エドワードは、ふと、自分がものすごく暗いところにいることに気が付いた。





 どこだろう、たった今初めて辿り着いた場所なのかも知れないが、ずっと前からここに居たような気もする。暗い、と感じるということは、自分がさっきまで明るい所に居たという事だ。
 何故だろう、エドワードの世界はとっくに終わった筈だった。

 暗い、中に何か、優しい光が一点。高くも低くも、近くも遠くもないところで、ひっそりとエドワードに暗闇の存在を教えていた。


『ベガから下へ目線を移すと、わし座のアルファ星、アルタイルが見つかります』

 先程までいたプラネタリウムのプログラムがエドワードの耳の中に響く。
 リンに手を引かれてビルの外へと出て来た、夜空を見上げてみたものの、星は見えなかった。







「初恋の味なんだっテ」

 そんなもの、味なんてあるものか。

 乱暴な返答が浮かんで、エドワードは自嘲した。自分とはあまりにかけ離れた言葉に、嫉妬した自分に気が付いたからだ。

「どんな味だよそれ」

 思った以上に乾いた返答をしたエドワードに、リンが優しくコートを掛けてくれた。寒い筈はないのに、温かい。
 リンに渡されたカルピスを飲んでみる。甘酸っぱくて、少し何かが舌にザラリと残る。ザラリ。と。


 ――あぁ、わかってしまった。


 エドワードの手からリンがペットボトルをかすめ取り、「間接キスだヨ」とわざわざ前置きしてから、先程エドワードが味わった物と同じ物を口にした。わざとらしく唇を舐めるリンに顔が火照る。


 気が付いてしまった。
 自分は、自分のこの気持ちは、この男の言う、恋、というものだ。


 どうしよう。
 すでに真っ赤な顔を更に赤くするエドワードに、リンの顔が近付いてくる。

 何で。

 先程プラネタリウムの始まる前にされたのと同じ、そっと触れるキスをされた。

 何で、オレにそんなことするんだ。
 リン、リン、どうして?

 オレの気持ちを知っていたのか?
 オレの事、どう思ってんの?


「こういう味、わかっタ?」
「……わかんねぇ」


 リンの気持ちが。


 エドワードがリンの顔を見られないでいると、ゆっくりと柱に寄りかかる形に導かれた、そのまま覆い被さってくる。
 リンの気持ちを知りたくて、どうしても知りたくて、エドワードは顔を上げてしまった。
 そして後悔した。

 先程とは打って変わって、リンが荒々しく唇を重ねてくる。避けようとすれば舌が潜り込んできて、絡められる。
「ん、ん……っ」
 後ろに逃げようとしたがコンクリートが行く手を阻む、両脇にはリンの腕、目の前にはリンが。エドワードに逃げ場はなかった。

(どうして、リン)

 エドワードの見上げたリンは獣の様な顔をしていた。


 いつだって優しかったリンの、エドワードが今まで見たことのない顔だった。

(あぁ、そうか。)


 エドワードはゆっくりと力を抜く。

(リン、)

 この男を好きになるなんて、この人と恋に落ちる資格なんて、この身にはありはしなかった。


 リンはそれを自分に知らしめている。
 それはきっと、慈悲深い彼の優しさで。


 エドワードは官能のせいではない涙を浮かべた。人工的なビルの落とす暗い暗い影の下で、リンはそれに気付けなかった。




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