甚平※

だらしなく緩められた甚平の胸元から白い肌が露出していた。
腕なんかよりずっと白い、生まれたままの仁王の肌の色だ。
肌のキメは細かくて、触れるとすべすべしている。
それでもこいつが男だってことには変わりない。
甚平の布を押し上げる胸の膨らみは存在しないし、俺を呼ぶ声は低かった。

「仁王」
「なんじゃ?」
「なにもねえよ」
「用がないんじゃったら呼ぶな、暑い」

今日の仁王はいやに刺々しい。
そういえば学校にいるときから暑い暑いと眉間に皺を寄せて繰り返していた。
だからといって自分から家に招き入れておいてこの態度はねえだろぃ、思ったままに口に出せば、

「せっかく家に招き入れてやったのになんの暇潰しにもならんお前さんが悪い」

なんて言われる始末。
気だるげな所作で胸元の布地をはためかせる仁王の腕には汗が滲んでいた。

「暇か」
「ああ、退屈じゃし暑いし最悪じゃ」

それならクーラーをつければいいと思うのだが、生憎仁王の部屋はクーラーが壊れてしまっているらしく、窓は開かれているが部屋の温度は一向に下がる気配がない。

「じゃあセックスでもするか」
「冗談じゃろ、この暑いのに。
大体窓開けたままそんなんしとったらご近所さんに何言われるか分からん」

馬鹿にしきったような視線を向けられて、更に苛立った俺は開ききっていた部屋の窓を勢いよく閉める。
なにさらしとんじゃ、なんて仁王の声は無視して甚平の紐を解く。

「あ……つ」

乱雑に触れた仁王の腹は意外にもひんやりしていて心地いい。
逆に俺の手の平はかなり熱いらしくて仁王は眉間に深々と皺を寄せていた。
それでも抵抗する様子はなかったから仁王の方もヤる気はあるんだと判断する。
汗の滲んだ首筋に舌を這わせれば、仁王が切羽詰まった声を出した。

「っ、シャワー浴びとらんから、きたない」
「女みたいなこと言うんじゃねえよ、どうせヤったら汗だくだろぃ」
「お前さんは大雑把過ぎじゃ!」
「男らしいって言ってくれぃ」
「アホ……ほ、ん……いかん。
あつ……窓、まど!」
「開けていいのかよ」

声丸聞こえだぜ?
仁王の顎がこくこく揺れる。
擦れ声で、「声出さんから、ええ」と。
そのまま唇に手の甲を押しあてた仁王を横目に、立ち上がった俺は閉めたばかりの窓をもう一度開く。

「走れー!」
「どこにー!?」
「あっちだよ!!」

瞬間、耳に入ってきたのは甲高い子供の声、窓から上半身を乗り出して向かいの道路を覗き込めばランドセルを背負った二人の子供が走り去っていった。

「この暑いのに……ガキは元気だな」

赤也もそう変わんねえか。
部活が終わって早々テニスクラブに行くと言って校門を走り抜けて行った天パ頭のことを思い出しながら呟く。
そうじゃのう、適当な相槌を打った仁王が衣擦れの音を立てた。
振り返って見れば先ほど俺の解いた甚平の紐を結び直している。
その様子を黙って眺める俺と目が合うと、気だるげに唇を動かす。

「萎えた」
「俺は萎えてねえけど」
「そんなん知らん」
「お前って本当に気分屋だよな……基本ノリわりぃし」
「ノリが悪かったら、」

男とセックスなんて出来ん。
唇は殆ど動かさずに仁王がそんなことを言った。

「丸井の精子が俺の口とかナカで無駄死にしよんじゃ」
「お前の精子も無駄死にしかしてねえだろぃ」
「やるせないのう、無駄死にせんかったら七年後にはランドセルだってしょっとるかもしれんのに」
「無駄死にするしかねえだろぃ。
男同士じゃな」

淡々と進んでいく俺と仁王の会話、普段通りだ……中身なんて少しもない。
仁王が少しネガティブなことを言って、俺はそれに適当に返す。

「子供が欲しい」
「それ、」

言うと思った。

「嘘だろ。
場の空気に流されて適当言うなよ」
「たしかに嘘じゃ。
そんでも、頭ん中もうろうとするぐらい暑うて、そんな状況なのに恋人はセックスのことしか考えとらんで、外では子供がはしゃいどんのに、自分は種の無駄打ちばっかしよるーって思ったら、そういうしょうもない嘘もつきとうなる」

淡々と語る仁王の表情が普段より心なしか暗いように思えた。
はっ、と笑うとその色味のなかった表情が暗いものから苛立ったようなものへと変わる。

「何がおかしいんじゃ」
「お前が暑さに負けて柄にもねえようなこと言うのがおかしいんだよ」
「暑さに、」
「完敗だろぃ」
「……例年通りぜよ」

ニッと笑えば、仁王の下降していた機嫌も少しは上昇してきたらしく、うっすらと微笑み返された。

「なあ仁王」
「ん?」
「お前さ、」

もしかして俺が子供好きなの気にしてんのか?
そんな問いが口をついて出そうになるのを堪えた。

「子育てとか向いてねえだろ」
「唐突じゃな」
「俺もちっせえ弟の面倒ばっか見てたら大人になってまでガキの世話してえとは思えねえし」

全くの本音とは言い難い言葉だった。
俺はやっぱり頼りないものの世話をするのが好きだ

「……丸井」
「お前、泣きそうな顔してるぜ?
なんか、仁王が落ち込んでると気持ち悪ぃな」

それでも頼りないものなんて仁王だけで手一杯だとも思える。

「ほんに……いらんこと言いじゃな」
「深刻な雰囲気にするよかいいだろぃ」
「それもそうかの……なあ、ブンちゃん」
「なんだよ、まーくん」

茶化すような調子で俺を呼んだ仁王は、それなのにこちらと目を合わせようとはしない。
渇いた唇がこんな言葉を紡いだ。

「暇潰しにセックスでもせんか」

甚平の紐は自分から緩めていた。

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