エロ

 ベッドの上で身震いして目が覚めた。喉奥の不快感を誤魔化すように咳き込むと、痰の絡んだような音がした。天井のダウンライトが滲んで見える。
「……ないわ」
 平生なら吐き出すことのない独り言をこぼして、無理やりに二度寝を決め込もうと目を閉じたが、目眩を伴った悪寒がおさまることはなかった。瞼の裏で暗闇が回転し始める。
 今日で沢村の誕生日からちょうどひと月。カナエから勧められた何軒かの店から、沢村が好みそうな店を選び、果たして本当に沢村が飲むのかも分からないのに生まれ年のワインを用意して、前日の内に家中を念入りに掃除した。準備は万端だった。
 恐らくは三ヶ月ぶりに体を重ねることにもなるだろうと思うと、柄にもなく浮き足立ち、昨夜は珍しく酒を煽って眠った。それなので、深夜に目の覚めたときに唾液を飲み込んだ瞬間に喉奥に走った、鈍痛にも似た違和感も慣れないアルコールのせいだろうと考えた。否、思い込むようにした。
 おっかなびっくりベッドから体を起こして、こめかみに指を添える。ズキズキと頭の奥から響くような痛みと、あからさまに平熱を上回る体温が、季節外れの風邪の訪れを御幸に告げた。
 ――ないわ。ないない。
 今度は心の中で呟いて、ベッドから這うように降りた。枕元のスマホを握りしめてキッチンに向かい、コップに水を注いで念入りにうがいをする。今更遅いことは分かっていたが、そうせずにはいられなかった。
 それから冷凍庫を開いて、摩り下ろした状態で薄くジップロックに保存している生姜をぱきりと割ってマグカップの中に落とした。湯を沸かしている間に、瓶入りのはちみつをひと匙生姜の上に流して、キッチンに置いた椅子に腰掛ける。
 夜までに体調が少しでもマシになっていればいいが、難しいだろう。
 最後の悪あがきによく湧いた白湯をマグカップに注ぎ、痛む喉に湯気を立てたはちみつ生姜湯を通過させると、ひとまず悪寒は和らいだ。喉の痛みもこマシにはなった気がするが、それは気のせいだろう。
 トイレで用を足して、ベッドに戻る道すがら沢村に電話をかける。四度目のコールの後、「おはようございます」と普段よりも少し硬い沢村の声が聞こえた。
 緊張しているのだろうか、それとも自分との関係をはっきりとさせることに今更ながら嫌気がさしたのだろうか、その声の強張りの意味を考えながら、御幸は口を開く。
「おはよ。今晩の待ち合わせ場所なんだけど」
 想像以上に嗄れた声が出たことに驚いていると、「……なんか声変じゃないスか」とすぐさま指摘される。
「変じゃねーよ」
 今更誤魔化せるはずもないと分かっているから、自然と返答は覇気のないものになる。
 それから二、三やりとりを交わして、その日の約束はご破算になった。
 誕生日を祝われるはずの沢村以上に自分が楽しみにしていたので、脱力し、ベッドに倒れこむ。
 それでも電話を切る寸前、沢村の残した、「これからはいつでも行けますから」という言葉を反芻すると、多少は胸がすいた。
 せっかく予約をした店をキャンセルすることを思うと億劫で、寄る辺のない気持ちにさせられた。別れた女とわざわざ顔をつき合わせてまで選んだ店なのに、と心の中でぼやきながらスマホの画面を注視していると、カナエからメッセージが届いた。
 店の予約は出来たか、というような内容だ。出来たけどキャンセルするかも、と打つと、すぐさま、「どうして?」と、返ってくる。
 風邪引いた、の“い”まで打ち込んだところで、今度は電話の着信音が鳴った。
「もしもし」
「もしもし。あれなんか声変じゃない?」
 カナエは声を潜めて言った。
「そんなに酷い?」
「酷いというか、心配になる感じかな。風邪引いて行けなくなったの?」
 返事の代わりに沈黙で応えると、電話口の向こうのカナエが、「タイミング悪いね」と笑った。何がおかしいのだろうと、ムッとして、御幸はますます黙り込む。
「キャンセルの電話した? してないなら私が代わりに友達と行ってこようか」
「いいの?」
「今日オフだからいいよ。ああいう店だとキャンセルするのもなんとなく気鬱でしょ」
「ありがとう」
 素直に礼を言って寝返りを打つ。
「気にしないで。ねえ、」
「なに」
「お見舞い、行こうか。なにも食べられてないんじゃない? お粥くらい作ってあげられるし」
「来なくていいよ」
 にべもなく断ると、「ひどーい」と平坦な声が返ってきた。
「伝染したら悪いし」
「そんなに近づくつもりもないけど。心配だから顔が見たいだけ。昔付き合ってた時も風邪の看病なんてさせてくれなかったでしょ」
 カナエは、自分とよりを戻したいのだろうと思う。それなら初めから、連絡もなしに離れるようなことをしなければ良かったのに。
 人の感情は不可逆的なものだと思っていたが、どうやら違うらしい。そうだとすれば、御幸の前で男とはっきりと決別して見せた沢村が、再びあの男と関係を結ぶこともあり得るのかもしれない。
「来てもいいよ」
 気がついたらそんな言葉が溢れていた。
「え、いいの」
 期待と動揺の入り混じったような声だ。以前に付き合っていたときには、随分と大人なびて見えていた女が、今では酷く子供染みてきたように感じられる。
 沢村から見た自分も、同じようなものなのかもしれない。
「いいよ。夕飯代渡したいし」
「そんなのいらないって」
「じゃあ電話切ったらマンションの住所送るから」
「うん、またね」
 通話を終え、位置情報を送信してから、御幸は布団にくるまり直した。


 まんじりともせずにベッドの上で転がっていると、カナエがやって来た。見舞い品のたっぷり詰まったスーパーの袋を提げた女が、「おかゆでも作るよ」と言うので素直にそれに甘え、寝室に呼びに来られるのも嫌だったのでソファに横になって粥が出来上がるのを待っていた。
「一也君、私のあげたピアスまだ持ってる?」
 生米が煮えるのをダイニングチェアに腰掛けて待つ女がそんなことを言う。
「ここにはない」
「捨てちゃった?」
 あっけらかんとした口調であった。
 カナエは、「りんごでも剥くね」と立ち上がる。それをいいことに御幸が何も答えずにいると、「誰かにあげちゃったとか?」と追い討ちをかけるように重ねられた。こういうとき、女の勘というものは鋭い。
 まさか男の耳に刺してやったとは言えないので、気分の優れぬふりをしてやり過ごしていると、りんごの皮を削ぐシャリシャリとした音が鼓膜に届いた。
「お客さん、あんまり来ないの?」
「まあそんなに」
 よく見ているな、と思った。対面式キッチンの向かいに設置された四人がけサイズのダイニングテーブルに添えられた椅子は二脚きりである。客が来るような機会が増えれば数を増やそうと思っているが、今のところその予定はない。
「やっぱりあれ人にあげちゃったんだ?」
 笑いを含んだ声でカナエは言った。ピアスの話題の間は黙りこくっていたのに、いきなり返事をしたのだからあまりにも分かりやすかっただろう。
「つけてほしかったのにな」
 ごめん、と心にもない謝罪の言葉を吐き出そうとした瞬間、リビングのドアの開く音が聞こえた。
「先輩、寝てないと、」
 沢村の声だった。それにカナエの、「あれ? 鍵、掛けたつもりだったけど」という声が続く。思いがけず現れた女の存在に慌てた沢村は、
「いや、あの」
 と、しどろもどろに漏らす。御幸はのろのろと体を起こして、「お前わざわざ来たのか」とあえて突き放すように言った。自分が女を部屋に連れ込んでいるという状況に対して、沢村がどういう反応を示すのか関心があった。
 沢村は、おおよそ嫉妬という感情の似合わない男だ。それは性に奔放であることと、他者への所有欲が薄いことに由来しているのだろう。御幸のことも、ここまで来てもなお自分の所有物であると認識していないようなきらいがある。
「伝染るぞ」
 カナエに沢村が球団の後輩であることを告げると、二人はいくらか言葉を交わした。沢村はすぐに帰ると言う。やけに脱力気味な様子だった。嫉妬をしているのか、驚いているだけなのか、判別がつきにくい。
 沢村に病を感染すことは御幸も本意ではないので、引き止めなかった。
 それでも沢村がリビングから消えると、名残惜しさを覚えて玄関まで追いかけた。彼女が元カノであることと、見舞いに来た経緯を説明した。
「また近いうちに予約しとくから、ワインもあるし」
「もういりません」
 きっぱりとした声だった。
「怒ってんの?」
 状況を考えれば口に出すまでもない問いかけをする自分の声に喜色が混じりそうになるのを、御幸は抑えた。この男には期待を何度も裏切られてきている。
「怒ってません。怒る資格もねーし。けど、悔しかったっス。御幸先輩がこういう時俺のことを頼ってくれないことが」
 やはり沢村は怒っている。それも嫉妬心から。尤もらしいことを言って、本音を隠そうとする男が愛おしかった。
「悪い。お前の気持ちも考えずに。彼女も、もう帰すから」
「……とにかく帰ります。お大事に」
 御幸が気を良くしていることを察したのだろう。沢村の表情と声は硬い。
「また連絡する」
 離れがたい気持ちを押し殺して言うと、沢村は部屋を出て行った。その背中が完全に消えるのを見計らって、御幸は踵を返した。
 リビングに戻ると、カナエが沢村の残していった袋の中身を冷蔵庫にしまい込んでいた。
「色々入ってたよ。一也君のこと、心配だったんだね」
 パウチの粥を手に持ったまま、カナエは呟いた。
「あの子、ピアスしてたね」
「……目敏いな」
「さっき話してたところだもん」
 カナエは、手に持っていたそれをキッチンの片隅に追いやってから、木製の椀に鍋に入った粥をよそい始めた。タマゴ粥にしたよ、という声を聞きながら、彼女が世話焼きの恋人であったことを思い出す。
「一也君の好きな子って、あの男の子なんだね」
「俺は同性愛者じゃないよ」
 嘘くさい台詞だな、と自嘲した。御幸は、いつか沢村に振られた後の自分が、次も男と関係を持っていたとしても驚かない。もちろんいつまでも沢村と関係を持ち続けていたとしても。
「他の人にバレたことはないの?」
 傷ついている風でもなく冷めた様子で、カナエは首を傾げた。
「ほとんどない」
 答えながら莉子のことを思い出して、自分は他者への好意を隠すのが下手なのだろうと自覚した。
「そう……出来るだけ知られないようにした方がいいよ。同じ顔を売る商売の人間としてのアドバイス。それじゃあ私帰るね。お粥、出来るだけたくさん食べて、最近暑いけど、風邪の時はやっぱり体温めないといけないから」
 カナエは手早く荷物をまとめて部屋を出ていった。じゃあね、と去り際に残した声はあっけらかんとしていて、大人の女は小ざっぱりとしたものだ、と思う。
 椀にこんもりと盛られたタマゴ粥から、白い湯気が立っていた。


 床の上に転がった子供向けの車の玩具の、側面にプリントされたキャラクターと目があった。その玩具に気がつくなり、「御幸先輩、お子さんがいらっしゃったんですか」と大真面目な顔をして尋ねてきた沢村は、テレビの前で御幸の父親と肩を並べてスマホの画面を注視している。
 実家のリビングの、真新しい壁を、御幸はしげしげと見つめた。
 子供の頃御幸が一人で食事をとっていたダイニングは、随分と様変わりしてしまった。
 手狭なリビングとも、ただのダイニングだとも呼べるような広さだった部屋が、リフォームによって隣室との仕切りを取り去ったおかげで、間違いなくリビングだと言い切れるような広さに変貌していた。照明の数が増えたこともあり、明るく開放感のある印象になっている。
 部屋が広くなると足が伸びるだろ、と父親は柄にもなく笑っていたが、御幸からすると少し落ち着かない。自分の実家なのに、知らない家にいるようだった。
 身の置き場がなく、そわそわと親指の足の指を動かす御幸に、写真立ての中の母親が笑いかける。目まぐるしく移ろっていく日々の中で、変わらないのは彼女ばかりだ。
「この太陽のマーク押したら天気予報が見られますからね」
 携帯なんて電話とメールさえ出来ればいいと言っていた父親が、沢村の説明を聞きながら何度も頷いている。
 目覚まし時計も設定しましょうか、えっ毎朝四時半起き、めちゃくちゃ早いっスね――ゆっくりと、根気強く真新しいスマホの使い方をレクチャーする沢村と、プライベートで会ったのはおおよそひと月ぶりだった。
 食事に行く約束が反故になった日以降、沢村は御幸を避けるようになっていたのだ。練習で顔を合わせることはほとんどなく、沢村が登板され、試合で顔を合わせることがあっても、野球に関係する必要最低限の会話にしか応じない。
 七月の上旬までそんなことが続き、いい加減にうんざりし始めた頃、父親から連絡が入った。ガラケーが使えなくなる前にスマホに変えたいが、勝手が分からず困っているらしい。
 御幸の父親はまだ五十代だが、昔かたぎの人間で最新の機械の使い方にはとんと疎い。未だにハードディスクへの録画すらこなせずにいる程だ。そういう人間でも、若い人間が身近にいれば追い追い新しい物を受け入れられるのだろうが、御幸は中学卒業以降はほとんど寮暮らしだったので、父の機械オンチが改善されぬのも無理からぬことであろう。
 そんな経緯もあり、先週のナイターの終わり、そそくさと身支度を整えていた沢村に、「うちの親父に携帯教えてやってくんねぇ」と前置きもなく声をかけると、「……いいですけど」とあっさりと了承され今に至る。
 ダシに使われた父親も、御幸にあれやこれやと指図されるのと違い悪い気はしないらしく、案外機嫌が良さそうだ。
 一時間程のスマホ教室を終えた沢村が、「こんなもんで大丈夫ですか」と声をかけると、父親は大きく頷き礼を言って家を出て行った。仕事が残っているらしい。
 居心地がいいとは言い難い真新しいリビングに二人残され、しばらく黙り込む。それでも少しずつ、座椅子に座って自分のスマホを見つめる沢村との距離を詰めていくと、彼はおずおずと顔を上げた。
「ありがとな、うちの親父ああいうのからきしダメだから助かった。俺が教えたらよかったんだけど、喧嘩になりそうで」
「なんとなく分かります。うちも母親は自分で勝手にスマホ使い始めたんですけど、親父がそういうの得意じゃなくて、若菜……俺の幼馴染が教えてくれたみたいです。こういうのって家族同士だとなかなか分かってくれないことが歯がゆくて、お互い頭に血が上って上手くいかなかったりするんですよね」
「どこもそういうもん? うちだけだと思った」
 沢村は小さく頷いた。その視線の先には、車の玩具の姿がある。
「あのおもちゃ、誰のなんスか。先輩、一人っ子でしたよね」
「ああ、あれ。親父の今付き合ってる女の人の孫のらしい」
「親父さんの、彼女さんの、孫?」
 分かりにくい説明をしたつもりはなかったが、沢村は唇に親指を当てて首をひねっている。
「スマホとかに関してはからきしだけど、うちの親父もまだ若いだろ? お袋が、いなくなってからずっと一人でやってきたんだけど、俺がハタチ過ぎた頃に彼女出来たらしくて、その人はバツイチなんだけど、俺より少し歳上の娘が一人いんの。その娘さんの子供」
「なるほど」
 理解しているのか否か分からないが、沢村は頷いた。
「今はもうこの家でその彼女と一緒に暮らしてるらしくて、その孫が頻繁に遊びにくるんだってさ」
「可愛いんでしょうね」
 部屋の片隅には、おもちゃ箱のような物まで置かれている。
「……そうなんだろうな。俺の母親が死んでからは、人生楽しむ余裕もなかっただろうし。だけど俺がスマホのことなんて彼女か、そこの娘に聞けばって言ったら、かっこ悪いだろ、とか言うんだぜ」
「御幸先輩の親父さんって感じじゃないスか」
 沢村はようやく口元を緩めて言った。
「顔も似てると思いましたよ。親父さんも男前ですね」
「自分では分かんねぇけど、そうなのかな。親父の彼女もそう言うよ」
 父親だけが、「お前は俺に似てない」と言う。
「目と眉の距離感とか、鼻筋の通ったとことかそっくりですけどね」
「親父には、お前は母さんに似てるって言われるんだけどな」
 特に幼い頃は頻繁に言われていた気がする。御幸には母親の記憶がないので、その頃は自分は父親より母親に似ているのだと思い込んでいた。
「綺麗な人ですね」
 キャビネットの上の母親の写真に沢村は視線を移す。目の形、いや口かな、とその笑顔の女と御幸に共通点を見出そうとする。
「親父は戸惑ってたんだろうな。母さんが突然この世の中からいなくなって、唯一の忘れ形見の俺にその面影を見つけたかったんだと思う」
 相槌の代わりに沢村は瞬きをした。
「俺はたぶん、そういう風には人を好きになれない」
「そんなことないと思いますけどね。御幸先輩は結局、惚れっぽいんですよ」
「惚れっぽいかどうかは今関係ないだろ」
 不穏な空気を一蹴するように言ったが、沢村は止まらない。
「関係ないかもしれねーし、ズレてるかもしれませんけど、先輩が人をすぐに好きになるのは本当じゃないですか。それなのに俺は本物の愛情を知らないんだ、みたいな顔されるの鬱陶しいです」
「俺は、」
「……あの日、セックスしましたか」
 沢村は、口元に不器用な笑みをたたえていた。
「するわけねーだろ。付き合ってもない女の子と」
「つまんねー」
「つまんないって、お前まだそんなこと言ってんの」
「アンタが身持ちの堅い男みたいなことを言うの聞くと気分悪くなります。じゃあ俺達がヤりまくってたのはなんなんだって感じだし。御幸先輩は付き合ってない女の子とはシないのに、付き合ってない男にはハメるんですか」
 先ほどまでの穏やかな雰囲気とは一転して、沢村は胸が悪くなったように言葉を連ねた。
「常識人ぶったこと言うのやめてください。あの人とセックスしたことあるんでしょ。その気もないのにセックスしたことある女の人を自分の家に入れますか」
「俺は、もうお前以外とはシたくないよ」
 彼女を部屋に入れたのは、あわよくば沢村を嫉妬させることが出来るのではないか、という短慮な好奇心からだった。
「なんスか、それ。俺は今でも先輩が、他の女の人とするところを想像したら痛いくらい興奮しますよ。あの日だって、寮に帰る前に昔シたことのある男ホテルに呼びつけようかと思った。だけど、御幸先輩が俺にそういうことやめろって言ったんじゃないスか。俺はお前でいいよって」
 再会して以降初めて見る剥き出しの沢村栄純だった。
「……なんで何も言わないんですか。あの人のこと、どう思ってるんですか」
「別にどうとも思ってねーよ。どこにでもいる可愛い女の子の中の一人だとしか今は思えない」
「可愛いならヨリ戻せばいいじゃねーか。俺のことはいつも可愛くない可愛くないって、馬鹿の一つ覚えみたいに言うくせに、御幸先輩は結局俺じゃ、男じゃダメなんですよ」
 もう帰ります、と立ち上がった沢村の手首を掴んで、無理矢理にその場に縫い止める。揉み合うようにして、床に転がった瞬間に、自分の言葉に傷ついているかのような、頼りげのない沢村の表情が晒された。
「なんて顔してんだよ」
「……可愛くないんでしょ」
 沢村の、存外に膨れた涙袋が赤らんでいる。
 本当は、可愛い。可愛くないはずがない。好きな男が、自分のことで傷ついて、初めて感情を曝け出しているのだから。
 だけれど今のタイミングでそれを言ったとしても、この男の心には響かないだろう。
「先輩、もしも俺との関係をこのまま続けたいのなら抱かせてください。そうしてくれないともう納得出来ない」
 お願いします、と半分涙声で乞われて、頭の中で何かが弾け飛んだ。


 沢村は身勝手だ。自分は他の男と関係を持ち続ける傍ら、御幸と体を重ねていたくせに、御幸の一度の不義理に臍を曲げる。
 ホテルの部屋に入るなり、沢村をベッドに押し倒して、服を剥ぎ取った。今日は俺が、と喚く沢村を、「どうせ挿れられたらヨガるんだから勿体ぶんな」
 一言で黙らせて、その首筋に歯を立てる。息を詰めた沢村の瞳が潤んでいる。
 どうせ最後はこうなるのだから、面倒な言葉を交わすことには意味がない。心が通じ合わないと距離を置くのも、自分だけを見てほしいと、つまらないことに耽溺するのも、これで終わりにする。
 御幸は沢村を抱きたいときに抱く。体だけの関係でも構わない。
「結局、御幸先輩は体ばっかじゃないですか!」
「それの何が問題なわけ?」
 誰よりも性への欲求に貪欲な男は、ぐ、と黙り込んだ。その隙に乗じて、首筋に這わせていた舌を、男の胸元の飾りにまで下ろす。
 淡い色をしたそれに舌を這わせて、触れるか触れないかのところを楽しんでいると、沢村の鼻息が荒くなるのが分かった。嬌声をこらえようとする余りに一文字に結ばれた唇が不恰好で愛おしい。
「ブサイク」
 その言葉を聞くなり眉を釣り上げた沢村は、想像以上に御幸の“可愛くない”を気にしていたらしい。
「っ……俺、帰ります!」
「今更帰らせるわけねーだろ」
 硬く勃ちあがった屹立を、沢村の内腿に擦りつける。お前のも同じだろ、と冷めた声で囁くと、沢村は御幸の胸を軽く叩いた。
「可愛くもないブサイクな男をなんでわざわざ抱きたがるんスか」
 可愛くないから、無理矢理にでもシたくなるのだ。沢村が、自分の思い通りになる素直な男だったらきっと、御幸は劣情を催さない。
 剥き出しの沢村のペニスを手のひらで撫でまわしながら、触れるだけのキスを落とす。
「沢村、お前は、」
 御幸が言葉を紡ぎ始めると、沢村はそれを拒むかのように頭を振って、体を横に向けた。可愛くない、と言われることに不満があるようなことを言いながら、御幸から決定的な言葉を下されることを、この男は何よりも恐れている。
 御幸は、一つため息をついた。ボクサーパンツを床に下ろし、沢村の体をうつ伏せになるように転がす。ベッドサイドに置かれていた薄い袋入りのローションの封を切って、大雑把な所作で沢村の菊門に垂らした。
 人差し指をそこに差し込んで、おざなりだが確実な手管で沢村の一番気持ちいいところを探し当てると、指の腹でそこをグリグリと押し込む。
「あっ……あっ」
 沢村の形の良い肩がぞわぞわと震え、健康的に張り詰めた肌が泡立った。湿った嬌声を等間隔に漏らす男は、内腿をこすり合せるようにしている。
「気持ちいいの?」
「つ、まんないこと……っ、聞くな!」
「いいじゃんそれくらい」
 ローションで滑る指を抜き去って、沢村の小刻みに震える尻肉を強い力で張った。パン――と、強く鋭い音が部屋に響き、筋肉質なそこが桃色に彩られる。
「ぅ……」
 微かに漏れた呻き声が甘い。こいつ本当に好きだよな、と冷めた心で思う。
 あの男に仕込まれたのだ、と想像すると胸にチリチリとした痛みが走ったが、それ以上に興奮が勝る。今の御幸は、沢村を貫く男の姿を具体的に思い浮かべることが出来るからだろう。
 沢村の男を見たのはあの日で二度目だった。数年前に見た時は沢村と男の距離が近いのに驚くばかりだったので、男の容姿をはっきりと確認したのは六月のあの日が初めてだった。
 男の顔の造形は、想像していた程にはクリスに似ていなかった。しかし背丈や、身にまとう雰囲気はどことなく近いものがあったので、沢村はああいう系統の男を好む傾向にあるのだろう。御幸はきっと、沢村の好みからは外れている。
 しかしそんなことも今はどうでもいい。沢村はもう自分の物だ。今更手放すつもりはない。
 あの男にペニスを突き立てられて、涙を流す沢村を想像すると、腰の奥に鈍い痛みが走った。御幸は、沢村に毒されきっている。
「もう挿れるぞ」
「や、早すぎますって……」
 うつ伏せのまま足をばたつかせる沢村の尻肉を押し広げて、硬く勃ち上がったモノをてらてらと光る後孔に押し付ける。
「はぁ、先っぽ……ふとい、」
 カリの締め付けられる感触を楽しむように、ゆっくりと内側に入り込むと、沢村は恍惚とした声を上げた。湿った呼気を吐く男は、既に抵抗の意思を失っている。
「く、やっぱりお前のナカ狭い」
 ローションによってぬめつく内側をかき分けるようにして、沢村の胎内に肉棒を埋め込む。沢村に息をつかせる暇も与えずに、自分のモノをぎちぎちと締め付ける熟れた淫肉の奥に先端を擦り付けた。
「アッ、ナカぐりぐり……ダメですってば!」
「めちゃくちゃ善さそうなのに?」
 沢村の背中にのしかかるような形で、体を重ねる。耳元で問いかけて、耳朶を食むと、肉壁が更に引き締まって御幸を追い詰める。
「っ、あんま締めんな……」
「……だって、めちゃくちゃ久しぶりだから」
 処女に戻っちゃったんですよ、と沢村は馬鹿なことを言った。
「処女穴がこんなヤラシーわけねぇだろ」
「らって御幸先輩のおちんちん、気持ちいいんですもんっ……こんなの、卑怯じゃないスか!」
「卑怯ってなんだよ」
「腹立っても挿れられてる間だけは、っ、忘れちまう……あっ、ん!」
 ずぶずぶと、ピストンを繰り返しながら、沢村のイイところをあえて通り過ぎる。内側に誘い込むように締め付ける沢村の肉壁に抵抗するようにペニスを殆ど鈴口まで引き抜いてやると、「はやく、」と焦れたような声を沢村は漏らした。
「さわむら、気持ちいいの好き?」
「すきっ、大好きです……」
 御幸のちょうだい、と言われると同時に音がなるほどに激しく内側に押し込む。こんなやりとりを、何度繰り返すつもりなのだろう。ルーティンのようなセックスに心の内側は冷めているのに、ペニスは萎えることを知らなかった。
 パンッパンッ――とホテルの壁に音が響く程に激しいピストンを繰り返しながら、沢村の腰を掴んでシーツに擦り付けるように揺さぶる。寝バックの姿勢で裏筋をシーツに押し付けられるような形になった沢村は、普段の声からは想像もつかない甲高い嬌声を上げた。
「あっ、あん……みゆきせんぱい、も、イきそ」
「前触ってないけど」
「擦れるから……」
 床オナみたいでやばい、と言った男の後頭部を掴んで、それが持ち上がらないようにに押さえつけて抜き差しを早める。くぐもった苦しげな呻き声を上げる沢村は、淫肉で御幸のペニスをきゅうきゅうと締め付ける。
 シーツと沢村の体の間に無理矢理に左手を差し込んで、その控えめな突起を摘みあげると、沢村はのろのろと頭を振った。
 指先で潰れる小さな物の感触を楽しみながら、ピストンを続ける。腰の奥が次第に重たくなり、自分の射精の時が近づいたことを意識した御幸は、ピストンの速度を速めた。
 ぐぷぐぷと、釘を打つようにペニスを押し込んでいると、
「ん、んー!」
 沢村の内側が御幸を誘い込むように痙攣した。男が前で達したのだと察した御幸は、たまらなくなり、右手の力を緩めた。
 脱力する沢村の顔を、無理矢理に横に向かせ、舌を絡め合うキスをする。一旦精を吐き出した沢村は、すっかり脱力していて、御幸の舌を素直に受け入れる。異様なほどに熱い口内をたっぷりと蹂躙した御幸は、今度は両手で沢村の腰をしっかり掴んで、強く腰を打ち付ける。
 粘膜同士の擦れるぬちゅぬちゅとした音が部屋に響いていた。痛いくらいに激しくピストンすると、一度は達した男が再び嬌声を漏らし始めた。
「イったあと、力入んな、あっ、ぅ」
「いいよ入んなくても、勝手に使うし」
「使うって、やな言い方っ、つ」
 陶然とした声を漏らす男のナカを押しつぶすようにして激しく腰を打ち付けて、御幸は射精した。


「中出ししましたね……」
 大量のティッシュで体を拭いながら、沢村は荒い息を吐いている。
「前もしたことあるだろ」
 七月とはいえ、空調の効いた部屋で素っ裸でいると肌寒い。御幸は、体を拭い終えた沢村を肌掛けの内側に引きずり込んだ。
 互いの顔を触れ合うばかりに近づけて足を絡ませていると、沢村は不満げに唇を尖らせる。
「許可制っスよ」
 前回も許可を取った覚えはなかったが、ナカに出すと障りがあることは知識として得ていたので、「これからはとるよ」と嘯く。次はありませんから、と返した男の耳が赤い。
「心配すんな、陰性だから」
 なんでもない口調で言ってやると、流石に驚いたようで、「調べたんですか!?」と沢村は目を剥いた。
「一応。お前を疑ってたわけじゃないけど」
「……俺が陽性だったらどうするんスか」
「生でしたりすんの?」
「しませんよ。アンタ以外とするときはオーラルでも絶対つけてしますから」
 不特定多数とはしているのだな、と思うと気鬱になったが、今更この男に性的な意味での清廉さを求めるのもおかしな話である。
「これからは俺以外とすんなよー」
 軽い口調で言って、抱きすくめてやると、手のひらで胸を押し返された。つと、顔を上げた沢村は、御幸を睨みつけている。
「まだ怒ってんの」
「怒ってないと思うんですか」
「お前があれくらいのことを、そんなに根に持つとは思わなかったよ」
「……御幸先輩はちょっとズレてますよね」
 御幸の胸に当てられていた沢村の手がするすると降りてくる。しばらく逡巡した後に、御幸の手を握った沢村は、再び口を開いた。
「先輩は結局俺が他の男とセックスしたって気にしてなかった」
「気にしてないわけねーだろ」
「それでも、本気で怒ったことはなかった」
「付き合ってるわけでもないのに、目くじら立てるのもおかしいだろ」
 冷静に返すと、沢村はますます腹を立てたようだった。アンタは変態です、と叫ぶように吐き出す。
「先輩は、俺が他の男とヤってる話聞いたら興奮するじゃないスか……!」
 指摘されるまでもなく自覚していたことなので、御幸は無言で返した。
「俺はアンタが他の人とするのはもう嫌なんです」
「俺が他の女の子とするとこ想像したら興奮するって言ってたのに?」
「興奮しますよ! 御幸先輩のおちんちんが、俺以外の誰かの穴に入ってるの想像すると、息苦しくて、めちゃくちゃヤラシー気分になる、だけど嫌なんです! 仕方ないじゃないスか!」
 御幸も、沢村が他の男に犯されているところを想像するとたまらなく不快なのに、腰に火が灯る。
「こんな風になると思わなかった」
「……ごめん」
「謝らないでください。もういいですから、俺は……先輩ことなんて嫌いです」
 こいつもこんなことを言うんだな。御幸は少し驚いた。今まで噛み殺してきた言葉を、吐き出したくなった。
 沢村は、流石にバツが悪くなったのかくるりと寝返りを打って御幸に背を向ける。抱いてくれ、と誘われている気がして、その体を後ろから抱きすくめた。きつく力を込めると、沢村は小さく息を詰める。
「お前、本当に可愛い奴だな」
 降参だ、という気持ちで吐き出す。出来ることならいつまでも胸の内に留めていたかった。
「い、言う相手を、間違えてはいませんか!?」
 沢村の肩がわなないている。気味悪がられたのだろう。
 先輩そういうの似合いませんからね、と呟いた男の髪を撫でながら、「もう言わねぇよ」とこぼす。
 可愛くない、という言葉にあれだけつっかかってきたくせに、沢村は安堵したように溜息をついた。
「俺は、お前と関わると自分が磨り減っていくのが分かるよ」
「摩耗するとか、磨り減るとか、自分だけヒガイシャみたいな言い方するのやめてつかぁさい。俺だってアンタのせいで好きだった人と別れるはめになったんですからね!」
「俺がいなくても終わってただろ。むしろ苦しい時に心の支えになってやったことに感謝しろよ」
 俺の方がいい男だし、と小声で加えると、「ふ」と鼻で笑われる。子憎たらしく感じると共に、情欲が込み上げて、裸のままの沢村の腹を、爪の先で引っ掻くように撫でた。
「っ、二回目は有料ですからね」
「指が当たっただけだよ」
 ぞんざいな口調で言いながら、脇腹の皮膚をなぞってやると、沢村はくすぐったげに身をよじった。じゃれ合うような触れ合いの後に、その汗の滲んだままの体にのしかかる。
 御幸は、自分を見上げる男の琥珀色の瞳を見つめながら聞いた。
「向こう百回分くらい予約したいんだけど、いくら?」
 短い沈黙の後、「明日、大きいエビフライが食いたいです」と返ってくる。
「お前、海老好きだな」
「海老が好きなのは御幸先輩でしょ」
 沢村は半笑いで言った。初めて体を重ねた日のことを思い出しているのだろう。
「嫌いじゃねーけど、普通だよ」
「先輩っていつもそうですよね」
 うるさい口を塞ぐように唇を落として、舌を入れ込む。抵抗されるかと思ったが、存外素直に沢村は御幸の舌を受け入れている。それどころか口蓋を撫でるように舌先を動かされて、腰の奥が重くなった。
 舌先の感触をしばらく楽しんだ後に、唇を離す。離れる間際に下唇を甘噛みしてやると、沢村は嬉しげに目を細めた。
「俺は、お前のことは好きだよ」
 極力平坦な声で言ってやると、沢村は小さく頷いた。
「……俺は、先輩のこと嫌いじゃありませんよ。一緒にいると気が楽というか、なんというか、安心するし、えっちも強いし、今のところは他の人とシようと思いません」
「今のところかよ」
「ダメですか」
 もっと決定的な言葉が必要なのかと言わんばかりに、沢村は御幸を見つめる。
 いいよもう、と答えた御幸は、沢村の二本の腕を束ねて頭の上で固定させた。ぱっくりと露出された腋に、かぶりつくようにしてやると、「ギャッ」と色気のない声が降ってくる。
「そ、そこはダメっスよ!」
「減るもんでもないだろ」
「シャワーも浴びてないですし、毛も剃ってないからっ、ぁ」
 女のようなことを気にするのだな、と思いながら茂みの奥に舌を這わせる。仄かな汗の匂いに、発情した雄の匂いが混ざるのを嗅ぐと、頭の奥が痺れた。
 唾液に濡れた茂みを、ジュッと生え際の皮膚ごと吸ってやると、羞恥からか、こそばゆさからか、沢村の目尻に涙が浮かぶ。
「っ、あっ、ほんとに、やめてください!」
 強い抵抗に合わないのをいいことに、マットレスに縫い止めた体に力を込めた。舌の上をざらざらと踊る毛の感触が面白い。
 いい加減にしろ、と後頭部を殴られて、渋々体を離した時には、沢村のそこは唾液で濡れそぼっていた。
「ヘンタイですか」
「お前に言われたくないよ」
 ダメだと言ったわりに、沢村の中心は張り詰めている。そこに自分のモノをぐりぐりと押し付けてから、御幸は口を開いた。
「さわむら、しゃぶって」
 また生意気な口を聞かれるかと思ったが、存外素直に頷いた沢村がゆるりと口を開く。御幸は、沢村の体を跨ぐようにして、ペニスの先端をねじ込んだ。
 芯を持ち始めたそれに、沢村の滑る舌が触れる。もっと奥へ、と誘うような動きに、自然と腰が動いた。
 ペニスが根本まで口内に収まったのを見計らって、沢村は唇を窄めた。熱く、柔らかな粘膜が、御幸の敏感な部分を刺激する。
 口淫に慣れた沢村は、ペニスを吸い上げるようにして内側を狭めるのと同時に、血管の浮き出た裏筋に舌先をグリグリと押し付ける。強い快感を伴った刺激に、御幸は荒い息を吐いた。
 喉奥の肉を締め付けるようにされると、たまらなくなって、御幸は沢村の頭を掴んで、ペニスの先端を深く押し付ける。
 息苦しいのだろう。ふぐふぐと、呻く沢村の瞳から大粒の涙がこぼれた。御幸は行為の最中に流れる沢村の涙が好きだった。それを見るともっと虐めてやりたいという欲が湧きあがってくる。
「出していい?」
 沢村は、苦しげに頭を振った。内腿をもどかしげに擦り合わせている。
 御幸は、それでも懸命に舌を動かし続ける男の口内から自身を引き抜いて、「舌出して」と言った。
 それに従って、大きく口を開き、舌を突き出す沢村の瞳が、物欲しげに光っている。自由になったペニスを、ゆるゆるとシゴいていた御幸は、濡れたようなそれを見るにつれ、すっかり気分が変わってしまった。
 健気に舌を突き出し続ける男の腰骨を掴んで、引き寄せる。腿の張った足を大きく広げて、白濁に濡れたままの蕾にカリを押し付けた。
「っ、あ」
 一度は挿入を許したそこは、殆ど抵抗もなく拡がり、御幸のペニスを飲み込んでいく。精液によって濡れそぼったそこは柔らかかったが、奥に進んでいくごとにきゅうきゅうと御幸のペニスを絞り上げた。
 口淫によって射精直近まで追い詰められていたそれがひくりと痙攣するのを、沢村は見逃さない。
「先輩、もうイきそうですか」
 小馬鹿にしたように言われて、頭に血が上った。穴の行き止まりにまで腰を進めて、互いの陰毛がじょりじょりと擦れ合う程に体を密着させる。
「あっ」
「綺麗に生えたな」
「また剃ってもいいですよ、あっ、ん、」
「生えてる方が生々しくて好きだけど」
 言いながら腰を動かすと、沢村は苦しげに喘いだ。入り口付近の、沢村が一番気持ちいい部分を抉ってやる。そこはダメ、とお決まりの台詞を吐き出す男の体を強い力で押さえ込んで、杭を打つように腰を打ち付ける。
「あんっ、あっ……っ、い、や」
 沢村のペニスの先端から、先走りが滲んでいるのを認めて、御幸はそれを擦り上げた。すすり泣くような嬌声が御幸の外耳道を犯す。
「さわむら、気持ちいい?」
「いいっ、いいですから、っ……も、イって」
「今イったら勿体ない」
 思わず貧乏臭い台詞を御幸が吐き出すと、沢村は小さく破顔した。
「これからは何度でも出来ますからっ!」
 自分で言って恥ずかしくなったのか、肌掛けを引き寄せて、沢村は顔を隠してしまった。
 らしくない態度が愛しくて、肌掛けの隙間から覗く汗の滲んだ額に口付けた。ぷっくりと膨れた沢村の先端を握り込んで、グリグリと刺激して、射精させてやる。
 白く、粘つく物が自分の腹を汚すのと同時に、淫肉が御幸のペニスを引きちぎらんばかりに締め付ける。それ以上はこらえきれず、御幸は先刻自らが吐き出した白濁を、内側に擦り付けるように腰を動かした。
「ぅ、っあ」
 淫乱な肉の壁が蠢くように御幸を追い詰める。突き殺さんばかりに激しい抜き差しを何度か繰り返して、御幸は精を吐き出した。
 最後の一滴を吐き出し切るまで、何度か奥に打ち付けると、沢村は大きく息を吐いた。
「……はあ、もう勘弁してつかぁさい」
「何度でも出来るって言ったのに?」
 半笑いで尋ねると、「明日以降でお願いしやす」と沢村は手を合わせた。流石に萎えたペニスを引き抜くと、ぽっかりと空いた沢村の穴から大量の白濁が零れ落ちる。
「絶対腹壊す……」
「掻き出してやろうか」
「そういう趣味はありませんから」
 迷惑げに眉をひそめられると、いつか絶対にやってやろうと思う。
「疲れましたね」
 御幸から離れるように寝返りを打つ男の背中を追って、ぴたりと張り付く。暑いっス、と邪険に言いながらも、今の沢村にはそれを払いのける気力すら残っていないらしい。
「先輩ってわりと引っ付き虫ですよね」
「はあ?」
「甘えん坊みたいな」
 似合わねーけど、と笑いながら、沢村は体を起こした。ベッドサイドの水を取ろうとしていることは分かったが、離れがたいので腕は腰に巻きつけたままにする。
「こんな関係いつまで続きますかね」
 なんとかペッドボトルを掴んだ沢村が、喉を充分に潤してからそんなことを言った。
「お前次第だろ」
 俺はお前でいいよ、お決まりの台詞が喉元まで出かかったのを飲み込んで、口を開く。
「俺はお前がいいよ」
 口にすると、少し恥ずかしい。それでも、自分本位で、淫乱で、思い通りにならないこの男のことが好きだ。
 真っ直ぐに見つめてやると、照れくさかったのか、沢村は握ったペッドボトルを手の平で弄んだ。
「……じゃあ、抱かせてください」
「いいよ」
「えっ」
 唇を尖らせて、照れ隠しのように言うのがおかしくて、即答してやると、沢村は面食らったような声を上げる。
「このやりとり前もしただろ。お前が俺だけにするなら、いつでも抱かせてやるよ」
「御幸先輩、変な方向に男前っスね」
「俺は正統派に男前」
 どの口が、と呟く男からペッドボトルを奪い取って、残った水を一気に飲み干す。
「生き返ったー」
 喉を上下させた御幸の耳朶に沢村が触れた。
「耳たぶ、しっかりしてますね」
「あーわりと厚いかもな」
 父親は耳たぶが殆どないので、そこは母親に似たのかもしれない。
「冬になったら、」
「うん」
「ここに穴開けてもいいですか」
「……いいけど、なんで」
「いいんスか」
「いいよ。今更何されたって減るもんもねーし」
「ピアス穴開けたあとにハメたら、めちゃくちゃ燃えると思うんスよ」
 するすると撫でられていた耳朶に、キツく爪を立てられて、「ぐ」と呻くと、沢村は分かりやすく目を輝かせる。この男に体を受け渡す約束をしたことを、御幸は早くも後悔し始めていた。
 それまでに後ろも慣らしておいてくださいね、と続けた男の口から、自分に対する好意の言葉が聞けたわけでも、セフレから恋人に昇格する言質が取れたわけでもないのに、二人の間には満たされた物があった。
 空のペットボトルを、部屋の隅のゴミ箱に向かって投げる。大した距離でもないのに、目的から外れて床に落ちたそれを見て、沢村は歯を出して笑った。
 
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