「今日は星が見えるよ、リン」

「は?」

「星だってば、ほら、あんなに綺麗だ。
リゼンブールの星も綺麗だったけど、シンもすごく綺麗に見えるな。
天の川があんなにハッキリと見える」


突然何の話しをするんだと、言い返そうとしてそうできなかったのは、エドワードの故郷の名前がでたからだ。

思い出も、
大事なものも、
全部あの場所に置いてきてしまったことを知っているから。




(想い出す?)
(懐かしい?)
(それとも、・・帰りたい?)



次々と胸に浮かぶ言葉を飲み込み金色の瞳と同じ方角を仰ぐ。


「・・あれは、何の光ダ?」

「どれ?」


リンが指差す方向には、本当に天の川という名前そのもののように美しく連なる白く煌く星。
その端のほうで、針のようにちらちらと瞬く赤い星。


「ああ、あれは蠍の火」

「さそり? 蠍って、虫の?」

「そう。知らない? 有名な御伽噺だぜ?」

「どうしテ、毒ヲもつ蠍があの美しい星の隣に?」

「・・でも、あの蠍は、別に毒をもつ悪い虫でもないし。いいんじゃねーの」

「いったい、どんな話しなんダ? その御伽噺っテ」


思わず聞いてしまったのは、
いつもは饒舌に何でも語ってくれるエドワードが言葉少なくて。
御伽噺などに興味があるわけではないけれど、
何でもいいから話していて欲しかっただけだ。


けれどエドワードもリンがまさか興味を示すとは思っていなかったのか、驚いたようにぱちりと瞳を瞬かせる。

「覚えてない」と言えれば苦ではなかっただろうけれど、先程の会話からしてそれは無理だろうと判断したのか、「ハッキリと細部まで覚えているわけでもないから、簡単でいいかな」と前置いてから小さな声で話し出した。


「・・・昔、小さな生き物を殺して食べていた蠍がいたんだ。するとある日、今度は自分がいたちに食べられる側になった。蠍はいたちから必死に逃げた。その途中に井戸に落ちて・・そのまま死んでしまいそうになったときに、神に祈ったんだ」

「井戸から出セ、と?」

「違うよ。・・自分は、今まで自分はいろんな犠牲の上で生きてきた。それならばどうしてあの時自分を差し出さなかったのだろう、と悔いたんだ。そうしたらいたちはもう一日生きれたかもしれないのにって。こんなふうにむなしく命を捨ててしまうわたしを、次はどうか、わたしのからだを使って誰かの役に立ててくださいって」

「・・・・。」

「そしたら、いつか、蠍は自分のからだが真っ赤に燃えていることに気がついた。燃えて闇を照らす自分の姿を、」

「もう、いい」

「・・リン?」

「ごめん、自分から聞いておいテ、でも、もう、」

これ以上聞いていたくなかった。


ぞっとした。
冷たくて柔らかな何かを胸の中にびしゃりと投げ込まれた気がした。声を震わせないことに精一杯だった。


なぜなら、まるで、『先程の答え』を、聞いてしまったような気がしたからだ。






エドワードがあのまま、あの場所にいたら。
軍が、国が、放っておかないことなんて明らかだった。

わかっていて、黙って見ていることなんてできなかった。

それこそ今まで四六時中彼の傍にいて、彼の苦悩を目の当たりにして、もう充分なんじゃないかと思っていたから。

『望まない』戦いまで強いてほしくなかった。解放してあげたかった。そう心から思ったから。
だから、攫うように自分の許へと連れてきた。


でも、もしかしたら。

そんなのはただの自分だけのエゴで。
自分は、エドワードに新しい戦いの場所を与えただけだったのかもしれない。


結局は、エドワードのためだと自分に言い訳をしているだけで、全ては自分がエドワードの傍にいたいだけの我侭だったのかもしれない。


「オレは・・」



エドワードが好きだと自覚したのは、シン国でしばらく経ってからだ。

エドワードと出会ってから当たり前のように持っていた感情だったので、人に指摘されるまでわからなかった。


今さら伝えたところで・・と、抑え込んでいたはずの願いは、ほんの少しのきっかけでたやすく滑り落ちてしまった。

戸惑いと羞恥心で逃げ出したい気持ちいっぱいで俯くオレに、エドワードはとと、と小走りに近づくと爪先立ちをして必死に目線をあわせて、「ヘンな顔してる」といつもの憎まれ口を叩いて、そうして微笑んでくれた。



抱きしめたら、体を預けてくれた。
唇を寄せたら、目を閉じてくれた。



気がついてしまえば、ずっと、長い間。
求めてやまなかったエドワードを腕におさめて有頂天になり、彼の気持ちを確認しなかった。
どんなふうに思ってるかだなんて、考えもしなかった。




自分だけが幸せで・・。

エドワードは、過去も、現在も、変わらずにあの罪の中にいるのだとしたら。



(オレは、何て愚だ)






そんなつもりではなかった。
『自分が』幸せになりたかったわけではない。


君に。
穏やかな時間を与えたかった。本当に、それだけで。


「エド、オレは」



爪が食い込んだ拳が視界に入る。星なんてとっくに見ていなかった。
あのときと同じ、俯き、唇を噛み、そして。





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