体を揺すぶられるたびに、別れた男の顔が頭によぎる。
出会いは最悪だった。失恋に傷ついてフラフラと街を歩いていたときに声をかけられて、その日の内にホテルに連れ込まれたのだ。ベッドに組み敷かれてもまだ、「あ、この人クリス先輩に似てる」なんて呑気なことを考えていた
を、男は容赦なく犯した。見た目だけは寡黙げなくせに、吹いたら飛んでいきそうなくらいに軽い男の、へらりとした笑い顔が忘れられない。男のモノが押し入ってくる度に焼け付くような痛みが走って、その日はひたすらにシーツの皺の数を数えていた。
黒歴史、と呼べるほど遠くもない去年の九月の思い出。
「ヤってる途中に他のこと考えんな」
御幸の、不機嫌な声が後頭部にぶつかる。沢村の体の背面にのしかかるようにして張り付いた男の、腰の動きが激しくなった。
ゴツゴツと、性感の奥を直接叩くようなその乱暴な腰の動きに、沢村は声にならない喘ぎをあげた。だらしなく開かれた唇の端から、泡立った涎が零れ落ちる。
――気が散ってるの、なんでバレたんだ。
規則正しい嬌声を漏らしながら、考える。正常位で顔をつき合わせているわけでもないし、おざなりな喘ぎ方をしていたわけでもない。
御幸と体を重ねるのはこれで三度目だ。儀式でも執り行うかの如く毎回同じラブホテルで男のモノを受け入れている。宿泊したのは最初の一度きりで、後の二回はただの休憩。滞在時間はそう長くもないが、元々はバッテリーを組んでいた相手でもあるので、沢村の心の機微を察することには長けているのかもしれない。
「また」
「っ……あ、」
肉壁の内側のしこりを、膨れた先端で刺激されて沢村は菊門を収縮させた。ペニスの根元をきつく窄められた御幸は、「くっ」と呻き声を上げながら更に熱を上げて腰を動かす。激しい音を立てて御幸の体がぶつかってくるたび、沢村自身はシーツに擦り付けられて腫れ上がる。
「お前、集中してないときゆるい」
「あっ、あ……すん、ませんっ」
あっさりと明かされた疑問の答えに納得する暇も与えられず、最奥をグリグリと刺激される。自分の内側で何かが破裂しようとしているのではないかと錯覚されるほどの異物感に沢村の目端からは涙が溢れた。グチュグチュと響き続けるイヤらしい水音は、挿入前にたっぷりと注ぎ込まれたローションによるものだが、自分の体から滲み出てきたかの如く馴染みが良い。粘度の強い液体によって自分の淫肉と御幸の屹立の境界が曖昧になっていく感覚に沢村は酔いしれた。
「せんぱい、きもちいい……アッ、」
お決まりとなった賛辞の言葉を遮るように、御幸は沢村の顎を掴んだ。そのまま力を込めて、沢村の顔を上向かせる。喉を反り返らせるような格好で固定されて、息苦しい。しかしその酸素の薄さすらも快楽を強める材料となることを沢村は自覚していた。
「くる、し……」
やっとの思いで呟くと、「ナカすげー動いてるけど」と笑われた。初めて体を重ねた日の内に、己の被虐趣味は暴かれている。
グズグズになった胎内で熱い楔が出入りするたびに、「くぅ……」という呻きが漏れる。酸素の供給が滞っているために、頬は上気して赤らんでいた。
「さわむら、口あけて」
濡れたような声色で、言い切るが早いか御幸は沢村の身体を更に反らせる。奥を突く動きは止まり、その代わりに前後に擦り付けるように中を蹂躙された。
「っ……く、」
殆ど目線が合うくらいに身体を反らされて、腰と背中の筋が悲鳴を上げる。苦しげに呻いていると、「はは、やわらけ」と笑われた。言葉とは裏腹に冷たい色を孕んだ声が沢村の熱を高める。身体を重ねることに慣れても、愛されたいとは思わない。愛のないセックスだからこそ、情欲だけを真摯に昂らせるのだ。
「口開けろって言っただろ」
責めるような口調、頬を軽く叩かれて、渋々口を開くと、トロリとしたものが口内に落ちてきた。唾液を垂らされたのだと気が付いた瞬間、御幸の屹立を受け入れた淫肉がきつく引き締まる。
「へんたい」
蔑むように言われて、それはアンタだろうがと思うのに、否定は出来ない。
御幸はきっと女が相手ならばこんな手酷い真似はしないだろう。男が相手だから、自分が相手だから、モノのような扱い方をするし、恋情を抱くことがありえないから安心して身体を重ねることが出来るのだろう。
喉を反らされ過ぎた沢村が、口に含んだ唾液を嚥み下すことが出来ずにいることに気が付いたらしく、御幸は彼の顎を解放した。彼が口に含んでいたものを嚥下したのを確認すると、身体を少し起こして、自由になった両の手で沢村の腰を掴む。
「いまは、らめ……」
御幸は、シーツに皺を作りながら逃れようとする沢村の腸骨を掴んで、自身をぐっと深く押し込んでから抜き去った。ほっ、と一息ついた沢村の身体を無理やり反転させ、仰向けにさせる。
眼鏡のレンズ越しの形の良い瞳に射抜かれて、沢村は身体を縮こまらせた。それなのに、無意識の内に両膝を抱えて足を開いてしまう。こちらを見下ろす御幸に、つるりとした睾丸の裏の皮膚から赤く充血した窄まりまで全てを露わにして。
「前の男にそうしろって言われたのか」
冷え切った視線に晒されて、沢村はひくりと震えた。こくりと頷いた拍子に、行為の前にたっぷりと注がれた潤滑油が、襞の内側からこぽりと漏れ出る。仕込まれすぎ、と口の端を持ち上げた御幸は、それを弄ぶように指でなぞって、沢村の白い内腿に擦りつけた。男の太い指に触れられたそこが熱く昂ぶって、沢村は唇を震わせる。
「……酷い」
「なにが?」
「それは、」
何がと問われると答えられない。優しくされたいと思っているわけでもないのに矛盾した言葉のようにも思える。
そんな沢村の逡巡を知ってか知らずか、御幸は滑らかな感触を楽しむように撫で回していた内腿をつねりあげた。
「痛っ……なにするんすか」
茶番だな、と思いながらも声を上げる。
「こういうのいつから好きなんだよ?」
拒絶の姿勢を見せながらも、自身を更に昂ぶらせる沢村を嘲るように御幸は言った。
「好きじゃねーし」
嘘だ。行為中にもたらされる痛みは快楽を育てる何よりの肥やしだった。
「あっそ」
追及するつもりもないのだろう。急に興味が失せたような口ぶりで言った御幸が、沢村の内腿を強く打った。
「あっ……また、」
「気持ちいい?」
パンッ――とまた打たれる。痛みと快感が綯い交ぜになる感覚に、沢村は酔った。
「っ……うぅ」
屈辱的な声を上げながら御幸を見上げる。男とは出来ないって言ってたくせに、と言い募ると、笑われる。
「女の方がいいよ、当たり前だろ」
じゃあなんで、なんて野暮なことを尋ねる気にもなれなくて、沢村は膝を抱え込んでいた己の手を膝裏に回して、更に広く足を開いた。殆どM字開脚の体勢だ。
「欲しいの?」
いつか聞いたような言葉が降ってきた。一秒と間を空けずに首を縦に振ると、ペニスの先端が入り口に充てがわれる。
「ア……」
息を詰めて、その太く怒張したモノが胎内にねじ込まれるのを待ったが、その時はついぞ訪れない。腰を揺すって、菊門とそこを擦り合わせるようにする沢村を、御幸は鼻で笑った。
「入り口ヒクヒクしてる」
「……それくらいの言葉責め慣れっこだし、なんてことねーし」
「そう? そのわりにここぬるぬるしてるけど」
御幸の手の平が、カリの全てを覆うように動いた。先走りで濡れたそこを優しく擦られて、「ひっ……」と悲鳴のような嬌声が上がる。
「クリス先輩似のカレシには、いつもどういう風にされてたの?」
「……もっと酷いこと」
煽るような言葉を吐いても、御幸は意味深に笑みを深めるだけで、期待したような痛みが体を襲うことはなかった。
御幸は、竿と亀頭の間のくびれを指先で弄んでいる。荒っぽいそれが裏筋を掠めるたびに、沢村は腰を浮かした。
「淫乱」
「あっ……」
月並みな責め句にほだされるのは、濡れたように甘い男の声質故か、それとも野球という日常で繋がった相手であるが故に余計に非日常感を覚えてしまうからなのか。
「御幸先輩……もう挿れて」
痛いくらいに脚を広げて、懇願する。鈴口からしずる先走りが御幸の手の平を汚していた。
「ん?」
――ん、じゃねーよ! 早く挿れろ!
羞恥心から奥歯をぎりりと音が鳴るほどに噛み締めて、目を細めた。入り口に接した御幸のモノも苦しげなくらいに膨れていて、限界を迎えつつあるように思えるのに、ここまで余裕ぶった態度をとれるあたりは流石である。
「……挿れてくださいっ」
「もう一回」
先端二センチばかりがこぽりと戻ってきて、それだけでも意識が飛びそうなくらいに気持ちがいいのに、御幸は更に追い詰めるように言った。
「みうきせんぱいの、硬くておっきいの……挿れてつかぁさ、あっ……ああ」
言い終えるよりも先に肉の全てが押し入ってきて、沢村は甲高い喘ぎを漏らした。反りの強い御幸のモノが、後ろから突き入れられたときとは異なる部分を擦る感触がたまらない。
「くっ……ナカそんな動かすな」
「わざとじゃな、いっ……」
御幸もまた強い快感と戦っているようで、端正な顔に苦悶の色を滲ませている。その眉間に寄った皺すらも艶っぽく思えて、沢村は、「ほぅ」と溜息をついた。セックスをする相手としてこれ以上の存在はそうそういない。
「集中しろ……!」
ぐり、と御幸が肉棒を押し込むように腰を揺するのに合わせて、「あっあっ……」と半分泣いているような声が漏れた。内側をかき混ぜられるぐちゅぐちゅという音がいやらしくて、頭の中が真っ白になる。
「せんぱいっ、せんぱ……」
「うるさい……」
沢村のペニスを弄んでいた御幸の手が、口元に伸びてくる。饐えた匂いと共に口を塞がれて、沢村はイヤイヤと顔を横に振った。
「バーカ」
暴れる沢村が鬱陶しいのか、御幸は沢村の顎をしっかりと掴んでその場に固定した。シーツの上に後頭部が埋まっていく。パンパン――と激しい音の響く室内で、串刺しにされて、沢村のペニスは痛いくらいに張り詰めた。
「今、すげー締まってる」
「らって……きもちいい……ああっ、やばい」
「イキそう? お前のちんこすごいことになってる」
「アアッ」
透明の液体を垂らし続ける先端を起点に竿全体を擦られて、沢村は一層高い声を上げた。頭の中が真っ白になって、早くイキたい……そのことしか考えられなくなる。
「イく……イキます……せんぱいっ、きもちい、」
「まだイくな、俺の手汚れるだろ」
言いながらも、御幸は沢村のペニスを解放しようとしない。水音を激しく鳴らしながらシゴかれて、沢村は半狂乱になった。
「らめっ、イク……イキますからっ、手、離してっ、あああっ……!」
大きく震えながら、沢村は果てた。御幸の手と、沢村の腹筋のラインが白い液体で汚れる。御幸はしばらくそれを目視していたが、急に激しく腰を突き動かし始めた。
「きっつ……」
荒い呼吸をしながら、御幸は肉棒を沢村の奥に叩きつける。皮膚と皮膚の触れ合う湿った音と、達したばかりの内側を犯され続ける沢村の壊れたような喘ぎ声が共鳴していた。
御幸もまた限界が近いようで、「くっ……」とくぐもった声を漏らしながら腰を振り続けている。ペニスとアナルの繋がった部分からぐちゅぐちゅと響く淫らな音が沢村の鼓膜を犯した。
「いや、いや……」
「本当にイヤなのか」
嘲るような口調で御幸は問いかける。その間も激しい抜き差しは止まらず、沢村の一番気持ちの良い部分を御幸は刺激し続けた。
「いやじゃない、けど……こんなの」
駄目、という沢村の言葉をかき消すように、御幸が沢村の太腿を打った。激しい音と共に内側をきつく窄めると、御幸のモノがびくびくと痙攣し始める。
「せんぱい、イって、中に出してください!」
ずっと沢村を見下ろし続けていた御幸が、その首をかき抱いて肉壁にペニスを擦りつけるようにして腰を動かす。ばちゅんばちゅんという音と、苦しげな御幸の呼吸、重なり合った心臓の鼓動によって、沢村の神経は研ぎ増されていった。
「っ、出る……」
その言葉を聞き届けると同時に、体の一番奥で御幸のモノが踊った。大きく三度痙攣した後に、ずるりと沢村の中から抜け出ていく。
沢村は荒い呼吸を整えながら、自分な内側を犯していた物を眺めていた。コンドームの外されたそれは濡れそぼっていて、グロテスクに光っている。
「もうすぐ時間だな」
「そっすね」
行為を終えたからといって甘ったるいやりとりを交わしたりはしない。御幸とはただのセックスフレンドだ。互いに特別な感情は抱いていない。
御幸は沢村を嫌いだと言うが、この男は嫌いな人間を抱けるような男ではない……と思う。
沢村は、御幸のことを選手として尊敬している。今となってはきっと、誰よりも。だから同じ球団に入ることが出来て嬉しかった。一度は嫌われてしまったが、またバッテリーを組んで純粋な人間関係を築くのだと息巻いていた。
それなのに現状でのポジションは、セックスフレンドである。いい球を投げられるように努めているが、いつ一軍入り出来るかは分からず、高二の夏以来御幸に球を受けてもらったことはない。
御幸とマトモに向き合うことが出来るのは、ベッドの上だけだ。情けない、とは思う。しかし非生産的な交わりから得られる快感はあまりにも大きくて、誘いを退けることは難しい。何より、悦楽に耽っている間は胸に燻る苦い感情をやり過ごすことが出来る。
「早く服着ろよ」
ベッドサイドに腰掛けた御幸が、ミネラルウォーターのボトルを投げてよこす。ボトムだけを履いた状態で晒された上半身に、沢村は見惚れた。
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