それは関係ないやろ、と喉元まではこみ上げているのに言葉が続かない。自分が白石の顔に見とれていたことがこのことに、関係あるのかないのかも判別がつかなかった。
 謙也のセクシャリティはノーマルで、相手が男である以上、好みの顔を備えていなければ、フェラチオすらも許さなかっただろう。
 ゆっくりと考えた末に、
「相手がお前でも無理なものは無理やって」
「じゃあこれ、このままにしとってええんや」
「う……」
 根元から扱きあげられて、くっと体を丸めた。快楽から逃れようとしても、白石の手技は執拗だった。
「俺のケツ、そんなに広がらんで」
「アホやなぁ、謙也。俺はネコ専門やで」
「んなもん知るか!」
 アホらしすぎて脱力した謙也のペニスに白石がキスをした。これ以上は洒落にならん、と腰を低く謙也の目の前で、ワイシャツとボクサーパンツを脱ぎ捨てる。
 生まれたままの姿になった白石の体は、しばらくスポーツから離れている人間のそれとは思えないほどに引き締まっていた。綺麗やな、と思ってしまうのは、昔から心のどこかで“完璧”な彼に憧れていたからだろう。
 慣らすから待って、と言った白石が、枕元に備え付けてあるワセリンを指ですくい取る。彼は、謙也のペニスに対する責めを再開させながら、自らの菊門にワセリンまみれの指を這わせた。
 襞のある穴が一本、二本と、太くも細くもない彼自身の指を飲み込んでいく。その光景のあまりの生々しさに謙也は息を飲んだ。
「人のもんをなんちゅーことに使ってくれとんや」
 自然とそんな言葉が落ちる。手洗いを執拗にする必要のある医者の仕事に保湿剤は必要不可欠だ。
「謙也はこんなええ使い方したことないやろ」
「研修医の立場から言わせてもらうけど、それは間違った用法やで」
「俺にとってはスタンダードやけどな、ぁっ」
 胎内にあるイイ部分に指が当たったのか、白石は小さな嬌声を漏らし始めた。謙也に痴態を見られることを悦んでいるように喘ぎ続ける白石のペニスはいきり勃っている。
 自分以外の男の性器が勃起しているのを初めて見たというのに、不快感よりも興奮が勝り、謙也の鈴口からは先走りが溢れた。
「謙也の先っぽとろとろやん」
 粘っこい視線を向けられるとたまらなくなって、謙也は白石の体を押し倒した。男とか、女とか、細かいことはもはやどうでもよくなっていた。
 今はただ、目の前にある穴に自分のモノを突っ込みたい。
「謙也」
 ここに至って、意外にも緊張したような視線を謙也に向けた白石が、未開封のコンドームの袋を差し出してきた。どこからこんなもんを、と呆れながら謙也はそれを装着する。
(なんでこんなことに……)
 ワセリンによってぬめついた穴に、熱い先端を擦り付けながら、そんなことを思った。心の一部に残っている、理性的な自分がそれ以上はあかん! と叫んでいる。
 それを無理矢理に欲情でねじ伏せて、謙也は白石の内側に先端を埋めた。
「あっ」
 とぷり、という生々しい感触と共に、謙也のペニスは白石の淫壁に飲み込まれた。軽くしか慣らされていないそこは、きゅうきゅうと、痛いくらいの力で謙也自身を締め付ける。
「っ……白石、もうちょっと緩めてっ」
「無茶言うなや、ぁっ……」
 熱い肉壁を掻き分け、じりじりと腰を奥に進めていくと、
「はよ奥まで挿れて……」
 と、白石が焦れたような声を上げた。たまらなくなって根元まで突き入れ、すぐさまカリが露出するほどに引き抜いた。互いの熱によって緩んだワセリンが、ぬっちりとした感触を伴って謙也のペニスに吸い付く。
「あっ、やめっ」
 快感のあまり眉間に皺を寄せた謙也の下で、白石は首を大きく横に振っていた。
「自分から誘ったくせによう言うわ」
 小さく顔を出した加虐心に従って、謙也がそんなことを言うと、白石は繋がっている部分をぎゅうぎゅうと締め付けた。この男にはマゾヒストの気があるのではないかと、昔から思っていたが、あながち間違いでもなかったらしい。
 こみ上げる射精感を堪えながら、ペニスの先端を奥の壁に押し付けてやると、白石の唇から熱い吐息が漏れる。
「ん、ふ……」
 たまらなくなってその吐息を塞きとめるように自分のそれを重ねて、大きく腰を揺さぶる。唐突にキスをされた白石は、あからさまな動揺を表情に浮かべた。
 逃げ場のない快楽を貪るように、激しく白石の内部を穿つ。彼のペニスの先端からは、トロトロとした先走りが溢れて陰毛を濡らしていた。
「白石、気持ちええ?」
「んなこと聞かんでええ、っ……アッ」
 荒い呼吸を繰り返しながら謙也のモノを締め付ける白石は、「そしたら動かんでええ?」と腰の動きを止めてやると口惜しげに表情を歪めた。
「ええわけないやろ! はよ動いて、なあっ」
「白石が気持ちよくないなら動き損やん」
 本当は今すぐにでも彼の体を押さえつけて、痛めつけんばかりに抜き差ししてやりたい。焦らされた白石が、「ほなええわ」と体を引けば、酒の入った欲求不満の肉体だけが残されることになるのだ。
「もっと意地のええ奴やと思っとったのに」
 言葉に反して口元を緩ませた白石が、ゆるゆると腰を振る。前後の動きを加えて、胎内の入り口付近のしこりに謙也のカリをこすりつけた。
「はぁ……ぁ! 謙也の、ふっといので……ここ気持ちよくしてほしいねんっ」
 殆ど張り型で自慰をするのと同じように腰を揺すりながら白石は謙也を見据える。そのとろけきった瞳の内側に、欲情で唇をひき結んだ己の姿を見つけるともう駄目だった。
「けんや、いたくして、」
 誘うように舌を出した白石の腰を強い力で掴んで、彼のイイところを擦り上げた。じゅぷん、と生々しい音がするのと同時に、白石が大きな嬌声を上げる。
 膨らみきった根元を押し込むように、奥へ奥へとペニスを進めると、白石の肉壁がそれを絞り上げるように蠢いた。
「あっ、あん!」
 奥やばい、とうわ言のように漏らした白石の内側をかき分けてやる。何度目になるのかも分からないピストンを繰り返して、むっちりとした淫壁が自分のペニスに馴染んだのを確認すると、奥の壁を激しく突いた。
「ああっ……!」
「白石、お前のナカ、ヤバい……」
「んむ、んん……」
 白石の半開きの唇にキスを落として、薄く濡れた舌をすくいあげるように自分のそれを侵入させる。歯の根元まで舐めとるように舌を差し入れながら、叩きつけるように激しく腰を打ち付けた。
 白石のくぐもった嬌声が自分の口内で反響するのを、謙也は他人事のように聞く。
 謙也のペニスが大きく抜かれて、奥まで突き入れられる度に、白石の内側はイヤらしくひくついた。
 いやいや、と頭を横に振るくせに、彼の美しい筋肉に覆われた腕は謙也の首に回っている。
「白石、も、イきそ……」
 余裕を失った謙也がそう零すと、白石の足が彼の腰を抱え込むように絡みついてきた。自然と互いの体の前面がぴったりとくっつくような形になって、白石の先走りに濡れたペニスが謙也の腹を汚した。
 射精に向かっていく謙也が抜き差しを加えるたびに、裏筋の擦られる白石には強烈な快楽が走るらしく、彼のペニスを締め付ける。
「あっ、ん、やばっ、謙也……けんや、」
 喘ぎすぎたせいか掠れた白石の声が、欲情の灯火台に最後の火をつける。痛みにも似た快楽の発露を求めて、彼の肉壁の奥深くにペニスを押し入れると、謙也はそこに精を吐き出した。
 それとタイミングを同じくして、腹の表面が白いものによって濡れる。白石が射精したのだと気がつくと、不思議な達成感に襲われ、彼の内側に、迸る精の最後の一滴まで注いでやろうと、謙也は何度かピストンを繰り返した。

「ヤってもうたなぁ」
 自分から誘いをかけたくせに、白石は他人事のような声を上げた。ベッドに背を向けて床に腰掛けた謙也の後ろ髪を指先で引っ張りながら、いっそ清々しい程に自然な姿勢でマットレスの真ん中に陣取っている。
「いろんなところいじくり回した手で人の髪を触んなや」
「こっちの手で触ったんはお前のチンコだけやから安心しぃや」
「アホ! 安心できるか」
 ローテーブルの下に転がしていたウェットティッシュを数枚取り出して白石に差し出す。綺麗に拭かんと寝たらあかんで、と念を押すと、オカンみたいやなぁと笑われた。
「オカンみたいやったんはお前やろ。いつのまにそんな不良になってしもたんや」
「好きでもない男と寝たくらいで不良呼ばわりされるような歳やないやろ」
 自らの手のひらと体をぬぐい終えたウェットティッシュを、謙也に手渡した白石は、再びベッドに横たわった。そのまま瞳を閉じて、美しい顔の造作を無防備にこちらに晒す。
(えらいアッサリと好きでもないって言うたな)
 まあええけど、と脳内で結んで、謙也は頭をかいた。恋人以外と体を重ねたのは初めてのことだったが、思いつめた様子のない白石の口調には救われる。
「白石、お前今付き合っとる奴おらんの」
「おったらこんなことせんやろ。謙也は?」
「おらんけど」
「謙也は、彼女おるのに合コン来るような奴やないもんなぁ」
「人数合わせで行くこともあるかもしれんけど」
 彼女がいればその後男と寝たりはしない。謙也は純然たる異性愛者である。
「……うわ、俺男とヤるとか考えたこともなかったんやけど。どないしよ」
「なかなか気持ちよかったで」
 いい湯でしたババンババン、くらいのニュアンスで言い切った白石の顔つきは端然としている。その少しの歪みもなく美しい造作が、先程まで自分の体の下で妖しく乱れていたことを思うと、腰の奥が再び疼き始めた。
「お前でもセックスとかするんやなぁ」
 しかもめちゃくちゃエロかったし、と胸の内で続ける。
 謙也の知る白石は清潔感の塊のような男で、聞いていて恥ずかしくなるような口癖とは裏腹に、日常での彼から性の匂いを感じたことは一度もなかった。女子にはモテていたが、恋人がいるような話も聞いたことがない。
 そんな男だからこそ、ベッドの上での淫靡な姿を反復するとたまらないものがある。
「めちゃくちゃするで。好きやもん、えっち」
「その顔で無駄にやらしーのやめてくれへん? また勃ちそうになるわ」
「俺はもっかいしてもええけど。今やったらほぐれとるし」
 あ、ゴムないわ、床に置いた鞄を漁りながら、至極残念げに言う。
「あってもせんわい。友達に戻れへんなったら困る」
「一回でも二回でも変わらんやろ。それに……俺らは大丈夫なんちゃう?」
「なんの根拠があってそんなことを」
「謙也は“友達”って感じやん。昔好きになった女の子に告白した時も友達としてしか見られへんって振られとったやろ」
「ぐ」
 古傷を抉るようなことを言った男は、「眠たなったわ」とこぼして肩まですっぽりと毛布に潜り込んだ。
 しばらくして規則的な呼吸音が聞こえ始めると、すっかり眠気の醒めてしまった謙也は、スマホを手に取った。
 覚えのない名前の人間からのメッセージが一件届いている。よくよく確認してみると、それはさっきの会で向かいに座っていたぽっちゃりの女からのものだった。あの場でラインを交換した白石から、謙也の連絡先を聞いたのだという。
 機会があれば二人でご飯でもいきましょう、というような内容の文章に、機械的な返信を打ち込みながら、謙也は背後でぐっすりと寝入ってしまった男の寝息に耳を傾けていた。

 
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