黒と赤の狭間で子供たちが叫ぶ。
誰も知らない夜空のすみで、一番星より小さな光が空にひとつともった。



エイリア学園にいたころの自分を思い出したくない、なんてそんな虫のいい話、ゆるされるのだろうか。
ふと、口にしてみれば、目の前でボールを磨いていたふわふわの茶色が右にかたむいた。
夕焼けのせいで赤く見える瞳が、せわしなく閉じたり開いたり。
ぎゅう、とよせられた眉から察するに、おそらく理解できていないのだろう。

「ええと、話、分かる?」
「ごめんなさい、あんまりよく分かってないみたいで」

すみません、と勢いよく頭を下げられる。
はずみで手にしていたボールが転がりだした。

「こっちこそ、ごめん」

それを伸ばした右足でうけとると、今度はありがとうこざいますと頭をさげられた。

「お前たち、早く手を動かせ」

グラウンドのむこうから響く声に二人して肩をすくませる。
あのゴーグルはもしかして双眼鏡にでもなるんじゃないか。
なんて目ざとい先輩だろう。
あわててボール磨きを再会させる。
思わず深く息を吐き出すが、視線を感じて背筋をのばす。練習あとで疲れているのは皆同じ、か。
しかしこそりとうかがい見た瞳は楽しげにゆれていた。

「立向居はさ、辛くないの?」

思わずこぼれた問いは、先ほどの続きだ。
今度は怒られないように手をやすめずに問う。

「ボール磨きはきらいじゃないので」
「そうじゃなくて」

再び首が傾げられる。

「だから、控えでいることだよ」

このチームのメインゴールキーパーは、キャプテンである円堂だ。
リベロとしてポジショニングされないかぎり、控えの出番はない。
ましてや、怪我や病気でぬけるだなどと、あってはならない、というかあのキャプテンにかぎってないだろう。
健気に練習を続けたって、同じキーパーである限り、世界で戦える可能性が少ないのは目に見えているじゃないか。
ようやく質問の意図を理解したのか、大きく頷いた彼は、しかし嬉しそうだった。
面食らったのはこちらの方だ。

「辛くなんかないですよ」

きらきらと瞳が輝いて見えるのは、今日の最後にと光を放つ夕日のせいか。

「他の誰も守ることのない、円堂さんの背中が守れるんですこんなに光栄なことって他にありません」

その言葉はただただまっすぐだった。
まぶしすぎるくらいの笑顔に胸が痛む。
愚かな問いをぶつけた自分がとてもみじめに思えた。
エイリア学園にいたあの頃、どんなに努力してもセカンドランクというレッテルはどこまでも自分を追い詰めた。
けれど、ただの噛ませ犬だときがつきながら、何ができただろうか。
いつしか、その位置に甘えていた。どうせセカンドランクだから、と。
悔しくて仕方なかった。
だから新しいこのフィールドで、レギュラーでいたかったのだ。
もう二番手だなどと言わせない、力を認めさせてやる。
それすらも、結局うまくいかなかったのだけれど。
きれいになったボールといっしょに、地面に溜め息がおちた。
次のものを手にしようとすると、反対側から伸びてきた手にさえぎられてしまう。

「でも、ええと内緒なんですけど」

もちろんその手は目のまえの少年のものだ。
こそこそとあたりを見回して、キャプテンに呼ばれている先輩たちの姿を確認する。
ひそひそ話をする距離まで近づいた顔は、今度はいたずらっこのように楽しそうで。

「オレはいつか円堂さんを越えてやるんです」

握られたこぶしに迷いはない。
でもオレは、と言いかけた言葉を、痛い息といっしょに飲み込む。
どこまでも綺麗な笑みに、ただ、頷くことしかできなかった。
もう少し、もう少しだけ時間がかかりそうなのだ。

君と同じ空を見るまでには。



little star

すっかり暗くなった空に、ひとつめの星が瞬いた。
俯いた瞳には、まだそれしか映らない。


心を開きはじめた緑川さんの話。
20100427
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