友情がセックスに塗りつぶされる話

「蔵、俺なぁ……もう尻でしか無理かもしれん」
 金曜九時の居酒屋は、仕事終わりのサラリーマンや、モラトリアムの大学生でごった返し喧々としていた。だからきっと、向かいの男が唐突に発した言葉も自分にしか届いていなかったと思う。
 背中に冷たい汗が浮く。利発だが、難解な言い回しを好まない男は、こちらが意図を読みかねるような発言をすることは滅多にない。謙也とは長年友人をやっているが、その真っ直ぐな心から発される言葉はいつだって嫌になるくらいにストレートだ。
 つまりこれは間違いなくソッチの意味……そこに思い至っても、「なんやそれ、誘ってんの」と流し目を送れるほど、白石は大雑把には出来ていなかった。
「なんの話」
 極力柔らかいトーンで、無難な言葉を返すと、アルコールで耳を真っ赤に染めた友人はくだを巻いた。
「せやから、尻でしかイけんねん」
 今度はもっと簡潔だった。戸惑いのあまりに、「へぇそうなんや大変やなぁ」といつになく心のない言葉が口から漏れる。男は自分のセクシャリティを知らないはずだが、ここで前のめりになって仔細を訊いて気味悪がられたら目も当てられない。
「めっちゃ他人事やん」
 自分のことのように考えてもええんかい、と脳内でつっこんでいると、「俺はめっちゃ悩んどんやで」と冷酒を煽る。珍しく深酔いしているらしい。
「きっかけが分からんとなんとも言えんやろ。元カノ、ソッチ系の趣味やったん」
「あの子はなんならエム気質やったわ」
「そしたらなんでストレートの男が急にお尻に目覚めたりすんの」
「……メンズエステや」
「ああ、エッチな方の。せやけどなんでそんな店に」
 白石の知る謙也はその手の店に関心を持つようなタイプではない。
「大学の後輩と通い始めてん。彼女と別れて凹んどるときにちょっと行ってみませんかってな。俺もその手の店は初めてやったし、後輩と行くのは気が引けるわって一度は断ってんけど、そいつが体育会系の先輩後輩で風俗行くんはむしろ昔ながらの伝統文化やって言うてな」
「めっちゃ丸めこまれとるやん」
 その男は謙也のことが好きなのではなかろうか。
「そいつなぁ、ぱっと見ガサツな感じなんやけど案外優しいところあるんやで。実際彼女がおらんなってもうてぽっかり空いた隙間が、あの店に通い出してから物質的にも精神的にも埋められたような感覚があんねん」
 下ネタやないか。店の女の子は優しいしな、と続ける謙也をよそにグラスに残ったショウヨウジュリンを口に含む。
「まどろっこしいなぁ」
 心の声が思わず漏れ出た。
「いやいやっ、ちゃうで。いくら俺が前立腺にハマっとる言うてもお前にチンコ借りようとかそういう話をしとんとちゃうからな」
 なにを勘違いしたのか狼狽した男が、語れば語るほどドツボにハマっていくのが面白い。
「ケンヤくんは、なにを焦っとんの」
 少しからかってやりたくなって、形が良いと自覚している唇の端を緩く持ち上げると、友人の頬は紅潮した。
「いやな、ほんまはちょっと興味あんねん。あそこが開発されるにつれて、指よりももっと太い、道具と違って生きとるものが入ってきたらどないなるんやろとか考えてしもて……アホやろ、こんな話」
 心の内側を窺うような視線。深酔いしていても、こちらが不快に思っていないかを最後まで気にしている。
 据え膳、三文字が頭に浮かんだ。
「そしたらこのあとホテル行く?」
 警戒される隙も与えぬように、軽やかに誘いをかける。なに言うてんねん、と平手を受ける覚悟くらいはしていたが、
「おー」
 謙也はあっさりと頷いた。軽い返事に反して、白石の姿を映した瞳は爛々と輝いている。
 男が日本酒をあけるのを待って席を立った。
「今日は俺が奢るわ」
 謙也はそれが義務であるとでも言いたげに財布を開く。きっと男は、この後の行為を店でのマッサージの延長線上でしか捉えていない。ほんまは俺、昔からお前に抱かれたかったんやけど──打ち明けることの出来なかった心の声は、ホテル街に向かって歩き始めても胸の内側でうずまいていた。

 行き道のドラッグストアで買った缶チューハイとローションを机の上に広げると、ソファに腰掛けた謙也の体が固まるのが分かった。
「なに、緊張してんの」
 二本買ったチューハイの内の一本を放ってよこすと、
「当たり前やろ」
「俺もや」
 プルタブの上がる音、乾いた喉を潤すように缶を傾ける。行きずりの男と成すのとは違う。夜風に当たるうちに冷めた体のままでは、親友とセックスなんて出来るはずがなかった。
「隣に座ってもええか」
 言葉はない。ソファの座面が叩かれる。心臓が早鐘を打っているのを悟られないように、謙也から二十センチ程距離をおいて腰掛けた。自分から誘っておいて気まずさに言葉を失う白石に、謙也が膝を向ける。
「俺な、ラブホの部屋にソファがないとがっかりすんねん」
「はあ、なんで」
 たかがラブホテルだ。清潔で広いベッドさえ兼ね備えていれば充分だろう。備え付けのゴムにお代わりがあれば更にいいが贅沢は言えない。
「女の子と来たとき、いっつもいきなりベッドに押し倒すばっかりやと味気ないやろ。ソファでひとしきりいちゃついてからする方が燃えるやん」
「俺は毎回でもガバってなんのが好きやけどなぁ」
「案外肉食系なんや」
 今日のところは優しゅうしてもらわんと困るで、とこぼした男は、白石が主にガバッとされる側として言葉を発したことには気付いていない。
「そしたら俺ともいちゃつく?」
 我ながら親父臭いなぁ。軽い自己嫌悪に陥る。冗談として流せるように笑顔を作る準備をしていたのに、
「ええな、いちゃつこうや」
 謙也は白石の体にのしかかってくる。許可も得られないまま唇が重なって、舌が入り込んでくると体の内側が熱を持った。予想外に先取されたイニシアチブを奪い返そうと身動ぎをしているとシャツのボタンに指がかかる。
「っ、こっちは下だけ寛げたら挿れられるて」
「俺はお前の裸見ながらシたい」
 あかんか、と耳たぶを甘噛みする男の心が分からない。戸惑っている内にボクサーだけを残して裸に剥かれた。医者志望なだけあって謙也は器用だ。
「いちゃつくどころか、ガバガバ系やな」
「これからやろ」
 狭いソファの上で丸めた背中を男の人差し指がなぞる。
「綺麗な背骨や」
 妙なところを褒められて、頬が紅潮するのが分かった。
「そういうのいらんから」
「なんで、その手の店に行ったとしても女の子のおっぱいとか足とか褒めるで」
「店とちゃうし、そんなええもんでもない」
 指の這う背中を隠すようにして仰向けになると、今度は胸に触れられた。男同士だ。こちらの裸を見るのも初めてでもあるまいに、謙也はしきりに、「綺麗やなぁ」と繰り返した。
「謙也の裸も見せて」
 今日は自分がリードするべきだ。そう自分に言い聞かせて、体を起こす。
「なんや恥ずいわ」
 謙也は、言葉とは裏腹にテキパキとボタンに指をかけた。
 衣擦れの音。露わになる筋肉のライン。自分のそれに比べれば暖かな色をした皮膚に指先で触れる。
「もっとガバッときてもええのに」
 からかうような声。
「いちゃつきたいんやろ」
 仕返しのようなキスをした。上唇をちゅくちゅくと吸い上げてから舌を差し込む。さっきしたときには余裕がなくて気がつかなかったが、謙也の舌は存外に分厚い。
 生々しく濡れた感触。夢中になって舌を絡める内に息が荒くなる。
「っ」
 布ごしのペニスに謙也の手が触れた。硬くなったそれを、暖かな手が撫であげる。動揺を殺して、男の歯列を舌でなぞる。小さく身動ぎした男がこちらを見つめた。熱っぽい目だ。しばらくして、ゆっくりと体が離れていく。
「キス上手いやん」
「……おおきに」
 揶揄するように言った男の手が、ボクサーの内側に押し入ってくる。
「あかんて」
 慌てて静止すると、「ケチケチすんなや」と笑われた。
「どうせここも綺麗なんやろ」
「自分オッサン臭いで」
 ソファからおりて床に膝をついた男に請われるがままに尻を持ち上げる。パンツがずり下げられて、露わになった白石のペニスを謙也はじっと見つめた。
「恥ずかしい」
「男のもんなんか見ても気持ち悪いだけやと思ってたけど、白石のやと思うと案外悪くないわ」
「意味わから、っ」
 小さなリップ音と共に、勃ち上がったものの先端に謙也の唇が触れた。そんなことをさせたくて誘ったんやない。俺はお前に綺麗なままでおってほしい。
 かつて好きだった男に、思い出の姿を保っていてほしいという白石のエゴごと、謙也は彼のペニスを飲み込んだ。
 あかん、と呻くと、綺麗やでとでも言いたげに咥えきれない部分を指でなぞられた。胸が痛い。お前は俺の初恋やねん。頭の中がぐるぐるする。唾液をたっぷりと含んだ唇が窄まって、先端をじゅうっと吸い上げられると、アヌスがひくつくのが分かった。
「っ、もうええから」
 これ以上されると内側に欲しくなりそうだった。
「なんで、ヨそうやのに」
「友達にフェラさせるってなかなかないし、非日常感強すぎてすぐに出そうや」
「俺はお前の口からフェラなんてな言葉が出るん聞いただけでイきそうやわ。蔵もやらしいこと考えるんやなって」
「二十代の普通の男やで、考えんはずないやろ。ええからもう手離して」
 会話をしている間中、白石のモノを扱きあげていた謙也の手が離れていく。
「俺のナカ気持ちよくしてくれるやつなんやから可愛がってやりたいやん」
 名残惜しげにキスが落とされる。
「……ええからもうベッドいこ。二時間の休憩で終わらんで」
 
「っ……ぁ」
 内側が開発されているのは本当らしい。枕を抱えて尻をこちらに掲げた男は、白石が指を動かすたびに悩ましげに呻いた。近頃は体を動かす機会も減ったと言うが、こちらの動きに合わせて悩ましく震える内転筋のラインは美しい。
「もう少し進めるで」
 襞の寄った粘膜に差し込んだ指の挿入を深める。タチの経験は浅く、腹側を探ってみても、前立腺はなかなか見つけられない。
「前も触らして」
 半勃ちのペニスに指を絡ませると、熱い吐息が部屋に散漫した。血液を循環させるようにゆっくりと扱きあげていくと、中に硬い芯が通る。
 太さや長さはそれなりでも、反りの深いペニスの感触を楽しんでいると、「うしろ、もっと」とねだられた。
「ごめんな、焦らして」
 人差し指で先ほどと似た部分を強く押し込むと肉壁が狭くなった。勃起したことによって、しこりのような部分が浮き上がってきている。
「こんなとこが本当にええんや」
 白々しく心得のないふりをして指を小刻みに揺らすと、「そこ、あかん」と可愛い声をあげる。店の女の子相手にも同じように喘いで聞かせている姿を想像するとかなり股間にきた。
「あかん、はよ挿れたい」
 心の声が口から漏れる。滅多にこんなん思わんのに。太腿に抱きつくようにしながら指を増やすと、肉が蠢くのが分かった。
「ふ、ぁ……」
 早くナカに入りたい。だけど怪我はさせたくない。ゆっくり時間をかけて内側を慣らして、三本の指が楽に入るようになる頃には謙也の腰は砕けていた。
 はやくはやく、と欲しがるように窄まりが指を締め上げる。時たま溢れる先走りがシーツにシミを作り、内側への愛撫を受け入れている本人は、荒い息を漏らしながら、荒れのない頬をマットレスに押し付けていた。
「くら」
「ん?」
 指を引き抜くときにも、男は小さく喘いだ。おかしな具合に開発された友人の体をベッドの上で反転させて、シーツに擦れて赤く染まった頬を撫でさする。
「はよ挿れて」
「さすがに痛いと思うで」
「ええから、お前が欲しい」
「言葉のチョイス、間違えてへん」
 ええから。もう一度謙也は繰り返す。もうどうでもええ。ぱんぱんに張り詰めた切っ先を、指が抜けてぱくりと口を開いたそこに突き立てる。
「ぁ」
 低く、控えめな甘い声。奥まで一気に差し込むことはせず、しこりの部分にカリを押し付ける。
「っ、う」
 その喘ぎが、自分が漏らしたものか相手が漏らしたものなのかは判断がつかなかった。かつて好いていた男と体を繋げたことによって湧き上がってくる感情が、喜びなのか落胆なのかも。
 やばい。ええ……きもちええ。ナマやん、もう。ナマやわ。ぎゅうぎゅうとしこりを潰すたびに漏れる声。いやつけとるで、と訂正をいれると、「そういう意味やない」とかぶりを振る。本物の肉の感触だと言いたいらしい。
 内側を抉るたびに漏れる吐息。激しく犯したくなるのを堪えて、入り口のあたりで小刻みに腰を揺すると、男は目の下を真っ赤に染めた。軽く持ち上がった腕の根本、緩く毛の生えた腋下がふるふると震えている。
「なあ、腋舐めてもええ」
「はあっ、なに言うてんねん」
 完全に引いている表情だ。
「俺ので気持ちようなってる顔見てたら舐めたなってん、ええやろ」
 弱気をだせば余計に嫌がられそうな気がして強引に顔を近づけると、
「変態やん、ほんま」
 拗ねたような声をあげながらも謙也は大きく腕を上げた。ペニスを一度引き抜いて、男の体の上にのしかかる。露出されたそこにしゃぶりついて、毛の一本一本を根本から押し倒すように舌を動かすと、「あかん」という声が降ってきた。
「もうふほひ」
 それでもしつこく舐めていると、腰に足が巻きついてきた。もうええから、とガチガチになったものを腹になすりつけられて、ナカに欲しくてたまらなくなる。
「……舌出して」
 こちらの言葉に素直に従って突き出された舌を吸い上げる。お互いの唾液を飲み込みあいながら、窄まりに挿入すると、柔らかな肉がペニスを締め上げてきた。
「ぁ、かん……めっちゃええ、はぁ」
「白石の声めっちゃエロいわ、っ、もっと聞かせて」
 求められるがままにしこりにカリを押し付けて、ひぃひぃと喘ぐ。攻め手側としてはこんな情けのないセックスは初めてだったが、自分を受け入れてくれているのが謙也だと思うと力が抜けた。
「っ、う」
 殆ど先端が顔を出すまで、腰を引いて押し込む。きゅうきゅうと狭まった窄まりに引っかかるのがたまらなく気持ちいい。
「……もう奥入れるで」
 腰骨を掴んで挿入を深めようとすると、「あかんっ」と思いがけず強い抵抗にあった。
「そこより先は挿れられたことないから怖いわ」
 店では道具を使っても前立腺より奥を責められることはないらしい。ここまで開発されているくせに、奥は未通……そのギャップのいやらしさに頭がぐらつく。
「絶対優しくするから。俺も辛いねん」
 情に訴えかけるように甘い声で囁いて、ゆっくりと腰を進めていく。痛みよりも異物感が強いのか、男は、小さく呻いている。
「ふ……う」
 その姿を見下ろしていると、サディストの気はないはずなのに妙に唆られた。
「やっぱり痛くしてもええ?」
「……蔵は、そういう性癖ちゃうやろ」
 こちらを見上げた男の手が伸びてくる。強く抱き寄せられた拍子に、ペニスの先端が最奥に到達した。
「んっ」
 苦しげな声。ぐずぐずと蕩ける行き止まりの肉。快楽を呼ぶ神経を直接撫でられるような感覚。口を開くと情けない喘ぎが漏れ出してしまいそうで息を止める。
「顔、怖なってるで」
 震える指が眉間のしわを押し伸ばした。こっちが抱かれてるみたいや。痛くないから動いて、とうそぶく親友の体を抱いて腰を上下に揺さぶる。柔らかな最奥の肉を押しつぶすと、白石の背中に爪を立てられた。
「ぁっ、っ」
「っ、ケンヤのナカきっつい」
「当たり前やろ、ぅ……」
 ここは受け入れるように出来てへんねん。自分が本物のチンコ入れてみたい言うたんやろ。ホテルに誘ったんは蔵の方やろ、このヤリチン──軽い言葉の応酬を続けながらも、抜き差しを止めることはない。狭く熱い肉を抉るたび、男の内側は蠢いた。
「は、っ……くらぁ」
 甘い声。気持ち良さそうな顔して、ええなぁ。俺だってお前のが欲しいのに。謙也のモノを受け入れる妄想をしながらピストンを繰り返す。熱を持って先走りを零すペニスを握り込むと、「両方はあかん」とペニスを受け入れた親友は喘いだ。
「気持ち良さそうやのに」
 気乗りのしない言葉責め。次は俺にこれ挿れて、と懇願したら男はどんな顔をするだろう。後生やからと真剣に頼み込めば、案外あっさりと、「ええで順番やな」と受け入れてくれそうな気がした。
 口に出す勇気は出なかった。飲み込んだ願いを打ち消すように腰を打ち付ける。形の良い耳を舐めあげて、苦しげに唸る男の肉をかき分けた。
 ケンヤのナカめっちゃ気持ちええわ。俺のにきゅうきゅう吸いついてきてる。メンエスのお姉ちゃんの腕も捨てたもんじゃないてことやな。まぁ、自分に元々素質があったんかもしれんけど──。
 かつて自分を犯した男達の姿をなぞって、タチ男らしい言葉を無理やりに引き出す。言葉を重ねている内に、それが作られた言葉なのか自分の本音なのかも分からなくなって、無我夢中に腰を振った。
 一番敏感な裏筋に、熟れた肉が吸い付いてくる。不安定な力を持って自らを引き絞る肉壁は、ローションを伴ってぐじゅっぐじゅっといやらしい音を立てていた。
「は、ぁ」
 ケンヤ、ケンヤ、うわ言のように繰り返すと背中を撫でられた。
「イってええで」
 耳元でささやかれると、腰の奥が蕩けた。手のひらの中の男のモノは先走りを零しながらも未だ形を保っていた。先にイったらあかん、情けない。分かっているのに、血液の奔流が止まることはなかった。激しいストローク。最奥をえぐられた謙也の肉が強く引き締まった瞬間、白石は熱い白濁を吐き出した。

 欲しがり屋の肉を拡げる熱い肉棒。痛みすら伴うほどに激しいピストン。自分の背中にのしかかって荒い呼気を漏らす親友。
「も、あかんて……洒落にならんから」
「はあ、なんで。めっちゃヨさそうやん」
 かぷり、と肩の中に噛みつかれて、ペニスを受け入れた肉がきゅうっと動く。ほら締まった、と軽く尻を叩いてくる男は、つい一時間ほど前までは自分のモノを受け入れてヨガっていた……はずなのに。
 なんであれがこうなんの。この段に至っても未だに状況が読み込めない。メンエス通いで尻でしかイけなくなったどうしようもない親友の体を犯して射精したら、「次は俺にさして」と体勢を返されて、あれよあれよと言う間にペニスを差し込まれていた。待ち望んでいたご褒美のような状況なのに、理解が追いつかなくてイマイチ乗り切れない。
「俺が、ぅ……あかんかった、っ?」
 挿入している最中、犯している側にあるまじき嬌声をあげた。手のひらの中でガチガチになったペニスが欲しくてたまらなくて、物欲しげな目を向けた。謙也のことを先にイかせることも出来なかった。そんな自分を憐んで、謙也はこの体を犯してくれているのだろうか。もしもそうなのだとすれば、自分にとって都合が良すぎる気がする。
「あかんくないで、蔵は最高やわ」
 めっちゃくちゃ気持ちええで、と耳元で囁く男の声は低く、艶を帯びている。この声が好きやったんや。中学時代の淡い恋心を思い出すと、心臓の拍動が早まった。
「ここ、バクバクしとる」
 背中によりかかった男が、胸に触れる。後ろから抱き寄せられるような形になったことで挿入が深まり、ますます高い声が上がる。
 先ほどまでの激しいピストンを忘れたかのように、謙也はゆっくりと白石を犯した。ろくでもない男に開発された最奥を、ぱんぱんに張り詰めた先端でぐりぐりと刺激する。
「あっ、あ……」
 じわじわと快感を奮い起こされるような動きに、体を震わしていると、「気持ちようなるの上手やなぁ」と笑われた。余計なお世話や。
 つい数時間前までウブな部類だと誤認していた親友が、攻め手に転じると途端に意地の悪いセックスをすることを知れた自分は幸せなのか不幸なのか。体を繋げる直前も、白石が、「はよ犯して」と懇願するまで入り口を拡げていた。
「他所ごと考えとるやろ」
 また尻を叩かれる。パンッ、と音を立てて、今度はそれなりに強い力で。四つん這いの姿勢を保っていた腕から力が抜けて、上半身がシーツに落ちる。ぐずぐずの肉を、押し拡げて抽挿する謙也のモノは硬い。
「ぁっ、う……はぁ」
「叩かれるの気持ちええ?」
 分かっているくせに、あえて尋ねながら謙也は尻を撫でてくる。気持ちいいから、好きだから、もっと酷くしてほしい。
「腰浮いとるし」
 気がつけば、上半身はマットレスに預けたまま、尻肉を男の腹になすりつけていた。ぐじゅっぐじゅっ、濡れた音が部屋に響く。恥ずかしくてたまらないのに、腰の動きを止められずに顔をシーツに伏せると、
「痛くされたかったんは自分の方やろ」
 躾の悪い子供に言い聞かせるように、謙也ははっきりと言葉を紡いだ。
「欲しいんやったら自分から言わんと」
 再び優しく肌の表面を撫でられて、息が止まりそうになる。欲しいのは、そんなものではない。
「ケンヤ、」
 返事の代わりに腰が進められる。鋭く張り出したカリに前立腺を押し潰されて、くぅ、と息が漏れる。
「っ……痛いのがええねん、酷くして」
 誰が自分をこんな風にしたのだろう。口に出した瞬間、無性に喉が渇いた。その渇きを癒すように、激しく奥を抉られる。
「アッ、く、ぐ」
 高い嬌声が漏れた瞬間、後ろから首を絞められた。いやいや痛いの域超えとるし。冷静なツッコミに混じって、お人好しの扱いを受ける男から手酷い扱いを受けていることに対する興奮が押し寄せてくる。
 医者志望なだけあって謙也の締め方は絶妙で、息苦しさは感じられない。それでもじわじわと喉の血管を潰されると、頭の中はモヤがかかったようになる。
「く、っ」
 なんで謙也は俺の性癖を知っとるんやろう。らしくもなく粘っこい腰使いで淫肉をかき分けられると、マトモな思考も覚束なくなってくる。苦しい。気持ちいい。泣きたい。痛い。喘ぎをあげようと口を開いても、喉が詰められているのでくぐもった呻きが出るばかりだ。
「っ、なぁ……今付き合っとる奴おるん」
「ぁ、く……」
 首を絞められたままなのだから答えられるはずない。それでもしっかり開発されきった内側は、問いかけに応じるようにきつく引き締まった。
 腰を打ち付ける動きが止まる。肉を拡げる確かな存在感を噛みしめるように、息を止めると視界が白んできた。首に回った手に更に力が込められる。
「アホらし」
「ずっとお前とシたかった」
「後ろの開発までしたのに」
 いつになく暗い声がやけに遠くに感じられた。肉の一番奥をぎゅうぎゅうと鈍い痛みを伴うほどに押し潰される。
「く、ふ」
 小さな空気の塊が鼻から溢れた瞬間、喉が解放された。頭がふわふわする。気持ちいいのか、悪いのかも分からない。首の動きだけで恐る恐る振り返ると、生理的な涙で滲む視界の中で親友がこちらを見下ろしていた。
 ペニスが抜ける。体を反転させられて、シーツに背中を預ける形になる。ケンヤ、と声をかける間もなく、熱いものが再び押し入ってきた。
「ん、ふ……」
 唇が重なる。所在なく佇んでいた舌を強く吸われて、こいつ俺のこと好きなんかな、と他人事のように考える。
 お互いの酸素を奪い合うようなキスを終えて、自分を見下ろした男が、開発されきった前立腺をぐりぐりと刺激した。肉がうねる。内腿が痙攣する。
「あんまされたらおかしなるっ」
 リップサービスにも似た言葉を繰り出すと、「俺のこと好きか」と訊かれた。
「……好き、やった」
「今は?」
 初恋の思い出は、淡く、美しく、いやらしい。それでも、今この体の中に残っているのは最後の一つだけだ。
「気持ちええ……っ、アッ」
 腰骨を痛いくらいの力で掴まれる。感情の昂りに併せて更に硬度を増したペニスに、激しく内側を擦られて、白石は大きく首を横に振った。
 いやや、いやや、と馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返すと、首筋に噛みつかれた。鋭い痛みにも興奮して、中を締め付けると、「何がいややねん、アホ」と抱き寄せられた。
「そんなに締めたらあかん」
 痛む心を押し殺したような声を聞くと、今度はもっとじっくり抱いてやりたいと思った。
 ああ、アカンな。もうセックスを通さんとケンヤのことを見れんようになっとる。
「ぁっ」
 長年培ってきた友情が、性欲に塗りつぶされる感覚。それは不可逆性で、もう二度と普通の友達の顔に戻ることは出来ない。
「ふ、っう……アッ」
 さりさり、と陰毛を押し付けられて、下っ腹が小刻みに痙攣する。もうイく、と掠れた“親友”の声。
「イって、ナカ出して」
 汗の滲んだ肩に歯を立てると、ペニスと淫肉が激しく擦れあった。耳元には激しい息遣いがある。男の体を抱く腕に力を込めると、体の内側で、とぷ、とぬるいものが弾けた。内側に滲む生々しい感触。残滓を出しきるために何度か体を揺さぶられるその時間が、白石は好きだった。

 かなり良かったで──はっきり褒めてキスもくれてやったのに、行為を終えるなり難しい顔になった親友はさっさとホテルを出て行ってしまった。
「ソファでイチャつきたがるくせに、ピロートークはせんのかい」
 シャワーも浴びずに終電すれすれの電車に揺られて辿り着いた自宅マンションの部屋の前で独り言を呟くと、冬の名残を残した夜風にうなじを撫でられた。さぶ、と体を抱いて鍵を回す。リビングには明かりが灯っていた。
「ただいま」
 ソファに腰掛けて録画した番組を消化する男を、後ろから抱きすくめる。
「ええ匂いやろ」
 悪びれもせずに言った白石に、「普段のアンタの匂いよりは」と可愛げもなく返した後輩の頬にキスをする。
「鬱陶しい」
「誰の匂いか気にならへんの」
「ケンヤさんと呑みに行ってたんやろ」
 初恋成就おめでとうございます、と冷えた声を上げたルームメイトに、謙也なぁ俺のために前立腺まで開発してくれとったんやでとフカしてやったらどんな顔をするだろう。折り目正しく生きる友人の名誉を傷つけることは本意ではないので、想像だけに留めておく。
「あの人ストレートやなかったんスか」
「そうやと思うけどなぁ、いっつも彼女おるし」
 隣にかけて答えると、後輩は呆れたように溜息をついた。
「俺はあかんわ、ソッチの男は」
「なんで、非日常感強くて気持ちええで」
「のめり込んだらキツいでしょ」
「他人にのめり込むような可愛らしい性格しとらんやろ」
 財前とは付き合っているわけではない。偶然にお互いのセクシャリティを知って、家賃や、家事、性欲、その他諸々のQOLを高めるためにルームシェアをしている。
「自分はどうなんスか」
 ソファの上で体を引き倒される。今日二回目や。口に出す隙も与えられずに、シャツの襟を捲られる。
「結構いかれてますけど」
 鎖骨に近い部分に残る赤黒い鬱血。ええ男の証やろ、と呟く。
「アホらし」
「他のオスの匂いの残ったカラダ、興奮せぇへんの」
「他人ならまだしも見知った人間の情念の残り香にサカるほど日照ってませんわ」
 言葉とは裏腹に、鬱血をなぞる指の動きはねちっこい。皮膚の表面をさらさらと撫でられると、下腹に熱が集まった。
「出してきたんやろ。なんで硬くしとんスか」
 節操ないなぁ、と財前は、膝頭で白石の股間を踏みつけた。
「ぁ」
 小さな喘ぎが漏れる。二度も出したあとなのに、押しつぶされたそこは、男の言葉通り既に芯を持っている。
「ざいぜん、」
「なんスか」
 謙也のつけた鬱血の跡に唇を寄せていた後輩が顔を上げる。
「人間のオスにも発情期ってあんのかなぁ」
「……ほんまアンタくだらんな」
 呆れ声をあげた男に唇を奪われる。ケンヤと間接チューやな。喉元までせり上がった言葉は、つつがなく行為を進行させるためにひとまず飲み込んだ。
 テレビの液晶の中で深夜バラエティのMCが笑っている。夜は未だ長い。


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