ベランダから取れ入れたばかりの洗濯物がほんのりと湿っている。朝干した物を寒さにかまけて部屋の内側から睨んでいる内に夜が来て、霜が下りたのだ。十二月三十日、今年の冬はやけに冷える。
 沢村は、カサつく唇を舌で舐めながら、家主のいない部屋のベッドのマットレスに体を預けていた。
 二年半ぶりに御幸と体を重ねてから二週間弱。あの日丁寧に刈り取られた下生えもこじんまりと頭を覗かせ始めていた。
 あれ以降恋人とは寝ていない。毛が生え揃うまでは他の男と寝るなと言った御幸の言いつけを守ろうとしていたわけではなく、お互いの予定がうまく噛み合わないだけだ。
 男がどんな仕事をして生計を立てているのか、沢村は未だに知らない。仕事が忙しいのだと言われれば、文句を言う気にもなれなかった。
 今朝方洗濯物が溜まっているから洗いに来てくれと連絡を受けて、すぐさま寮を出たが、マンションのポストに鍵だけを残して、肝心の男の姿は既になかった。
 ローテーブルの上には、「手間賃」とだけ書かれたメモと千円札が二枚。一度は財布を取り出してそれを手に取ったが、結局は置きっぱなしにした。
 二日や三日分ではない量の洗濯物を回して、全てを無理矢理にベランダに干し終えた頃にはもう昼で、男の匂いの残る布団に包まってスマホを眺めている内に夜になっていた。もしかすると一時間くらいは眠っていたのかもしれない。
 窓の外で枝葉を揺らす風の音が響いている。今外に出たら冷えるだろうな、と当たり前のことを考えながら布団から這い出ると、耳の縁を冷気が撫でた。
 御幸に刺されたピアスを見せびらかしてやろうと思ったのに、男が部屋に戻る気配はない。
 マットレスの足元に固めていた仄かに湿り気を帯びた洗濯物を、一枚一枚広げて、畳んで行く。
「一日何枚タオル使うんだよ。ろくに洗いもしねーくせに」
 ブツブツと文句を言いながら、大雑把に畳まれたタオルを床の上に積み重ねていく。男は今頃他所のネコの男を抱いているのかもしれない。
「帰れば良かった」
 ひと月程前に、今日昼間の長野行きの新幹線の予約をしていた。それを男の呼び出しを受けて、会えるかもしれないと期待してノコノコこんなところまでやって来て、その内戻ってくるだろうと布団の中で無為な時間を過ごしている内に気がつけばこんな時間だ。
 大晦日に自由席を当日買い求めて帰省することは困難だろう。今年の年末の帰省はもう叶わない。長野の家族の落胆を思うと、胸が痛んだ。
 考え事をしながら最後の一枚を畳み終えて、マナーモードにしていたスマホを枕の下から取り出すと、何件かのメッセージが入っていた。
 一件は、「アンタが帰ると思ってたくさん米炊いたのに!」という母からの叱責のメール、それから春市からの、「金丸君が忘年会出来なかったから新年会しようって言ってるよ」というライン、最後の一件は御幸からだ。開くかどうか、迷いながら積み上げたタオルをぽんぽんと叩く。ほんの僅かに嵩の減ったそれを、ローテーブルの下に追いやって、ぼんやりしていると、スマホが振動し始めた。
 御幸からの着信だ。仕方がないのでとってみると、「お前今何してんの」と聞き馴染んだ男の甘い声が鼓膜を震わせた。
「別に、何も」
「拗ねてる?」
 恋人の部屋で待ちぼうけをくらっている状況での不満が声に出てしまっていたのだろう。極力明るい声で、「普通っスよ」と返して、ワイヤレスイヤホンを耳に刺す。
「今はちょっと」
「忙しい?」
「いえいえ、そんなことは! 散歩でも、いこうかと」
 ジーンズのポケットに男の部屋の鍵があるのを確認してから玄関に向かう。
「長野戻らねえの」
「新幹線のチケット取り忘れて」
 バカですよね、と零しながら靴底の擦り減ったvansに爪先を入れて、トントンと床を鳴らす。ドアを開いて、未練がましく一度だけ部屋の内側を振り返ったとき、見知らぬ匂いがして胸が悪くなった。
「御幸先輩は、何してるんですか」
「さっき知り合いに年越しパーティーするから来いって誘われたとこ」
「女の子っスか」
 マンションの廊下を風を切って歩きながら、マフラーくらい巻いてくれば良かったと悔やむ。
「なんで」
「御幸先輩あんまり友達いねぇから」
「……元カノ、お前も知ってるだろ。モデルの」
「あっ、あの人最近よくテレビに出てますよね」
 御幸と交際していた頃はさほど知名度が高いとはいえなかった御幸の元恋人は、留学から帰国して日本の芸能界に舞い戻ってきて以降俄かに人気が増しているようだ。近頃はバラエティ番組などでその顔を見ることも多い。
「あの人に誘われたってことは、年越しパーティーってギョーカイ人来まくりのやつなんじゃないですか」
「たぶんな。だけど、そんなとこ行っても浮くだけだろ。だから今断る理由探してたとこ」
「そっすか」
 まどろっこしい言い方をしているが、要は今から会えないかと誘っているのだろう。
「だから、」
「じゃあメシでも食いに行きます?」
「お、おう」
 御幸が、面食らったような顔をしてスマホを握りしめている姿が眼に浮かぶ。普段なら簡単には応じない誘いに自分から乗った。
 来た時と同じように男の部屋の鍵をポストに落とし込むと、カリンと乾いた音がした。
「タクシー代払うから、とりあえずうちまで来いよ」
「メシも先輩の奢りでお願いしやす」
「お前案外がめついよな。じゃあまた」
 通話を打ち切って、タクシーの配車アプリを開きながら、マンションの前の歩道をじっと見つめる。夜の闇の中から、男が姿を表すことを期待したが、犬の散歩をする中年が一人通りがかっただけだった。
 男とはゆっくりと終わりに向かっているのだろうか。このまま呼び出しがかからなくなって、こちらからもしつこく連絡を取るようなことはせず、どういう訳か自分に執着する御幸との関係が深まっていく。
 それは自然な成り行きのようにも思われた。


「御幸先輩の奢りでって言ったのに」
 恨みがましい口調で言った沢村の目の前には空のスープマグ。中には御幸の手製のチリコンカンが入っていた。
 クミンと、チリパウダーの風味の効いたそれは、共に出されたフランスパンに良く合って、沢村の腹を満たしたが、あり物で済まされたような気がして何となく釈然としない。
「なんだよお前、大豆嫌いなの?」
 御幸は、「それなら最初に言えよな」とカップを下げる。
「俺が嫌いなのは納豆だけっスよ」
「大豆じゃん」
「大豆違いでしょ」
 どうでもいいやりとりを続けている間に空のマグを洗い終えた御幸が、沢村の隣に腰掛ける。
「今日はしませんよ」
 咎めるような口調で言うと、「そういうつもりで呼んだんじゃねーよ」と返される。
「本当に余ってたチリコンカン消費したかっただけ。食い足りねぇならどっか行ってもいいし」
「腹はもう減ってねえけど」
 一日何も口にしていなかったせいでかえって胃袋が小さくなってしまったようだ。詰まる胸を押さえていると、「今日何してたの」と問われる。
「……カレシの家行ってました」
「シてたの?」
 一段低くなる声と、無情な視線に貫かれて、体の芯がじんわりと熱くなる。
 おかずの残りを整理することしか考えてなかったくせに、いきなりスイッチ入れんなよと沢村は、心の中でごちた。
「会えませんでした」
 憤るような声が出た。男の部屋では、気にしてはいないつもりでいたのに、御幸を前にするとこれだ。ガキ臭くて、感情に蓋を出来ない沢村栄純が顔を出す。
「朝から洗濯物しとけって呼びつけられて、だけど結局夜まで帰って来なかった」
「お前って」
 憐れむように、呆れるように見つめられて、沢村は口吻を突き出した。
「アンタにそんな目で見られるとなんかスゲー腹立つんですけど」
「飯食わせてやったのに」
「残り物処理しただけっスよ。美味かったけど」
「別に、お前がその男とどう付き合ってようが俺には関係ないけど、あまりにも絵に描いたようなロクデナシだから驚いただけ」
 沢村は何も言わずに頷いた。恋人が、ロクでもない男だというのは、沢村が一番分かっている。
「お前はそういう男が好きなんだろうけど」
「分かってるなら御幸先輩もそういう男になってくれません?」
 なれねぇよとも、馬鹿馬鹿しいとも言わずに、御幸は沢村を見つめている。
「あの人は多分今頃他のネコの男とよろしくヤってるんスよ。いつも他にお気に入りの男が出来ると、俺のことは抱かなくなる」
 そのくせ沢村が他の男と体を重ねたと知ると激昂するのだ。どうしようもない男である。
「俺は、あの人が他の男を抱いて抱いて、抱きまくったあとに、飽きて戻って来てくれたあとのセックスが好きなんスよ。自分の足りないトコが埋まってく感じがして」
「気持ち悪いよ、お前」
 ヤキモチとか焼かねぇの、と御幸は子供のようなことを問うた。
「焼いても仕方ねーでしょ。どうせあの人に抱かれる男達は、俺が擦り切れるくらいなぞった部分にしか触れないし」
 俺で試しきったヤり方でしか挿れてもらえない、と続けると、御幸は、「あっそ」と話を結んだ。
「今日泊まってけよ」
 淡々とした口調で誘う。
「この沢村、今日という今日は簡単には犯されませんからねっ!」
 沢村は、一時重力を増した部屋の空気を払うようにふざけた声を上げた。
「シないよ。今日のお前は抱く気がしない」
「はぁ!? なんなんスか、その言い草」
「よその男が、独占したくて、支配したくてたまんないって思ってるのを奪るのは気持ちいいけど、今のお前ってただ飽きられて放置されてるだけじゃん。そそらねーよ」
「むむ……」
 御幸の言葉は、おそらく本音ではない。押しても駄目なら引いてみろ、をベタに実践しているだけなのだ。
「じゃあ泊まる必要もありませんね。俺は帰りやす」
「待て」
 ソファから立ち上がろうとすると、ガシッと手首を掴まれた。ほら見たことか。御幸の顔には、絶対帰さねーぞと書いてある。
「せっかく来たんだから、酒でも飲もうぜ。紅白見て寝て帰ってもバチ当たんねーだろ」
「紅白って、がっつり二泊じゃないスか! 今日はまだ三十日ですよ!」
「明日の蕎麦も二人前買ってるぞ。冷凍のブラックタイガーもたくさんあるから、海老天年越し蕎麦にも出来る」
「誘惑の手段がダイレクト過ぎる……!」
 湯気の立ったかけ蕎麦の上に海老天が浮かぶのを想像すると、体から力が抜けてきた。海老天は何本まで、と問えば、御幸は眼鏡を光らせて、「四本は堅いな」と返す。
「それじゃあ帰るわけにはいかねーっスね」
「だろ」
「エビ、何匹くらいいるんスか」
「何匹……分かんねーけど箱買いだよ」
「それで蕎麦は二人前?」
 こくりと頷いた御幸の眉が震える。
「一緒に年越ししたかったんですか」
「……まあな」
「それならもっと早くに誘えばいいのに。カレシのとこ行ってなかったら俺もう長野についてましたよ」
 そうなれば御幸は二人前の年越し蕎麦を一人で食べて、海老にまみれた新年を迎えていたはずである。
「それならそれでいいだろ」
「……キャップって、意外にオクテくん?」
「はあ?」
「だって高々後輩一人大晦日に誘えないって、ヘンっスよ。御幸一也ともあろう人が」
「なんだよ御幸一也ともあろう人って」
「平成野球界最後の超絶イケメンキャッチャーとまで呼ばれた御幸先輩ですよ」
「それとお前誘うことに何の関係があんの」
「関係ないですかね」
「俺が聞きたいよ」
 おざなりに返して御幸はスマートフォンに視線を落とす。ニュースサイトを見ているのを隣から覗き込むと、横目で睨まれたが、文句は言われない。
「もっと早く誘ってくれたらよかったのに」
 御幸の恋人になるつもりはないが、先輩として野球選手としては尊敬しているし、セフレとしての相性も最高だ。年越しの日に誘われて断るような理由も思いつかない。
「……誘うつもりだったよ。今度お前に会ったら何しようかとか、なんて言ってやろうとか、色々考えてる内に時間が経ってた」
「なかなか会えませんでしたね」
 オフシーズンだからな、と呟く御幸の肩に頭をのせてみた。御幸の匂いを嗅ぐと、心が落ち着く。男とは、こんな風に穏やかな時間を過ごしたことはない。
「今年中に誘えなかったらもうあれで終わりにしようと思ってたから」
「これくれたのに」
 沢村が自身の左耳に指を触れると、御幸は、「それは本当にいらなかったから」と言い訳じみた言葉を吐いた。
「左右揃ったから右も開けようと思ってたのに」
「またカレシにしてもらうの?」
「今度は先輩が開けてみます? 想像しただけで勃ちそう」
 責任取ってくだせぇ、と茶化して言う沢村の右耳に、御幸が触れる。体をソファに押し倒されて、猛烈にデジャヴを感じていると、「また二番煎じかよ」と
御幸は言った。
「そういうの気にしちゃいます?」
「気にしない男いないと思うけど」
 複雑な表情を浮かべた御幸の体が離れていく。
「先シャワー浴びるわ。冷蔵庫に入ってるもの、勝手に飲んでもいいから」
 かすかに頷くと、御幸は小さく笑んでソファから降りた。廊下に向かって歩いていくその背中を、沢村はじっと見つめていた。


 大晦日の朝。夜までに一度買い出しに行こうと御幸に誘われて、カバンを漁った拍子に、財布を男の家に置き忘れてきたことに気がついた。
 俺が出すからいいよ、と御幸は言ってくれたが、気がついた時に行動しないと取り戻しに行くタイミングを見失いそうな気がして、タクシーを呼んだ。隣には、御幸もついている。
「財布取るくらい一人で充分なのに、御幸先輩って過保護じゃないスか」
「……お前の大晦日は俺が予約したの。男の部屋にやったらそのまま戻って来ないかもしんねーだろ」
 強く否定出来ずに、「へへ」と破顔する。
 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた御幸は、コートのポケットからスマートフォンを取り出した。それ以降、口を開くこともなく画面を熱心に見つめている。
「何見てるんスか」
「ニュースサイトとか。手持ち無沙汰だとついつい」
「ガラケーから切り替えるの遅かった人に限って、スマホ中毒になったりするんですよね」
「中毒って……ヤナ言い方すんなよ。お前はあんまり見ないよな、スマホ」
「人と喋るの好きですからね。一人の時はぼちぼち見ますけど」
 何見んの、と尋ねられてしばらく黙り込む。バックミラーに視線をやって、頭頂部の寂しくなった運転手が前だけを見つめていることを確認してから、こそこそ口を開く。
「……ゲイのマッチングアプリとか」
「はあ?」
「見るだけっスよ! 実際会ったことはねーし」
「なんか頭痛いわ……」
 眉間を抑えて御幸はうな垂れた。大袈裟だなと呆れつつ、反応が面白くて沢村は語り出す。
「人気のユーザーのとこに表示される人見るの面白いし、近場に自分以外にもいくらでもゲイがいるんだって思うとちょっと安心したりとか」
「近場って」
「俺が登録してるやつは、このユーザーまで何キロ離れてますってのが表示されるんで」
「めちゃくちゃ即物的だな」
「たまに近くにめっちゃ好みの体つきの人がいたりして」
「なんで体つきが分かるんだよ」
「プロフィール写真を自分の胸から腹にかけての写真とかにしてる人が多いんスよ」
 口で説明しながら冷静に考えると、セックスアピールが過ぎる気がしてきた。御幸は渋い顔をして、親指で唇をなぞっている。
 腐ってもプロ野球選手なので、流石に顔写真を不特定多数に晒すわけにもいかず、自分も腹筋の写真をプロフィールに登録していることは黙っておいた。
 本当はアプリでマッチングした相手とホテルに行ったことがあることも。
「あ、そこの角右に曲がってください」
 話をしている内に男のマンションの近くのスーパーまで辿り着いていた。残りの細かい道順を口頭で指示して、マンションの前で車を停めてもらう。
「すぐ取ってきますから」
「分かった」
 俺も行く、と言い出すと思ったのに、存外に素直に頷いた御幸は、沢村が車外に降り立つと、再びスマホに視線を落とす。
 マンションのポストには、沢村の返した部屋の鍵が未だに残っていた。
「まだ戻ってねーのかよ……」
 どこをほっつき歩いているのやら。呆れと落胆が心に影を落としたが、タクシーと御幸を待たせているのだからきっとこれで良かったのだと自分を慰める。もしも男が部屋に戻っていて、行くなと抱き寄せられでもしたら、きっと沢村は拒めない。
 エレベーターから降りて、昨晩と変わらず風の強い廊下を小走りに進む。首筋が裂けんばかりに冷えるのを堪えて、男の部屋の鍵を回す。ゆっくりと部屋に入ると、リビングに明かりが灯っているのが見えた。
「なんだ、いるんじゃん」
 沢村がポストに鍵を戻し忘れれば厄介なことになるから、合鍵を持って出かけたのだろう。靴を脱ぎながら、下駄箱に嵌められた鏡に視線を向けると、口元を緩めた若い男の姿が映った。
 恋人を、驚かせてやろうと、足音を潜めてリビングに足を向ける。リビングと、廊下を結ぶドアのノブに手をかけようとしたとき、“その声”は聞こえた。
「アッ、ァ」
 それは紛れもなく沢村の恋人のものであった。リビングの前でそれを聞きつけた沢村は、思わず後ずさりをする。
 男は、幾度となく浮気をしてきたが、それでも部屋に呼びつけるのは沢村だけだったから、浮気の現場を押さえたことなどあるはずもない。
 何してんだよ、と部屋に殴りこむような気力もなく、だからと言ってそのまま尻尾を巻いて撤退するのも癪で、沢村はしばらくその場に佇んでいた。
 男が部屋に連れ込むほどに耽溺する相手の顔を拝んでみたい気もしていた。
「ひぁっ、っ……」
 甲高い嬌声が廊下にまで届く。ごくりと生唾を飲んで、音を立てぬようにそっとノブに手をかける。ほんの数センチだけドアを開いて、隙間から覗き込んだ先に見えた景色は、思いもよらぬものだった。
 リビングの端に設置されたベッドの上で、二人の男が絡み合っている。所謂寝バックの体勢で、ペニスを突き立てられた方の男はシーツを引っ掻いて苦しげに呻いていた。
 それに対して、挿入してる側の男は余裕の表情だ。若い男である。年齢はもしかすると沢村とそう変わらないのかもしれない。
 喉の奥が酷く乾いていた。男は、「俺絶対ネコは出来ないわ」とよく言っていた。言っていたのに。
 彼の恋人は、見知らぬ若い男に熱いモノを突き立てられて、痴態を晒している。
 なんで、と口の中だけで呟いて、視線を彷徨わせた。沢村が畳んで部屋の隅に積んでおいた洗濯物は、崩れてフローリングに広がっている。
 沢村は、音も立てずにドアを閉じて、今度は逃げるように男の部屋から出て行った。財布のことなんてすっかり頭から消え失せている。
 エレベーターを呼び出すこともせず、階段で一階まで駆け下りて、ぬらりとドアの開いたタクシーの中に滑り込んだ。
「御幸先輩」
 掠れた声で呼びかけると、御幸は眉を上げてこちらを見つめた。沢村はもう戻ってこないものだと思っていたのかもしれない。
「早かったな。財布は?」
「今日もう買い物とかいいんで、早く帰りましょ。それで紅白見て、年越し蕎麦食べて、たくさん、」
 エッチしましょ、と吐き出した瞬間、頭の奥がズキリと痛んだ。怪訝な表情を浮かべた御幸が、「さっきのマンションまで戻ってください」と告げると、タクシーが動き出す。
 窓の外の景色が目まぐるしく動き出すのを見つめる。目の奥に焼きついた恋人の痴態を塗りつぶすために、沢村は初めて長野から東京に出てきた時のことを思い出そうとした。しかし時の流れは非情でそれは叶わない。
 膝の上に置いた手が俄かに震えだした。情けなくて唇を噛んで堪えていると、御幸が首を傾けて、沢村の肩に頭をのせてきた。冷えた体に、密着した体の温もりが気持ちいい。
「……先輩」
「うん」
「来年の沖縄キャンプ、休みの日レンタカー借りて一緒にドライブ行きませんか」
「急だな」
「後輩の急なアクシデントにも応えてこそのキャップでしょ」
「もうキャプテンじゃねぇよ」
 苦笑しながら、「どっちが運転すんの」と尋ねてくる。
「先輩免許あるんスか」
 一応、と頷いた御幸は、「だけどペーパーだぞ」と続けた。
「それではこの沢村にお任せを」
 運転に自信があるとまでは言えないが、長野に帰省した時にはいつも祖父の車を運転している。
「ラブホテルでもどこでもお連れしやす!」
 から元気で出した声が上滑りしていた。
「お前そればっかだな」
 呆れたように返す御幸も、きっと沢村の心の倉皇には気がついている。
「御幸先輩は行きたいところありますか?」
 沢村が問いかけると、御幸はじっくりと考え込んでから口を開いた。
「……俺は、沖縄の皿が買いたいかな」
 力の抜けた声だ。
「皿?」
「なんか沖縄特有の焼き物があるらしい。いいの買えたらお前の好きなもの何でも作ってやるよ」
「買えなかったら?」
「買えなくても作るよ。だけどなんとなく、新しい器に入れて出したい」
 御幸は、沢村の肩からゆっくりと頭を引き剥がした。冷えた体から温もりが離れていくのを、名残惜しく思っていると、震える左手に手が重ねられた。
「御幸先輩は、まだ俺と付き合いたいですか」
 御幸は何も答えず、沢村の左手に重ねた手に力を込めた。


 空から零れ落ちる驟雨が、レンタカーのルーフをリズミカルに叩く。
 那覇市に向かう道路には、百メートル先まで前走者はおらず、沢村は時折空を見上げながらハンドルを握っている。
「沖縄の空って雨の時でも明るいんスね」
「あ、それ俺も初めてキャンプで沖縄来た時に思った」
 海はちょっと暗くなったけど、と呟きながら、ワイパーの強さを緩める。
 朝一で恩納村にある美味いと評判のソーキそばの店まで車を走らせた時には、まだ雨は降っておらず、海岸線沿いの道路から眺め見た沖縄の青い海は、琉球ガラスのように澄んでいた。
「この車運転しやすいの?」
 助手席の御幸が、Bluetoothの音楽を切り替えながら問うてくる。昨年末にリリースされたback numberの新曲の、しあわーせーとーはーという歌い出しに合わせてハンドルを軽く握り直しながら、沢村は口を開いた。
「実家のじいちゃんの車に比べたら、走りが良すぎて変な感じしますけど、わりといいっスよ」
 後で代わりますか、と尋ね返すと、御幸は無言で首を横に振った。ペーパードライバーなのは本当らしい。
「ナビしっかり見るほどの余裕はないんで、ちゃんと案内してくださいね」
「しばらくは道なりだよ」
 一先ずの行き先は、那覇市のやちむん通りである。沖縄の焼き物がやちむんと呼ばれることを、沢村は最近知った。やちむん通りは、それらの店が連なっている観光スポットらしい。
「お前あれから男に会ったの」
「会ってませんよ。財布は取りに行きましたけど」
 毛も生え揃ったし、と呟いたが、嘘だった。本当はあの後一度だけ、男に呼びつけられて部屋で会ったのだ。
 セックスも途中までした。どこか落ち着きのない男の体に跨って、深いキスをして、ズボンの下のモノに指を這わせて、無理矢理に勃たせた。だけど、沢村が下着を脱いで、剥き出しの穴にそれを擦り付ける段になって、男のモノは急激に萎え始めた。
 終わったんだな、と思った。だけど別離の言葉を発することは出来ず、一度は脱ぎ捨てた下衣を着衣して、沢村は男に背を向けた。萎えたモノを剥き出しにした男が、自分を引き止めようとするのも無視して、部屋を出た。それきり男とは顔を合わせていない。
「なんで会わねーの」
「会ってもいいんスか」
「よかねぇけど、お前大晦日の日からなんか変だぜ」
「そうスかね」
 タクシーに乗り込んだ時はともかくとして、それ以降は表向きは普通に過ごしているつもりでいた。
「あの晩……なんかすごかったし」
「エロかった?」
「わりと、まあまあ……めちゃくちゃエロかった」
「あの晩の俺はエロの中のエロ、キングオブエロでしたからね!」
「……お前そういうこと言うなよ」
 大晦日に得た傷を隠すようにふざけた声を上げると、苦笑された。
 萎えますか、と尋ねたところで街並みが変わってきたことに気がつく。周りを走る車も随分と増えていた。ナビを確認すると、既に那覇市に入っている。
「もう那覇戻って来ましたよ。ここからはちゃんとナビしてくださいね」
「萎えないよ」
「はぁ」
 那覇に戻ってきた安心感で、自分の発した問いかけも忘れて、なんのこと? と思ってしまった。珍しく長い時間ハンドルを握っていたので、多少の疲れもある。
「むしろ思い出したらすげー興奮してきた」
 言葉に反して御幸の声は平坦である。
 信号待ちのタイミングでナビに視線を向ける。やちむん通りまではあと十五分程らしい。
「じゃあどっかで休憩しますか」
 腕と顎をハンドルに預けてぽそりと呟くと、「休憩って?」と意地の悪い声で言った御幸が、沢村の左耳に触れる。
「……運転して疲れてるから」
「疲れてるから?」
「ホテルの場所調べてください」
「もっと疲れるだろ」
 信号が青に変わって御幸の指が耳から離れていく。ピアスを刺した耳たぶが熱を孕んで、それが冷めるまでの間だけは恋人のことを忘れることが出来た。


 とりあえず近場で、と選んだホテルの部屋は存外に清潔に整えられていた。
 入り口から入って右手に脱衣所があり、その奥に白いシーツがピンと張られたダブルのベッドとグレーの二人がけソファが並んでいる。
 全体の壁紙の色は白いが、ソファとベッドの背面だけ濃紺のアクセントクロスが使われていた。
「俺はもっと場末っぽいホテルが好きですけどね」
 セックスをするためだけにあるようなホテルで犯されるのが好きだ。浴室テレビも、朝食無料サービスも必要ない。
「俺は風呂場にテレビあるの好きだけどな。イチャつけるじゃん」
「はいはい、あのモデルの人とイチャついてたんスね」
「なんだよ嫉妬してんの」
 髪の毛をわしゃわしゃと崩されて、「ちょ、やめてくださいよ!」と抵抗しながら、己の心の内と向き合ってみた。嫉妬は、していないと思う。
 ただ、この姿形の美しい人が、近頃テレビの中でよく見かけるようになったこれまた美しい女とバスタブに浸かって、イチャついているところを想像すると、たまらなくなる。
「御幸先輩は、やっぱり女の人と付き合った方がいいと思いますよ」
「なんだよ急に」
「前の彼女、元サヤに戻りたがってるんじゃないんですか」
「元サヤというか……帰国してテレビで見かけるようになってからちょくちょく連絡くるだけだよ」
 知らんぷりするのも恨みに思ってるみたいでヤだし、となんとも形容しがたい表情を浮かべる。彼女には中途半端な形でフラれているから、どこかに複雑な感情を持て余しているのだろう。
「男同士ってわりと面倒ですからね。俺たちみたいに人に顔差される仕事だとホテルから出てくる写真撮られるだけでもアウトだし、子供も作れねぇし、若いってだけでモテる世界だけど、逆に歳食ってからパートナーと別れると新しい相手見つけるの難しいし。
まあ……御幸先輩は、俺と寝たのが特殊な例で、俺から離れてしばらくしたら、あの時なんで男となんかヤってたんだろって振り返るとサブイボ立つような思い出にしちゃうのかもしれねぇけど」
 沢村は、まくし立てるように言った。どこかで区切りをつけて、この関係を終わりにしなければいけない気がしていた。
「俺はお前でいいよ」
 御幸ははっきりと言い切って。それ以上言葉を重ねることはせず、シャツのボタンを外し始める。シャワー浴びるか、と尋ねられて首を横に振った沢村は、御幸のシャツが床に落ちる衣擦れの音を聞いた。
「御幸先輩」
 ベッドに背を預けながらその名前を呼ぶ。御幸は、「なんだよ」とその隣に寝転んだ。端整な肉付きをした上半身が目に毒で、背中を向ける。
「なんで脱いだんスか」
「脱がずにシたくねーもん」
「早くシたいですか」
「シたいよ。お前が俺の体そういう風に作り替えたんだろ」
――なんだそれ。
 その言葉を聞いて得た胸の内に湧き上がるこの衝動は、御幸に犯されたいというそれともまた違っている。
「俺はお前とするセックスが好きだよ」
 お前は違うの、と問われて、「違いません」とかすれ声で返す。それが合図になって、後ろから抱きすくめられた。
「先輩の、もう勃ってる」
 硬いものが臀部に押し付けられて、思わず「うわ」と声を漏らす。
「最近お前の顔見てるだけで勃ちそうになる時あるわ」
「それはかなり気持ち悪い……っ、」
 うなじを舐められると、腰椎が痺れる。服脱がせて、暗くして、乳首弄って、と半分涙声で喚くと、御幸は、「はいはい」と頷いて一つ一つこなしてくれた。
 薄暗くなった室内で、触れられるまでもなく硬くなった胸の突起を爪で弾かれて、「ひっ」と喉から空気が漏れた。
「ここ舐めたい。駄目?」
 ダメ、と拒絶する暇も与えられず体を仰向けに反転させられる。御幸の肉厚の唇が、沢村の胸の、色の濃い部分を咥えこんで、そこを辿るようにして舌を動かす。
「ひぅ、それ、舐めるってか食べてません?」
「食ってほしそうにしてたじゃん」
 御幸が口を利くときに、唇が剥がれて、濡らされた突起が部屋の空気に触れる。
 再び沢村の胸にかぶりついた御幸が、尖らせた舌の先端で突起を突く。時たま並びのいい歯がそこを掠めるたび、沢村は腰を浮かせた。
「ぁっ、いた、せんぱ」
 繰り返される甘噛みの中に、時たま少し強めに前歯が当たる瞬間が混じる。それが苦しいくらいに気持ちがいい。
「男のくせに乳首気持ちいいの?」
「気持ちいい……らって、そこ、開発されてっ、あっ」
 沢村のそこを立派な性感帯へと作り変えた男は、今頃大晦日に部屋で見た男に抱かれているのかもしれない。その光景を想像すると、胸がキリリと痛んだが、それ以上に背徳的な快感が勝る。
 男は痛みを伴うような手酷い抱き方しかしてくれなかった。それが快楽だと、沢村の体に教え込もうとしていたのだろう。
 だけれど今振り返ってみると、自分を抱く男の目はいつだってどこか物欲しげに光っていた気がする。男は自分がしてほしいことを、沢村にしていただけなのかもしれない。陰毛を剃って、乳首を噛んで、肌を強く叩く、きっと男はそういう抱き方をされたかったのだ。
「先輩」
「ん?」
 沢村の突起を食んだまま、御幸はくぐもった声を上げた。
「先輩の乳首も俺が開発するんで……他の人に絶対触らせないでつかぁさい、っ」
「はぁ? なんで俺がお前に、」
 戸惑いからか、愛撫の動きが止まる。
「体作り替えられたって言ったじゃないスか。もっともっとシてあげます。俺がどちゃエロな御幸一也を作りますから」
「……いつまでに?」
「とりあえず無期限で」
 戸惑いの表情を浮かべていた御幸が、眉を開いて沢村を見つめる。
「無期限って、」
「だから先輩の身体が完成したら俺のチンコ入れさせて?」
「は?」
「御幸先輩のケツバージン俺にください」
「いやそれは……」
 返答に困った様子で視線を彷徨わせる御幸の体を押しのけて、「おいしょー」と仰向けになるようにごろりと転がす。そのまま、御幸の首を跨ぐようにして、鎖骨のあたりに尻をのせて座り込む。屹立したモノを肉薄させながら、
「先輩ちんぽしゃぶって?」
 とおねだりをして、返答も待たずにそれを半開きの口の中に捩じ込んだ。
「ん、クッ」
 御幸が苦しげに眉を歪ませるのを見下ろすと、口内に挿入したモノの硬度が更に高まった。内腿で肩を押さえつけているのをいいことに、腰を振るって更に内側を犯す。
「先輩の口の中やっぱすげー気持ちいい……唇分厚いの、カリに引っかかるのヤバいし……っ」
 以前御幸のマンションの浴室で、口淫をされたとき、沢村の中で何かが起き上がり始めていたのかもしれない。
「ぐっ、ん……」
 くぐもった、苦しそうな呻き声を上げられると、ますます奥に突き入れたくなった。
 自分がマゾヒストとして御幸に感情移入しているのか、唐突にサディストの気に目覚めたのかは定かではなかったが、この男のこういう表情を他の人間に晒されるのだけは我慢ならないと、不意に思った。
 御幸の頭を掴んで、パンパンに張り詰めたペニスの先端を喉奥に押し込む。さっき食べたアーサそば吐かれたら厄介だな、と思うのに、腰の動きは止まらなかった。
 御幸はなおも苦しげに呻きながら、後で覚えとけよという目で沢村を睨みつけている。男にしてはパッチリとした瞳の、淵にびっしりと生えた睫毛が涙に溺れているのを沢村は異常な興奮と共に見下ろしていた。
「せんぱい、もっと口すぼめて、裏筋ぺろぺろして……」
 熱に浮かされた頭で呟くと、律儀な男は言われた通りに口内を狭めた。硬く尖らせた舌先で裏筋をぐりぐりと刺激されて、沢村は堪らず嬌声を上げる。
「はぁ、っあっ、すげーイイ、早く先輩の欲しい、せんぱいのナカ挿れたい……」
 じゅぽじゅぽと、卑猥な水音が部屋に響き渡っていた。己の嬌声と、御幸の苦しげな吐息、それらが交わって、沢村の体を熱くする。
 睾丸の根元がヒクヒクと震える。限界が近いのだと察したが、もっと長くそこに留まっていたかった。射精感を落ち着かせるために、一旦ペニスを引き抜いて、御幸の唇にぬらぬらと押し付けながら、
「口の中に出してもいいですか」
 と問うてみる。押し付けられたそれにチロチロと舌を這わせていた御幸は、眉間に皺を寄せたまま口を開く。
「……バカ。勝手にしろよ」
「御幸先輩、怒ってます?」
 怒ったら駄目ッスよと言いながら、怒張したモノの先端で男の頬を叩く。男は呆れ顔で溜息をついて、顔を背けた。
「お前調子乗りすぎ」
「調子に乗らしたのはアンタでしょ」
 莉子のことで、沢村のことを毛嫌いしていたはずなのに、体を重ねたらあっさりと堕ちた。快楽を与える限り、何をしても許されるのではないかと錯覚してしまう。
「大晦日の日、財布取りに行った部屋であの人が知らない男に抱かれてるの見ちまったんですよ。結構衝撃でした。絶対ネコはシないってスタンスの人だと思ってたんで、あ、」
 萎えちゃうから先っぽ舐めて、と言うと御幸は渋々沢村の先端を口に含んだ。鈴口をジュウッと吸いながら、自分を組み敷いた後輩の言葉に耳を傾けているのがバカバカしい。
「浮気されるのは珍しいことじゃなかったし、俺だって他の男に抱かれることもあったんで、今まではなんとも思ってなかったんですけど、俺には見せたことのないネコの顔を他の男に見せてるんだって思うと気分悪くて……もうああいう思いしたくないんスよ。だから御幸先輩、いつか俺のチンコ受け入れてください」
 ちゅぽ、と音を立ててカリを引き抜いて、御幸の返事を待つ。しばらく黙り込んでいた男は、「お前な、」と口を開いた。
「お前の男がタチからネコに転向したからって、俺が他の男に抱かれたりするわけねーだろ!」
「そんなの分かんないでしょーが! アンタ俺に体作り替えられたんでしょ! 男好きする体になってるんスよ!」
「体作り替えられたっていうのは……お前専用になったって意味だろ、他の男は関係ねぇよ」
 台詞が台詞だけに歯切れが悪い。
「お前専用って……アンタそんな顔して、体して、そういうこと言われたら、俺だって先輩のこと抱いてみたくなるの当たり前じゃないですか。俺が同じこと言ったら、絶対朝まで解放してくれないくせに」
 御幸先輩はいちいちエロ過ぎるんスよ! と叫んで、乾きかけた屹立を再び御幸の口の中に押し込む。抵抗されるかと思ったが、御幸は存外に素直に沢村のそれを受け入れた。
 喉奥をぎちりと突くと、嘔吐感を懸命にやり過ごそうとしているような、なんとも形容しがたい表情を浮かべて、鼻から息を吐き出す。その様子がたまらなく淫靡で、腰の奥が震えた。
「せんぱい、もう出る……」
 ふっふっ、と息を吐きながら、御幸の舌に裏筋を押し付ける。鋭い針で皮膚の表面をつつかれた様な感覚がが身体中を駆け巡って、沢村は限界を迎えた。
 大きく腰を震わせて、御幸のナカに白濁を注ぎ込む。
「はあー……」
 最後の一滴まで注ぎ込んで、ペニスを引き抜くと、脱力してベッドから起き上がれなくなった。
「休んでる場合か」
 シーツに背中を預けて、荒い息を吐く沢村の上に、御幸が覆いかぶさった。
「……や、イったとこなのに」
 残滓で濡れたペニスを乱暴に扱かれる?
「お前が勝手に興奮して、勝手に出したんだろ。今度は俺の気持ちよくして」
 耳元で囁かれて、殆ど萎えかけていたモノがひくりと動いた。
「……舐めたらいいんスか」
「舐めなくていいよ、早く挿れてーし。慣らしてやるから、そこで足開いて膝抱えてろ」
 言われるがままに開脚をして、膝を抱える。部屋の中は薄暗いとはいえ、睾丸の裏と、菊門は丸見えであろう。それでも羞恥心よりも男のモノを早く受け入れたいという欲求が勝って、沢村は自らの指を襞に這わせようとした。
「勝手なことすんな」
 門の内側に伸びようとしていた指を御幸に弾かれて、沢村は渋々それを後退させた。御幸は、ベッドサイドにコンドームと一緒くたに置かれていた薄い袋入りのローションの封を開けて手のひらに絞り出している。
「……ナカ綺麗にしてきましたから」
「ヤる気満々じゃん、お前」
「ァッ」
 ローションというよりはオイルに近い液体が襞を伸ばすように塗り込められた。人肌の温もりになったそれを内側に入れ込むように、御幸の指が内側にとぷとぷと入り込んでくる。
「せんぱい、もっと……」
 長い指が奥に入り込んでくるのを期待しているのに、御幸の指は沢村の入り口付近をなぞるばかりだ。もどかしくて、腰を震えさせていると、内側にローションを丹念に塗り込めていた指がゆっくりと引き抜かれた。
 前戯はこれで終わりか、と思うと惜しいという気持ちよりも、御幸のモノを早く受け入れたい気持ちが勝った。
「早く、先輩のください……」
 濡れた声で懇願する沢村を見下ろす御幸が歪に口角を持ち上げた。沢村の体から離れて、ベッドの足側に、膝を抱いて菊門を晒したままの彼と向かい合うようにして腰掛ける。
 そうして足を伸ばし、沢村の滑らかな尻肉に形の良い足の指を這わせた。
「ちょっ……な、アッ」
 ツプッ、と菊門から何かが挿入された。手の指より更に存在感のあるそれが御幸の足の親指だと気がついた沢村は、「んんっ」と息を詰めて身じろぎをした。
「足の指挿れてほしいって言ってただろ」
「んなこと言った覚えない……!」
「昔俺の指じろじろ見て、物欲しそうにしてたくせに」
 いつか寮のバスルームで御幸の足の指に見惚れてしまった記憶が蘇ってきた。御幸の足の指は、沢村のそれにくらべると随分と長かった。
「長いなって言っただけじゃないスか! ……っ、あっ、あん」
「思い出したか?」
 沢村の内側に入れた指を、御幸はグニグニと動かした。刺激が入り口付近にしか届かないもどかしさはあるものの、視覚的な刺激はあまりにも強い。
「ぅっ、だめ……へんたい……あっ、」
「変態はお前だろ。きたねーもんひり出す穴に、こんなもん挿れられてヨガって……穴の周り真っ赤になつてるぞ」
 さざ波のような快楽に身をよじって抵抗する。しかし御幸の指は更に深く沢村のナカを蹂躙していく。
「ゆび、長い……っ、やぁ」
 嫌なら抵抗しろよ、と冷えた声を上げながら、ぐっぐっと自分の指を押し込むようにして、膝を伸ばす男の表情は冷たい。羞恥心と快感が入り混じって、目尻から涙が零れ落ちる。
「お前みたいなど変態に、簡単に主導権握られてたまるか」
「たまにはいいじゃないスか……あっ、指止めてっ、きもちぃ」
 内側をかき混ぜるように動かされると、たまらなかった。馬鹿げた行為に反して、御幸の表情は固い。
「沢村、お前は、俺の体いじくり回して、俺がますますお前じゃないと駄目な体になって、いつか俺のことを抱いたら、俺から絶対離れていく」
「そんなこと……あっ、わかんなぁっ」
「分かるよ。お前はそういう奴だ。その時がいつ来るか知らねーけど、俺がお前を受け入れて、今度こそセフレなんてやめて、ちゃんと付き合おうって言っても、御幸先輩とは付き合えません、だって好きじゃねぇしって言うんだよ」
 そんなこと言いませんよ、と断ずることが出来ない自分を、沢村は正直な人間だと思った。
「馬鹿馬鹿しい」
 御幸が、足の指を抜いた。それを名残惜しげに見つめる沢村の体に、御幸がのしかかる。
 太く屹立したモノを入り口に押し当てられて、沢村は生唾を飲んだ。
「俺はお前なんかと関わって磨耗したくない」
「あーッッ!」
 暗く、冷静な顔をしたまま、御幸はその杭を沢村の内側に沈めた。殆ど慣らされていない穴の奥を、硬く張り詰めて膨れ上がったカリ首が、肉の内部を押し広げるようにして進んでいく。
 そのまま、息をつく暇も与えられずに腰を強く打ち付けられて、沢村は壊れたように喘ぎ続けた。
「あっ、せんぱい、くるし……っ」
「苦しいのが好きなくせに、くっ」
 苦しいのは好きだ。狭い内側を、こじ開けられて、痛いくらいに蹂躙されるのがたまらない。御幸のような普段は取り澄ました男が、セックスの時に我を忘れて快楽に流される姿を見るのも、好き。
「すき、すきっ、痛いのと、苦しいのが……あっ、すき」
 すきすき、と繰り返すたびに、御幸のモノが硬度を増す気がした。御幸は、沢村のことを好きだとは言わない。付き合ってくれとか、他の男と寝るなと言うだけだ。
「みゆきせんぱい、もっと……酷くしてっ、こんなんじゃ足りないっ、あ、」
「お前は本当に、」
 それ以上の言葉が紡がれることはなかった。クッ、と息を吐き出した御幸の眉間には深い皺が刻まれている。沢村を見下ろしながら細められた瞳は、潤んでいるように見えた。
 御幸のペニスが突き立てられる度に、沢村の内部はぐにぐにと動いて、それを迎え入れた。ぎゅうぎゅうと、腹筋を使って意識的に締め付けてみると、激しく腰を振るう御幸の呼吸があからさまに荒くなる。
 おくがきもちいい、と吐息まじりに囁くと、長いペニスの先端が沢村の奥を激しく叩き始めた。御幸のカリは太い。血流に恵まれているのか、ぷっくりとはち切れんばかりに膨れ上がって、抜き差しのたびに沢村の内側の性感を攫っていく。
「あっ、あっ、アアッ……」
 声を抑える余裕もなくなって、部屋中に響き渡るような声を上げていると、「うるさい」と頬をはたかれる。痺れるような痛みから、呆然とする沢村の口に、御幸は、彼が脱ぎ捨てたボクサーパンツを押し込んだ。
「んっ……んー!!」
 ジュプジュプと、音を立てて御幸が沢村の奥を突いた。くぐもった嬌声を上げる沢村の、内側が一際大きく畝る。御幸のペニスが触れている部分の全てが融けてしまいそうだった。
 最奥に、カリの形が変わるような力で押し込められて、沢村の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「んぐっ、ん」
「お前男と本当に別れろよ」
 男と、正しい形で別れ話をしていないことを、御幸は察しているようだった。
「荷物あるならとってきて、お前の携帯からも相手の携帯からもお互いの連絡先消して、あの出会い系みたいなのももうすんな」
 御幸のモノが、ゆっくりと抜けていく。カリだけが内側に埋まっているような状態で、沢村が身じろぎをすると、尻肉を強く打たれる。その拍子に内部に残っていたカリをキツく締め上げてしまい、「くっ」と御幸が吐息を漏らすのを聞いた。
「そこまでやったらヤらせてやってもいいから」
「っ、」
 口に咥えさせられていたボクサーパンツを吐き出して、自分を見下ろす男をじっと見上げる。
「そんな簡単に……」
「……簡単じゃねぇよ。沢村、俺は、お前のことが、」
「ま、待ってください……それ以上は、」
 好きだとか、可愛いとか、そういう台詞は今はまだ聞きたくなかった。
「そんなの言わなくていいから……早くナカじゅぼじゅぼして、俺の腹のなかにせーえきぶち込んでください」
「……お前本当に可愛くねぇな」
 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた御幸が、沢村の内側が突き破れんばかりの勢いで屹立を押し込んだ。ぐずぐずになった内部を擦り上げられる度にすすり泣きのような嬌声が口から漏れ出す。
「ひゃ、ぁ……っう」
「さーむら、気持ちいい?」
「きかなくても、わかるくせに……くっ、」
「この後皿買いに行く?」
 何でもない声を上げながらも、腰の律動は早まる一方だった。つい先ほど御幸の口内に精を吐き出したはずの沢村のモノも、痛いくらいに張り詰めて、射精の瞬間を待ち望んでいる。
「ぁっ、あッ……うごけないから、おさらは、また……らいしゅ、ぅっ」
 ぐ、と御幸が小さな呻き声を上げて、沢村の内側に深くペニスを突き立てた。肌と肌のぶつかり合う激しい音が、アクセントクロスに反射して部屋中に響き渡る。
「せんぱい、もっ……イく……!」
 殆ど限界の沢村が、涙目で叫ぶと、御幸が沢村のペニスをシゴき、内部では抉りこむように前立腺を責め立てる。
「ッ……俺も、出る」
 だめ、らめ、と舌ったらずに喘ぎ続ける沢村が、精を吐き出したのと同時に、御幸も彼の奥深くでそれを痙攣させた。
 どぷどぷとナカに精液が注がれる余韻を楽しみながら、沢村はシーツの上で微睡む。自分の放った精が腹を汚していることも気にせずに、寝返りを打って瞳を閉じた。その時に暗い瞼の裏に浮かんできたのは、自分の知らない男に犯される恋人の姿ではなくなっていた。

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