さよならニンフェット ストライクゾーンは9〜14才の女の子リミテッド! なんて声高々と宣言していた(ウソ)私に仁王雅治という見た目だけならSクラスの恋人が出来たのはつい先日のことだ。 友人として接してきた期間が長いせいか一緒にいるだけでドキドキするとか、声が震えるなんてことはないけどそれなりに仲良くやっていけていると思う。 ぼんやりした奴だと思っていた仁王が案外しっかりしていることは付き合い初めてから分かった。 デートのときには手を引いてくれて私はそれが嬉しい。 そして嬉しいと感じたとき自分も少しはマトモになったと安堵するのだ。 私は俗っぽく言えばロリコンだった。 自身も少し前まではそういう人種の性的嗜好の対象になる幼い子供で更には女だというのに幼い少女にしか興味を持てなかったのだ。 それも冗談では済まされないレベルに本気のロリコン。 二次元だけでは飽きたらず近所の公園に出向き好みの少女を探して声をかけて遊ぶようなことまでしていた。 中学生だったのでもちろん通報されたりはせず、味をしめてかなり長いこと続けていた。 確か仁王に告白されたあの日も私は公園で子供と遊んでたな。 ***** 公園で鬼ごっこをしていたら突然雨が降ってきてその所お気に入りだったおさげの小学生に帰られた私は傘も持っていたなかったから葉の隙間から雨粒が落ちてくる木の下で雨宿りが出来ているとは言いがたい状況でじっとしていた。 そこに現れたのが傘を片手に携帯をいじっていた仁王だ。 髪が白いからすぐに分かった。 あまりにも熱心に携帯をいじっているようだったから向こうに気づかれるまでは声をかけずにいようとその場で仁王を眺めていると携帯が震えだした。 ああ、学校でマナーモードにしたままだったのか。 マナーモードを解消してから届いたメールの差出人を確認する。 面倒くさくてフルネームでは登録していない名字だけの二文字が携帯の液晶に表示された。 仁王? メールの内容も確認せずに私は携帯を折り畳み立ち上がった。 そして未だに私の存在に気づいていない仁王のもとへ駆けていく。 走りよってくる私の存在に気づいた仁王は酷く驚いていた。 「メールは何の用事? 直接言ってもらえる?」 「出来ればメールの方を見て欲しいんじゃが」 「……まあいいけど」 目と鼻の先にいるのに何でわざわざメールの確認をしないといけないんだろうか? 少し面倒くさく思いながらも私は再び携帯を開いた。 私が濡れていることに気づいた仁王が傘を差しだしてくれたから携帯に目を落としたまま礼を言う。 「あ」 あれだけ熱心に携帯をいじっていたのにメール本文はたったの四文字だった。 顔をあげて仁王を見つめる。 仁王はバツの悪い顔をしている。 「気づかなかった……仁王、」 言葉を続けようと思ったけど一瞬詰まっている内に別のことに気づいてしまう。 「濡れてる」 私に傘を差しだした仁王は先ほどより強くなった雨粒に打たれて肩を濡らしている。 仁王の傘なのに申し訳ないな。 そう思い仁王の懐に入るようにして傘の下に無理矢理二人収まると仁王が息を飲む音が聞こえた。 「仁王、私のこと、」 「好きじゃ」 ああ、また四文字。 メールと一文字も違えぬ内容を今言うのなら私にメールを読ませる必要はなかったと思うけど。 小さくボヤいていると仁王が濡れると言った。 「もう二人とも濡れてな、い」 冷えた腕で抱き寄せられて今度は私が息を飲んだ。 息は飲んだけど不思議と不快感は覚えなかった。 おかしいな、コイツ子供でもなければ女でもないのに。 私仁王のことが好きなのかな? 分からない、分からないけどいいか。 「付き合おっか」 「本気か?」 「そんな寒い冗談、寒い場所で言わない」 交際を要求した私に仁王は驚いているようだった。 私自身も驚いている。 同級生の男からの告白を受け入れるなんて今までの私を振り返ればありえないこと。 だけど、このままではいけないと思っていたのだ。 正常ではない自分の性癖を貫き通すことに息苦しさを感じていた私は一緒にいても不快感を催さなければ誰でもいいと仁王で妥協した。 そのことを仁王に言うと失礼だと苦笑いされたけれど。 「お前さん男は駄目じゃろ」 「仁王は駄目じゃない、それなりに好き」 「それなりか」 「駄目?」 「いや、かまわん」 私は心からのものだとは言いがたい薄ら笑いを浮かべた。 仁王はもう一度私に好きだと告げた。 ***** 学校近くにある喫茶店の前、私は自転車に跨ったまま何度も携帯で時間を確認する。 今日は仁王とデートの約束をしている。 仁王から誘ってきたというのに(私から誘ったことはまだない)、約束した時間は10分程前に過ぎていてどうせすぐに屋内に入るからと、肌寒い服装で来てしまった私は早くもこの場を去りたいという衝動に襲われている。 「誘っておいて遅刻とか、舐めてんのアイツ……」 さすがの私でも5分以上の遅刻なんてしたことないのに。 もっとも時間通りに来たこともなくて今日もきっかり5分遅刻した私はまだ5分しか待っていないんだけど。 しばらくブツブツ言っている内にもう5分経った。 あと10分して来なかったら本当に帰ろう。 ……なんだかんだであと10分も待てるんだから私も案外仁王のことが好きなのかもしれない。 ちょっと悔しいな。 「おや、古畑さん。 肩を落としてどうなされましたか?」 仁王に優しくされて簡単に心を許してしまっていることへの自己嫌悪からハンドル部分に肘をつき地面とにらめっこしていると肩を叩かれた。 この声は柳生君だ。 柳生君は中一のころから仁王がダブルスを組んでいる奴の数少ない友人だ。 誰に対してでも優しく接し、しょうもない嘘をよくつく仁王にでも……いやむしろお節介な性質を刺激されるのか仁王には特に優しく接している本物の紳士だ。 仁王はダブルスだからと言って必要以上に仲良くすることもないと言っているけど実際には柳生君を頼りにしているようで素人目に見ても二人のダブルスはとても息が合っていると思う。 「仁王が約束時間を15分も遅刻してて、なにその可愛いの」 事情を説明しながら顔を上げたとき真っ先に見えたのは白いワンピースに身を包んだ小学校高学年くらいの女の子だった。 しかもとびきり可愛い、というか私好みだ。 涼しげな一重瞼を縁取った長い睫、肩まで伸びた細くて全体量の少ない色素の薄い髪、ワンピースの裾から覗く白い足……すべてが私の動悸を激しくさせた。 「これは私の妹ですよ。 ほら依子、古畑さんに挨拶なさい」 「柳生依子、小学四年生です」 「……ジャストミート」 「何かおっしゃいましたか?」 「なにも……」 小学四年生か、一番いい年頃だな。 これからの成長過程を観察していきたい。 柳生君の妹なら将来性もバッチリだし……って私なに考えてんの!? ロリコンやめるために仁王と付き合い始めたのに好みの子が見つかった途端にこれじゃ意味ない。 しかも恋人の親友の妹とか、私変態な上に人間性も最悪じゃん。 「どうしたんですか? 突然頭を抱えだして……もしや頭でも痛いのでは」 「ある意味痛いよ……」 自重できない自分のせいでだし、体には異常は見られないけど。 「それはいけませんね、我が家はこの近くなので寄って休まれませんか?」 「それは柳生君に悪いっていうか……そうだ仁王にも悪いし」 というか依子ちゃんと一緒なんて私の精神衛生上悪い。 平静を保てる自信がまったくない。 素数、素数か? 1って素数に入るっけ? ああ、もう! 既につまずいてるし。 「仁王君は今日は来れなくなったそうです」 「マジッすか? ていうか何で柳生君が」 「実は彼に伝言を頼まれて来たんですよ」 なんだそれ。 アイツ何柳生君に押しつけてるの。 「そんなん携帯とかで……あ、そういえば電話かけてみてなかった」 待っている間何度も携帯で時刻を確認したのに電話をかけるという発想がなかった自分の馬鹿さ加減にはほとほと呆れる。 苦笑いしながら携帯を開いて仁王に電話をかけようと操作する。 「いけません」 「え?」 発信ボタンを押した瞬間に携帯を操作していた右手に手をかけられた。 「ごめん、でももうかけちゃったし……」 というか意味分からないし、そう言いかけたとき柳生君の懐から聞き覚えのある着信音が漏れだした。 これ、仁王の着信と一緒だ。 「電話なってるよ、出ないの?」 「今はあなたが先決ですから」 「……ごめんっ」 両手を合わせて謝りながら柳生君の胸ポケットに入っている携帯を奪い取る。 柳生君の胸ポケットに入っていた携帯は仁王のものとまっ対で、しかも待ち受けまで一緒、ダブルスだからといってここまでシンクロするとは思えない。 それなら何故柳生君が仁王の携帯を持っている? 悩むまでもない、答えは一つだ。 「何やってんの、アンタ?」 「プピーナ」 「キモい」 私が柳生君だと思っていた目の前のコイツは仁王だ。 前に仁王と柳生がダブルスで入れ替わっていたことを思い出した。 背格好は近いと思ってたけどここまで近づいて見抜けないなんて……コイツマジでいつか詐欺とかするかもしれない。 「何で柳生君に扮してたのかは後で聞くとして、仁王私に言うことないの?」 「柳生と俺の区別つかんのじゃな、愛が足りんで死にそうぜよ」 「じゃあ死ね!」 勢いよく叫んだ私に仁王は子供の前じゃあまり熱くなるなと言って肩を抱いてきた。 それはこっちの台詞だ。 まあ二人を区別出来なかったのは申し訳ないとは思うけど……。 「10分以上の遅刻」 「ああ、遅れてすまんかったの」 「ああ、じゃないよ。 まあいいや、依子ちゃんが柳生君の妹だって言うのは?」 「それは本当じゃ」 「そう……」 私は安堵のため息をついた。 コイツは女装した俺の弟じゃ、なんて言われたら泣いてしまったかもしれない。 「最後に、何で柳生君のフリなんかしたの?」 「依子を連れとっても不自然じゃないからのう」 「もしかして仁王もロリコ……「アホか」」 力強く小突かれて私は眉間に皺を寄せた。 ロリコンじゃないのに人の家の妹を連れ回すなんてそれこそ異常じゃないか。 「正直に白状しなよ。 もともと依子ちゃんに目付けてたから柳生君のフリして連れ出したんでしょ。 テニスで培った変装技術をそんな風に使うなんてとんだド変態だよ、羨まし……けしからん」 「羨ましいんか……」 「……正直めちゃくちゃ」 「はー」 頭をかきながら仁王は溜息をついた。 それからまじまじ私を見る。 「依子は俺が柳生じゃないことは知っとる、頼んで付いて来てもらったんじゃ。 なあ、依子」 「本当ですよ、仁王さんはろりこんじゃないんですっ」 仁王が肩を叩くと先ほどから黙りこくっていた依子ちゃんは笑顔で頷いた。 「……ロリコンでもないなら何で?」 「古畑が付き合い始める前に自分はロリコンだといっとったじゃろ。 あんときは冗談だと思っとったんじゃが付き合い初めてからのお前さんがあまりにもぎこちないからそのことが気になってきてな」 「それで確かめてみたのか、どうだった?」 「黒じゃな完全に」 そりゃあそうだ、事実だから話したんだから。 「で、どうするの? 別れたいの?」 「いや別れん」 「ふうん、私のこと好きだから?」 「ああ、それに古畑も思ったより俺のこと好きみたいじゃからな」 「調子乗らないでよ……!」 にやりと笑う仁王の整った顔を殴ってやりたい衝動を必死に抑えならキツく睨みつける。 別れたいと言われたらすぐにでも別れたのに。 「気の短い古畑が10分以上待ち合わせ場所で待っとるとは思わんかったからのう。 さっきここに来てお前さんを見つけたとき嬉しかったんじゃ」 「それはたまたま機嫌が良かっただけだし」 「いや、俺のことが好きだから待てたんじゃ。 古畑は丸井との約束でも待ったんか?」 「そりゃあ待たないけど」 「な」 な、って……あつかましいなあ。 私本当に仁王のことなんか好きじゃない、あれ? よく考えたらそんな意地張ることないじゃん。 私は仁王の彼女だし、仁王のことを好きなのは当たり前だ。 意固地になってた理由が分からなくなってきた。 「子供と同じくらいには俺のこと好きじゃろ?」 「……うん」 「それならええんじゃ、いつかロリコンだったことなんて忘れさせてやるきに」 ……それはとても素敵なことかもしれない、そう思ってしまった私の脳内にはあんなに可愛いと思った依子ちゃんのことなんて少しも残ってなくて、仁王の言うとおりになる日も近いんだろうな、なんて思ったら何故だか泣けてきた。 いつまでも大好きだと思っていた歌手を上回るほど好きな歌手が出来たときのような宛もない寂しさに襲われて、だけど仁王と一緒ならそんな寂しさも一緒に忘れてしまうだろうと思った。 「さようなら」 私の異常な性癖。 気の早い別れの言葉を呟いた私は一瞬目を閉じて、そして開く。 「デートどこ行くの?」 「付き合わせた礼に依子にパフェでも食わせてやらんとな」 「へえ」 そんなことで心が踊ってしまったあたり私が本当にさようならと言える日はやっぱりまだ遠い、かも。 [back book next] ×
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