お前の全てが俺の、


 鼓膜を震わせる学食の喧騒。解けた氷によって薄まった紙コップ自販機のアイスココアを握る手は色をなくしていた。
 寒いから熱い物食べたいなぁ、と注文したカレーうどんによって、火照った体を治めるために自販機で頼んだそれは、急激に幸村の体温を奪った。テラス席に続く窓際に面した席は、人が出入りする度に冷え切った空気が混ざりこんで、彼の剥き出しのうなじを撫でる。
「左助くんっていくつになったんだっけ」
 やっとの思いでココアを平らげた幸村は、向かいにかけていた男に向かってそう投げかけたが、なんの返答も得られず、怪訝な表情を浮かべながら顔を上げた。
 つい先程まで幸村の四方山話に相槌を打っていた男の姿が、忽然と消えている。
「……トイレかな」
 形の良い眉をひそめて幸村が呟いた時、机の上にプラスチック製の湯のみがことりと置かれた。学食に備え付けられている茶と水のサーバーの傍に用意されているものだ。中には湯気の立った透明の液体が注がれていた。
「指の色が変わっているぞ。この寒いのに冷たい飲み物など飲むからだ」
 早く飲め、とせっついてくる幼馴染の、その男臭い顔立ちを幸村はじっと見つめた。唇、喉を通して体内に落ちた液体が、皮膚の内側にそっと熱を持たせる。
「なんだ……」
 遠慮のない幸村の視線に、真田はたじろいだ様に体を反らせた。
「似合わないことをするから」
「なんだその言い草は」
「いや、嬉しいよ。ありがとう」
「そうか」
 真田は、幸村の口の端に登ったその台詞を、噛みしめる様に横を向いた。
「なんでお茶じゃなくて白湯なの?」
「それはあいつが……」
「ああ、彼女ね」
 真田はそれきりむっつりと黙り込んでしまう。大方厳しさを増した寒さに耐えかねた彼の恋人が、毎朝白湯を飲んでから登校しているだとか、白湯を飲んで体を温めてから床に入るというような話を聞きかじったのだろう。
「あの子ってお茶飲まないの?」
「夏は水、冬は白湯しか飲まんらしい」
「胃でも悪いのかな」
 先日の昼休み、昼食後教室に戻ろうとしていた二人に体育館の前で話しかけてきた体操着姿の彼の恋人の、強く抱けば折れてしまいそうに細い腰を幸村は思い出していた。
 真田に人生で初めての恋人が出来てから三ヶ月が過ぎた。二人の関係は憎たらしくなる程に順調に見える。
「もうすぐクリスマスだね」
 学食の隅に飾られたクリスマスツリーを眺めながら呟いた。
 本物のもみの木を切り倒して作られたというそれは、生徒達の手によって地の木の色が殆ど見えない程に飾り付けられている。飾りの中には、願い事のしたためられた短冊や、キャラクター物のカプセルトイのキーホルダーまで混ざりこんでいて、少しの風情も感じられなかった。
「そうだな」
「真田は、彼女になにか渡すの?」
 クリスマスプレゼントなんて真田には似合わない。尋ねてみてからそう思った。
 う……と呻いた真田が、眉間に皺を寄せる。
「あの子、クリスマスとかバレンタインとか、行事ごとに熱心なタイプだと思うけど」
 近頃の幸村は、事あるごとに真田に絡む。それは、相手を不快にさせるような、鬱陶しい類のものではなかったが、彼に対して息をするように恋人の話題を振ってしまう自分に、幸村はうんざりしていた。
 恋人が出来たからといって真田が真田らしさを欠くようなことはなかった。恋人を優先して、テニスや学業を疎かにしたりは勿論しなかったし、幸村とのただの幼馴染と言ってしまうには複雑な関係を解消することもない。
 それでも、以前までの真田とは違う――不意にそんなことを感じさせられることがある。真田の恋人は、その場に存在しなくても、幸村だけが感じられる空気となって常に彼の周囲に纏わりついているようであった。
 だから幸村は、彼女のことを口に出さずにはいられないのだ。
「……プレゼントに、何をやればいいのか分からず困っている」
 長い沈黙の後に、真田が口を開いた。
 渡すつもりはあるんだ、と幸村が呟くと、「当たり前だろう」と返される。
「先日向こうに何が欲しいか訊かれてしまってな」
「お前が?」
 真田は、頷いてから話を続ける。
「何も必要はないと答えたが、それで納得しているとも思えない。俺からも何か用意してやりたいのだ」
「プレゼントもらえそうだから渋々ってことか?」
「……いや、それはあくまでも口実に過ぎないのかもしれない。俺があいつに自分で用意した何かをくれてやりたいだけだ」
「喜んでる顔が見たいんだ?」
「平たく言えばな」
 真田の眉間の皺がより一層深まった。照れ隠しにしては怖すぎる顔だ。デート中に幾度となくこの形相を見せられる彼の恋人に、幸村は同情した。
「でも何をあげたら喜んでくれるのかは全く想像つかない」
「……そういうことだ」
「お前は本当に呆れた男だな。それなら俺とこんなところで油を売ってる暇なんてないはずだろ。今すぐあの子のところへ行って、それとなく欲しいものを聞き出してくればいいじゃないか」
 自分から話を振ったくせに、これ以上その女の話をしてくれるな、という心境の幸村は、つゆの少し残ったどんぶりと空の湯のみをトレイに載せて立ち上がった。昼休みが終わるまではまだ三十分近くある。
「待ってくれ。何が欲しいかは聞いた。しかし気にしないでほしいと言われてしまってな……」
「惚気るなよ」
「惚気てなど、」
「結局似た者同士ってことだろ。それが惚気じゃなくてなんだって言うんだよ」
 付き合いきれない、と歩き出した幸村を、風呂敷と剥き出しの弁当箱を持った真田が追う。
 今日の真田の昼食は、母親の手製の弁当だった。高校生にはどう見たって見えない真田が、風呂敷に包まれた曲げわっぱの弁当を広げている姿を微笑ましいと感じるのは自分と、彼の恋人くらいだと思う。
 真田の母親は、いつでも笑顔を絶やすことのない美しい人で、あまり彼の母親らしくない。赤也などは、初めてその姿を認めた時、「あれが真田副部長のお母さんっスか! 絶対嘘っスよ!」と目を剥いて、真田に殴られていたくらいだった。
 学食から出ると、冬の厳しさを称えた外気が容赦なく体を包んだ。
「さぶ……」
 ヒートテック着てくればよかった、と呟いた幸村の隣に、ようやく弁当箱を風呂敷に包み終えた真田が立つ。
「今日の部活の後、家に来てくれないか」
「嫌だよ。最近日が暮れるのが早くなってきたんだから」
 幸村の家は、真田の家よりも立海から遠い。
「少しでもいい。近頃お前が顔を見せないから母が寂しがっている――帰りは、送って帰る」
「送って帰るって」
 女性的な顔立ちをしていると、他人に言われることがある。それと同じくらいの頻度で、顔に似合わず体格がいいとも言われる。
「お前の言う通り、近頃は暗くなるのが早いからな」
「……最近は体調もいいし、そこまでしてくれなくてもいいよ」
 数年前の発病によって、沢山の人間に気を揉ませたが、それが概ね完治した現在になっても夜道は暗いから送っていこうなどと幸村に言う奇特な人間は真田くらいである。
「体調は関係ない。俺がそうしたいだけだ……来てくれるな」
 有無を言わさぬ口調で言われて、「変なの」と唇を尖らせながらも、幸村は頷いた。


 真田の部屋は、極端に物が少ない。ミニマリスト、というのとも少し違うのだろうが、娯楽を好まない性質もあってか、畳張りの部屋の中はいやに殺風景だ。
 幸村は、長い付き合いの中で、真田がある種排他的だとも思えるほどに新しい物を寄せ付けない性質であると知っていた。それは人間関係においても同じで、彼は同じ部活に勤しみ汗を流すチームメイトにすら、心を許すことは稀だった。友人と呼べる相手は幸村と柳以外にはいないと言っても過言ではない。
 だからこそ、彼に恋人が出来たと知った時は驚き、つまらない冗談を言われたのだと、真剣に疑った。
「お茶ここに置いておくわね」
 障子で隔てた廊下から、真田の母の柔らかな声が響いた。ありがとうございます、と幸村が言うと、今度は、「ゆっくりしていってね」と華やいだ声が返ってきて、足音が遠ざかっていった。
「お母さん確かに嬉しそうだったね」
 廊下に置かれた菓子盆を取り上げた真田に言うと、
「我が家の男はむさ苦しいとよく言っているからな」
 と、眉間に皺を寄せられた。
「美味しい。甘みがあるね」
 湯のみを傾けながら、幸村は目を細めた。
「かりがね茶だ」
「へえ」
 茶葉に茎が混じっているのだと、真田は続けた。案外母親の言うことをよく聞いているのだな、と幸村は感心する。
 真田の母は、幸村が家の敷居を跨ぐなり、顔を出して、「あら精市君久しぶりね」と嬉しげに頬を緩め、彼を居間に通そうとした。真田が、「二人で話すことがある」とそれを押しとどめなければ、今頃幸村は彼女が作る夕飯のおかずにありつけていただろう。
「俺はあのままお前のお母さんと話していたんでもよかったのに」
 乾いた喉を潤すように一気に茶を飲み干した幸村は、出された座布団を枕に横になる。
「疲れたのか」
「部活終わりで誰かさんが呼びつけるから」
「……すまない」
「ふふ、嘘だよ。うちには畳の部屋がないから、ここに来ると寝転びたくなるだけだ」
 心配げに自分の顔を覗き込む真田の視線から逃れるように寝返りを打つと、い草の香りが鼻腔をくすぐった。
「いつもと違う匂いがする」
「先日畳の張り替えをしたからな」
真田の部屋に最後に入ったのは半年以上前のことだった。その空白の間に過ぎた時間のことを、真田の傍に現れた彼の恋人のことを、幸村は想う。
 貝のように黙したまま、幸村は真田の部屋の巾木を見つめていた。自分から呼びつけたくせに結局黙りこくってしまった男の視線は今どこにあるのだろう。
「……何を考えているんだ」
 水を打ったような沈黙を打ち破ったのは、真田だった。
「真田の彼女のこと」
 返答に困ったのだろう。再び沈黙が流れる。
「彼女、ここに来た?」
 どうして自分がそんなことを気にしているのか分からない。緊張からか、じじじというモスキート音が鼓膜を震わせた……気がした。
「ここに来たことはない」
 硬い声で真田が答えたのと同じタイミングで、再び寝返りを打つ。畳の上に正座した真田の視線は、一心に幸村に注がれていた。
「見るなよ」
 言葉とは裏腹に誘うような声を上げると、真田が膝の上で握り込んだ拳に力を込めるのが分かった。
「……お前が」
「俺が、なに?」
 拳が解かれて、真田の手が、幸村に向かって伸びてくる。本当は怯えていることを隠して、幸村はその手を掴んだ。
「お前は、彼女へのクリスマスプレゼントの相談がしたくて俺を誘ったんだろ。だったらこの手は、なんなんだ」
 言いながら、真田の手を自分の頬に当てる。前のめりに体勢を崩した真田の手のひらは、真冬だというのに燃えるような熱を孕んでいた。
「お前の頬は冷たいな」
「っ……答えになってない」
「答えが必要なのか」
 しばらくの間、幸村の頬の感触を楽しむように動いていた真田の手が、彼の首筋に落ちた。そのまま肌の表面をなぞって、シャツのボタンを二つ外す。
 制服のセーターの隙間から現れた幸村の素肌に、真田は口づけた。思わず息を詰めた幸村の反応を楽しむように、舌を這わせる。
「ぁ……」
 甘い痺れが幸村の下腹部を襲った。若く敏感なモノが勃ち上がりそうになるのを、意思の強さで必死に抑え込んで、真田を睨みつける。
 真田は、気がつけば幸村のシャツとセーターをたくし上げて、胸の飾りの周りの薄い皮膚を舌でなぞっていた。彼なりに興奮しているのか、幸村と同様息が荒い。
「真田って、俺に欲情するんだ、っ……」
「それはお前も同じだろう」
 真田からの返答は、些か冷ややかだったが、「確かにそうだ」と幸村は呟いて、潤んだ瞳を誤魔化すように何度か瞬きを繰り返した。
 ここまで密接に熱を通わせたのは初めてのことだったが、真田が自分に欲情出来ることも、自分が真田に欲情出来ることも、ずっと昔から知っていた気がした。それはきっと真田も同じだろう。
「ぅ……そんなとこ舐めても、何も出ない」
 色素の淡い胸の中心を舌でつつく真田の頭をはたきながら、幸村は精一杯に低い声を上げた。
「出ても困る」
 普段と少しも変わらないトーンで返されると、余裕を失っているのは自分だけなのだと思い知らされるようで無性に憎たらしい。
「……お母さん、きちゃうよ」
 少しでも真田が萎えるようなことを言ってやろうと、そんな言葉を投げつけたが、真田の勢いが止まる気配はなかった。それどころか、彼の利き手は幸村の股間に伸び始めている。
「勃っているな」
「……っ! 男の体なんか触っても、気持ち悪いだけだろ」
 気持ち悪くなどない、と口に出すことこそなかったが真田の視線は雄弁だった。幸村の制服のスラックスのチャックを開けて、ボクサー越しに彼の屹立を撫でる。
「……どうせこの部屋に呼んだことはなくても、相手の部屋に行ったことはあるんだろ」
 今度は自分の心を冷やしたくて、闇雲にそう発した。真田は一瞬動きを止めてから、「だったら何だ」と言った。少しも悪びれた様子はない。
 幸村にも、恋人がいる男とこういった関わり方をするべきではないという意識はなかった。
 幸村は、どこまでいっても真田は自分の物だと思っているし、真田も他の人間と幸村を明確に区別しているようなきらいがある。
 しかしそれとは別にして、真田が自分ともしたことのないようないやらしいことを、あの女と先にシたのだと思うとたまらない。
 真田の手の動きは緩やかだった。しかしその手つきは幸村の形を確認するように、執拗である。
「真田……いやだ、ぁっ」
「嫌なようには見えないが」
 真田が、幸村の張り詰めた屹立をきゅっと握り込んだ。息がつまる。喉が乾く。
「っ……別の人間のことを考えながら俺に触れたら、ゆるさない」
「お前が持ち出したんだろう」
 呆れたような声を上げた真田の手が、ボクサーの内側に侵入してくる。先走りで僅かに濡れた先端を、真田の太い指が撫で回した。
「あっ……」
 幸村は小さい喘ぎ声を漏らしながら、真田の太い首筋に腕を回した。微かな汗の匂いがして、だけどそれが不快ではない。そのことを確認するように、スンスンと何度も鼻を鳴らす幸村に、「やめんか」と真田は言った。
「嫌いな匂いじゃない。お前もそうだろ」
「大した自信だな」
「悪い? ……っ、ふ」
 少しだけ顔を遠ざけて、首を傾げた幸村の唇を、真田が食んだ。それは、余裕ぶった態度とは裏腹に経験の薄い幸村が、「食べられる!」と内心で思ったほどに熱烈だった。
 真田の分厚い舌が、幸村の歯列を辿り、敏感な口蓋を擽るように撫でる。
「ん、ん……」
 呼吸の仕方も忘れてしまいそうな程に激しい交わりの最中、幸村はやはり真田の恋人のことを考えていた。彼女も真田と唇を重ねたことがあるのだという事実に心が荒ぶる。
 真田の全てを自分の物にしたかった。
「……ふ、はあはあ」
 長い口づけを終えて、荒い呼吸を吐きながら互いに見つめ合う。幸村は、真田の情欲に満ちた視線から逃れるように顔を背けて、後ずさりをした。意外なことに、真田はそんな幸村を追わない。
 幸村は、真田の手によって乱れた着衣を整えて、ぴしゃりと言い切った。
「俺はお前のことが嫌いだよ、真田」
 真田の瞳に、動揺の色は見えない。ひたすらに黙して、幸村の次の言葉を待っている。
「だって俺はお前の幸せを願えない」
 乱れた着衣を整えながら幸村は続けた。
「……幸村、それは」
 真田は何かを言いかけて、しかし押し黙った。
「帰るよ。クリスマスプレゼントのことは、妹に聞いておく。男二人膝をつき合わせて考えたってろくな案は出ないだろ。今度また一緒に買いに行こう」
 勤めて平素と変わらないような声色を作って幸村が言うと、「送っていこう」と真田が立ち上がろうとした。今日はいいよ、とそれを押しとどめる。
「一人で頭を冷やすよ」
 幸村は微かに笑んで部屋を出た。玄関まで見送りに来た真田に、「また明日」と囁いて外に出る。
「はぁ……」
 大きな溜息をついた拍子に息を吸うと、肺一杯に冷気が満ちた。


 女子にはサボンのボディスクラブやっとけば間違いない、という幸村の妹の言に導かれるようにして、二人は休日のショッピングモールを訪れていた。
 あの晩のことはひとまずなかったという体で、しかし互いに苦しいくらいに意識し合いながら、真田の恋人へのクリスマスプレゼントを連れ立って買いに出かける。二人の関係がどこか歪なのは今に始まったことではない。
 目当ての店の店員は、ダッフルコートを身に纏って現れた幸村の手で、商品を試させてくれた。
 女の子へのプレゼントなんです、と言ったのが幸村だったからか、女性らしい場所に不慣れな真田が酷い仏頂面を浮かべていたからなのか、美しく化粧をした店員は、恋人への贈り物を選びに来たのは幸村の方だと思っていたようで、いざ匂いを決めてお会計となったとき、ずずいと真田が進み出ていくと絶句していた。
「あの店の店員さん、彼女へのプレゼントを選びに来たのは俺の方だと勘違いしてたね」
 駅に向かう道を歩きながら、幸村が言うと、スクラブの袋をさげた真田は渋面を浮かべた。
「お前の手に触れたかっただけだろう」
 真面目くさった声で言われて、幸村は思わず破顔した。
「それはお前だろ」
 笑いながら言ってやると、真田の眉間に皺が寄った。
「触りたいならいいよ。さっきしてもらったとこ、スベスベになった」
 そう言って手を差し出してから、真田の恋人は、あれを全身に塗りたくって、その体の全てを彼にさらけ出すのだと思い当たった。
 手の甲に残るラベンダーバニラの香りを振り切るようにして、手を振った幸村は、それとは逆の手で真田の腕を引く。
「そこのドラッグストア寄ってもいい? 目薬が買いたい」
 話題を変えるように言って、真田が頷くよりも早く、歩き出した。すぐ近くに建っていたドラッグストアに、二人して入って、目薬の売り場を求めて店の奥に進む。
 その途中でハンドクリームやテーピングのコーナーを冷やかしている内に、二人の前に派手な色味の箱やチューブで埋め尽くされた陳列棚が現れた。
「こういうの買ったことある?」
 蝶の模様の印刷された箱を指差して幸村が尋ねる。真田は居心地が悪そうに唇を結んでいた。
 あの一件以降、真田は以前に増して口数が少ない。部活の時間にはうるさいくらいにがなり立てているくせに、二人きりになるとこうなのだ。
「何か言いなよ」
「言っても仕方ないだろう」
「お前のそういうところが嫌いだ」
「俺はお前のことを嫌わない」
「……それなら、二十五日うちに来て。彼女とデートした後でもいいから」
「家族団欒の邪魔をしたら悪いだろう」
「その日は、父さんと母さんは、母さんが前から行きたがってたレストランに行くんだ。妹は、友達の家でお泊まり会。家には俺しかいないよ」
「それなら、尚更、」
「男同士なのに、何を意識することがある?」
 一瞬の沈黙。僅かな逡巡を経て、真田はゆっくりと口を開いた。
「お前は、しないのか」
「しないはずないだろ。これ以上言わせるな。あの日の続きがしたいと言ってるんだ」
「……あの日の晩、頭を冷やすと言っていただろう」
 言葉に反して、真田の目つきは柔らかい。きっとこの男の中に、幸村を真っ向から拒絶するという選択肢はないのだ。
「冷やしたよ。だけど、やっぱり俺とお前は一度くらいは寝てみるべきだと思う。それでやっぱりダメだったら、ただの幼馴染に戻って、今まで通り二人でテニスをして、」
「そう簡単に戻れるか」
「……戻れるよ。元々自然な関係でもないんだし。俺はたぶん、お前とそういうことがしてみたかった。お前だってそうだろ? だからあの晩俺に触れたんじゃないのか」
 コップの中に、表面張力だけで留まっていた水が、蛇口から漏れ出た最後の一滴によって溢れ出してしまった瞬間にそれは似ていた。
 真田に、ああいう形で触れられたのは初めてだったが、あの日でなくても遅かれ早かれその時は来ていただろうと幸村は思う。タイミングがズレていれば自分から真田に触れていたかもしれないし、そうなっていたとしても彼は幸村を拒まなかったはずだ。
 真田は押し黙っていた。その視線が、幸村が先ほど指し示したコンドームの箱のあたりで彷徨っている。
 幸村は、やけに几帳面に並んだ陳列棚の中から適当な物を見繕って買い物かごに入れた。
「……俺が買う」
 真田はそう言ってかごを引ったくろうとしたが、幸村はそれを拒んだ。
「別にいいよ。お前以外とも使うかもしれないんだし」
 心にもないことを言ってやると、真田の表情が歪んだ。自分は恋人を作って、その女と寝ているくせに、案外身勝手な男である。
「買ってくるから、外で待ってて」
 そう言って真田を遠ざけて、素知らぬ顔でレジに並ぶ。ベテランの風格を醸した主婦らしき店員が、手慣れた手つきでカゴの中の物を紙袋に入れる。
 こういう物を買うのは初めてだった。千円札を三枚出して、いつものくせで、「ありがとうございます」と会釈する。その瞬間に、目薬を買い忘れたことに気がついた。


 クリスマスの日。
 待たせたか、と低い声を上げた真田が幸村の家を訪れたのは夕方の四時だった。思いがけず早い男の来訪に驚いた幸村は、「全然待ってないよ」と上ずった声を上げて真田をリビングに通す。
 テーブルの上には美しく整えられた菓子盆が鎮座していて、それを見た真田が、気まずげな声を上げる。
「……俺が来ることを知っていたのか」
 幸村は頷いた。真田としようとしていることはとてつもなく疚しい。それでも母親もよく知る昔馴染みの来訪を彼女に伝えないのも不自然である。
「まだ父さんが戻ってきてないから買い物に行ってるけど、もうすぐ帰ってくると思う」
 紅茶でも飲む、と幸村が首をかしげると真田はお預けを食らった犬のような表情を浮かべた。
「クリスマスデートはどうだった?」
 戸棚から出したアーマッドの缶をきゅぽりと開きながら幸村は問うた。ジャンピングポットの中に二人分の茶葉をさらさらと落とす。
「どうということもない」
「なにそれ、せっかくプレゼント買うのに付き合ってやったのに」
「あれは渡したが」
 渡したがなんだ、と思いながらもポットの中によく湧いた湯を注いで蓋をする。残り湯でカップを温めておくことも忘れない。
「来てくれるとは思わなかった。お前が本当に来たらどうしようとも思ってたし」
「お前が呼んだんだろう」
 真田は、呆れるでも、怒るでもなくそう言った。平坦な声だった。
「そうなんだけど……思いのほか早かったし、驚いたよ」
 午前中に終業式を終えると、幸村は一目散に家に帰った。頭の中は真田のことと、今晩行われるかもしれない行為のことでいっぱいで、昼食のオムライスを食べるのに一時間もかかった。
 あまりにも上の空でいるので、母親に、「部活のない冬休みがそんなに嬉しいの?」揶揄されたくらいだった。そんなことないよ、と笑う幸村を母親は訝しむように見つめていた。
 二人がそんなやりとりをしている間に、さっさと身支度を整えた妹は二時前には家を出て行き、一時間程前に母親が買い物に出てからは幸村は家に一人きりになった。
「そういえば玄関に出てきたとき、随分慌てているように見えたな」
「そう? 普通だったと思うけど」
 目ざとい奴だ、と内心思いながらカップに紅茶を注ぐ。それを差し出してやると、真田は暖をとるようにカップを握り込んだ。外にいた時間が長かったのだろう。
 真田が現れる少し前まで、幸村は男を受け入れる支度をしていた。男のモノを受け入れる専用の器官のない幸村は、真田の恋人のように容易く彼を受け入れることはできない。そのことを思うと、バスルームで身を清める幸村の心は僅かに沈んだ。
「……今日、俺はそういうつもりでお前のことを待ってたよ」
 遠回しに、お前も覚悟は出来てるかと問うと、真田はカップをテーブルに置いてこくりと頷いた。静かに椅子を引いて幸村の隣に立つ。
 凛々しい眉の下の、幸村の姿を映した瞳は、恋人を裏切っている男のそれとは思えないほどに真っ直ぐに彼を突き刺した。
「お前の口から聞きたいんだ。今日、どうしてここに来た」
 二人で今まで積み上げて来た物の全てが崩れてしまうかもしれないのに。
「今お前の中にあるのは性欲? それとも、」
「幸村、俺は」
 幸村の言葉を遮るように真田が口を開いた。男の両の手が幸村の肩を掴む。表情こそ変えずにいたものの、幸村は緊張で肩を硬ばらせた。
 瞬間、廊下から軽やかな足音が聞こえた。追ってリビングのドアが開き、「ただいまー」と呑気な声が部屋に響く。
 その頃にはもう、真田の手は幸村から離れていた。
「あら、弦一郎君いらっしゃい」
「お邪魔しています」
 真田は立ち上がったまま会釈をした。
「相変わらず礼儀正しいのね。お母さん元気? 今日はお家でクリスマスパーティーなんじゃないの?」
「母は息災です。クリスマス会は、昨晩甥っ子も含めて」
 矢継ぎ早な幸村の母親からの質問に答えた真田は再び元々座していた椅子に腰掛けた。
 これ美味しいわよ、と出先で買ってきたばかりの海外製のチョコレートをテーブルの上に載せた彼女は、化粧直しをするためにリビングを出て行った。


「お、俺の部屋に二人で入るのは久しぶりだね」
 自室の前で上ずった声を上げた幸村に、真田は、「ああ」と頷いた。その声にはどこか緊張感が滲んでいる。
 つい先程、父親が仕事から帰宅して、両親は慌ただしく家を出て行った。リビングのソファに腰掛けて、普通の友人同士の体を装ってテレビを眺めていた二人は、それを見送ると、どちらからともなく立ち上がり幸村の自室に足を向けた。
「部屋、散らかってるけど」
「ここまで来てそんなことを気にするか」
 実際には、昨日大掃除をしたので部屋の中には塵一つ落ちていない。幸村は、部屋と廊下を結ぶ一枚きりの扉を開けはなつ勇気が出ずに、その場で二の足を踏んでいるだけだ。
 他に話を逸らす話題はないものかと、幸村が考えていると、ノブを握ったその手に真田の手の平が重なった。
「……あまり焦らすな、もう限界だ」
 背後から低い声で言われて、体温が一気に上昇する。焦らしてるわけじゃ、と言いかけた幸村の目の前で、ドアが大きく開いた。
 体が前のめりに倒れこむのを、真田の腕が支える。再び肩を強く掴まれて、幸村は下唇を噛んだ。
 背後でドアが閉まる音が聞こえたのと同時に体を反転させられて、真田の顔が近づいてくる。唇が触れた瞬間、二度目だな……と数えた。三度目はあるのだろうか。あるのだとしたら、今度は自分から真田のそれを奪いたい。
「っふ……う」
 真田の厚みのある舌が、幸村の口内を蹂躙する。こんなことされたらもう真田の口が見れない――と少しズレたことを考える幸村の舌を、真田がぢゅっと音を立てて吸った。負けじと舌を伸ばして、それに対抗しようとするのだが、ことごとく絡め取られてしまう。
 真田のくせに上手い! 生意気だ! と考えるたびに、男の恋人の柳のように細い腰が脳裏によぎり、苦い物が胸に広がった。
「っ……考えごとを、するな」
 気が付けば唇は離れていて、幸村のふくらはぎにベッドのマットレスが触れた。腰を強く抱かれた反動で、体が後ろに倒れこむ。
 ぽすんと、音を立ててシーツに背中を預けた幸村の体の上に真田がのしかかった。そのまま、部屋着にしているスウェットを太もものあたりまで降ろされる。
 青いボクサーパンツに包まれた幸村のモノは、芯を持ち始めていた。
 ちょっと窮屈かも、と考えていると、何か硬いものがそこに触れる。それがズボンの生地越しの真田の屹立だと気が付いた瞬間、腰の奥がぐっと重たくなった。真田は自分のモノで幸村のそこをグリグリと刺激し始める。
「ちょっと……真田、がっつき過ぎ」
 即物的な動きに戸惑った幸村が慌てて声を上げると、「がっつかずにいられるか」と余裕のない声が返ってきた。思わず、「彼女とシなかったの?」と聞きたくもない質問をしてしまう。
 真田は眉間に皺を寄せて、首を横に振り、更に強い力で幸村のそこを擦った。ちゃんと答えろ、と文句を言う幸村のモノは、完全に勃ち上がるどころか先走りで濡れそぼっていた。
「お前のことで頭がいっぱいだった」
 真田はそれだけ言って、ベルトを緩めた。皮膚の上を滑るようにズボンの生地が落ちていき、それを完璧に脱ぐことすら焦れったいのか、足首に留めたまま、真田はなおも互いの屹立を擦り合わせ続ける。
 濡れた布の感触が自分の先走りによるものなのか、相手のそれによるものなのかすら分からなかった。
「パンツ……汚れちゃうって」
「今更遅い」
 言いながら再び唇を食もうとする真田を、「待って」と制して、幸村は男の後頭部に腕を回した。
「今度は俺からシたい」
 目元を赤らめながら言うと、真田はなんとも形容しがたい表情を浮かべる。照れ臭いのを噛み殺しているようにも見えた。
「真田、口開けて」
 言われるがままに薄く開いた真田の上唇に舌を這わせる。ピクリと真田の眉が歪むのが、楽しい。
 そのまま口内に侵入して、上顎を舌先でなぞった。敏感な部分なのか、真田の呼吸がやや荒くなる。それが面白くて、夢中で舌を動かしている内に、下半身に冷えた空気が触れていた。
「ちょっと……」
 慌てた幸村が声を上げた時には、お互いのパンツはすっかりずり降ろされていて、先日は拝むことの出来なかった真田の太い屹立が幸村の裏筋をぬりゅりと擦り上げた。鋭い快感に苛まれて、幸村は息を荒くする。
「っ……あ、まって、まだ……心の準備が、」
「一週間もあったのにか」
 意地悪げに口元を歪めて、真田は言った。
「一年待ってたってきっと出来ない……」
「それなら待つだけ無駄だな」
 ふ、と笑いながら真田は幸村のモノを自分のそれと一緒に握り込んだ。湿り気の強い水音が、幸村の鼓膜を犯す。
「う、わ……生々しい。どんな顔したらいいか分かんない、っ」
 上ずった声で言いながらも、余裕ぶってみようと無理やりに口元を緩めると、「自然にしていろ」と窘められた。
 裏筋の敏感な部分が刺激されて、痛いくらいに気持ちがいい。同じだけの快感を得ているはずなのに余裕のあるように見える真田が憎たらしかった。
「俺ばっかり変になって、恥ずかしい……お前は何度もシてるのかもしれないけど、俺は……」
 幸村の言葉を受けた真田が、眩げに目を細めた。
 竿を握りこんだ手の動きが早められて、幸村はより一層高い声で喘ぐ。
「あっ、あ……だからっ、初めてなんだから優しく……っ」
 涙目でこぼすと、幸村を弄ぶ男は、今度はくつくつと笑い始める。
「何がおかしい?」
 キッと睨みつけた幸村に、真田は、「すまない」と悪びれた様子もなく言ってから、
「普段からそれくらい素直でいてくれれば、と思ってな」
 と、続ける。
「それ、お前にだけは言われたくないよ」
 言いながらも、真田はいつだって自分にだけは優しいのだ――としみじみ回想する。それでも、友人として留め置いておくには大きすぎる欲求を、仏頂面の内側にしまいこんでいることだけは間違いない。
 互いに触れ合う機会を心待ちにしていたようでいて、あえて遠ざけていたような気がしていた。
「幸村、」
 真田の指が、幸村の先端から零れ落ちる先走りをすくい取って、鼠径の下の薄い皮膚をなぞりながら、菊門に触れた。
「触れてもいいか?」
「言う前から触ってるくせに……大体どうして当たり前みたいに俺が受け入れる側なんだよ」
「お前は俺に挿れたいのか」
 真田は意外げに眉を開いた。幸村の秘所に触れていた指が、ゆるゆると遠ざかっていく。
「い、挿れたいわけないだろ! お前みたいなゴツい男の尻なんかに」
 自分で言いながら無茶苦茶だな、とも思ったが真田は、ふむと頷いて再び指を伸ばしてくる。硬く窄まったそこに触れた指が、穴の周りを揉みほぐすように動いた。
「そ、そんなことしなくていいよ」
「ケガでもしたら事だろう」
「だけどくすぐったいし、汚いし……綺麗にはしたけど」
「綺麗に……」
 幸村がボソボソと呟くと、真田もまたそれを飲み込むようにこぼした。
 想像するな! と、手をばたつかせると、「お前がさせたんだろうが」と戸惑ったように返される。
 真田の太い指が、とぷりと内側に侵入してくる。
「はは……自分でするのと、全然違う……なんか気持ち悪い」
 柔らかく開かれていく感覚には違和感が伴っていた。それを気持ち悪いと表現するあたり、幸村はやはり素直ではないのかもしれない。
「自分でしていたのか」
「だから想像するなって。いきなりそんなもの挿れられたら本当に裂けそうだから少しずつ……」
 真田は無言のまま、指を奥に進めた。引かれたかな、と幸村が考えていると、探るような動きで内側をかき混ぜられる。快楽よりも羞恥心の勝る行為に、幸村は耳を赤くした。
「女の子とするのと違って面倒臭いだろ。今からでも、やめてもいいよ」
「ここまで来てやめられるか」
 真田はきっぱりと言い放った。その息が幾分荒いのに気がついて、赤らんだ目元を隠すようにしてかざしていた手を下ろして見上げると、飢えた獣のような色をした瞳と視線がかち合った。
「お前だけに負担を強いてしまって、すまなかった」
「つまらないことを気にするな。俺が勝手にお前を誘ったんだ」
「誘われなくても、いつかは自分からお前に触れていた」
「……それなら、どうして俺以外の人間を抱いたりしたの」
「それは……」
 返事に窮した真田の指の動きが止まる。異物感だけが残る胎内から、情欲の熱が急激に失せていくのが分かった。
「お前は初めから俺のモノだったのに。他の人間になんて、触らせたくなかった」
 静かに、しかし淀みなく、幸村は言い放った。真田は言葉に詰まったまま幸村を見下ろしている。
「お前はあの子に好意を寄せられて、あの子のことを好きになったんだろ。一緒にいると心の休まる存在として大切にしたくなった。だけどそれとは別に昔から変わらず、俺に触れたくて堪らない。だからこんな日に、のこのここんな場所まで来た……そんな身勝手が通るなら、俺だって通したい。お前はずるいよ、真田」
 息継ぎもそこそこに言い切った幸村は、自分の膝を抱いた。真田の指から逃れるように、窄まりが持ち上がる。
「幸村、俺は、」
「聞きたくない。いいから挿れなよ、痛くてもいいから、お前のが欲しい……」
 とびっきりに媚びた声で誘うと、呼気を荒くした真田が、硬く張り詰めた肉棒の先端を幸村のそこに擦りつけた。ぷっくりと膨れた先端の質量が思いがけず大きいのに戸惑って、幸村は身を硬くする。
「本当にいいんだな」
「くどいよ」
 言い切った瞬間、ズチュリと音を立てて真田の先端が幸村の胎内に入り込んだ。
「ヒァッ……」
「くっ……大丈夫か」
 余程中がキツイのだろう、苦しげに眉を寄せた真田は、あくまで優しげな声を上げて幸村を見下ろしている。きっとこの男は、自分の恋人を抱く時も同じような声を上げるのだ。
「……俺は、お前に優しくなんてされたくない」
「しかし、俺はお前を傷つけたくない」
 先端だけが入った情けない体勢のまま、真田はそんなことをごちた。
「そんなにヤワじゃないから、酷くして……無茶苦茶にして」
 殆ど懇願するように言ってやると、真田の目つきが変わった気がした。
 あまり煽るな、という言葉と共に太い男のモノが少しずつ内側に入り込んでいく。
「っ、真田の形……分かる、ぁっ、」
「煽るなと言っているのに、お前は……」
「だって、本当にかたちが……っ、もう最後まで入った?」
 進捗を確認するように腰を揺すると、真田が切羽詰まったような声を上げた。
「っ、一気に挿れたら壊れるぞ」
「いいよ、壊し、アッ!」
 壊して、と言い切るよりも先に真田の残りの部分が一気に幸村の胎内を貫いた。身じろぎをする余裕もない程にぎちぎちに詰め込まれて、幸村の瞳の淵には涙が滲んだ。
「堪えきれん……動くぞ」
 そのまま止まってしまうかと思ったのに、真田は緩やかに律動を始めた。カリの高い亀頭が内側を擦り上げるたびに、幸村は声にならない喘ぎを上げる。
「ぅ、あっ……あんっ、さなだ、ごむ、」
 せっかく買ったコンドームを使いそびれてしまったことに気がついたときには、既に一度抜いて再挿入をするような余裕を互いに持ち合わせていなかった。
「中に出すような真似はしない、く、」
 外出しならいいだろってことか。似合わない台詞だな、と冷静に考える一方で、幸村の肉壁は未だ得たことのない快楽を拾い始めていた。
 真田の肉棒がギリギリまで抜かれて、一気に奥を貫く、その抜き差しの最中にカリ首が下腹部の裏側の性感帯に引っかかるのだ。
「んっ……んー!」
「ここがいいのか」
 幸村がその部分を刺激されるたびに溢れかける嬌声を堪えているのを認めた真田は、その部分を擦り上げる力を強めた。ずちゅずちゅと抜き差しされる音を聞くたびに、痛みにも似た快楽が腰の奥を重たくする。
「っ……あんまりそこ、だめっ、」
「随分と良さそうに見えるが」
 言いながら真田は幸村の滑らかなふくらはぎに触れてそれを持ち上げた。自分の肩に幸村の足を引っ掛けるようにしてより一層挿入を深める。
 ぐちゅり、という音と共に深いところまで串刺しにされて、思わず息が止まる。ん、ん、と小刻みにくぐもったような喘ぎを漏らす幸村を真田は惚けたように見下ろしていた。
「その顔、むかつく……もっと、いつも通りにして、あっ、普通に、普通の顔……っう、アッ」
 幸村は真田の顔が好きだった。自分とは正反対の精悍な、男らしい顔立ち。その太い眉や形良く通った鼻筋を眺めているだけで満ち足りた気分になれる。
「出来るか……ようやくお前と繋がれたんだぞ」
「待ちわびていたような言い方だね」
 咎めるように睨み付けると、抜き差しの速度が緩んだ。悪かった、と眉を下げられて、「なんで謝るんだよ」と半分喘ぎながら言い返した。
 ヒステリックな女のような台詞は、出来ることならもうやめにしたい。幸村だって真田とこうして体を通わす日を待ちわびていた。
 体の内側にある真田のモノが肉壁を押し開く感触に溺れたい。自分にのしかかる男の逞しい体に縋り付いて、思うがままに喘ぎたい。
 それが出来ないのは、長年の付き合いの中で堆積した感情が重たすぎるからだ。古い地層のように固まった憎悪にも似た恋情が幸村を不自由にさせる。
 呪いのようだな、と思う。もう終わりにしてしまいたい。
 自暴自棄になった幸村が、挿入された真田のモノから逃れようとして身をよじると、「逃げるな」と痛いほどの力で脛と前腿を掴まれた。そのまま幸村の足を抱え込んだ真田は、より一層挿入を深くする。
「アッ……!」
 ぐり、ぐり、と押し込むようにペニスを突き立てられて、幸村は大きく喘いだ。あまり締めるな、と言った真田の眉間には深い皺が刻まれている。そういう顔が好きなんだよ、と泣きそうになりながら思った。
「さなだっ、も、無理っ……抜いて、ぬいてっ!」
 直接手を触れてはいないはずの幸村の屹立は、腹に付くほどに立ち上がって、先端からだらだらと先走りを零していた。
「くっ、ここで抜くやつがあるか!」
 釘を打つような鋭さでピストンされて、幸村は半狂乱になった。幸村の淫壁を抉ぐる真田のそれは、あまりにも猛々しい。
「気持ちい、っ、から……あっ、初めてなのに、お前なんかので気持ちよくなりたくないっ」
「酷い言われようだな」
 真田の表情には諦観が滲んでいる。それとは別に己のモノによって幸村を乱れさせているという愉悦も少し。
「っ、俺以外のナカでイった奴になんかイかされたくない……」
「……そのことはもう覆しようがない」
 苦い声で言われて、頭に血が上った。だったらするなよ、という怒声すら、この場では意味をなさない。  
 取り返しがつかないのだ。真田を、自分だけのものにしておくことはこの先一生叶わない。そしてこの状況を招いたのは、恋人を作り、それを抱いた真田ではなく、望めばこの男の体をいつでも手に入れることが出来ると胡座をかいていた幸村自身なのである。
「わかれて、っ、別れろよ……! それが出来ないならもう二度と俺に触るな!」
 己を取り繕う矜持をかなぐり捨てて幸村が叫ぶと、真田は腰の動きを止めた。静かに凪いだ目で、幸村を見下ろす。
「別れた」
「はあ?」
「先日買った物を渡して、これ以上付き合うことは出来ないと言った」
「わけ、分かんない……好きだったんじゃないの?」
 肩にかけていた幸村の足を、真田はゆっくりと下ろした。
「好きだった」
「それならどうして」
 それ以上にお前の方が好きだ、などと言われたら思い切りぶん殴ってやろうと思っていた。
「俺がお前と体を重ねたことを知られれば傷つけることになる」
「だから、訳わかんないって。それなら俺とシなかったらいいだろ」
 それは出来ん、と真田は首を横に振った。
「俺のことが、好きなの?」
 幸村は、真田のことが好きだ。この世の中の誰よりも。ずっと昔から好きだった。自分の物にしたかった。
「分からん」
 真田は曇りない声で言い切った。分からんって何だよ、と脱力した幸村の、少し伸びた前髪をかき分けて、真田は再び口を開く。
「それでもお前は俺の物だと思っている」
「っ……お前は本当に勝手だな」
「知らなかったか」
 知ってたよ、と返して体を起こす。ここまで来てしまえば、相手の感情なんてどうでもいい。
 真田のシャツのボタンに指を引っ掛けて、「脱ぎなよ」と言い放つ。
「この寒いのにか」
 そう言いながらも、真田は素直にそれを脱いだ。引き締まった体が冷たい空気に晒される。幸村はその体にぴったりと抱きついて、濡れた声で言った。
「続き、早く」
「……っ、言われなくても」
 鋭い痛みが肩口に走った。真田に噛み付かれているのだと気がついた瞬間、律動が再開される。肉の内側がぐずぐずになるほどに激しく擦り上げられて幸村はすすり泣くように喘いだ。
 何度も繰り返し、場所を変えながら肩や首を噛まれて、「跡が付く」と文句を言いながらも、痕跡を残されることを望んでいた。痛みを感じるたびに真田のモノを強く締め付けてしまう。粘膜同士の擦れ合う生々しい感触が、下腹部を甘く痺れさせた。
「ぐ、」
 息を荒くした真田が、低く呻くのを聞いて、「気持ちいいの?」と吐息と共に問いかけた。日頃より一層目と眉の距離を近づけた真田が、こくりと頷く。
 肌と肌のぶつかり合う音が激しさを増すにつれて、自分の限界が近づいていることに幸村は気がついた。睾丸が引き締まって、竿に迫ってくる。
「も、イきそ……」
 掠れた声で漏らすと、真田の手の平が幸村のそれを包んだ。剥き出しのそこを、ゆるゆると扱かれて、呻くように喘ぐ。目の縁に溜まっていた涙が、ほろりと零れた。
「ぐずぐずになっているぞ」
 先走りでふやけた先端を親指の腹で刺激される。その間も真田の腰の動きは止まらず、太くて硬いものが奥へ奥へと入り込むように突き刺さる。
「あっ、アッ……っ……」
 前と後ろからの刺激を同時に受けて、幸村は半分狂ったように喘ぎ続ける。
 真田の方も限界が近いのだろう、腰を進める動きはより一層激しくなり、幸村を追い詰めた。
「も、だめ……さなだ、イく……イくから、ぬい、んっ、んん」
 自らを襲う大きすぎる快楽に怯えた幸村が抜いてくれと懇願するよりも先に、真田が幸村の唇を塞いだ。
「んー……!」
 くぐもった嬌声を上げた幸村は、自分の舌を嬲る真田が低く呻くのを聞いた。強い力で腰を打ちつけられて、幸村が精を吐き出したのと同時に、真田も果てた。
「っ、外に出すって言ったのに、っ、んっ」
 思わず素に戻って呟いた幸村の腰を強い力で掴んで、真田は残りの白濁を搾り尽くすように二度、三度と杭を打ち込んだ。
「……真田」
 全てを出し切って、荒い息を吐く男を、幸村はじっとりと睨んだ。
「すまない……」
 ずるずるとペニスを抜きながら、素直に頭を下げる男は既に素面に戻っているが、全裸なので間抜けなことこの上ない。
「いいけど、グショグショになっちゃった」
 どうしてくれるんだよ、と言いながら幸村が膝裏を抱えて白濁の漏れる後孔を突き出した。体力のある男に無作為に貫かれたそこはほんのりと赤らんでいる。恐らくは初めて避妊具を使わずに性交を行ったであろう男は、その淫らな姿に生唾を飲み込んだ。
「興奮するな。二度目はない」
「ないのか」
 平素通りの仏頂面に、わずかに落胆の色を滲ませた男がおかしくて幸村は笑った。ベッドから足を下ろして、ローテーブルの上のティッシュペーパーを数枚手に取る。
「今日はもう無理だよ。お前の馬鹿力のせいで身体中が痛い」
「す、すまん」
 謝ってばかりだな――幸村は後孔から垂れてくる液体をティッシュで拭いながら、床に散らした衣服を纏い直す真田を見つめた。
 今日が無理なら次はいつなんだ? などと聞いてくるような男でないことは分かっていたが、何となしに味気ない。
「次いつする?」
 結局のところ誘いをかけるのはいつも幸村の方からなのだ。男らしく決断力に溢れているように見えて、ことプライベートにおいては真田は案外受け身である。
「それとも次はない? お前が今まで通りの関係を望むなら、俺は今日のことをすっぱり忘れるよ」
 笑顔で嘯いた瞬間、手首を強く引かれて再びベッドの上に押し倒された。やけに真剣な色をした真田の瞳が、幸村を射抜く。
 背筋に情欲の熱が走る。幸村は再び問いかけた。
「次いつする?」
 答えはもう心得ていた。

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