ずっとずっと追いつけなかった

北風と太陽〜風の終わり〜




キン、と張り詰めた朝の空気。
学校のまわりをぐるり一周して体を温めることから、今日という一日ははじまるのだ。

午後の練習と違い、静まり返った町中で大声を出すことはためらわれ、ただ黙々とメンバーたちは走る。
規則的な足音と、だんだんと荒くなる呼吸。
さあもうすぐランニングも終わりだ。
正門が見えてきたところで、本当のスタートだ。
誰からともなくもてる力をすべて出し切るようなダッシュ。
待ってくださいっス、と情けない声をあげるのは我が部きっての巨体をもつディフェンダーだ。
もともとキャプテンとして先頭を走っていた自分は、猛然とラストスパートをかけるメンバーの中で尚も先頭を走りながら苦笑するのだった。
だが、それも一瞬のこと。
真横で空気がはぜたと思いきや、目の前におどり出たのは一陣の青い風。

「遅いぞ、円堂」

なにを、と言い返す間もなくくるりと背をむけられた。いたずらっ子のような笑みを残して、風は先を行く。
あわててさらに足をはやめるが、もう遅い。
あとちょっとというところで、いつもゴールしてしまうのだった。

「やっぱりおまえにはかなわないよ」

途切れ途切れの息の合間にこぼせば、朝の空気より透き通った笑みをくれた。
いつかお前の見る風の世界を、いっしょに見れたらいい。




「…堂さん、円堂さん」
呼び声に、は、と意識を戻す。
真横には心配そうにのぞきこむ後輩の姿があった。
「あぁ悪い、立向居」
「いいえ、ランニング中に居眠りだなんて、円堂さんらしいですね」
ふふ、と控えめな笑いが朝の空気にとけた。
ここは慣れ親しんだ街ではないけれど、静まり返った朝の風景はどことなく似ていた。
だから、思い出にふけってしまったのかもしれない。
気が付けば背後からも小さな笑い声がいくつか聞こえる。
恥ずかしくなって咳払いをすると、もう正門は目の前だった。

「あ、円堂さん」

恒例のラストスパート。
少しフライング気味にスタートした自分を追いかけてくる足音たち。
メンバーが代わり、土地が変わっても、こうして欠かさず、変わらず朝練は続いている。
打倒エイリアをめざし、何があっても戦ってゆくと、証明してみせると決めたのだ。
今日も、そのための一日をはじめよう。
正門は目の前、自分のあと追う足音は多数。
一歩一歩、大地をけりつけて進む。
円堂の目の前はどこまでもひらけている。

そこにはもう、風は吹いていなかった。





風丸さんが抜けたあと、キャプテンが立ち直った直後の話。
20100321
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