やれたかも委員会 謙蔵編

 大学二回生の頃、俺は一人暮らしのマンションからそう遠くない場所に建っとる焼肉屋でアルバイトをしとった。あの頃は解剖学が授業に入ってきて時間的な拘束が一番キツイ時期やった。
 一回生の頃はそれこそ週六とかで入れとったバイトのシフトも、学年が上がってから半分に減らさな勉強の方が間に合わんでオーナーに嫌味を言われたこともある。
 それでもあの店で働いとる時間は俺にとっていい息抜きになっとった。長いこと働いとるフリーターの先輩も二人くらいはおったんやけど、その他のバイトは殆ど学生。同年代の奴らと医療分野から離れて関われるんが楽しかったんや。
 と、前置きはこんなもんにして本題や。そこは個人経営のそこそこ流行っとる店でな、まかないが美味いんで評判やった。特にオーナーの作るビーフカレーは絶品で表のメニューにも名前を連ねとったな。
 そんな感じで、普段はオーナーなりおかみさんの作るちょっとだけ肉の入ったまかないをうまいうまい言うて食うてた俺らバイト陣ががっつり焼肉にありつけるのが十二月の暮れにある忘年会やった。
 だいたい十二月の第四日曜日やったかな。閉店したあとの店に集まって廃棄予定の肉やらなんやらをしこたま焼いて食うねん。
 当然ながら酒も進むし、皆気も大きなる。そんな日に俺の隣に座っとったんが、いっこ年下のりっちゃんやった。
 財前、そんな嫌な顔するなや。俺が年下の女の子をニックネームで呼ぶんがそんなにあかんことか。……はあ、続き話すで。
 りっちゃんは店の同い年の女の子と仲が良かった。その日はシフトにも入ってなかったから、二人で昼のうちユニバに行ったって言うてた。
 酒が深くなってきて、オーナーがシフトリーダーに絡み始めた頃、
『これ今日の写真でーす』
 スマホ片手に身を乗り出してきたのは、りっちゃんと仲の良かった女の子やった。俺の隣で茹でセンマイをちみいみ食らっとったりっちゃんは、『やめてやー』言うて顔をうつむけた。
 他のバイトメンバーから、おーっちゅう歓声があがったのを合図に画面を覗きこんだら、画面の中に制服姿の二人が映りこんどった。濃紺のブレザーに深緑のリボンタイ、飾り気のないデザインがその場におったメンバーの心を掴んだんやろな。なんで今日このカッコのままこんかったん、いっこ上の先輩があげた恨めしそうな声が今でも思い出されるわ。
『やー、煙の匂いついたら困るんで』
 照れくさそうに髪をかけた耳たぶが赤いのに気がついとったんは俺だけかもしれん。シャイな女の子やったわ、ほんまに。
 未成年で飲み会なんかにも慣れてなかったみたいで、ずっとジンジャーエール飲みよるから、『そんなに好きなん』て訊いたら、『ミントたくさん入れたら美味しいんですよ、知っとりました?』って笑いよった。
 すまん、いらん話やったな。宴もたけなわっちゅうところでオーナーが潰れて、その日の会はお開きになった。
 始まりが遅かったからちょうど夜中の二時くらいやったかな。電車もない時間で、おかみさんは女子には少しずつタクシー代をもたせとった。男連中は河岸を変えて飲み直そうとしとったけど、俺は店から歩いて帰れるところに住んどったし、次の日も実習があったから家に向かって歩き始めた。
 コートを着込んだ肩が叩かれたのは、それから二、三分くらいが経ったころやったやろか。驚いて振り返ったら、そこにはりっちゃんが立っとった。イルビゾンテのショッパーを持っとったな。
 走って追いかけてきてくれたみたいで切れた息を整えてから、『今日、泊めてください』って……心臓止まるかと思ったわ。
 もちろん二つ返事で承諾したわけやないで、せやけどなんやかんや言うてる間に店もだいぶ離れてしまっとったし、結局は泊まってもらうことになった。
 自分の一人暮らしの部屋っていう日常の象徴みたいなところに座らせてみても、りっちゃんは可愛かった。綺麗にしてるんですねー言うて、ラグを撫でた指の細さも目に毒やった。恥ずかしながら、その頃俺は童貞やったんや。
 二人でコーヒーを飲みながら色んな話をした。りっちゃんが将来高校の先生になりたいと思っとることもその時知った。それで、言うてしまったんや。
『制服姿、俺も見てみたかったわ』
 今になって振り返ると話が全く繋がってないな。りっちゃんもちょっと引いたみたいで一瞬黙り込んどったけど、しばらくしたらちっさく頷いて、部屋の隅においとったショッパーを引きずり寄せた。
『夜の会の前に店のロッカーで着替えたんです』
 そう言うて取り出した制服に、うちの廊下で着替えてくれた。
 唸ったな、あんときは。なんちゅーか生っぽさがすごかった。ショッパーに入れとったせいかチェックのスカートのプリーツがきっちりしとらんのもこう……なんかなぁ。思わず後退りしてしもたわ。
『スカート短いな』
 誰が聞いてもきもい発言をした俺に、
『エロオヤジみたい』
 ニヤニヤしながら返したりっちゃんは、ブレザーの下のセーターをめくって、『これで短くするんですよ』って、スカート用のベルトを見せてくれた。せやけど俺はベルトなんかそっちのけでシャツ越しの腹の薄さに釘付けに……いや、キモいんは分かっとる……もう少しで終わるから最後まで聞いてくれ。
 何気ない仕草でベルトを外したりっちゃんは、『眠たくなってきたんでちょっとえっちな話しましょ』言うて俺の隣に尻を置いた。
『先輩の初体験っていつですか』
 童貞の俺は困った。こっちを見つめるりっちゃんの目はうるうるしとって、とても俺チェリーやねんと言い出せる雰囲気やない。
 はったりかますしかない、そう決断して口を開きかけたとき、
『私は高校生の時、前のバイト先の大学生の先輩とシました』
 向こうからそう切り出してきた。その上、『今みたいにお部屋にお邪魔してたときですよ』とかなんとか言うて、握っとったベルトを差し向けてくる。
『セフレみたいになっとって、このベルトで手首縛ってシたこともあるんですよ』
 あまりに生々しい話に握ったベルトに汗が滲んだわ。せやけどりっちゃんの話は止まらんかった。愚痴りたかったんかな。その男のことが好きやったこと、せやけどセックスするだけで付き合ってもらえんかったこと、付き合ってくれへんならもう会わん言うて部屋を出たらもう二度と連絡も来んなったこと、マーライオンばりの勢いで吐き出しよったわ。
『大変やったなぁ』
 俺は妙にしんみりしとった。自分は童貞やのに、年下の女の子が、しかも高校生のうちに男女のことでいっぱいいっぱいになって悩んどったことを思うと居た堪れんなった。
『しかもインスタでフォローしてたのも知らん間にブロックされとったし』
 くだを撒くりっちゃんのベルトを床に置いて、俺は生唾を飲み込んだ。そのときはめっちゃ真剣やった。
『俺やったらりっちゃんにそんな思いさせんわ、ずっと大切にする』
 そっからたっぷり五秒は間があった。りっちゃんは俺の目を真っ直ぐに見て言うたな。
 え、今そういう話してないやろ──って。

「どうや」
 長い話を終えた謙也が一同に問いかけると、対面に座っていた財前が、
「どうや言われても」
 話の途中まではキモいだの、長いだのと茶々を入れてきていたのに、今ではこちらと目を合わせようともしない。珍しく気まずげな表情を浮かべて俯いている。
 そんな後輩の様子を見かねたらしい。
「お前自分の誕生日の集まりにそんな話してむなしないんか」
 財前の隣に腰掛けていたユウジは眉をしかめて言った。
「むなしいに決まっとるやろ。むなしいからこそ、今日この話をしたんや。童貞を捨てた今になっても考えてしまうんや、あーあんとき下手をうたんかったら俺はりっちゃんとやれてたんやろかって」
 みんなにジャッジしてほしい、と机に額を当てた謙也は、最近読んだ漫画に影響されていた。
「俺があの夜りっちゃんとやれとったかどうか、忌憚のない意見を聞きたい。白石、どうや」
 突然話を振られた白石は目を白黒させながら、「そうやなぁ」と首を傾けた。それから数秒程置いて、
「やれたんちゃう」
 とほのかに口角を上げる。
「白石ー!」
 抱きつかんばかりの謙也に、「いや」とユウジが水を刺した。
「やれてへんやろ」
「やれたとは言えんでしょ」
 追って財前も追撃する。なんでや、と体をかためた謙也に、
「なんちゅーか童貞すぎますわ。経験値、足りてへんやろ」
「初期装備でロンダルキア攻めるようなもんやで」
「誰にでも初めてはあるやろ! 現に俺だって今はもうヤリヤリや」
「今がどうかは知らんけど、その頃の謙也さんに太刀打ち出来る相手ではないやろ。途中でシャイな女の子やったわ、ほんまに……って言うとったとき、アホらしくて涙出そうやったわ」
「せやけど、わざわざうちに泊まりにきたんやで!」
「惜しかったんやろ、おかみさんのタクシー代」
「朝まで時間潰せばバスなり電車なりで帰れますからね」
「そしたらえっちな話しよ言うたんは」
「自分が経験豊富やってこと自慢したかったんちゃいます」
「高校卒業して一年目の女の子やしなぁ」
「ピュアやったんスね」
「可愛かったんやなぁ、大二の謙也」
「……もうそれ以上は勘弁してくれ」
 突きつけられた現実に目眩を覚えた謙也は、「顔洗ってくるわ」と立ち上がった。居酒屋の喧騒が、あの日の夜を思い出させて妙に悲しい。
「はあ」
 大きな溜息をこぼしつつ、座敷の横から続くトイレに向かって伸びる短い廊下を歩いていると後ろから肩を叩かれた。
「謙也の新しい家このへんなんやろ」
 白石だった。謙也が財前とユウジにやり込められている間中黙りこくっていた男は、ほんのり蒸気する頬をこちらに向けて首を傾げた。
「今夜、泊まってもええ?」

 えっちな話でもしよか、部屋にたどり着いて腰を据えるなり、白石はそんなことを言った。
「急やな」
「俺はさっき店におるときからずっと謙也のすけべな話聞きたかったで」
「はぁ」
 白石でもエロいこととか考えるんや。この期に及んでそんなことを考えてしまうほどに、平素の男は猥談から遠いところにいる。
「初体験はいつ?」
「三回生の夏休み、看護科の女の子と付き合い出して三回目のデートのあとに……この話お前にはしたことあるやろ」
「さらっとな」
 今度は細かく教えてや、と尻を詰めてくる。顔をうつむけることによって露わになったうなじのキメの細かさに心臓が固まる。
 白石、お前は、どういう意図で、俺に、こんな、こんな──気がつけば、男の手を握っていた。白石は、表情も変えずに口を開いた。
「最初の時の体位は」
「普通に正常位やけど」
「一回で終わらんかったやろ、二発目は」
「なんでそこまで」
 顔面が紅潮しているのが分かった。財前やユウジの前では軽やかにエロトークを紡ぎだしていた唇が、白石と二人きりになると急に二の足を踏み始める。
「そんな話誰にもしたことないやろ。他の奴が知らん謙也の話、知りたいわ」
 手のひらをきゅっと握りかえされると、腹の奥が重たくなった。
「二発目は立ちバック。彼女がしてほしいって」
「ちょっとマゾ気質な子やったんかな。コンドームはどっちがつけたん」
「……彼女がつけてくれた。慣れとるみたいで軽くショックやったわ」
 そういうの嫌なんや、と白石は謙也の指をひらいた。人差し指と中指の間の水かきを爪で引っ掻きながら、「俺のえっちな話もききたい」と問うてくる。
「らしくもないやん」
 冷静な風を装う謙也に、白石はもう一度尋ねてきた。
「ききたないん」
 体が熱いのは酒のせいだ。白石の目つきがやけに艶っぽく見えるのも。謙也は自分に言い訳をしながら頷いた。
「白石の初めてはいくつんとき」
 そういえば聞いたことあらへんかったな、と続けると、白石は意味深に眉を下げた。
「高二やな、俺も夏やったと思う」
「おー結構早いんやな」
 相手の歳は。十個くらい上やったかな。どこで知り合ったん。ネット。コンドームはどっちがつけたん──。
「コンドームは、俺が口でつけた」
「そうなんや、やるなぁ」
 やるなぁってなんやねん。もっとなんか、言うことあるやろ。せっかく白石が自分をさらけ出してくれとんのに。頭の中が出来の悪いミックスジュースのように攪拌される。
「やっぱり白石ってそっちなんや」
 混乱の果てに出た一言は、最低のものだった。それなのに白石は、気を悪くした風でもなく頷いて、
「スカートのとちゃうけど、ベルトで縛られたこともあるで」
 手慣れた所作で謙也のジーンズのベルトを引き抜いた。
「酷い男やったわ。他の男と絡んどるとこが見たい言うて、バイの友達呼びつけてな、」
 話を中断した男は、謙也の表情を伺うようにこちらに顔を近づけてきた。婉然と首を傾げながら、「引いたやろ」と問うてくる。
 いや、全く──咄嗟に耳馴染みの良い偽善的な言葉が頭に浮かぶ。
「正直引くわ」
 しかし謙也はそう答えていた。本音だった。
「俺やったら大切にするって言ってくれへんのや」
 その問いかけにも深く頷いた。りっちゃんも白石も、そんなことは望んでいなかったのだろうと今なら思える。
「そしたら謙也はどうしたいん」
 先程までとはうって変わって、白石の声は強張っていた。今、男を見つめる自分はきっと怖い顔をしている。
 男の小さく震える肩を掴んだ。床に引き倒して、舌の絡むキスをする。
「今は、めっちゃやりたい」
 犯してもええ──あの夜は理性で押し留めた性欲に、流される決断をくだした謙也の背中を、白石は優しく撫であげた。

 ぱくん。何の躊躇いもなく謙也のペニスを口に含んだ白石は、先端をちろちろと舌先で弄んでから、「カチカチやん」とこぼした。
「お前がやらしげな煽り方するからやろ」
「どんな煽り方されても男相手には普通こうはならんやろ。素質あるんちゃう、ケンヤくん」
「……ええから咥えてや」
 返事の代わりにカリを飲み込んだ白石は、薄い舌でそれを転がす。粘膜と粘膜の境がなくなるような感覚。白石の薄い頬の内側の肉が、感度の高いカリと竿の段差にじっとりと絡みつく。
「上手いなぁ」
 吐息まじりに唸ると、褒められたのが嬉しかったのか男は更に挿入を深めた。竿の根本近くまで咥内に埋められ、先端が喉奥で行き止まる。今まで付き合ってきた女の子にそこまで深く咥えられたことはない。
 何の気なしに腰を動かすと、白石はくぐもった呻き声を漏らした。目のふちに滲んだ涙が光る。それでも、「勝手なことすんな」と文句を言うでもなく、謙也の竿に舌を這わせ続けている。健気だ。時たま口を窄めて、咥内の圧をあげられるのが苦しいくらいに気持ち良い。
 今度は意図的に腰を奥に進める。喉奥に先端を擦り付けるようにペニスをねじ込むと、触れた部分が苦しげに蠕動した。
「戻しそうか」
 尋ねてみても、男は小さく首を横に振る。白い頬が青ざめているのが分かった。
「こういうやり方ばっかさせられてたん」
 ペニスが埋まっているから、白石からの返答はない。一旦腰を引いて、喉奥を解放してやると、今度は抜くなと言わんばかりに鈴口にちゅうちゅうと吸いついてくる。
「それされたら出る」
 体は興奮しているのに、頭の芯は冷えていた。
「出してもええのに」
 カリ首をなぞる男の体を押し除けて、「脱いで」と、シャツに指をかける。自分で出来ると身動ぎをする男の唇をキスで封じて、ボタンを一つずつ外した。
「ん、む」
 縮こまった舌を吸い上げると、白石は泣き出しそうに喘ぐ。誘いをかける段階での大胆さが、行為を始めた途端なりをひそめてしまうのが面白かった。
 それでも自由な手でデニムをずり下げ、謙也がボタンを外し終える頃にはほとんどパンツ一枚になっていた。
「それも脱ぎや」
 半端に残ったシャツの袖を抜いてやりながらボクサーをしめすと、
「明るすぎる」
 しおらしく俯く。この後に及んでなにを恥ずかしがることがあるのだろうと思ったが、言われた通りにした。
 落とされた照明。常世灯のかすかな明かりの中で、ベッドの上に裸の男を引き上げた。
 男の滑らかな腿を指でなぞりながら、ボクサーのゴムにたどり着く。ひと思いにずり下げてやると張り詰めたペニスが飛び出してきた。
「綺麗やな」
「はぁ、なに言うてんの」
 普通にグロいやろ、と続ける白石のそれを手のひらで握り込んだ。
「やー綺麗やで。左右のバランスも揃っとるし」
 言いながら張り詰めた幹をゆるゆると扱きあげる。根元から先端にかけて、輪郭をなぞるように。
「っ、」
「先っぽの色もピンクや」
 女の子のアソコでもこんな色見たことないわ。頭の片隅に浮かんだ下世話な台詞は流石に飲み込んで、鈴口からこぼれ出すカウパーを練り込むように段差の部分を指でこすってやる。
「ぃ……ぁ、あかんて」
「なにがあかんの。下っ腹めっちゃ震えてるで」
 出してもええでーと先ほどの男の台詞を真似て言ってやると、「ナカに欲しいねん」とねだられた。
「流石に慣らさな無理やろ」
「すぐに済む、自分でするから」
 ペニスを掴んだ謙也の手を無理やり引き剥がした白石に、別れた恋人と使っていたローションを手渡す。
「これでどういうプレイしてたん」
「……風呂場でぼちぼち」
「ほんまにヤリヤリやな。さっきの話の可愛いチェリーの謙也君はどこいってん」
 チェリーやったら男とはシとらん、とは言えない。
「慣らすとこ見せて」
 誤魔化すように言って、閉じられかけていた腿をこじ開ける。イヤやって、と顔を背ける男のペニスは未だ完璧な形を保っていた。
「ええからはよ」
「萎えんといてな」
 ローションを纏った白石の指が窄まりの中に吸い込まれていく。ぐじゅっぐじゅっと濡れた音が部屋に響き、常世灯のオレンジの光に包まれた男の体が小さく震える。
「は、っ……ぁ」
 人差し指が腹側の一点を執拗に擦っている。そこが気持ええ部分か。
「一人でするときもそうするん」
「……前だけやって」
「ほんまは」
 白石の震えるペニスの先端を指先でくりくりと刺激する。小さな嬌声を漏らした男は、「たまに後ろでも」と悔しげな声をあげた。平素はどこまでも常識的で穏やかな男の唇から紡がれる非日常を想像させる文字の羅列は謙也を酷く興奮させた。
 二本目の指が挿入されると、白石は口を利かなくなった。荒い呼吸音だけが二人を繋いでいる。二本の指を受け入れた白石の窄まりは、熟れた果実のように充血して見えた。
「その指ひらいて見せてや」
 無言のまま拡げられる入り口、指と指の間にぽかんと口を開いた空間に、謙也は自分の指を差し込んだ。
「ぁ、かんて……」
 白石の内側はぬるい。指で拡げてもなお入り口を閉じようとする肉の動きに逆らうように、白石が擦っていた部分に触れてみた。
「ゃ、あっ、あっ……」
 小さなしこり。そこを擦ると、男は面白いくらいに高く喘ぐ。唇の端からこぼれた涎を舐めとってやりながら、前立腺をぐりぐりと押し込むと、ペニスから白いものがこぼれた。
「ぁ……ああ」
 腹に散った自身の白濁を、白石は茫然としたように見下ろす。
「指だけでイけるんや。すごいな」
 差し込まれたままの男の指を引き抜いて、自身のペニスの先端を蕩けた穴に充てがう。ローションを含んでよく慣らされたそこは、誘いをかけるように吸い付いてきた。
「まだ、イったばっかやかっ……ら、あっ、ああっ」
 緩い抵抗を示す体をシーツに押しつけて、一息に切っ先を差し込む。ローションにまみれてたわみ切っていた白石の入り口は、すんなりと謙也を受け入れた。
「きっつ……」
 腰骨を掴んで深く挿入する。女性のそれとは全く異なる引き締まった感触。イヤやとうわ言のように漏らしながらも、男の目は快楽に蕩けていた。
「やばい、すぐイきそうや」
 ゆっくりとした抜き差しを繰り返しながら謙也が言うと、組み敷かれた男は露骨に残念そうな顔をした。
「短いの嫌なんや」
「そんなこと、ぁっ、ああ」
 カリが抜け落ちる寸前まで引き抜いて、一気に根元まで差し込む。最奥の行き止まりをぐりぐりと突きあげてやると、梯子を外されたように男は呆けた嬌声を漏らす。
「蔵はいっぱいシたいんやろ」
 やらしいなぁ。突き放すように言葉を投げると、内側の肉がぎゅうぎゅうと引き締まった。わりとマゾいな。蠢く肉をかき分けるように律動を続けて、快楽をむさぼる。
「いや、いややっ……」
「ここは、めちゃくちゃ嬉しそうやけど」
 下っ腹を手のひらで押さえつけながら、とろけた肉壁を突き崩す。ローションなのか自分の先走りなのか分からないものてわ濡れそぼった淫肉が一突きごとにペニスに吸い付いてくる。そういえばゴム。忘れとった。気がついたところで行為を中断する気にはなれない。
「ここもまたパンパンやし」
 一度は吐精を済ませたはずの白石のそこは、すでに完全な姿を取り戻していた。入り口近くのしこりをカリ首で擦り上げてやりながら、裏筋を指でたどると、弱々しくこちらを睨む。
「っ、あかんて、もうっ……」
「なんで、蔵がもっかいイくところ見たいわ」
「その呼び方も、っ──ぁっ、」
 蔵、と呼びかけるたびに男の肉壁はきつい収縮を繰り返した。友達は多い方だが、親友と呼べるような相手は何人もはいない。その内の一人が白石だ。
 年齢を重ねるにつれ手放した昔の呼び名で男を呼ぶたび、自分が今犯している男と親友の境界線が滲む。くら、くら、と呼びかけながらお互いの肉をぶつけ合う。
「あっ、あっ……ケンヤ、っ、」
 内側でかき混ぜられたローションがきつく窄まった入り口で白く泡立っている。
「もっと、っ、あっ……」
 酷くして──掠れた声が細かに届いたとき、頭の奥で糸が切れた。硬い肉棒で、男の体を深くまで串刺しにする。ごつごつと圧を与えながら、最奥を押しつぶしてやる。
「酷くってなんなん、どうされたら満足なん」
「くび、しめて」
「えー……ハードなんかソフトなんかも分からんわ」
 そら恐ろしくなりながらも、望み通りに美しく反った首に手をかけてみる。動脈の通った部分を狙って圧迫すると、白い頬が紅潮していくのが分かった。
「ん……く」
 くぐもった呻き声。涙の滲んだ形の良い瞳。それら全てが現実のものとは思えなくて、手のひらに力を込めたまま無我夢中で抜き差しを繰り返す。
「っ……」
 抽挿を繰り返している過程、動脈を抑える指に不意に力がこもったとき、淫肉が痙攣を始めた。さざ波のような小刻みな脈動、精を搾り取るようなうねりに謙也はたまらず白石の体を抱きしめた。
 首への圧迫から解放された男が、「ふわふわする」と焦点の定まらない瞳で漏らす。射精を前にして震える体を強く抱きながら、謙也は大きく引き抜いていたペニスを強く突き立てた。
「ぁ」
 遠くから溢れるような白石の喘ぎ。それをどこか遠くで聞きながら、謙也は男の内側に白濁を吐き出した。
 
 吐精後のまどろみの中、「くら」と呼びかけると、息を整えながら隣に横たわる親友は小さく身動ぎをした。
 お前俺のこと好きなん。そんな質問はエゴが過ぎる。くだらない。だから飲み込んだ。
「なあケンヤ、ユウジと財前はああ言ったけど俺は本当にお前はりっちゃんとやれてたと思うで」
「ええって慰めんでも、もうどうでもよくなったわ」
 それを言うために白石は、似たような状況をなぞってすれたのかと思うと、妙に虚しい。友達になにさせとんねん、俺は。
「好きやったんやろ。だから雰囲気に流されて押し倒すことが出来んかった」
 ええ奴やもんな、ケンヤ。部屋に響いた声が空々しい。彼女のことは確かに気になっていた。可愛い、あわよくば付き合えればと思っていた。だから未だにあの夜のことを引きずっていた。
「そんなんやないって、童貞やったから押しきれんかっただけや」
 それを認めれば今晩の白石との交接を否定することになる。
 感情の読み取れない視線を謙也に向けていた白石は、
「一生癒えない傷があるということは、一生を癒やすやれたかもがあるということ」
 一息に言い切って破顔した。
「ええやれたかもやったな」
 それはつい最近謙也が読んだ漫画の登場人物の台詞だった。
「蔵、お前も読んどったんか」
「前の男が二巻だけ持っとった」
 白石が以前に付き合っていたのはどういう男なのだろうか。
「俺はお前のやれたかもを肯定する。誕生日やしな、改めておめでとう」
「けったいな誕生日プレゼント」
「悪くなかったやろ」
 そう言ってキスを求めてくる。しばらくの逡巡ののち、謙也はそれに応じた。

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