お兄ちゃんを救えるのは、大きくて優しくて暖かい手のひらだけだったのだ。
これは結果論に過ぎないのだけれど、生憎わたしはそれを、もしくはそれに匹敵するなにかを持ち合わせていなかった。
大好きなお兄ちゃん。
彼の葛藤を、決意を、気付くことすら出来ずに、傍観しているしかなかった。

春奈という子はただの無力な女の子だ。
両親の事故を予知して華麗に救ってみせたり、いじめっこを不思議な道具でこらしめたり、だいすきな人とずっと離れずにいられるよう呪術をつかったり、ああそれから支配に苦しむ人をちちんぷいと助けたりすることなんて、当然できるはずがなかった。
だから今こうして唇をかみしめてオレンジの光の柔らかさに耐えている。
わたしがやりたかったことを、やりたいと切望していたことを彼は簡単に(それこそ血のにじむような特訓のたまものだけれど彼の目的はまた違うところにあったので)やってのけた。

素直に喜べないのは仕方ないじゃないか。
作ったおにぎりを、また一つトレーに並べながらまばたきをした。
ぽたり。
手のひらに落ちるしずく。
今日のおにぎりは一層しおからいに違いない。
手をあらって、頑張らなくちゃとほっぺたを叩く。
せめてせめて、美味しいものを食べて糧にしてもらいたいんだ。
雷門に転入してきた大きな決意の助けになりたいんだ。
気合いをいれなおして、残りのご飯にとりかかる。

「あつ、」

まだおひつの下のほうは熱が残っていたようだ。
小さな呟きとともに気合いをいれて一つ。

「大丈夫か、春奈」

腕をおろしたところで、聞き慣れた声に呼びとめられる。
平生とは違う、すこしあわてたような雰囲気にどきりと心臓がはねた。
一瞬、涙を見られてしまったのかと思ったけれど、その心配は無用だった。

「火傷してないか」

瞳はゴーグルにかくれているが、きっと真剣にこちらを見つめているはずだ。
しばらくぶりの兄妹ふたりの会話はやっぱりぎこちないものだけれど、そんなところばかり変わっていないんだな。
なんだかおかしくなって、笑いをおとす。
先ほどまでの涙はすっかり引っ込んでしまった。

「なんだ、春奈」
「これくらい大丈夫だよお兄ちゃん」
「だが」
「ずーっとマネージャーをやってるんだもの、もう慣れっこになっちゃった」

ね、と首を傾げてみれば、一度眉をひそめてから、それはゆっくりと笑みの形をつくった。

「そうだな、そうだったな」
「うん、そうだよ」

わたしは、心配されるだけのヒロインではないんだよ。
両親を亡くしても、二人離れて暮らすことになっても、救われたいと思ったことはなかった。
この手を伸ばしたのは助けを求めたからじゃなくて、ただ大好きな人を助けたかったから。
たとえば大きくて優しくて暖かい手のひらや、もしくはそれに匹敵するなにかを持ち合わせていなくても。
ぐ、といつの間にかかみしめていた唇を静かに開く。

「ねえ、お兄ちゃんお願いがあるんだけど」

答えを聞く前にできたてのおにぎりを差し出した。

「味見してほしいの」

ゴーグルのむこう、表情は変わらない。
何も言わずにそれを手にとり口元へ運ぶ様をただ見ていた。
あっという間に最後の一口まで食べ切ってしまってから、再び視線はこちらに向けられた。
ちょっとだけ困ったようにひそめられた眉。
想いをつめこみすぎたおにぎりは、しおからかったのかもしれない。

「ごめんなさい美味しくなかっ、」
「ちょうどいい大きさだ」
「え、」「塩加減も絶妙でなかなか悪くない」
「そうかな」「固すぎず柔らかすぎず食べやすいしな」

相手選手を解析する時のような温度でつづられるのは、褒め言葉であると思うのだけれど。
思わず首をかしげてしまえば、あー、と戸惑うような声。

「つまりだな、」
「つまり」
「春奈の作ったおにぎりが一番おいしい」

小さな小さな言葉。
それは沈んだ気分を浮上させるには充分だった。






僕はヒーローにはなれなかった。

たとえばおにぎり一つで何ができるだろう。
両親の事故を予知してみせたり、いじめっこをこらしめたり、だいすきな人とずっと離れずにいられるようにしたり、ああそれから支配に苦しむ人をちちんぷいと助けたりすることなんて、できないけれど。

「ありがとう、春奈」
「こちらこそ、お兄ちゃん」

わたしも、お兄ちゃんも、こうして今を笑顔でいられるのなら。
それだけで。






鬼道兄妹企画「バイバイ。かみさま。」様に提出。
お兄ちゃん視点はありそうだったんで春奈ちゃん視点にしてみました。
お兄ちゃんのマントの話とかいつかじっくり書きたいです。

20100515 sun9! さくら
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