つよがり


同じクラスで、同じ部活に所属していて、お互い数少ないレギュラー部員……そんな二人の人間がいたとして、それでも親しいとは限らないのが普通だろうと丸井は思う。
もちろん仁王の話だ。
丸井は仁王とあまり親しくない。
嫌っているわけでもないが、だからといって積極的に会話を交わすようなこともなかった。
仁王雅治という男が何を考え生きているのか、全く想像出来ない。
いや、想像したこともない。
親しくしたいなんて思ったこともなかった、仁王と丸井はどう考えたって相性が悪いのだから。



*****


夏が来た、来てしまったぞ、ああ夏だ。
五七五のルールしか適用されていないしょうもない俳句を呟く丸井は窓際に一人佇んでいた
クーラーの切られた昼休みの教室の暑さは尋常ではなく、少しでも暑さを紛らわすためにはそうするより他なかったのだ。
本当は学食にでも行って涼みたかったが今日は学食で大学の行事が行われているらしく、たくさんの中高生が学食のある棟の前でたむろしているのが見えたのでそれは叶わなかった。
タイミングわりぃだろぃ、心の中で呟いて空の弁当箱ののせられた自分の机を眺めていると、何者かの手によってその弁当箱が持ち上げられる。

「は?」

視線を上げればクラスメイトのバスケ部男子と目が合った。
丸井の弁当箱を机の横にかけたその男子は、

「丸井の机で腕相撲してえんだけど、いいか?」

などと尋ねてくる。
気だるい丸井は、

「いいぜ」

了承の言葉を返しながらも、
この暑いのに腕相撲ってなんだよ、
頭まで筋肉で出来てんのかよ、
つーか俺の机以外でも出来るだろぃ、
内心では不満を感じていた。

「丸井もやるか?」

なんて誘われてももちろん首を横に振る。
昼休みに汗だくになりながら腕相撲で暇潰しなんて、どう考えても柄じゃない。

「そうか……じゃあ仁王、どうだ?」
「……冗談だろぃ」

そこで仁王を誘うのは流石にないだろ、つーか俺より柄じゃねえだろぃ。
バスケ部男子のまさかのセレクトに喫驚する丸井は、自分の席に座って携帯をいじっていた仁王に視線を向ける。
絶対に断るだろうと思っていた、口を開きもせずに小さく首を横に振って、するわけないじゃろ、そんな気持ちを表すのだろうと。
それなのに、

「ええけど」

仁王は首を縦に振って、さらにはそんなことまで言った。

「マジかよ」

お前、暑さでおかしくなってんじゃねえの?
それくらいのことは言ってやりたくて、しかし口は開かなかった。
柳生に“お前の相方が腕相撲なんかしてるぜ”と、画像付きでメールしてやろうかと思ったが、それもやめた。
丸井は黙ったままでこれから二人が腕相撲を行う自分の机を眺める。
というよりは相変わらず何を考えているのか判断しづらい表情をした仁王の横顔を見つめていた。
しばらくして審判役の男子ががっちりと組まれた二人の右手にのせていた手をぱっと離す。
試合が始まった、始まったのだが両者の腕はその場に静止して微動だにしない。
どうやら二人の力は均衡しているようだ。
仁王を腕相撲に誘ったその男子の腕は、お前本当に室内で部活してんの? と、尋ねたくなる程に日に焼けており、一方の仁王の腕は、彼が練習を頻繁にサボっているということがよくうかがえる位に白い。
更に言えば太さもその男子の三分の二程度しかなかった。
見かけだけなら仁王に勝機はないというのに、試合開始から三十秒程度経っても二人の腕は動かないまま、しかも相手の男子が額に汗を浮かべているのに対し、仁王はどこまでも涼しげな表情を浮かべている。
丸井はそこでようやく仁王が意図的に力を抜いているということに気付いた。

「仁王、」

呟くように呼び掛ければ、それでも腕は静止させたまま、仁王がこちらに顔を向ける。
全力でいけよ、そう言おうとして再度口を開きかけたのに、

「ブン太ー」

廊下から窓を開けて顔を出したジャッカルに呼ばれてしまったのでそれは叶わない。
腕相撲の結果が気にならなかったわけでもないが、これ以上仁王に関わっても仕方あるまいと考えた丸井はジャッカルの元へ向かった。


*****


放課後の人の少なくなった廊下にテンポの早い足音が響く。
音の主は部室までたどり着いたところで教室にジャージを忘れたことに気が付いた少し間抜けな丸井だ。
早くジャージを持って部室に戻らなければ部活に遅刻してしまうので焦っている。
勢いよく教室のドアを開けば、冷たい空気が肌に触れた。
放課後だというのに冷房がガンガンに入った教室は無人……かのように一瞬は思えたが銀色の頭をした男が机に顔を伏せて寝息をたてていることに程なくして気が付く。
丸井は自分のジャージを小脇に抱えてから一つため息をつき、仁王の肩に手を触れた。

「起きろーい」

いつもなら間違いなく放っておくところだ、しかしそれをしなかった理由もよくは分からない。
ただ、今日は仁王と少しくらい関わってもいいだろうと思えた。

「ん……」

瞳をうっすらと開いた仁王は、丸井を視認すると頭をゆっくりと上げ、

「腕相撲、せん?」
「は?」

丸井は、仁王は寝呆けているのだろうと、そう思った。
それでも仁王の切れ長の瞳に見つめられると黙ってその場を離れるようなこともし難くなってしまったので、仕方なく仁王の前の席の椅子を翻してそこに座る。

「開始の合図はお前が言えよ」
「ん、分かった」

力の抜け切った返事だ、やはり仁王は寝呆けているのかもしれない。
組まれた手についた五本の指が意外にかたかったのに驚いて、しかし痩せているから当然なのかもしれないとも思う。

「レディー、ファイト」

呟かれた瞬間に腕の筋肉に力を込める。
相手からも同程度の力が返ってくると思っていた。
それなのに、

「っ……いた」

少しも力のこもっていなかった仁王の腕はばたんっという音を立てて机に叩きつけられる。
思いもよらぬ結果に驚いた丸井が口をぽかんと開けていると、

「かなり眠いんじゃけど……」

仁王はそんなことを呟いて、腕相撲のこと以上に思いもよらぬ行動に出る。

「ん、」

先ほど自分の腕を叩きつけた丸井の右手、親指の付け根あたりに、仁王は噛み付いた。
痛みなんて感じないくらいに柔らかく噛み付かれて、丸井はどんな反応をすればよいのか分からず何も言えない。
歯形がつくくらいに強く噛み付かれれば「痛い」と言って振り払うことも出来るのに。

「なあ、仁王……」
「なん?」

一旦口を離されて、その隙に手を引こうと思ったのに先ほどは少しも力の入っていなかった白い手に手首を握られていて、1pたりとも動けない。
そして今度は人差し指が口に含まれる。
今度は歯を立てられはしなかった。
舌でなぶられて、そのたびに静まり返った教室に水音が響く。
ときたま覗く赤い舌にくらくらした。

「なん、じゃなくて……お前どうしてこんなことすんだよ?」
「嫌なんか」
「嫌じゃねえけど、」

そこまで言って自分が仁王のこのおかしな行為に不快感を覚えていないことに気が付いて、丸井は驚いた。

「変な気分になる」

変な気分の正体が何かなんて分からない。
ただただ、熱かった。
部屋は冷えきっていて、体の表面は冷めきっているのに、仁王の咥内が熱くて、それに含まれている指を中心に体の内部が酷く熱い。

「変な気分?
欲情しとるだけじゃろ」
「……男相手にかよ?」
「俺なんか男に惚れとる、欲情するくらいなんもおかしくなか」

仁王は丸井の指から完全に口を離して、熱を孕んだ瞳で丸井を見据えた。

「好いとうよ」

息が止まるかと思った。
それ位に衝撃を受けたのだ。
何も言えずにいるとしばらくして手首に込められていた仁王の力が弱まるのが分かった。
そして俯きがちに一言、

「それだけやけ」

呟いて仁王は席を立った。
元々まとめられていた荷物を抱えて丸井に背を向ける。
白い耳が、うなじが、真っ赤になっているのが分かった。
そして仁王は教室から出ていってしまう。
残された丸井は机に顔を伏せて、既に声なんて届くはずのない仁王に向けて呟く。

「それだけってどうしたらいいんだよ……」

体には熱がくすぶっているし、網膜には仁王の熱を孕んだ瞳が、朱に染まったうなじが焼き付いて離れない。
それなのに、こんな状態のまま放っていくなんてあんまりにもあんまりだ。

「……好いとうよ、ってマジかよ?」

普通に考えれば冗談だとしか思えない。
それでも今日の仁王の態度を思い返せば本気で丸井を好いているようにも思えるのだ。
……というよりそう思いたかった。
ただの冗談だったと言われてしまったらきっと、

「……きっとなんだよ?」

悲しい?
それじゃあ俺があいつのこと好きみてえじゃねえか。
一人で首を横に振った丸井は誰に伝えるでもなく、

「欲情してるだけだっつの」

分かりづらく強がった。

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