『ホーエンハイムを殺した』


 昨日、そうエドワードが言った。
 そこはエドワードの母親の病室『だった』場所。難しい手術をしなければならないのだと、転院するのだと聞いていた。もう病院でエドワードに会う事が出来ないのならば、さてどうしようと未練がましく院内をさ迷っているところだった。





 夏休みだというのにエドワードは制服だった。


 私服を選ぶのを面倒臭がって制服を着ていたリンとは違う、

 それは喪服だったのだ。




 リンはエドワードの事を何も知らなかった。
 昨日エドワードから聞くまで、母親がそんなに重病だったなんてリンは全く知らなかった。失踪した父親の行方が判らないままたった一人の肉親の妹を幼なじみの家に預けていた事も、母親の看病の為に休学して留年した事も。












 東京駅の地下に向かいながらエドワードに「何食べたイ?」と訊いてみる。新幹線の中で昼食を摂ってしまうつもりだった。「何があんの?」と訊き返されてくすぐったい気持ちになる。グリードから指定されたエスカレーターの下でフロアガイドをエドワードの手に持たせて一緒に見る。

「よう。お前人相悪いから女が隣にいないでそういう薄暗い所にいると絶対通報されるぞ」
 どちらが待つ事もないタイミングで、リンと同じ顔をした男が胸の谷間の広く見えるワンピースを纏った黒髪の熟女を隣に並ばせて現れた。「気を付けろ」と言うのは、通報された経験からの忠告と予防策なのだろうか。この絵面はそれはそれで正しく悪人にしか見えないんですが。




「バンコク経由のヒースロー行きだ」
 グリードから渡された航空券を取り出して名前と出発空港と出発時刻、航空会社を乗り換えの分も合わせて確認する。リンがチケットを元通りにしまうのを見てから白い封筒を旅行雑誌に挟んで渡してきた。中身はおそらく今回の明細と、調査結果の内で今後必要だとグリードが判断した情報だ。
「ヒースロー?」
 リンが海外へちょっと身をくらます程度に考えていた場所にしては遠過ぎる。

「全然普通のおっさんじゃねぇじゃねぇか、完璧赤字だぜ。そこに『ホーエンハイム』が居る」
 眉間に皺を寄せたエドワードがグリードを睨む。
「……生きてたのか?」
「お嬢ちゃんの父親の方がな。よく一人で頑張ったな」
 グリードがエドワードの頭を子供にするようにぽんぽんと叩いた。溢れ出しそうな水を瞳に湛えたのは一瞬だった。ゆらゆらっと金色の瞳を彷徨わせた後リンの腕をきゅ、と握るのでリンがその手に手を重ねてやればその瞳は強い光を持ち直した。エドワードが「ガキ扱いすんじゃねーよ」と振った頭を面白そうにグリードがぐしゃぐしゃとかき混ぜる。



 絡まった金髪をリンが撫でて真っ直ぐに戻しているのを眺めながらグリードは声を落とした。







「……もう一人の『ホーエンハイム』も生きていた」






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