「リン君もうちに来て一緒に見れば良かったのに。エドワードに似合うウェディングドレスのお話を一緒にしたかったわ」

「そういえば、リンは?」

 毎日登下校で顔を合わせ放課後同じ時を過ごし毎週欠かさず土日のどちらかの予定を姉から奪う輩は、言われてみればせっかくの三連休だというのに会っている様子がない。エドワードに似合うドレスの話なんて姉自身は真っ平御免と言うところだろうが、リンと母ならばきっと嬉々として盛り上がるであろう。

「……知らねぇ。国に、帰るって」
「珍しいね、リンって夏休みもお正月も帰らなかっただろ。ゴールデンウイークに?」
「学校あるから明後日には戻る、って」
「ふうん」

 アルフォンスは相槌を打ちながらもとても違和感を覚えた。

 まず、母の提案にエドワードならば真っ赤になって「何言ってんの母さんないからそれ!」と反抗するはずだ。母の話を理解しないほどテレビ画面に夢中ということだが、極度のマザコンのエドワードが母の話を聞いていない場面なんてアルフォンスは初めて目撃したのではないだろうか。
 次に、エドワードの返答。国に帰ると聞いているのに「知らねぇ」とはおかしくないか?姉はその言葉使いとは裏腹に雑な単語の選び方はしない、ということは正しく『国に帰ると言っていた』はずなのに今は『知らない』のだ。

 矛盾はおそらく、リン、だ。

 テレビを見つめる姉の横顔を見る。無表情になると人形のような顔が時折パチリとまばたきするので長いきんいろのまつげは飾りではないのだとようやく確認できる。

 やがてバルコニーに新郎新婦が出て来て唇を重ねた。いわゆるロイヤルキスだ。特別番組の後にレギュラーのニュース番組の中で断続的にされていた中継すらも終わり、後は式やパレードのダイジェストばかりとなった。

 アルフォンスが風呂から上がった時も入る前から同じ前のめりの姿勢だったエドワードは、ようやく何かを諦めたようにソファーの背もたれに寄りかかった。しかし、表情は険しいまま、何かを考え込んでいるようだ。

「……お風呂、空いたよ。入ったら?」
「ん…あ、うん、ありがと」

 アルフォンスはそう声を掛けるのがやっとだった。エドワードからの返事があったことに少なからず安堵のため息を洩らすほどだった。



 だからアルフォンスは口にしなかった。愛しい姉がそんなにも懸命に何を捜しているのか尋ねるような愚を犯す真似はしなかった。

 アルフォンスには、エドワードが何を、『誰を』捜しているのか分かった。
 エドワードが見た一瞬の画面をアルフォンスも見ていた。アルフォンスは見間違いかと思ったしエドワードもおそらく同じように思ったのであろうが、彼女の様子からするに見間違いではなかったのだろう。





 ほんの一瞬、世紀のウエディングに招かれた各国の要人、セレブが映し出された。その数多くのゲストの中に。











 ロイヤルウエディングから2日後の連休最終日。エドワードは早朝に地元のバス停から国際空港行きのバスへ乗り込んだ。昨夜、リンから「明日着くよ」とメールが来ていた。リンの携帯電話は当然のように国際電話だった、おそらく以前から。国に帰りもしないくせに、とエドワードは見慣れぬ高速道路の殺風景な窓の外を見ながら心の中で毒づいた。





 リンは愛しい恋人のいる国の国際空港へ到着するなり携帯電話の電源を入れた。ただいまコールは電話にしようかメールにしようか。あわよくば今から会えないだろうかと可愛いあの子の変顔の待ち受け画面からひとまずメール受信の操作をする。
 出会い系の広告が2通、フリーメールからの転送が1通、学友から2通、恋人の弟から1通。その中にたったひとり重要な差出人を見つけた。

『着いたら連絡して』

 それを見てリンは思わずニッコリしてしまった。リンの可愛い恋人であるエドワードからのメールはいつも簡素だ。やっぱり会いたい。
 入国審査を待ちながらひとまず「いま成田。ただいま」とだけメールを送った。


『今どこ?』


 すぐにメールが返ってきた。どこって空港、なんだけど。それからひとつ思い当たって慌ててゲートをくぐる。まさかまさか、まさかね。
 「入国審査したとこ」と返事をしてみるものの今度はエドワードからの返事は来なかった。エスカレーターを駆け降りてスーツケースを確認するがまだ出て来る気配はない。足踏みしながらすりガラスで見えない向こう側をそわそわと覗き見る。早く早く!


 ようやく出てきたジュラルミンのスーツケースを受け取り走るように税関を通り過ぎる。
 到着ロビーには待ち人を探す迎えの人垣。その中に、どんな人混みでもリンが見逃すことはない小さな金髪の少女が埋もれていた。こちらを険しい顔で探っていた金色の瞳がリンの顔を見つけてほっと表情がほどけたのに胸が捩れる。

 今すぐ駆け寄りたいのに人の流れがそうさせてくれないので、胸が張り裂ける前にとエドワードに向かって大きく投げキッスをした。エドワードが元々大きな瞳をさらに大きくして真っ赤な顔になる。周りの人間がリンを振り返るが知ったことか。エドワードの近辺の人間がリンの投げキッスを見て笑いその宛先をやはり笑いながら探しており、エドワードはそれを困った顔で首をすくめて窺っている。自分は良くても恥ずかしがり屋の恋人は居た堪れない様子だ。リンは反省のまったくない心の声で叫んだ、ごめんねエド!

 リンがスーツケースを左から右手へ持ち直して目の前の女性を避けようとしたときだった。
 ぱちんとリンとエドワードの視線が交わったとき、エドワードがリンを睨みつけたと思ったら、次の瞬間。ちゅっ、と可愛らしくちいさな仕草でエドワードがリンに向かってキスを投げた。


 参っちゃうナ。


 転がしていた重いスーツケースを最早浮かせる勢いで担ぎ上げて走り出した。






 わき目も振らずエドワードのメールを真っ先に開いたリンは、その弟から来たメールを見ていなかった。エドワードとは逆でいつも丁寧な文章を綴るアルフォンスからの、それは珍しく簡素なメールだった。



『リンって何者?』







(終)




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