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「ご予約頂きましたネックレスでございます」
「はぁ!?」
また大きな声を上げてしまったが、相変わらず上品な店員のお姉さんはどこか優しげな笑みを浮かべており隣の男はあっはっハ!と耐えきれなかったいう感じの笑い声を上げた。いい加減にしろよこの野郎!
「お試しになりますか?」
「着けて帰りまス」
だれが。と、エドワードが思っている間にネックレスを手にしたリンは当然のように彼の愛しい恋人の背後に周り、とても高価な宝石に触れるような手つきで金髪をうなじでふたつに分けて肩から前に流した。そのまま腕を回してネックレスを白い首に掛ける。
「な、なんで!?」
エドワードは喜びというよりむしろ動転だ。その前で鏡を持っていた店員さんは頃合いとばかりに「お包みして参ります」とまた奥へと消えた。やっぱり魔女なのかも。
「やっぱり覚えてなかったネ」
「えっ…」
「今日何日か分かル?」
「え?えーと…あっ、あー!!!!」
首に掛けられたネックレスに触れ、さっき鏡に写っていた形を指でなぞる。
「俺がエドを泣かせた日だヨ」
雫のように縦に流れるラインモチーフのトップがエドワードの鎖骨で揺れた。そうか今日は。
「一年前、俺と付き合ってくれてありがとウ」
満足げに微笑みかけてくる男に反して、しかしエドワードは変な汗が出てくるのを感じる。しまった、そんなこと全然まったく一切意識したこと無かった!何も用意してねぇよオレ!!
「お待たせ致しました」
どうやってタイミングを見計らっているのかお姉さんが靴とネックレスの空箱が入ったショップバッグを持って戻ってきた。魔女ではなくひょっとしたら探偵かスパイなのかも知れない。
ドアの前でリンが紙袋を受け取り、深々とお辞儀をするお姉さんに見送られて店を後にする。こちらが見えなくなるまでお見送りされてしまうので、ついつい曲がり角まで早足になってしまう。
「ご、ごめんリン」
「えっ何ガ?」
「オレ、何でお前と付き合ってんだろ」
「ええええエー!!?」
リンが真っ青な顔をしてエドワードの正面から両肩を掴み「一年目にしてそれ言うノ!?じゃあ俺と付き合ってたのは気の迷いだったって言うノ!?」と必死に言い募ってくる。
「今更なかったことになんて出来なイ!」
「へっ?何言ってんだお前落ち着けよ」
「別れたくなイ!」
「オレだって別れたいわけじゃねぇけど!」
「けど何!?」
「お前はオレでいいのか?」
オレとかじゃなくて、もっと可愛かったり優しかったりえっちだったり、お前とお似合い、だったり、する子がいるんじゃないか?しかしエドワードはそれを思うだけで恐ろしくなり口には出来なかった。考えるだけでとんでもなく恐ろしかった。
「……エドこそ何言ってんノ?」
「だってお前、オレ何も用意してねぇどころか…お、覚えてなかった…んだぞ?」
怖々とリンの顔を伺う。呆れて、怒って、振られても仕方がない。
「いいんじゃないの別ニ」
しかしリンは笑っていた。
「エドっぽくていいじゃン」
「それってなぁ…」
「それがエドならいいんだヨ」
「え…」
「俺はエドじゃなきゃいやだヨ」
リンは笑っていた。エドワードの目の前で笑っている男は他の誰でもなくリンだった。
一年前、射るような瞳で貫いてエドワードのこころを引き裂いた男は今、優しく笑っている。あのときこんな風にこの男に優しく包容される日がくるなんて想像もつかなかった。
あれから一年。
「…うん、」
エドワード自身もリンを選んだからこそ、今ここに2人でいる。
「オレも、お前がいい」
「うン、ありがト」
エドワードの肩に乗っていた手が背中に回されてきゅっと抱き締められる。吸い込んだ息からはリンの匂いがする。リンの香りで肺が満たされるようにリンへの気持ちで胸がいっぱいになるが、エドワードはどうしても周りが気になってしまう。
「リ、リン…」
しかしリンはまたしても聞こえない振りをする。
「こら、リン!」
顔こそ見えないがリンの忍び笑いが聞こえる。
ながい腕の中で今日からさらに一年後のふたりを考えてみる。今と同じかな?それともまた、なんか変わってるかな?想像がつかない。
「指輪も考えたんだけド、それはもっと大事な時にとっておこうかなっテ」
えっ、一年後も想像つかないのにもっと先?やっぱり想像は出来なかった。
それでも、そのときまた2人でいられればいいと。
口にすればこの男は喜ぶのだろうが、恥ずかしさと悔しさからエドワードは口にはしないことにした。
ただ、
この腕から抜け出したら一言だけきみに伝えてみようか。
明日もよろしく!なんて、ね。
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