行かないで、と声がする。
気がつけば広いフィールドに一人ぼっちだった。
右も左も、今は静まり返った空気があたりを包みこむだけ。
まわりを走っていたイレブンはおろか、あれだけ盛り上がっていた観客ひとり見あたらない。
「行かないで」
静かなスタジアムの中、今度ははっきりと声が聞こえた。
振り返ると、そこには黒髪の、自分より少しだけ小さな少年がいた。
俯いているので表情まではうかがえない。
しかし、着ている服には見覚えがあった。
緑一色のそれは。
(オレの居たサッカーチームの)
昨日まで同じ歳の子たちとお揃いで着ていたユニフォーム。
自分が人とは違うのだと気が付かせてくれたチームのもの。
自分のプレーを封印したのはいつだったか。
もう思い出せない。
周りが活躍できるようにと言いながら、本当は、本当は自分が一人になるのを恐れていた。
(それなら、この子は、)
向けられた瞳は、いつかの自分そのものだった。
気が付けば捕らえられた右手。
縫い付けられたように動けない。
「行かないで」
代表選考の話をもらい、今度こそ失敗しないようにと周りを活かすことに徹してきた。
そうすれば、誰に恨まれることなくみんな楽しくプレーができる。
そう信じていたのだ。
今までは。
「ごめんね」
思わず落ちた言葉。今までの自分に、そ
してこれからの自分に。
「ごめんね」
再び口にすると、唐突にすべての音がよみがえる。
響き渡る歓声、応援のマーチ、相手チームの怒号。
「行け、虎丸っ」
振り返ればたくさんの真っ青なユニフォーム。
本気で叱ってくれた。
背中を押してくれた。
まだ出会って間もないこの人たちと、仲間になりたいのだ。
不安な瞳が視界の隅をよぎった。
ごめんねと口の中でつぶやいてから、ゆっくりと笑う。
ぎゅ、と力いっぱい右手を握り返してやった。
その
手
を離せないまま
わたしは
走る
(まだ不安は消えないけど)
(オレは前に進むよ)
虎嘯風生さまに提出したもの。
虎ちゃんだらけだなんて、なんて素敵な企画!
その手=昨日までの自分、みたいに感じられたらいいな。
20100326