白石に浮気を疑われる謙也


 玄関の鍵穴が回される音が聞こえた。
「蔵か」
 スマートフォンから顔を上げて、玄関に視線をやる。
 一人暮らしを始めたのは大学を卒業したタイミングだ。それから二年が経つが、合鍵を渡している相手は一人だけである。
「どしたん、こんな早くに」
 現在時刻は午前七時半。二度寝に失敗した謙也は一時間程前にはベッドから起き上がっていたが、白石が電車に乗って訪ねてくるには些か早すぎる。
「見せたいもんがあんねん」
 靴を脱ぐ素振りも見せずに、白石は言う。
「ここじゃなんやから、モーニングでも食いにいかへん」
「話なんて家でも出来るやろ。朝メシ用の食パンも買っとるから、うちでゆっくりしたらええやん」
 たまの休日に恋人が朝から訪ねて来てくれたのだ。出来ることなら部屋でまったりと二人きりの時間を過ごしたい。
「ここじゃあかん!」
 珍しく声を荒げた白石は、真っ直ぐな目で謙也を見つめていた。その目力の強さに押されて、
「わ、分かった。ほな着替えるわ」
 謙也は昨晩脱いで床に放ったままのシャツとズボンを拾い上げた。

 二人が入った店は、謙也のマンションから徒歩圏内にある全国チェーンの喫茶店だった。トーストと茹で卵、サラダにホットコーヒーを添えた簡素なモーニングを注文した白石に、「トーストならうちでも食えたのに」と漏らしたが返事はない。
 見せたいものがあると言ったわりに、何を出すでもなく、ぼんやりと窓の外の景色を見つめたままの白石の横顔は、いつも通りに秀麗だ。
 気まずい沈黙が五分ほど続き、緑色のエプロンを巻いた店員がコーヒーを運んでくる。どちらからともなくそれに口をつけて、溜息をつくと、白石は顔の正面をようやく謙也に向けた。
「女の子とのセックスはそんなにええか」
「なんやそら。いきなり過ぎるわ」
 口の中のコーヒーを吹き出しかける。
「先週の火曜日の晩、病院の会食が終わったらうちに来る言うてたのにこんかったやろ」
「あれは案外酒が入ってもうて、だるくなったから行けへんでってきっちり連絡もしたやないか」
「お前、その前日の晩には明日は酒の出ん席やから車で行くって言うてたやろ」
「そう聞いとったけど、現地についたら良いワインがある言うて出てきたんやからしゃあないやん。結局代行で帰ることになったし、いらん出費やったわ」
 ──おまたせいたしました。
 険悪なやりとりを重ねている内に、モーニングが届いた。白石は、ガラス製の器のフチで茹で卵の頭を叩いて、ヒビの入った殻を剥き始める。
「器用に剥くなぁ。外科医になれるで」
 普段なら、「また大袈裟なこと言うて」と口元を綻ばせるような言葉にも何の反応も示さない。
「それ食うたらうち帰ろうや。家で二人で話したら誤解も解けるやろ」
「誤解なら解けるやろうけど事実やからな」
 茹で卵の白身にかぷりとかじりついて、白石はゆっくりと嚥下する。
 トーストの上にバターを落としながら、再び口を開いた。
「俺の鞄の中身見てみい。封筒が入っとるから、その中や」
「なんやねん」
 言われるがままに革製の鞄を開くと、白い封筒が見える。木製のテーブルの上でそれをひっくり返すと、金属のこすれ合うような音がして、出てきたのはイヤリングだった。シャンデリアにも似たモチーフで、ピンクゴールドの鎖の中央に小粒ダイヤが三粒埋め込まれている。
「表情かたなったなぁ」
「コーヒーが熱かっただけや、今日のお前なんかおかしいで」
「おかしいのはそっちやろ。人の車の中にこんなもん残しといて」
 去年の初めごろ、白石は父親から車齢十年程のベンツを貰い受けた。しかし彼の一人暮らし用のアパートの付近にはそれを置いておけるような場所がないので、謙也のマンションの駐車場を借り上げて二人の共用車として使っている。車検代は白石が負担する予定になっているが、月々の駐車場代を払っているのは謙也だ。
「女の子乗せたあとはように点検しとかんとな。助手席のシートもさげられたままやったで」
「ちょっと待ちや! 話進めるん早いわ。俺が浮気相手の女の子乗せたあとの車をそのままにしとくような迂闊な男に見えるんか」
「久々に女の子とシて舞い上がってたんやろ。謙也らしいわ」
「……これは侑士の姉ちゃんのイヤリングや。先週本家に帰省してきたときに空港まで迎えにいってん」
 謙也は膝の上で拳を作った。
「こんなもんが落ちとったら疑われるのも無理ないと思うけど、あの日は先に帰省してきとった伯母さんがウチの親と飲みに出とったから、」
 そこまで言って顔を上げると、熱のない瞳に晒された。そうなんや、と呟いた白石の頬には血色がない。
「侑士君のお姉さん迎えに行ったんはいつ?」
「……先週の、火曜日。会食の前の日やな」
 今日は日曜日だ。
「俺がそれ見つけたんは金曜の晩やな」
「あの日食いに行った串揚げうまかったやろ」
 金曜日は仕事中に不意に白石の顔が見たい衝動に駆られて、仕事を終えると同時に彼のアパートの前まで車を走らせた。そのとき、車中の点検をしていればこんな風に追い詰められることもなかったものを。
「うまかったなぁ。海老の頭がまったりしとって」
「子持ち昆布にウニのっとったし、デザートにアイスの串揚げ出てきたし」
「せやけど、記念日でも誕生日でもないのにどうして御馳走してくれたん? 普段は二人きりでああいうとこ行くのも嫌がるやん」
「嫌がってへんわ、人聞きの悪い」
「大病院の跡取り息子やもんなぁ。まあ俺は、お前と家で二人でおるんも好きやったけど」
 そう言って白石は鞄から財布を取り出した。気がつけばトーストとサラダの皿は空になっている。
 千円札を一枚机の上に置いて、「帰るわ」と立ち上がった男の手首を、謙也は掴んだ。

「っ、嫌や、ァッ……ふ、」
「こんなドロドロにしてよう言うわ」
 洗濯したばかりのシーツに背中を預けた白石は、顔を両手で覆い隠して、「最悪や」と嬌声混じりに呟いた。
 後孔には既に謙也の指が二本挿入されていて、痛々しい程に張り詰めた屹立からはとめどなく先走りが溢れている。潤滑油によって充分に濡らされた孔を、押し広げるようにして指を動かすと、形の良い足の指先がピンと伸びた。
「こうなるん……っ、分かってたから、部屋、ァ、入りたくなかったのに……」
「こうなるってなんやねん。蔵はセックス大好きやろ」
「……ふ、アッ──そこ、あかん、おかしなる……っ」
 指先で前立腺を執拗に刺激すると、露出された腹の肉が震えた。いっそおかしくなってしまえば良いものを、白石は時たま正気を取り戻して、情欲にまみれた瞳の内側に批難めいた光を滲ませる。謙也への疑いはまだ晴れていないらしい。
「嫌や……っ、こんな風に、ぅ……あっ、うやむやにされん、の……ひっ」
「うやむやも何も、説明したやろ。あのイヤリングは、俺から恵里奈さんに返しとくし」
 恵里奈は侑士の姉で、謙也よりも四つ年上の従姉だ。事実として忍足の家は親類縁者の繋がりが深い。
 冷静な口調で言い含める間も、白石の内側を弛める指の動きは止めない。男を咥え込むことに慣れた白石の躰は異物の挿入を容易く許す。
「二本じゃ足りんやろ」
「っ……くっ、」
 物欲しげにひくつく穴にもう一本の指を挿入してやると、白石は内腿の肉を小刻みに振るわせた。あえて粗雑な仕草で内側を嬲ってやると、「やめ……」と眉を吊り上げるが、悦んでいるようにしか見えない。
「そろそろ欲しくなってきたやろ」
 前にAVの受け売りで同じことを言って、オヤジ臭いでと笑われたことがある。
「いらん……っ、も、謙也には、抱かれた、ない……あっ」
 必死に頭を振って己を拒もうとする恋人の姿を見下ろしていると、腰の中心が重たくなった。胸の内にこみ上げてくる感情は支配欲だろうか。
「白石、案外嫉妬深いんやなぁ」
 白石と付き合い始めたのは、大学に入学した頃で、浮気を疑られたのはこれで二回目だ。前回はゼミの女の子と二人きりで歩いているところを偶然に見られた。あの時はお互い今より若かったこともあって、かなり拗れたことを覚えている。
 一週間程はマトモに口を利くことすら叶わず、最終的には実家の自室で話し合いの席を設けたが、謙也と別れるという白石の意思は固かった。結局これで最後やからと体を重ねて、うやむやにしたが、しばらくは顔を合わせるたびに白石の機嫌を伺うはめになった。
「次にしたら絶対別れるって言うたやろ」
「やから誤解やって」
 言いながら指を抜き去って、無意識か意識的にか暴れる白石の足を押さえ込んで、痛いくらいに膨らんだ切っ先を入り口に押しつける。
「それ以上、あかん……あっ! っ、アアッ」
 拒絶の言葉を無視して、内側に押し入った。質量を伴った熱で深く突き刺してやる。しばらくの間、あかんとか、嫌や、などとうわ言のように繰り返していた白石も、そのまま律動を続けると、小刻みな矯声を漏らすだけになる。
「っ……ぅ、あっ、ア!」
 男にしては色素の薄い白石の肌は、彼が快楽を感じ始めると薄桃色に紅潮する。内側からこみ上げる絶頂感をやり過ごすようにキツく目を閉じた男の、小刻みに震える睫毛の美しさに、謙也の血は燃える。
「ひっ、ぐ……」
 最奥をぐちぐちと押し潰してやるたびに上がる、この美しい男には不似合いなひしゃげたような喘ぎ声にすら興奮してしまう。
 謙也は生まれもっての同性愛者ではなかったが、こういう関係になるよりも以前からこの男の並々ならぬ形の美しさには惹かれていた。
「なん、考えとん……あっ、」
「白石は昔からキレーやったなって。初めて部活で顔合わせた時、うちのオカンよりよっぽど美人やと思ったわ」
 言いながら、肉壁全体を押し上げるように腰を振ると、弛みつつあった内側がきゅうきゅうと謙也のペニスを絞り込んだ。
「っ、なん言うてんねん……お前のお袋さん、めちゃくちゃ、あっ……っう」
「めちゃくちゃ、なに?」
 喧嘩をした後の行為は、普段ではちょっとないくらいに燃えてしまう。異常なくらいの興奮に身を任せて奥を穿つような激しい抜き差しを繰り返すと、「こんなんされたら答えられへん」と白石は荒い呼吸を吐き出した。ずっぽしと謙也のペニスを受け止めた入り口は、真っ赤に充血していて、視覚的にもたまらなくいやらしい。
 ぱんぱんに張り詰めた白石のペニスは、あと何突きかすれば破裂してしまいそうに見えた。
「動き止めたるから続き言いや」
「いちいち止まらんでええ!」
 言いながら、白石はもどかしげに腰を揺する。
「ぁ、っ……うまく、当たらへん。もっと、謙也……」
「白石、俺のチンコでオナニーしとんや。イきたかったら自分で前いじったらええのに」
「ここまでしといて、焦らすな、っ……」
 もどかしげに内腿をこすり合わせる姿を見下ろしていると、堪らなくなってきてペニスを突き立てたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢して白石の腰を押さえ込んで固定する。
「俺と話がしたかったんやろ。今やったらいくらでも聞いたるで」
「……こんな状況でずるいわ」
 お前は最低や、と言った白石の瞳の縁には涙が滲んでいた。
「もう話とかどうでもええから、早よ動いて……忘れるまで、抱き潰し、アッ! ひっ、う……!」
 殆ど抜けかけていたペニスを根本まで一気に挿入する。柔らかく歪む内側を、かき分けるように摩擦を加えると、白石はしまりのない表情で喘いだ。
「蔵はえっちやなぁ」
 白石は道徳的かつ倫理的だが、快楽に極端に弱い。いつか自分と別れた後にそこに付け入る男が現れないか心配だ。
「謙也が、っ……あっ、こうしたんや、ん!」
「元々やろ」
 笑いながら突き上げを激しくすると、あ、あ、と小刻みな嬌声が漏れた。蕩けた顔で舌を出す男のそれをねぶるように吸ってやる。白石の舌は薄くて、他の人間のものよりも少し長い。
 拙い動作で謙也の歯列をなぞるそれを、力ずくで巻き取って、唇の裏側まで丹念に吸ってやる。
 謙也と関係を持つ前から男と寝ていたくせに、いつまでもキスが上達しないところが、かえっていやらしい。
「もう嫌や」
 長くも短くもないキスを終えると、白石は不意に正気に戻って呟いた。それを上塗りするように執拗なピストンを繰り返すと、悔しげに眉根を寄せる。
「ここも膨れとるで」
「っ……ひっ、」
 触れてもいないのにぷっくりと勃起した乳首をすり潰すようにつまんでやった。敏感な突起をしばらく弄んでいると、けんや、イきそ、と消え入りそうな声でささやく。
「ん」
 これ以上あかん、と体を揺する恋人から、謙也はペニスを抜き取った。物欲しげに入り口を蠢かせながら、白石はそれを見送った。
「蔵、足ひらいて」
「なん、ん、ンッ……!」
 膝に手をかけて足を開いた男のペニスの先端に、謙也は舌を這わせた。先端からこぼれ落ちるカウパーの塩辛い味が味蕾を刺激する。
 ぷっくりと膨れた亀頭を丸ごと口に含んでやると、白石の下腹部が小刻みに震えるのが分かった。
「アッ、んな、きたな、っイ……」
 医療従事者としては、汚くないとは言いがたかったが、この程度のことで白石の機嫌がなおるのであれば安いものである。
 じゅぽじゅぽと、あえて下品なくらいに大きく水音を鳴らしてやると白石の興奮が高まることも分かっていた。根本まで咥えたまま、軽く口を開いて前歯で血管の浮き出た裏筋をなぞる。
「いや、っ……きもち、え……アアッ!」
 先走りがどっと溢れて、白石の限界が近いことを謙也は悟る。
「そんなに気持ちええ? ここ、持ち上がってるで」
 左手で睾丸の表面をなぞりながら言うと、
「も、あかん……抜いて、」
 白石は腰を引こうとした。それを制して腰に腕を回すようにして、根本まで咥え込んでやると、張り詰めていたペニスが震え始める。
「っ、イく……けんや、イく」
 小さく頷きながら、口内の圧を強める。そのまま顔を軽く引いてやると、白石は謙也の口の中に精を放出した。

「あんなもん飲むなんて信じられへん!」
 射精後の荒い呼吸を整えることもそこそこに四つん這いにされた白石は、些か冷静さを取り戻して抗議した。しかし謙也によって尻を高く掲げた情けない状態なので、迫力には欠ける。
「うまくはないなぁ」
 いい加減に頷きながら、張り出した部分を内側に押し込むと、腰の奥が痺れるような快感が走った。
「やっぱお前の中最高やわ」
 安っぽい台詞を耳元で囁いてやると、白石の内側がきゅっと引き締まった。
「声だけで感じとん?」
「……謙也が、やらしー声しとるから」
 奥に響く、と続けた男の腰を、強い力で掴んで、奥へ奥へとペニスを進める。引き締まった肉の壁をかき分けるようにしてピストンを繰り返していると、一旦は射精をして冷静さを取り戻していた白石の躰が小刻みに震え始めた。
「……く」
 その熱いぬかるみにペニスをうずめていると、それだけで強い射精感に襲われる。
 今すぐにでも達してしまいそうになるのを堪えて、白石の耳朶に歯を立てると、ひっ、と悲鳴のような嬌声が漏れた。
「噛まれて、気持ちええんや」
「気持ちええ、けど……あっ、」
「けど?」
「謙也が、ァ、あのイヤリングの子にも……っ、同じとこしたと思うと、」
 許せへん、と言って白石はベッドサイドのスツールの上に投げ出された封筒に視線をやった。喫茶店から部屋まで引っ張ってくる最中も何度も説明を重ねたが納得していないらしい。
「お前以外の奴には勃たへんもん。蔵より整った一般人、ほとんどおらんし」
 俺が面食いなん知っとるやろ、と腰を更に持ち上げて屹立をゆっくりと引き抜く。それを一気に突き入れることを繰り返すと、白石は反論する気力すら失ってヨガり始めた。
「あっ……あ、アアッ……!」
 切っ先で奥を貫くたびに、ごぷごぷと汚い音が部屋に響いた。部屋に連れ込んでも尚、「もうおしまいや」と繰り返す白石を、無理矢理に組み敷いて早急に事を運んだので、ペニスにコンドームをつけることすら厭うた。
 粘膜同士が直に擦れ合う感覚は生々しく、腰の動きを止めることが困難に思われるほどに気持ちが良い。
 白石の内側は、謙也が今までに寝たどの女のモノよりも狭く、反応が良かった。謙也がペニスを突き入れるのに合わせて、きゅうきゅくとナカを締め付けてくるのがたまらない。一度味わうと、捨て難くなる躰である。
「ひっ、……そこは、あかん……も、出したから、っ、イっ」
 射精後の萎えたペニスに手を伸ばすと、白石は激しく頭を振った。しかしそれ以上抵抗する気力もないらしく、謙也がそのだらりと垂れ下がった肉を包み込んで揉み解すと、ふ、と息を吐く。
 激しいピストンは一度中断して、奥をぐりぐりと押し潰すようにいたぶると、しなびていたモノが少しずつ兆し始めた。
「っ……いた、い……勃たせんとっ、て、……はあ」
「痛いん好きやろ」
 半分芯を持った白石のペニスをゆるゆると揉みほぐしながら、再び大きなストロークで抜き差しを始める。途中、あえて速度を落として、かさの張り出しで前立腺を押し込んでやると、アッ、と高い声が鼓膜を震わせた。
 そこへの刺激を執拗に続けている内に、白石のモノは先ほどよりは質量を減らしたものの完全な形に蘇った。
「またイけるか」
「むり、やっ……て、あっ、ん……んんっ」
 肌と肌が激しくぶつかり合う音を響かせながら、謙也は深く杭を打ち込んだ。蕩けきった白石の淫肉を、ペニスで分け入るのが、気持ち良くてたまらない。
 いつまでも白石と続くとは思えないが、この体を他の人間にくれてやるのはあまりにも惜しい。
「もうちょいしごくで」
「──ッ、あっ……んんっ、あかんて……やめて、ァ」
「せやけどナカめっちゃヒクついとるで」
 ペニスの形をたどられるたびに波打つ内側の肉の感触が、謙也に一層の快感を与えた。
「蔵、ヤバい……めっちゃ気持ちええ」
 熱に浮かされた声をあげると、
「誰でもええくせに……っ、」
 頑なな声が返ってきた。
「しつこいで」
 柔らかく艶やかな髪越しに白石の後頭部を掴んでシーツに顔を押し付ける。ふ、と苦しげな声が漏れたが、構わずに体にも加重をかけて寝バックの姿勢に持ち込む。
「ふ……ん、んん……」
「顔、横向けとき」
 息出来へんなるで、と気遣うようなことを言う自分が滑稽だった。
「ん……っ、アアッ」
 シーツに顔を押し付けていた白石が、それを横に向けたのを見るが早いか、彼の引き締まった尻にペニスを突き立てる。
「っ……あっ、ン──アっ、おく、あかんっ」
 腰を強引に押し付けるように最奥を潰してやると、屹立の根本が震えるほどに気持ちが良かった。
 こみ上げる射精感を堪えながら、きめの細かい彼の尻の皮膚を撫でさすると、「やめや」と腰を揺すって拒まれる。
「女の子のと違って、つまらんや、ろっ……」
「今日はそればっかやなぁ。俺は好きやで、蔵のここ。撫でたら気持ちええわ」
 両の手で尻たぶをつかんで、割れ目を拡げると、ペニスをずっぽりと飲み込んだ後孔が充血しているのが見えた。
「拡げん、な……アっ、」
「俺の入ってるとこ、めっちゃエロいわ」
「ひゃ、アッ──っ、く」
 たまらなくなって、抜き差しの速度をはやめる。お互いの肌と肌のぶつかる音が部屋中に響いて、呼吸が次第に荒くなっていく。
「っ……ふ、」
「あかん、くら、」
 そろそろイく、と溢すと、謙也のモノを絞り上げるように内側がうねった。
「はよイって……も、無理……」
 ほとんど涙声になった白石の腰を、強い力で掴んで、力強いストロークで腰を振るう。その激しすぎる突き入れをシーツを噛んで堪える白石の背に、玉のような汗が浮かんでいた。
 やっぱこいつ綺麗やなぁ、とどこか冷めた心で見下ろす。
「俺にはお前だけや」
「っ……!」
 深く考えるでもなく口に出して、ぬめつく奥と先端を擦り合わせると、謙也は熱いものを彼の内側に吐き出した。

「こうなるん分かっとるから店で話済ませたかったのに」
 行為の後の気怠さを隠そうともせずに、白石は呟いた。謙也が射精した直後には、「後ろの処理せなあかん」と溢していたが、体を起こすことすらも億劫らしく、こちらに背を向けてシーツのひだを伸ばしている。
「こうでもせんとお前本気で俺と別れるつもりやったやろ」
「こんなことでうやむやに出来ると思っとるのにゾッとするわ。二回目やで、許されへん」
「一回目も冤罪や。昼間に女の子と二人でおるの見ただけやろ。そんなに俺のことが信じられへんか」
「信じられるわけないやろ。謙也は調子良すぎんねん」
「そないに怒らんと、こっち向きや」
 お前の顔見たい、と照れもせずに言うと、案外扱いやすい男は寝返りをうってこちらに顔を向けた。謙也は体を起こして、その平凡とは言い難い相貌を上から覗き見る。
「俺ほんまに蔵の顔が好きやわ」
「変えてやりたいわ。この顔で得したことほとんどないし。ゲイの世界でモテるんはもっとごつくて男っぽいタイプや」
「お前が女顔やとも思わんけどな」
 白石の容姿は特段女性的なわけではない。まなじりはきゅっと持ち上がっているし、骨格も男性的に隆起している。
「筋肉もっと鍛えて坊主にでもしたらええんかな」
「お前がそうしたいなら止めんけど」
「そこは止めんかい」
「案外面倒やなぁ」
 耳にかかるサラサラとした髪を撫でてやると、白石は心地良さげに目を細めた。眉間の皺も随分と薄まって、「機嫌なおったか」と謙也が尋ねるのに、「そんな簡単とちゃうわ」と返す声も柔らかい。
「謙也、さむい」
 いつになく舌足らずな声で白石が言う。もう五月も半ばなので、室内の気温はそれなりにぬくいが、謙也はそれが、抱っこして、の意を持つことを知っていた。
「はいはい、待ちや」
 夏用布団からはみ出た白石の裸の肌に触れる寸前、イヤリングの入った封筒と共にスツールに置き去りにしていたスマートフォンがバイブした。
「今日宅直やねん」
 言いながらスマートフォンを持ち上げると、ラインにメッセージが一件入っていた。
──昨日の晩最高でした。今度は忍足先生の部屋で会いたいです。
「病院、行かなあかんの」
「いや、オカンからやったわ。週末実家に帰って来いって」
「最近顔見せてへんの」
「実家出た息子が再々帰るんもかっこ悪いやろ」
「俺はわりと帰るけどなぁ」
「蔵の家は女系やろ」
 関係ないやろ、と言う男の体をきつく抱きしめる。女のものとは異なる硬いばかりの肉の感触と、甘くはないが馴染み深い体臭を、今はまだ愛しいと感じられた。

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