3-2


「お、も、たーい!」
 住み慣れたタワーマンションの一室に、俺は半ば叫ぶようにして足を踏み入れる。酒に酔ってぐでんぐでんの御幸の腋に腕を入れて、半ば引きずるようにしてエントランスからここまで運んできたけどもう限界だった。ずっとプロの練習メニューをこなし続けている御幸の体は鉛の塊みたいに重たい。玄関から一歩入ったところで、ふっと力を抜くと、力の抜け切った御幸の体はズルズルと床にへばりつく。
「う……」
 吐き気を催したのかその場で呻き始めた御幸を横目に、俺は台所に走った。食器棚からグラスを出して、一応は浄水器のついた水道の蛇口を捻る。
 水がある程度溜まったのを見計らって、蛇口を閉めると、キュっという音が部屋に響いた。それがスイッチだったみたいに、側頭部が痛み始めて、自分もかなり酔っていることを自覚する。
「はい」
 玄関に戻ると御幸は壁に寄りかかって座っていた。俺はその隣に腰掛けて、水を注いだグラスを手渡す。御幸は受け取ったグラスを傾けるでもなくただただ握り込んで、黙りこくっていた。意識があるのかどうかも微妙なくらいだ。
「コート皺になりますよーどうせ高いんでしょ、それ」
「いい……」
 御幸は地の底を這うような声でかえして、グラスを床に置いた。飲まねぇなら別にいいけど――御幸が口をつけなかったそれで喉を潤すと、頭の痛みがいくらか和らいだ気がする。
「せんぱい、せめて寝室まで移動しましょー」
「ここでいい……」
 ちょっと可愛い風に言ってみたけど、御幸の反応は芳しくない。
「そう意固地にならずに」
 生地に負担がかかるのも御構い無しに、御幸のコートの肩口を引っ張って、右腕を脱がせる。片側が脱げたらもう片方は簡単に床に落ちていった。それから、寝室まで連れていくために腕を引いたけど、御幸は頑として動こうとしない。
「こんなとこで寝たら体痛くなるぞーもういい歳なんだから」
「見張っとかないとお前女のとこ行くだろ」
 ボソボソと口の中だけで呟くように御幸は言う。さっきは冷たい目をして、俺のことを追い詰めるみたいに言葉を放ってきたのに、別人みたいだ。
 縋り付くような視線が俺の体に絡みつく。いくら虚勢を張ったって長持ちはしない。これがこの人の本性なんだろうか。出会った頃はいつも俺の方が振り回されてばかりだったのに。
「先に出て行ったのはアンタの方だろ。御幸先輩がここで見張ってたって、ベッドにいたって、俺はテキトーな時間になったらタクシー呼んで彼女のところに帰ります」
 そしてこれが俺だ。追い詰められると惜しくなるのに、縋られると突き放したくなる。
「お前さっき彼女とは別れるって言っただろ」
「長野に二人で帰るのはやめるって言っただけ。つーかアンタ、倉持先輩と春っちの前でなんなんだよあの態度は! 絶対アヤシイ関係だと思われたぞ!」
「いいだろあのくらい。どうせちょっとモメてるなーくらいにしか思ってねーよ。もしもバレてもSNSに書き込むような奴らでもねぇし」
「そういう拡散的な意味じゃなく……」
「俺は恥ずかしくないよ。お前とのこと誰に知られても」
 ……俺だって別に恥ずかしくなんかない。だけど御幸はプロ野球選手で、たくさんのファンがいる。実は男と付き合ってましたなんてことが知られたらがっかりする人もいるだろうし、球団の中でもやりにくくなるかもしれない。二人が他の人間に言いふらすとは俺も思ってないけど、俺たちの関係を知る人間は極力少ない方がいいと思う。
「先輩が、気持ちよく野球出来なくなるのは嫌だ」
 零れ落ちた声は、想像以上に萎れている。
 俺の分までプロとして活躍してほしいとかそんな大それたことを考えているわけじゃないけど、俺は野球をする御幸一也に憧れたから、いつまでもふてぶてしく野球選手として輝いていてほしいと思う。
「そんな心配、お前がする必要ないから」
 キリっとした表情を作って言うけど、まだ酔いは冷めてないみたいで、頭がグラグラ揺れている。明日の朝、目が覚めた時に俺とのやりとりを覚えているのかも定かじゃない。
「朝まではここにいてあげます。だから二人でベッドに移動しましょ」
「朝までってなんだよ」
 さっきはてこでも動かなかった腕をぐっと引くと、すんなりと御幸は立ち上がった。
「荷物も彼女の家に置いてるし」
「女と別れるんだ?」
「……まあ、潮時なんじゃないすか」
 今夜は一緒に過ごせないけど、明日のクリスマスは一日中一緒にいようみたいな話しをしながら、夕方俺は由里子と会社の前で別れた。去年のクリスマスは御幸と家で祝ったから、彼女と過ごす最初のクリスマスになるはずだった。
「荷物、どうせ大したもん置いてないんだろ。俺が何でも買ってやるから捨てといてもらえよ」
 何でも買ってやるって簡単に言える経済力には少し参った。由里子に用意したクリスマスプレゼントは彼女の部屋のクローゼットの奥に隠してある。指輪とかネックレスとか、アクセサリーじゃなくて、由里子の好きなブランドのバッグにしておいて良かったなぁとしみじみと思った。
「社員証と一緒に車の免許置いてるから、やっぱり取りに帰らないと」
 ついでにプレゼントを適当に見つかりやすいところに置き直す。別れようって伝える。それだけしたらもう由里子には会社の外では会わない。
「あんまり遅くなるなよ」
 免許も再発行しろよとか、言われるかもしれないと思ったけど意外なくらいにあっさりも御幸は引き下がった。寝室のドアを開けて、俺のことを手招きする。
「俺が、別れたくないって彼女に泣かれて、戻ってこないかもとか思わねぇの?」
 バーで染み付いたタバコの臭いを纏ったまま、二人してベッドの上に転がり込む。久々に体を預けたクイーンサイズのベッドは、少し離れてただけなのに懐かしい匂いがした。
「お前はサイテーな奴だけど、優柔不断じゃないよ」
 俺の頭をクシャクシャと撫でながら、御幸は言った。
「流石に今回ばかりは優柔不断だって言われても仕方ない気が……」
「先に別れるって言ったの俺だし。珍しく拗ねてたよな、お前」
「拗ねてねぇ!」
 頭痛いし、吐き気もするのに、シーツを乱しながらひとしきりじゃれあって、お互いに顔を見合わせる。
「こんな風に簡単に戻ってもいいんでしょーか」
「次からは女抱きたくなっても一夜限りにしろよ。俺の心臓持たないから」
「……そういう言い方すんな」
「ん」
 俺の髪をかき乱していた指を、御幸はすっと引き抜いた。ぼうっとしてたら、今度はぎゅっと鼻をつままれる。
「いひゃ!」
「もう浮気しない?」
「わかりまひぇん」
 つままれたまま返事をすると、御幸は深いため息をついた。雑な仕草で解放された鼻の頭がジンと痛む。
「お前って、少しは俺のこと好きなの?」
 今度はやけに真剣な顔をして尋ねた。
「……う」
 いつか御幸の方からそれを尋ねてくれたら、きちんと自分の気持ちを答えようって、何年も前から思ってたのに、いざ面と向かって言われると、喉がつかえる。たった二文字の言葉なのに、由里子には言ってやれたのに。
「はあ……お前といると、俺って大した男じゃねえのかなって落ち込むわ」
 俺の首元に、縋り付くみたいに顔をこすりつけながら御幸は言った。
 恋人の贔屓目とかじゃなく、御幸は大した男だと思う。どんな服を着て、どんな角度から見てもカッコいいし、料理は上手いし、俺には優しいし、プロ野球選手だ。対する俺には何もない。顔は普通だし、家事は得意じゃないし、素直じゃないし、野球も辞めた。
 俺の足場からだと御幸の立ってる場所は遠すぎる。だから自分も御幸のことが好きだってことを認めるのが怖い。
「お前は多分、浮気しない? って確認されるよりも、もう俺以外とは寝るなって命令される方が響くんだろうな」
 しくじった、と御幸はボヤく。ワックスによってセットされた髪の毛を崩してやるみたいに頭を撫で回すと、熱い呼気が俺の首筋を撫でた。
「……とりあえず、今日は寝ましょ」
「いいよ、もう。女のとこでもどこでも帰れよ」
「拗ねないでつかぁさい。朝になったらちゃんと彼女の家に荷物取りに行って、別れるって伝えるから」
 由里子のことを想うと、胸が塞いだ。惜しいとかじゃなくて、単純に寂しい。御幸と比べてどうだとかは言えないけど、俺はきちんと彼女のことが好きだったと思う。
「車出すよ。下で待ってる」
「そんなにたくさん荷物ねぇけど」
「冷静に一人で家で待ってる自信がない」
 俺の体に回す力を強めて、御幸は言った。
「セックスでもします?」
「なあ沢村、俺真面目な話してんだけど」
「だってこういうときはいつもするでしょ。先輩が拗ねたときとか、俺がジョウチョフアンテーなときとか」
「……いつもしてきたからこそ。今日はシない。今までと同じようにしたら俺たちまた駄目になる」
 毅然とした態度で御幸は言った。いつもならすぐに流されてセックスで有耶無耶になるのに、少しもらしくない。
「じゃーやっぱり寝ましょ」
「俺は自分の部屋で寝る」
「なんもしねーって。つーか蒲団ないでしょ」
 体痛くなりますよーと、俺が言うと、御幸は上目遣いにこちらを見上げる。
「俺が襲わない自信ないから」
「はあ」
 熱のこもった声で言われて、面映ゆさに耳が熱くなる。形だけでも呆れ顔を作って、気の無い返事をしてみたけど、どこまで感情を殺せたかは疑問だ。
「やっぱり俺、お前がいないと駄目だわ。こんなに会わないの久々だったし、さっきの店で顔合わせたときからヤりたかった。早くお前のこと抱き潰したい」
 安っぽい台詞を吐き出して、御幸は半開きになった俺の唇に触れるだけのキスをする。そのままそっと体を離して部屋から出て行った。


「ただいま」
 小声で呼びかけながら部屋に入ると、玄関に出しっ放しで八の字に向いたミュールに足が引っかかった。一畳程の短い廊下とダイニングを区切るドアは閉じられていたが、中には人の気配がある。
 流石に起きてるか。もう十時だしな。
 由里子と顔を合わせる前に、手のひらに握り込んだ合鍵を下駄箱の上の鍵入れに置いた。これを再び取ることはない……つもりだ。
「おかえりなさい」
 ダイニングに足を踏み入れると、流し台のすぐそばに立つ由里子と目が合った。この前ユニクロで買ったスヌーピーのフリースのパジャマを身に纏い、長い黒髪は一つに束ねている。
「昨日はごめん。急に帰れなくなって」
 これから別れ話をしようっていうのに、悠長に謝る俺に、由里子は口角を上げて応じた。
「お昼くらいまで帰らないかと思って、朝ごはん用意してないんです。一人だからスムージー作って飲もうと思って、ほら」
 由里子の差し出したプラスチック製の容器には、冷凍の苺とバナナが入ってた。調理台にはヨーグルトの容器と、牛乳パック。
「先月ブレンダー買って、最近スムージーにハマってるんです。先輩が来るまでは朝とお昼兼用でこれがご飯で」
「体に悪いぞ」
 そんな資格もないのに、咎めるように言った俺に、「大丈夫です」と返して、由里子は容器に牛乳を注ぐ。俯いた横顔、顎から耳下までのラインには殆ど肉がついてない。
 一人暮らしを始めてから、由里子は痩せた。俺が家に来た日には、一汁三菜の几帳面な献立を振舞ってくれるけど、自分のことには無頓着みたいで、一人でいるといつもこんな調子らしい。
 俺も御幸と別れてから少しだけ体重が落ちた。食べるのは好きだけど、一人だとそんなにたくさん食べる気がしない。俺達は似た者同士、と言うと聞こえがいいけど、お互い一人暮らしには向いてないタイプみたいだ。
「あんまり痩せると、親御さん心配する」
「痩せてる女の子は嫌いですか」
「嫌いじゃないですけど」
 挑むように言われて、思わず敬語になってしまう。そのとき頭に浮かんだのは、ベッドの上、アロマランプの明かりで浮かび上がった御幸の体だ。御幸の割れた腹筋とか、かっちりした肩の筋肉のことを考えると、体が熱を持つ。
「好きでもないんですよね。顔に書いてますよ」
「そんなことは……」
 由里子がスプーンですくったヨーグルトを果物と牛乳の入った容器の中に落とすと、ぼちゃんと跳ね返って、ネイビーのフリースに白い斑点が飛んだ。
「わ、最悪……順番逆だ」
 忌々しげに言って、ブレンダーの蓋を締める。
「先輩は、好きなタイプとかないんですか。あるなら言ってください。先輩の言われた通りの女に、私なりますから」
「……今のままでいいよ」
 もう別れるつもりだからとかじゃなくて、もっと前に同じことを聞かれていたとしても、俺は同じことを言ったと思う。こう言う関係になってから、由里子に不満を感じたことは一度となかった。
「そういうのが聞きたいんじゃないんです……好きなグロスの色とか、服装とかないんですか」
「そう言われても……」
 御幸を下に待たせてるから、早く社員証と免許を取って出ないと行けないのに、別れようの一言がなかなか言い出せない。今更嫌われずに別れる方法なんてあるはずもないのに、意味のないやりとりがひたすらに連なっていく。
「じゃあ……先輩の、大好きな彼女さん。どんな服着てる時が一番好きですか」
 そこまで言って、由里子は俯いた。蓋をしたブレンダーの容器をコードを繋いだ本体にセットする。激しい撹拌音が部屋中に鳴り響く。
 御幸は、たまにテレビで見る球団のユニフォーム姿も、ちょっといいレストランとかに行く時のパリッとした服装も、家で寛いでるときの何年も着古したスウェット姿も――全部が悔しくなるくらいにカッコいい。
 撹拌音が止んだ。凍った果物を撹拌し終えた由里子は、あらかじめ用意していたグラスに出来上がったスムージーを注ぐ。たくさん作りすぎたみたいで、グラスの縁までなみなみと注いでも、容器にはまだ液体が残っていた。
「先輩もいりますか」
「……飲む時間ねぇから」
 新しいグラスを取り出そうとする由里子に、静かに言い放つ。
「由里子、もう――」
 もうここには来られないって俺の言葉をかき消すように、キインと、けたたましい音が空気を振動させる。
「いちごの塊が残ってて」
 ブレンダーに残った液体の色味がさっきまでよりも赤みを増している。俺が静かに頷くと、由里子はまた口を開いた。
「私への気持ちって少しでも残ってますか」
「……えっ」
「答えられないですよね。ごめんなさい。もう大丈夫ですから、別れましょ」
「由里子、あの――」
「ごめんとか、絶対言わないでください。私は先輩と一緒にいられて、本当に楽しかったし、幸せでしたから」
「うん」
「じゃあさっさと荷物持って出てってください!」
 おどけた表情を無理に作って言い放ち、由里子はスムージーの入ったグラスに口をつけた。キッチンの流し台に腰を預けて、俺にはもう目を向けない。
 それ以上かける言葉も思いつかなくて、俺は泥棒みたいに自分の荷物をかき集めた。
「あ」
 最後にクローゼットの奥にしまい込んだプレゼントのバッグの存在を思い出して、少しだけ手前に引っ張り出す。さっきのやりとりの後だと、テレビの前とか、机の上みたいなすぐに分かる場所に出しておく勇気は出なかった。
 ダイニングに戻ると、由里子はスマホを耳に当てて、話をしていた。友達と会う約束をしてるみたいだ。玄関に向かっていく俺の姿を認めると、空いた手を小さく掲げる。俺もそれに応えるみたいに頷いた。
 着替えやモバイルバッテリーを詰めたボストンバッグを肩にかけて、エレベーターで一階に降りる。裏口側から出て、御幸がアルファードを停めた来客用の駐車場に足を進める道すがら、四階の角部屋を見上げた。ベランダでハンガーにかかった白いワンピースが風に揺られている。その傍らには、男物のグレーのパーカーが寄り添うようにぶら下がっていた。


「遅い」
 車に乗り込むなり不機嫌な声で言われて、少し面食らう。一年も付き合った彼女との別れ話にしてはかなり手短に収めたつもりだったのに、車内には早くも剣呑な空気が漂っていた。
「ちょっとちょっと……俺だってあんまり時間かけたら戻ってきたときアルファードの中がもぬけの殻とか、アルファード自体消え去ってるとか、アルファードに轢き殺されるとか、色んな可能性を考えて、最速で戻ってきたつもりなんすけど?」
「部屋入って荷物取るだけなら五分もあれば充分だろ」
 五分て、ここから部屋まで行くだけでも三分はかかるし。
「俺、行きずりの女の家に居候してたわけじゃないんですけど……相手、会社の同僚だし。黙って合鍵置いて荷物だけ取ってくるとか無理でしょ」
 これだから社会経験のない筋肉野球バカ眼鏡は……という言葉は飲み込んで、鞄を後部座席にポイっと放る。車が発進してから、助手席のシートをかなり後ろまで下げて、足をくつろげると、「態度悪ぃ」としかめ面で言われた。
 正座でもすりゃあいいのかよ……気分悪い。自分が浮気したのが悪いくせに、せっかく女と別れてきてやったのに、という気持ちが心のどこかにある。
「そういえば今日はバッテリー切れてなかったですね、最近車乗りました?」
「まあちょっとな」
「まさか女の子乗せたとか、あのモデルの」
「あの子さっきの、お前の女のマンションに住んでたぞ」
「えっ、見たことねーけど」
「雑誌に載ってから引っ越したらしい。元々もっと広い部屋借りてやるつもりだったみたいだな」
 そういえば、彼女は同じ球団の先輩の彼女だって言ってたか。あの子とは本当に何もないんだろうけど、実際御幸は、キー局のアナウンサーとか、女優とかと付き合っててもおかしくない人間なんだって思うと胸に靄がかかったみたいになる。
「親父だよ」
「親父さんがなに?」
「車乗せたの、親父。実家帰ってたから、俺の運転する車乗せたことなかったし」
 何故だか耳を赤くして、御幸は言った。アラサー男にとっては父親と二人でドライブした話は少し恥ずかしいらしい。
「どんな話したんすか」
「話なんかしねえよ、男同士で」
「そういう関係の親子っスか」
「そういう関係の親子です。仲悪いわけじゃねぇけど、うちの親父昔から無口だったし」
「うちとは大違いっスね」
 言いながらブルートゥースで自分のスマホを車のオーディオに繋いで、プレイリストを眺める。これのおかげで浮気がバレたことはもうあんまり気にしてない。
「親御さんガッカリするな」
「なにが?」
「彼女連れてくって言ったんだろ」
「あーまあ、でも彼女じゃなくて恋人って言ってあるから、御幸先輩でもいいんじゃねぇですかね」
「俺?」
「正月予定ありやすか」
「ねえけど……お前俺のこと恋人って紹介すんの」
「前はし損ねたんで、今回こそは」
 ツタヤで借りて入れたきり、ほとんど聞いたことのないスピッツのベストを流しながら、テキトーなやりとりを繰り広げる。恋人が男だって言ったら、ガッカリされるだろうなぁ……みたいな不安は、前に比べると薄れていた。
 賃貸物件を契約するためには、保証人が必要だ。若い人間ならその保証人の欄には基本的に親の名前がくるのが一般的だ。それでも実親に保証人になってもらえなかったり、保証人になってくれる知り合いのいないお客さんも、今まで何人も見てきた。それぞれの人に大なり小なりの事情があって生きてるんだと思う。
 うちの親と、じいちゃんは、俺が御幸と、男と付き合ってることを簡単には受け入れられないと思う。子供のときからそういう嗜好だって開示してたならともかく、この歳になっていきなり実は俺の恋人って男なんでーすなんて伝えたら、栄純を東京にやったのは間違いだったって泣かれたり、もう二度と帰ってくるなってブチ切れられたりしても仕方ない。
「俺は別にいいよ。いつまでもただの先輩だって言ってくれたんで」
「でも先輩の親父さんは知ってるでしょ、俺らのこと」
 二人で住んでる部屋の保証人になってくれたのは御幸の親父さんだ。保証人になってくださいお願いしまーすって頼みに行ったときの微妙な雰囲気で、あーこの人察してるな……と思った。
「わざわざ言ってはねぇけど、ただのシェアハウスだとは思ってないだろうな」
「うちの親はストレートに言わないと伝わらないんで」
「まあお前が言いたいならいいけど」
 俺は、この際だからきちっとケジメをつけておこうと思ってるのに、御幸はやけに歯切れが悪い。
「なんなんすか。その微妙な態度は!」
「……いや、なんかお前の親御さんに悪いなって」
「だから何が」
「お前って俺と同じチームで野球したくて東京出てきただろ」
「まあ」
「そんで俺と同じ球団に入りたいからって指名蹴って大学進んで……」
「結局野球辞めましたね」
「その上俺からの告白でゲイカップルになってるとか……なんかもう救えねーよ」
 確かに東京に出てきてからの俺は色々ありすぎた。そのきっかけを一つ一つ作ってきたのは御幸だとも言えるわけだから、負い目を感じてしまうのは仕方ないのかもしれない。
「でもまあ、大丈夫じゃないすか。いきなり殴りかかってきたりはしないと思うんすよ」
「だけど田舎の人だからな……勘当だ! って追い出されるかも」
「先輩、長野馬鹿にしてるでしょ。まっ、考えても仕方ねえし、この話は一旦しゅーりょー、おわり!」
 パンと手を叩いて帰省の話題を打ち切る。
「クリスマスだしどっか行きましょうよ」
「メシ?」
「夕飯は先輩が何か美味いものでも作ってくれたらいいんで、とりあえずこのままドライブとか。前に行けなかったし、海でも見に行きますか?」
「冬だぞ」
「めちゃくちゃ寒いけど、海見ながら歩いたら気持ちいいと思いません?」
 めちゃくちゃ寒い時点で嫌だわ、とボヤきながらも、御幸は信号待ちで葛西臨海公園を目的地に設定する。
「クリスマスだから混んでますかね」
「水族館は人多そうだな」
「道中で帽子でも買いやしょーか」
「お前の?」
「御幸の。有名人だから、変装しないと。クリスマスに男と二人きりでいるのってビミョーじゃね」
「俺は手繋いで歩いてもいいけど」
 本気か冗談か捉えにくい声色で御幸は言う。
「ダメダメ。今時はスポーツ選手もブランディングが大事なんだって言ってたじゃないすか」
「まあ、お前が嫌なら」
 俺だって嫌なわけじゃないって口を開きかけた矢先に、視界の端に首都高の標識を捉えた。ナビの自動音声が、「三百メートル先、右折です」と、声を上げる。一先ず会話を打ち切って、俺はスマホのプレイリストを指で辿った。


 クリスタルビューを抜けると、東京湾は静かに瞬きながら、俺たちを出迎えた。湿り気を帯びた風が、頬をくすぐる。大きく息を吸って、潮の匂いに満ちた空気を肺いっぱいに取り込みながら、隣に目をやると、御幸の方が先にこっちを見ていたらしくて、視線がかち合った。
「う……」
 クリスマス、海べりの公園に男二人、見つめ合っている状況が恥ずかしすぎて、反射的に海面に視線を逸らす。なにお前、照れてんの、という笑みを含んだ声がますます俺の耳を熱くさせた。
「照れてません」
「耳真っ赤」
 固い指先が耳朶を掠めて、「ヒッ」と変な声が漏れ出た。由里子のマンションの下での嫌味な態度はどこへやら、御幸はやけに上機嫌に歩みを進めていて、俺の耳に触れた手が腰の脇でぶらぶら揺れている。
 あの手を掴んで歩いてみたい。そんなこと思ったのは初めてだった。
「あっち行ったらディズニーあるらしいから見に行ってみるか」
 普通のカップルだったら手を繋いで歩けるのに、とかつまんないことを考えていたら、半歩先を歩いていた御幸が口を開いた。
「そんなの見に行ったらデートみたいじゃないすか」
「デートのつもりだったんだけど、違うの?」
「へっ、へえぇぇ……デートなんすか、これ」
 何故だか声が裏返る。
「さっきからお前なんか変だぞ」
 呆れ顔の御幸の言う通り、今日の俺はちょっと変だ。らしくないというか、なんというか……たぶん御幸にフラれて、家を空けられたことがかなり堪えてる。離れてた反動で、普段の何倍も御幸の一挙一動がやけにカッコよく見えたり、二人で普通に過ごしてることが気恥ずかしく感じられたりして、いつもの調子が出ない。
「自惚れてたんでしょうね」
 御幸の指した方角に向かって足を進めながら、俺はぽつりぽつりと語り始める。
「まさか自分がフラれる立場になるとは夢にも思ってなかったし、別れることになってからも一週間もしない内にそっちから謝ってくると思ってたんで、マンションから出て行かれたときはかなりキました」
「寂しかった?」
「まあ程々に」
 可愛くねーと、御幸は笑う。ここまで曝け出しても強がりを言える自分に感心する。本当は、寂しかった。御幸に対する色々な想いを自覚させられた。
「でも俺はお前に彼女か俺か選べって言ったんだからな」
「いーや、そんな言い方じゃなかった! やけにカッコつけて、俺と別れたらいいって言った!」
 あのときは驚きとショックで一瞬感情が消え失せた。
「そのあと別れたくないって言っただろ! だけどお前は俺よりもあの子と一緒にいた方が気が楽なんだろうなって思ったから、あっちと付き合うなら俺とはちゃんも別れろよって言ったの」
「それそれ! 俺がアンタと一緒にいたらしんどいなんていつ言ったんだよ! そりゃあ野球辞めるって決めたときはかなりキツかったけど、アンタが俺を腫れ物扱いしなきゃもっと早く立ち直ってましたからね!」
「それはごめん……」
 素直に謝られると、腹を立てていた気持ちが少し萎んで、自分達の周りには沢山のカップルとか親子連れで溢れてることに思い当たった。誰が聞いても明らかな痴話喧嘩を他人に聞かれてしまったと思うと、ぞっとしない。
「まあ俺が、先輩に気を遣わせるようなことになったから、悪いんですけどね」
 すんません、急に小声になってボソボソ謝ると、御幸もまた「いや俺が……」って手を合わせる。
 俺がまた口を開こうとしたとき、冷たい海風が、向かい合って立つ俺たちの体を射抜いた。御幸の黒いチェスターコートが強風に煽られてバタバタと音を立てる。海べりでで小さな男の子が投げたフリスビーが風に攫われて、付近を歩いていた若いカップルの男の頭にぶつかった。
「キャッチボールしません」
 さっきまで言おうとしていたのとは違う言葉が口をついて出た。
「めちゃくちゃ風強いけど」
「だから、寒くてディズニー見に行くほどは歩けそうにないんで、なんか投げたいなって」
「さすがにプライベートではボールなんて持ち歩いてねーよ」
 御幸はもしかすると、今の俺のボールを受け止めるのが怖いのかもしれない。
「持ってきてます」
 鞄の中を漁って、「はい」と硬式ボールを差し出す。ついでにグローブと、御幸の部屋から拝借したミット。朝目が覚めたときから、由里子と上手く別れられたら、御幸に球を受けてもらおうと決めていた。俺なりの禊みたいなものだ。
「普段持たない鞄持ってるから何入ってんのかと思ってたんだよな」
 御幸が高校を卒業してからは一度も、俺の球を受けてもらう機会はなかった。
「辞めてからも投げてた?」
「一度も」
 首を横に振ると、「マスクも持ってきてほしかったな」と、御幸は苦笑した。


「ナチュラルムービングここに帰還って感じだったな」
 夕食後、俺の洗った皿の一つ一つを吹き上げながら、御幸はからかうような口調で言った。
「ノーコンですみませんねー」
 六年ぶりの投球は当たり前のように大暴投。俺が力一杯に放ったボールは、御幸の顔面目掛けて独特の軌道を描いて飛んで行った……むしろスッポ抜けて行ったって言う方が正しいような感じだった。それでも流石にプロの豪速球を常日頃から受け留めてるだけあって、御幸は危なげなくそれを受け止めてくれたけど、あれ以上続けてたらきっと通行人に怪我をさせていたと思う。
「力が入りすぎてたんだよ。顔見るだけで力んでるの分かったぜ」
「そうか……だからあんなに」
 久しぶり過ぎてそんなことも忘れてた。だけどそんな自分に失望するでもなく、ずっと投げてなかったんだから仕方ないよな――と自然に思える。
 自分がボールを投げることに対してもう殆ど固執してないことが分かったのは大収穫だ。
「でもあの軌道、関節の柔らかさは衰えてないみたいだな」
 洗い上げを終えて、湿り気を含んだタオルで手を拭く俺の肩に御幸が触れた。ゆっくりと揉みあげられて、その心地よさに目を細める。
「上手いぞ、褒美を与える」
「ありがたき幸せ……で、なにくれんの」
「食後のえっち、とか――あっ」
 肩を揉んでくれていた御幸の手が、胸元に降りてくる。胸の飾りを指先でシコられて、小さく声が漏れた。
「昨日みたいに出来ねぇから」
 耳元で鼓膜を震わせる御幸の声は、さっきまでとは打って変わって、低く、熱がこもっている。俺の体を後ろから抱きすくめる御幸の中心がすでに熱を持ち始めているのに気がついて、俺の血流も激しく巡り始めた。
「御幸、俺……」
「なんだよ、今更やめろって言われても無理だからな」
 言いながらも、俺の先端を弄っていた御幸の固い指先は、今度は焦らすみたいに周りの円周とか、先の先をなぞるように通り過ぎていく。女の子のそれほどじゃなくても、ある程度開発された俺のそこは、一つの性感帯として充分に機能していた。
 もっとちゃんと触って欲しい。俺は、もどかしさに腰をくねらせた。
「御幸の……声、好き」
 乾ききった喉の奥から俺が絞り出した言葉を聞いた御幸は、一瞬指の動きを止めて、空いた腕で俺の体を抱く力を強めた。息が止まりそうになりながらも、俺は更に言葉を紡ぐ。
「せんぱいの、声聞くと、ちんこ欲しくて……死にそうになる」
「いつから?」
「っ……あ、ぅ……」
 乳首への愛撫を再開されて高い声が漏れ出す。頭の奥がじんじんして、顔をうつむけると、御幸が調理中に使ったバットに弛緩しきった俺の顔が映り込んでいた。
「は、じめてちゅーしたときから、好き……アッ、耳犯されるみたいでっ……あん、あっ」
「……やばい、今日のお前珍しく可愛い」
 熱に浮かされたように言って、御幸は俺の手首を掴んだ。てっきり寝室に引っ張っていかれるものだと思ってたのに、テレビの前のソファに座らされる。
「舐めていい?」
「どこを? っ、あ――」
 俺の膝を押し分けて正面に座り込んだ御幸は、シャツの裾をはぐってさっきまでの愛撫で色の濃くなった俺の胸の先端に舌を這わせた。チュプチュプという水音に合わせて、突起が御幸の舌によっていたぶられる。背中から下腹部に向かってモヤモヤした何かが流れていく。気持ちが悪い。
「はぁん……あっ、あー……せんぱ、だめ」
「ダメじゃないだろ、お前の乳首カチカチになってるぜ」
「アッ……ああっ……!」
 小馬鹿にしたみたいに言って、御幸がぢゅう――と、そこに吸い付くと、さっきまでのモヤモヤが激しい刺激に変わって、腹筋が引き攣れた。
「もう乳首、やめてつかぁさい……あっ――ちんこ、舐めて欲しいっ……っう」
 ジーンズの下でパンパンに膨らんだ自分のモノが苦しくて、俺は必死に懇願した。御幸は俺のそこに手のひらを押し当てると、「ふ」と鼻で笑う。
「乳首舐められただけでこんなになってんの」
「っ……! アンタの声と、手と、舌が良すぎるせいだろ! 俺のガチガチちんぽ、気持ちよくしてつかぁさい……」
 虚勢を張る余裕もないくらいに、俺の頭の中は快楽で滲んでいた。御幸は、面食らったような顔をして俺のアレを取り出す。先走りで濡れた先端を指で撫でくりまわしてから、口に含んだ。
「あ、やばい……気持ちよすぎ……っ」
 俺だってそんなにたくさんの人とシたことがあるわけでもないけど、御幸は口で咥えるのが人一倍上手いと思う。もっとも他は女の子としかしたことがないから、男のイイとこを知ってる御幸のが一番良く思えるだけかもしれないけど。
 苦しくなんないのかなってくらい喉奥まで咥えられて、その時点で頭おかしくなりそうなのに、精液を絞り出そうとするみたいにきゅーって唇を引かれる。そのときに、カリの部分が唇に引っかかるのがめちゃくちゃ気持ちいい。
「顔、とろけてる」
 ちゅぽんと、一旦ちんこから口を話した御幸が笑いながら俺を見上げる。その間もヌルヌルの竿を手でシゴかれてるから、俺は休まる暇がない。グリグリとちょっと手荒に勃起したのを触られると、目の端から涙が滲み出てきた。
「らって……ヨすぎ、ァッ……せんぱ、イッ……うますぎるからぁ」
「ズボンとパンツ下まで降ろして」
 言われるがままに両者を脱ぎ捨てると、「足開けよ」って冷たく命じられる。
 あーあ、サドモード入ってる。今日は、ノーマルなセックスしようと思ったのに。
 言われるがままに手のひらで内腿を掴んで足を開ける。睾丸とか、尻の穴までもが御幸の眼前に晒されて、流石に恥ずかしい。
「そのまま動くなよ」
「はい……ぁ」
 返事をするが早いか、御幸は俺のちんこの先端を咥え込んだ。尿道口とカリをジュルジュルと吸い上げながら、左手でさっきと同じように竿をシゴき上げる。それだけでもすぐに出そうなくらいにイイのに、御幸は更に空いた右手の人差し指を俺の尻の穴に挿入した。
「くっ……うっ、そんな、全部は……やば、って」
 御幸の唾液と、俺のカウパーが潤滑液になって、長い指は俺のナカにすんなりと入り込んでいく。ひと月くらい使ってないから、多少の異物感はあるけど、俺のアナルはお客さんが来たのを喜ぶみたいにきゅうきゅう御幸の指を締め付ける。
「きつ……ちょっとくらい緩めろよ」
「そんな、無茶な……あん、あっ……」
 ナカを少しでも緩めたいのか、御幸はまた俺のちんこの先端を口に含む。今度はたくさん唾液を出してヌルヌルの舌で柔らかく舐め回す。あまりの快感に苦しんだ俺が腰を引こうとすると、竿をシゴいてた手が腸骨を押さえつけた。
「う……う、ゥッ……は、アッ!」
 強い快楽によって俺のにも少しはゆとりが出来たみたいで、ナカに忍んでいた御幸の指が、動きを増す。一番気持ちのいいところを指先が掠めて、頭の中で星が飛んだ。
「先輩……ちゅーして、えっ」
 頭を振りながら懇願すると、咥えこんでた俺のちんこを解放して、御幸はソファにのしかかってきた。
「おら、舌出せよ」
 言われるがままに舌を前に出すと、御幸の舌が嬲るようにそれに絡みついてくる。初めてキスをしたときは、こんなにやらしいキスが世の中にあるなんて想像もつかなかった。
 しばらく舌を絡め合わせると、御幸の舌が俺の口腔内に入り込んできて、今度は頬の内側とか、歯茎を蹂躙される。
「御幸の、キス……好き」
 長い口づけを終えて、焦点の定まらない目で言う俺から、御幸は目を逸らした。アナルへの指の挿入が再開されたと思ったら、指の本数が二本に増えていて、俺は嬌声を上げた。
「沢村、お前エロすぎ……他の奴と先にこういうことしてたら、そっち好きになってたんじゃね?」
 二本の指で俺のナカを押し広げるようにしながら、御幸は言った。ポーカーフェイスを気取ろうとしすぎて、眉間に皺が刻まれてしまっている。
「……それはねーですから」
 御幸以外の男とするなんて考えただけでゾッとする。
「クリス先輩でも……?」
「へ?」
 前に俺が言ったこと、まだ気にしてたのか……冗談に決まってるのに。
 当たり前だって言いかけたところで、グリグリとしこりを刺激されて、「んー……っ!」って、声にならない声が漏れ出る。
「クリス先輩の方がデカイって言ってたし」
 め、めちゃくちゃ気にしてる! 確かに風呂とかで見た感じクリス先輩のはかなりデカかったけど……アナルを使う以上、デカすぎるのは痛そうだから必ずしもいいとは言えない。それに御幸のは充分に大きい……と、思う。自分の以外に他人の勃起ちんこ見ることなんてほとんどないから分からないけど。
「俺、先輩のちんこも好きですから!」
「……あっそ」
 叫ぶように放った言葉は的外れだったのか、御幸はそっけない返事をして、俺のアナルへの愛撫を続ける。時たまナカに入ってない親指の腹で睾丸の裏側の薄い皮膚を撫でられるのがこそばゆい。
「お前ってカラダのことばっかりだよな」
「そんなことは……」
 あるよな……。御幸は欲しいんだ。俺からの言葉が。
 俺達二人の関係は、常に御幸主体で進んできた。告白も、キスも、セックスも、同棲も……御幸が先に話を持ち出して、俺はそれに乗っかっただけ。
 きちんと気持ちを伝えないと、このままじゃ俺達はまた駄目になる。俺の心を暴けるのは俺だけなんだから。言わなくても伝わってるだろうなんて考えたらいけないんだ。
「御幸先輩」
 腰を持ち上げて、体の中に入った御幸の指を追い出す。あのままじゃ、とてもマトモに言えそうにないから。
「なんだよ」
 不機嫌な声、不機嫌な顔つき。形のいい先輩の眉が歪むのを見るのが、俺は大好きだ。
「……すき」
「は?」
「だから、すきだって……カラダも声もキスもちんこも好きだけど、御幸一也って人間が何よりも……好き」
 御幸は、言葉を失ったまま俺を見つめている。
「俺は、捕手のアンタに憧れてました。アンタがいなかったら東京出てくることもなかったし、あんなに野球に、投げることにのめり込むこともなかったと思う。
だけど心のどこかで、御幸には叶わないなって気持ちがあって、だからアンタが俺に好きだって言ってくれたとき……本当はすごく嬉しかったのかもしれない。少しでも近づけた気がしちゃったんですよね。そういう風に始めちゃったんで、自分が野球を辞めたとき、御幸への気持ちの置き所が分かんなくなりかけてました。野球をしてる限り先輩は俺の一番の憧れの人でしたけど、ただの恋人になれるかは心配でした」
 御幸は何も言わず、俺の言葉を聞いてくれている。瞬きを一回、二回と繰り返す目尻が普段よりも赤らんで見えた。
「御幸先輩は優しくて、俺のワガママなんでも聞いてくれて、俺はすげー幸せでした。だけど二人の暮らしが惰性で続いてるみたいに思えることもあって、野球辞めた俺を先輩はどう思ってんのかなとか考えたりして、苦しんだこともあります。
先輩はたぶん、投手としての俺のことを面白い奴だって好いてくれてましたね。だけどそれ以上に俺って人間を、こんなにしょーもない俺のことを愛してくれてたんですよね」
「……そうだよ」
「都合良すぎるかもしれねーけど、俺はこの前先輩がうちから出てったときすごく辛くて、やっぱり俺には御幸先輩が必要なんだなって自覚しました。それでも先輩は完璧過ぎるから、俺からのヨリ戻してって言ったり、好きだって言ったりしたら対等でいられなくなる気がして怖かった。馬鹿みたいですけど。
だけどもうあんな風になるのは嫌だし、二度と離れたくないから改めて伝えますね。俺は先輩のことが大好きです。愛してます。アンタのことなんて野球してなかったら絶対好きになってないけど、野球が出来なくなった今でも……愛してます」
 言い終えてから、とんでもなく恥ずかしいことを台詞を吐き出したことに気がついて頭を抱えたくなった。話の途中から俯いていた御幸が、ゆっくりと顔を上げて、口を開く。
「おせぇよ、ばかむら」
 すみませんと言いかけた唇を再び塞がれる。今度は触れるだけのキスだ。紅潮した俺の頬に、押し付けられた御幸の頬骨が少しだけ濡れていた。
「……もう、無理だわ」
 ガチャガチャと音を立ててスラックスのベルトを引き抜いた御幸は、トランクスごとそれを一気に引き下ろして、勃ち上がったモノをさらけ出した。熱い塊が、さっきまで慣らされていた俺のアナに押し入ってくる。
「好きだ」
 すきだすきだ、何度も繰り返しながら御幸は俺のナカの壁を擦り上げる。ばちゅんばちゅんと、ソファの上でのしかかられた状態で、肉を叩きつけられるみたいに犯されて、体の奥に電気が走ったみたいな快感が生まれた。
……! ぁ、アッ……」
「さわむらのナカ、きもち……くっ」
 どこよりも過敏な中身を嵩張ったカリで抉られて、頭の中が真っ白になっていく。気持ちいい、きもちいい、キモチイイ……他のことなんてどうでもいい。
 肉と肉がぶつかり合う度に、冬だっていうのに吹き出た汗がソファのレザーを濡らす。俺のカラダを串刺しにする御幸のの質量がさっきよりもぐっと大きくなった気がした。
 快感を受け流そうとしてるのか、御幸の表情は険しい。浅い呼吸を繰り返しながら、俺の上で腰を振っている。
「は、はっ……」
「何笑ってんだよ」
「御幸の顔……好き、カッコ良すぎ……っ、あ」
 抜き差しが激しくなる。バチンバチン――と、激しい音が部屋に響く度に、俺の腹筋はビクビク震える。この前まで普通に女の子を抱いてたのに、男としてのプライドなんてカケラもない。
「アナの、奥……っ、おかし、て」
 足を開きっぱなしの俺の体を折り曲げるようにして、御幸はちんこを奥にぐーっと差し込んだ。窮屈な体勢のせいで、体がびくびくして、痺れ始める。体は柔らかい方なんだけど、ここまで足を開くと流石に痛くて、なのにその痛みがビリビリに変わって、ちんこの奥の奥の方が気持ちいい。
「……っ、お前顔やばい」
「らって……ナカ、ぴりぴりする……ぁっ、あ」
 ちんこの先端がだらしなく緩んで、我慢汁とも精液ともつかないものがダラダラと流れ出て、御幸の腹を汚した。御幸が、俺のナカをぐりぐりイジメる度に裏筋とか、カリが擦れて、射精感がこみ上げてくる。
「お前のヨダレ垂れまくってるぞ」
「……あっ、もう、イク……イッていい? いーですか、あっ」
 腰がガクガク震え始める。イケよ、と言って御幸は俺のナカを更に刺激する。その瞬間、頭の中が弾けたみたいになって、俺は射精した。
「ハァ……ハァ……」
「勝手にへばんなよ」
 射精を終えて荒い息を吐く俺には御構い無しで、御幸は激しい律動を再開する。甘いなんて、生ぬるい言葉では表現出来ないような激しい痺れが快感に転じて俺の体の芯を貫いた。ちんこは精を吐き出したばかりなのに、射精感とは違った快感が俺を襲う。
「みゆき、せんぱ……すき、だいすき……」
 俺の言葉を受けて、御幸の固いのがますます大きく膨らんだ。
「もうお前、黙れ……」
 泣きそうな顔をしながら、御幸は俺の口を塞いだ。これ以上入れるはずないのに、奥へ奥へと体を進めようとしてくる。
「んっ、んっ……んぐ」
「っ……」
 息が詰まったみたいな声が聞こえて、あ、もうイクんだな……って思った。ばちゅんばちゅんて激しい音を立てながら、御幸は俺の体をきつく抱きしめる。今日一番のピストンで突かれて、体の奥から溶け出しそうになった。
「は、あ……っ!」
 俺の肉の奥に、御幸の熱いのがドピュんて放たれる。残った精液を全部絞り出すみたいに何度か動いて、御幸は動きを止めた。

十一
 深く息を吸うと、シャンプーの爽やかな匂いが鼻腔をくすぐった。
 枕を並べて隣の御幸は、既に眠りに誘われている。そのがっしりとした体にまとわりついて、首筋の匂いを嗅ぐと、俺と同じボディソープを使ってるのにちょっと男っぽい匂いがした。
 顔を上げて唇の前で待ち構えてると、間違いなく眠ってるはずなのに唇が近づいてくる。ちゅ、とリップ音を立てて触れるだけのキスをして、御幸の胸に耳を押し当てる。分厚い胸筋の奥の心臓の音を聞く。深く寝入った御幸の、肩の筋肉を撫で回す。
 俺は、ずっと前から御幸の体に折り重なるみたいにして、過ごすこの時間が好きだ。だから二人で暮らし始めてからは夜更かしが癖になった。御幸はたぶんそのことを、知らない。
「ん……おやすみ」
 大好きな人の匂いで鼻腔を満たしながら、目を閉じる。規則正しい寝息を聞いていると、心が落ち着いて、俺はゆっくりと眠りの世界に落ちていった。

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