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 まだ眠たいのだと、グズる息子を、抱き起こした拍子に、デスクワークで疲労した肩がミシリと軋んだ。運動不足かもしれないな、と眉間に皺を寄せてから、子供が成長したからだと思い込むことにする。事実、若が起こしてやるようになってから、息子は随分と大きくなった。
 寝ぼけ眼の息子に、洋服を着せてやってから、椅子に座らせ、バナナとトーストの載った皿を机に置く。子供がそれを食べている間に、出勤の準備を整えていると、すぐに家を出る時間になってしまった。
 バナナを半分食べ残した息子の手に、野菜ジュースのパックを握らせながら、あと三十分早く起こしてやればよかったと後悔する。そのためにも今日こそは息子に早寝をさせるのだと決意をしながら玄関の鍵を開く。
 ドアを開いて外に出た瞬間、吐き出した呼気が色づく。息が白い、と呟く息子の手を引きながら、今日も寒いな     と、歩き始める。
 息子の通う保育園は、家から徒歩十分の場所に建っている。若の幼い一人息子は、半年ほど前からここに預けられていた。まだ園に馴染めていないのか、家から園までの道のりを歩いている間、息子は口数が少なくなる。それが不憫で、若は毎朝勤めに出るのがほんの少し憂鬱になるのだ。
 今日は早く迎えに来るからな、そう言って、息子に背中を向ける。その場から離れるために一歩踏み出した拍子に、スーツの裾を小さな手に掴まれた。振り返ってみると、不安げな顔をした息子がこちらを見上げている。
「おいてくの?」
 そう尋ねた息子が、何を不安がっているのか、若は知っていた。だからその不安を少しでも取り除くために、その場で膝を曲げて、息子の頭を撫でてやる。大丈夫だ、絶対に大丈夫だから、と言ってやると、息子はいくらか安心した様で、笑顔を見せてくれた。それだけのことで涙が出そうになる自分が情けなくて、小さな手を必死に振る息子に、後ろ髪を引かれながらも、逃げるように園を出た。
 そうして駅までの道を小走りに進む自分が、あとほんの数日で三十路男になることを思い出した若は、白い息を吐きながら、どうしてこんなことになってしまったんだろう     と、一人ごちた。


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