下校時間。放課後、リンはいつもエドワードと待ち合わせている昇降口へと向かう。白いコートに赤いマフラーをした可愛い恋人が廊下の窓に寄り掛かって待っているのに向かって大きく手を上げる。エドワードはそれに気付いてふわりと腰を上げて下駄箱に向かった。その仕草に、おや、とリンは思った。いつも本を読んでいてリンが来たことに気付かず、リンが話し掛けてびっくりされるなんてよくあることなので、なんとなく珍しい。それもそうだが、この得も言われぬ違和感は何だろう。

「リン、あのさ…」
「明日何時に行けばいイ?」
「あ、母さん何時でもいいって言ってたけど…」
「そウ?じゃあお昼前に行こうかナ」
 下駄箱ごしの会話。スニーカーに履き替えてひょいと下駄箱から顔を出したら、エドワードが変な顔をしていた。何だろう。困ったような悲しいような迷っているような。……え、なニ?


「リン……」
「どうかしタ?」
 リンの指摘にエドワードは一瞬驚いた顔をした。図星を指されたときにいつもこういう顔になる。そして次に大抵顔を赤くして「なんでわかったんだ」と言うのだが、今日は違った。ものすごい処理速度のハイパーコンピューターで計算されたセリフをいつも早口で話すくせに、口籠ってリンと目を合わせない。
 考えるより先に行動に出るようなエドワードをここまで気落ちさせるものをリンはひとつしか思い当らなかった。

「アル…は、今朝元気だったよネ。お父さんどうかしタ?それともお母さんの具合悪いなら行くのやめようカ?」
「え!縁起でもないこと言うな!皆元気だよ!」
「そう?なら良いけド。遠慮しないデ。頼ってネ?」

 幼い頃からバラバラで暮らしてしまったせいかエドワードの家族愛は人一倍強かった。とりわけ年子の弟は目に入れても痛くないほどの可愛がりようだし、身体の弱い母親をいつでも大切に気遣っているのが傍目にもよくわかった。……一緒に暮らしていた父親に対しては少々蔑ろな部分も無くは無いが。

「お前に…そんな相談していいの」
「えッ?ごめん聞こえなかッ…」

 しかしどうやらエドワードの悩みは家族ではないらしい。
 不安げにリンを見つめる金の瞳は揺れていた。いつも明るく奔放な少女だけに暗い顔を見るだけでリンの心まで締め付けられるようだ。


「リン……バレンタイン、他の子からももらったの…」


「?うン、もらっ……」
「そ、か。何だ、オレ、知らなかった」
 傷付いた顔をしてリンから目線をはずすし、くるっと早足で歩き出してしまったエドワードを慌てて追いかける。リンの予想を裏切り原因は家族ではなく己にあるらしい。しかしリンがバレンタインに何かをもらったとしても、エドワードがそれを気に掛けるとはリンには思えなかった。それでは何が、そんなに彼女を傷付けたのか。

「エド」
「この前100均で買ってたのそのお返し?」
「あッ、わァ、まァ、そんなとコ?」
 結局良いレシピ本は見つからなくて、母国の友人にEメールで相談し、材料を送ってもらうことにした。エドワードはどこまで勘付いてしまっているのだろうかとヒヤヒヤする。
「なんで慌てんの」
「慌ててなんカ……」
「じゃあ何隠してんの」
「えッ」

 思わず驚いた顔でエドワードを見返してしまった。やってしまった。これでは「はい正解、俺隠し事してまスー!」と自分で言ってしまったようなものだ。阿呆か俺ハ。








「……隠すくらいなら、言やいいのに」
 思わず強がりを言ってしまう。こういうとき本当に自分は素直になれないなと自嘲する。

 リンは少し眉尻を下げてやさしく笑っている。本当に、本当にオレ以外に本命の子がいるの?隠していたのは、リンの優しさだったのだろうか。
「そうだネ、ごめン」
「みっ、認めんのかよ!」
「だって事実だシ」
 心臓が大きく跳ねた。息をするのも苦しいくらい、そのままどくどくと大きな音を立てている。リンに、大事にしてもらってると思ってたのは独り善がりだったのだ。いっそ、こんなやさしい嘘を吐かれる位なら優しさなんていらなかった。

「……いっぱいもらったんだって?」
「エ?あァ、バレンタイン?全部義理チョコだヨ」
「オレ、知らなかった」
 思わず詰問口調になる。そんな資格もうないのに。

「エ、そっチ?なんだ言えば良かったネ。だってクラス全員に配ったりするようなのだヨ。自慢できるような物じゃないと思っテ」
 何だよそのどうでもいい感じ。オレのことなんかもうどうでもいいのか。優しくもしてくれないのか。
 自分で優しくして欲しくないと思いながらリンの優しさを欲してしまう。支離滅裂だ。

「本命ももらったって聞いた」

 どんな子なんだろう。リンの優しさを一身に受けられるおんなのこ。
「……エド」
「やっぱいいや」
 知りたくない。きっとオレとは違う。素直で、リンと同じくらい優しくて、リンに好かれる資格のある子。

「俺がもらった本命はエドからだけだヨ」
「嘘…!隠してたくせに!」
 リンに優しくされたい。でも、リンの優しさにオレはどんどん傷付けられるばっかりだ。
「お前が!他の子に人気あるとか全然知らなかった!何だよ、ちやほやされていい気になりやがって!」
 やっぱり思ってることと違うことを言ってしまう。こんなこと言って何になるんだ。余計にリンにきらわれるだけだ。……もうきらいなの?オレのこと。

 やさしいリン。リンは、誰にでも優しい。他の子だって知ってるんだ、リンが優しいこと。誰だってリンのこと好きになってもしょうがない。でも、じゃあ、リンは?リンが好きな子ってだれなんだ。



「俺は、エドだけが好きだヨ」



 びくりと身体が震えた。
 心臓が口から出そうなくらい大きく跳ねている。苦しい。

「うそ……」
「嘘じゃなイ。言ったでしョ、エドと付き合うとき。オレはエドに嘘吐かないヨ」

 本当に?だって、オレ、お前のこと信じるしか、出来ないんだよ。

「か、隠し事してたくせに…!」
「うぇッ、だっテ、えェー!?サプライズは隠し事に入っちゃうノ!?」



「……サプライズ?」




(続)




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