そんないいもの

 あなたは辻を知らない人間が作った辻なの。
 いつだったか彼女にそんなことを言われたことがある。引っ越し祝いに友達から送られてきた梅酒を呑んだせいで酔っていたのかもしれない。素面の陽気で楽しいお喋りな彼女なら、きっとそんなことは言わない。あの晩だって空気は悪くなかったと思う。
 アルコールに弱い彼女は小さな瓶に入ったそれを少し傾けただけで白い頬を赤く染めて、蜂蜜の匂いをさせながら俺にしなだれかかってきた。シたいのって俺が訊くと、やだ露骨過ぎって小さな手で俺に触れる。
 以前より僅かに暗いトーンになった髪をすくって、ベッドに彼女を誘う。ナマエちゃんは、半分抱きついてくるような調子で布団の中に潜り込んできた。確かな膨らみのある胸を布越しに撫でながら、耳殻に舌を這わせる。じゅうって吸ったときに漏れた吐息が艶っぽくて、腰の奥が滲むように痛んだ。
「今日は沢山シてもいい」
「いいに決まってる。辻くんだもん」
 彼女はそう囁いてから、太腿を持ち上げた。形を持ち始めた中心に、柔らかな腿の刺激に、ふ、と喘ぎが溢れる。
「気持ちいいよ」
 大切な人を押し潰してしまわない程度に体重をかけたら、淡い色の瞳が揺らいだ。
「辻くんはエッチだね」
 事実を再確認するような口調だった。
「ナマエちゃんが相手のときだけ」
「そうだね、だけど」
 そのあとに続いたのが冒頭の言葉だった。俺を作った人は、辻を知らない濡れ場の書き手らしい。
「偽物みたい?」
 おもむろに訊いたら、形の良い顎が左右に振れた。それに安心して、服の裾から手を差し入れる。近頃買ったばかりのナイトブラをずり下げて、その二つの頂の中心を指先でなぞった。
「辻くん……っ」
 掠れた声、甘い喘ぎ。寝巻きの布地が、彼女を胸を貪る男の手の形に波を打つのがいやらしい。見えないのも悪くないね。鎖骨に歯を立ててから言葉を落としたら、やっぱりエッチだと言われてしまう。
「……俺を作った人が俺を知らないとしても、ナマエちゃんへの気持ちは本物だよ」
 吐き出したそばから、この言葉すらも俺を知らない俺の作り手の手癖に沿ったものなのかな、なんて考えが浮かんだけど、そんなこともどうでもいい。俺が俺らしいかよりも、俺がナマエちゃんのことをどれだけ想っているかの方が大切だ。
「俺は気持ちがいいだけの男でもいいよ」
 俺を産み出した人は、辻にこそ詳しくなくても、生身のナマエちゃんのことは、他のどの書き手よりも深く知っている。今の俺にはそれだけで充分だった。俺は彼女の皮膚を誰よりも生々しく感じることが出来る。
「気持ちがいいだけじゃないよ、私は辻くんのことが……」
「うん、ありがとう」
 毛穴の目立たない頬を撫でて、唇に自分のそれを重ねる。許可を得て体を包む布を剥ぎ取ったら、彼女は流石に恥ずかしそうに身を捩った。
「いつ見ても目に眩しいくらいに白い」
「気持ち悪い?」
「興奮する」
「あはは、恥ずかしい」
 彼女がらしくなってきたことに安心した。剥き身の身体をマットレスに押さえつけて首筋に顔を埋める。まとわりついてくる髪からシャンプーの華やかな匂いが強く香って、また下腹が疼いた。
「辻くんも脱いで」
「うん」
 素直に返事をしてシャツを脱ぐと、彼女は俺の体のラインをじっと見つめた。
「エッチな目だね。俺をどうしたいの」
「気持ちよくしたい。私の体で気持ち良くなってほしい」
 白い指がスウェットのゴムにかかった。ボクサーごと引き摺り下ろされて、半勃ちになったそこが外気に晒される。
「まだ何もしていないのに……」
 はあ、と零れた吐息がいやらしい。
 たまらなくなってまた唇を重ねる。緩く閉ざされた入り口を舌先でノックして、お伺いを立てるように何度も舐めた。焦らすようにゆっくりと口内に侵入すると、待ち構えていた舌先が絡みついてくる。
「ん、む、ふぅ」
 唾液が混ざる音が耳の奥まで響いて、腰が砕けそうになる。彼女にも同じ感覚を意識して欲しくて、髪の毛に隠された両耳を閉ざしてあげてから、更に深く舌を絡めた。上顎を撫ぜると鼻に抜けるような声が漏れる。品がないとは思ったけど、あえて音を立てるように内側をかき混ぜたら、んん、て苦しげな喘ぎ。それからしばらく可愛い舌の感触を堪能してから顔を離した。
「辻くん、耳塞いだら駄目だよ」
 顔を真っ赤にしたナマエちゃんが俺の胸を叩く。
「音が頭に響いて気持ちいいでしょ」
「……そういうのどこで覚えてくるの」
 耳のないふりをして、膝裏に手をかける。白い足を広げて、奥まったところにキスをした。薄い陰毛に鼻先を埋めながら、柔らかい肉を割り開く。割れ目の上端にある突起を口に含んで吸い上げると、ナマエちゃんがひゃっと悲鳴を上げた。
「辻くん、っ、舐めたら、ぁ」
 逃げを打つように揺らぐ太腿を押さえ込んで、執拗に同じ場所を攻める。ナマエちゃんはいつもここを可愛がられるとすぐにぐずぐずに溶けてしまうから、今日もそうなってくれるといいと思った。
「あっ、ああ……」
 ナマエちゃんは半泣きになって喘いでる。それを見ると羨ましいような愛おしいような気持ちにさせられた。
「触るよ」
 小さく頷いてくれたのを認めてから触れた入り口は、とろとろにふやけていた。すごいな。独り言として呟いたのに、ナマエちゃんは恥ずかしそうに顔を押さえる。
「見すぎだよ」
「俺で濡れてくれてるの、嬉しいから」
 ほら、と人差し指を差し込むと、熱を持った粘膜がぎゅうぎゅうに締めつけてきた。根元まで埋め込んでから浅いところを擦ったり広げたりしながら、親指で膨らんだ芽を押し潰す。
「はっ、ぁ」
 白い喉が反り返るのにも構わずに、狭い穴の中を好き勝手に蹂躙する。時折思い出したかのように腹側のざらざらした壁を引っ掻くと、その度にナマエちゃんはびくびくと体を震わせた。
「綺麗だよ、早く入りたい」
「っ、もういいよ」
「ダメ、まだ焦らしたい」
 指を二本に増やして、ぐっと奥に押し込む。同時に腫れ上がった陰核を舐め上げながら、指で届く一番深いところを擦り上げる。
「んんー!」
 背中をしならせて悶える姿に煽られて、何度も繰り返す。前と後ろから同時に刺激されるのは俺も好きだから、気持ちよさに飛びそうになる感覚は理解してあげられる。でも、そろそろ限界か。
 束ねた指を一度引き抜いてから、三本目の指を埋める。バラバラに動かして膣内を広げてから、ある一点を、ぐりぐり押し込んだら彼女の反応が変わった。
 あ、やだ、だめ、って弱々しく首を振るのを無視して攻め立てる。指先にはぬかるんだ肉の感触。ナカが熱くなるって彼女は言う。
「あ、あ……や、あ、あぁッ!」
 ひときわ高い声を上げて達したあと、全身の力が抜けて弛緩した。肩で息をするナマエちゃんを労るように下っ腹を撫でながら、怒張した自分のを扱く。
「入ってもいいよね」
 先端が届く場所を意識させるためにお臍の下の辺りを押したら、ナマエちゃんは涙目で首を縦に振った。手早く避妊具をつけて、入り口で先端を往復させる。ぐち、ぐち、と生々しい音が二人の部屋に響いた。
「っ、う……」
 白いふくらはぎが、シーツの上を焦ったそうに泳ぐ。俺だって早く入りたくて堪らないけど、こういうお互いを焦らす時間は嫌いじゃない。
「つじくん、もう」
「うん」
 カリの段差で陰核をなぞる。それだけでナマエちゃんは感じ入ったように眉根を寄せた。
「入り口が見つからない。案内して」
「……もう、ここだよ」
 彼女は俺のつまらない言葉遊びに付き合って、避妊具に包まれた熱を掴んだ。濡れそぼった裂け目に当てがわれる感触に、腰から下が蕩けそうになる。
「ごめん、優しくしてあげられそうにない」
「っ、いいよ、あっ……」
 許しを得た瞬間には、全部入っていたと思う。熱い泥の中にずるりと引きずり込まれるような快感で目の前がちらつく。
「あっ、ああ……ん」
「はあ……」
 抜き差しの最中で繰り返し壁をえぐりながら、彼女の首筋を吸い上げる。舌先でで皮膚を辿ればむずがるうな喘ぎが響いた。
 ゆっくりとしたストロークを繰り返しているうちに馴染んできたのか、中がうねり始める。引き抜くたびに、まとわりついてくるような肉が苦しい。
「あっあ、……っ」
「もっと深くしてもいい」
「えっ、あ」
 膝裏に手をかけて、思い切り左右に割り開く。体重をかけるようにして深くまで突き刺すと、容赦なく肌をぶつける。パンッパンという間抜けな音が耳に吸い込まれるたびに、セックスなんて少しも綺麗じゃないなと思う。
「んんーぁ、んんっ」
 唇を合わせてお互いの唾液を分け合いながら、本能のままに打ち付ける。奥を突かれるたび、彼女はくぐもった悲鳴を上げた。
「はあっ、あ、っ」
「っ、ナマエちゃん」
 名前を呼んで、何度か奥を穿った。俺のが差し込まれるたびにそれを迎え入れるように蠢く肉にかき分けながら、彼女の耳元に唇を押し付ける。
「俺が気持ち良くなってるの、分かる」
 吐息混じりの声にすら感じるようで、彼女が小さく身じろいだ。返事はないけれど、きゅうっと締め付けてくる反応こうなると肯定しているようなものだ。
 腰骨を掴んでいた手を離して、結合部に指先を這わせる。そのまま茂みの奥の突起を探って、親指で潰すように捏ねる。
 途端に跳ね上がる体を押さえつけて、抜き差しを続けながら何度も同じことを続けた。彼女は嫌々するように首を振って、それでも与えられる刺激に耐えかねてか、伸びた足の親指の先が空を蹴った。
「やだ、それ、やだやだ、やめて」
「うん、本当に嫌ならやめるよ」
 やりとりの間も、彼女のナカは俺のを食い締めるように狭まり続けていた。
「うそ、全然やめてくれない、」
「嫌がってないって分かるから」
「そんなの嘘だよ……」
「本当だよ。だってほら」
「んぁっ!」
 膨れた芽を爪で引っ掻く。その度に膣内が痙攣するみたいに収縮するのが可愛くて、俺はまた、何度でもそこに触れたくなる。快楽に溺れ始めた彼女を見下ろしながら、抽送を繰り返す。
 ぐちゅ、ぐちゅ、といやらしい水音が部屋の壁に吸い込まれる。限界まで張り詰めた屹立の先端で一番深いところをノックすると、彼女は髪を振り乱して頭を振った。気持ちよすぎて怖いと泣く彼女の体を、俺は更に激しく責め立てる。
「つじくん、つじくん、もうだめ、私、変になる」
「うん、俺も変だから大丈夫」
「っ、……あああっ! 」
 ナマエちゃんは甲高い声を上げて達したあと、全身の力が抜けたように脱力した。自分がイったら終わりだと思ってそうな体に分からせるように、もう一度強く打ちつける。
「っあ……っ、まって、まだ、いまは無理……」
 絶頂を迎えたばかりの敏感な粘膜を擦られて、彼女が泣き言を言う。構わず腰を振ると、彼女は駄々っ子のように首を振りながら喘いだ。
「待てない。もう少しだけ我慢して」
「ああっ、あっ……ああ……」
 げようとする腰を引き戻して、何度も何度も出し入れをする。きついくらい締まる中を無理やり押し広げる感覚が堪らない。
「あー、あ……」
 獣のような荒い呼吸の合間に、時折自分のものとは思えない掠れ切った声が漏れた。この瞬間ばかりは自分という存在の境界が曖昧になって、まるで夢の中にいるようだと思った。
「はあ、あ……、」
「……ふ、ぅ、つじくん、」
「はっ、あ、本当に好きだなぁ、」
 零れ落ちた自分の声が低いのに驚きながら、必死に腰を動かす。彼女の喘ぎは、律動に紛れて途切れがちだ。
「あっ、あ、あっ、!」
 激しいストロークを続けるうちに、やがて彼女が再び上り詰める気配がした。俺のものを包み込む肉壁が激しく震え始める。
 それを合図にするように俺も終わりを目指して動きを速めた。
「ナマエちゃん、俺もイく……」
 深くまで差し込んで最奥を突き上げると、搾り取るような収縮に襲われた。抗い切ることも出来ず、ゴム越しに欲を吐き出す。
「は、ぁ、イきながら動かさないで、ぁ」
 ナマエちゃんは途切れ途切れに喘ぐけど、全部注ぎ込みたいから仕方ない。最後の一滴まで絞り出すように突き立ててから、ゆっくりと体を離す。ずるり、と熱の抜け出た穴が常夜灯の明かりに紛れて光るのが生々しかった。
 彼女はしばらく余韻に浸るように肩で息をしていたが、そのうちぐったりとベッドに身を預けたままになった。
「今日の辻くん、男の子過ぎ」
「ナマエちゃんが好きそうなセックスしてみたんだけど」
「お気遣いどうも」
 敵わないなぁ、と向けられた背中に、汗ばんだ体のまま張り付く。途中までは悦ばせようと思ってたけど、最後の方は自分の中の雄が暴かれただけだった……とは言わない。
「明日の夕飯、唐揚げにしようか」
「えっ、そんないいもの、いいの?」
 事後だとは思えないくらいに晴れた声が愛おしくて、首筋の頼りなく薄い皮膚を吸い上げたら、くすぐったいよ、とくぐもった笑い声が聞こえてきた。




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