電車に一駅だけ乗って駅前のブルーの看板のカフェ兼パン屋でカレーパンとネギ焼きパンとチーズのクロックムッシュと、エドワードの好きなアップルパイを買う。リンのアパートまで2人分のゆっくりした速度で徒歩10分。その日あった授業の笑えない教師のギャグなんかを話しながら自宅に着いてしまった。エドワードを連れたまま。


「エドワードさン、俺が言うのも今さら言うのも何だけド」
「なに?」
「危機感無さすぎじゃなイ?」

 冷蔵庫に作り置きの烏龍茶が入っていたのでそれをマグカップとグラスに注ぐ。緊張を誤魔化すセリフにはいつまで待っても返事がなく、何やってんだロとエドワードを振り返れば、リンのベッドに座り膝の上で何やら雑誌を広げていた。

「あああああああああああああああああああああア!!!!!!!!!!」

 烏龍茶をシンクに戻し、全速力でエドワードの手からそれを奪う。


「あ、見られちゃ困るもんだった?悪ぃ、座ったら堅かったから何かなーって」

「み……ッ、見タ……!?」
「いや、広げたばっかだったからそんな詳しくは」
「そッ、そうッ!?」
「金髪が好きなのか?」

「……はイ?」
「開き癖ついてたから」


 真顔でなんてことを訊いてくるんだろう。一度見た切り大した興味も持てず、寝っ転がって見ていたからクローゼットまで足を伸ばすのも億劫で、何の気なしにそこに突っ込んだまま忘れていた。ていうか何でベッドマットの下なんてベタな場所に置いてしまったんだろう。そしてよりによってなぜその上に座らせたかな自分!!!!


「好きっテ……」
「だってそれ使ってそういうことするんだろ?」
「わァーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!
 使ってなイ!これ別に使ってないかラ!!!!!!!!!!」

「別に隠さなくても、生理現象だろ?排泄しない動物はいないし性欲が無ければ種が滅びる」

 ……なんかそういうことじゃなイ…そういうことじゃないけど「リン君ったら不潔っ☆」って嫌われるよりマシなのカ……


 諦めの境地になってしまい、リンはせめてもの言い訳を始めた。

「あの、ネ、コンビニでパラっと見たときにそのページ見て思わず買っちゃったって言うカ……」
「金髪?」

 そう、他でもないきみと同じの。

「あ!でもこれ使ってなイ!本当に使ってないかラ!!」

 あレ?これ必要な言い訳カ?どんどん混乱してくるリンへ可愛い小悪魔は追い討ちをかけてくる。

「じゃあどうやってすんの?そういうのって必要ないのか?」
「ちョ………………ッ!!!!」

 ん?って顔で小首を傾げる仕草は純真なのに何てこと訊いてくるノ!?
 しかも、床に立て膝で座ってるリンからは、低いタイプとはいえベッドに座ってる恋人の生膝が目の前にある。その奥には見えそうで見えない太ももがスカートの影の中へと続いている。何の裁きですかこれハ。



「だ、だっテ……」
「ん?」

「エド以外の子、考えないヨ……」



 ……アレ、俺、今なんつっタ?



 意訳:『きみをオカズにしています』




「わぁあああアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!
 い、今のナシ……ッ!!!!!!!!!!!!」



「お…………」
「エ」


「オレ……?」


 真っ青なリンが見つめる先には、足元に視線を落としたエドワードの姿。リンはすでに青い顔をさらに青くした。エドワードが次に何を言うのか、全神経を集中させてしまう。それがさらに自分の発言を考える余裕を無くすとも気付かずに。


「た、楽しいの?か」
「たッ、楽しイ!?ていうカ…!」
「うん」


「……虚しイ」



 口にしてから誤解を招きそうだと思い、ここまで曝け出してしまったのでもうどうとでもなれと言い訳を追加する。

「あ、エドだから虚しイ、ってんじゃなくテ、えと…エドと付き合ってんのに想像デ、ってのガ…………」


「…ふうん」


 そっと沈黙がやってきた。リンはもう居た堪れない。何か違うだろコレ。こんな会話どうせならピロートークでさせてくレ。

「こんなこと訊いテ…どうするノ」

 やっぱり、汚らわしい俺ではきみに相応しくないですか?神の結審を報せる天使のお告げを待つ。



「……お前が、オレに、興味があるように」
「うン」

 リンの全身に思わず緊張が走る。主導権を握るつもりだったなんてとんだ思い上がりだ。




「お、オレだって……あるんだぞ…」
 それまで恐ろしくてよく見られなかったエドワードを見上げる。俯いたまま揺れるカーテンへ顔を向けているが、下にいるリンからはその表情が窺えた。
 困ったような眉で頬を染めている。しかしその顔に嫌悪の色は無いようだ。

「エド…」

 静かに近付くリンの動作を、エドワードが逸らした顔のまま目線だけで観察するのを確認する。それでも逃げる気配はない。

 エドワードの目の前にひざまずいたまま向かい合う。神に赦しを請うような姿勢でそっと前髪を払うように頬に手をやれば、伏せた金色のまつげがゆっくりと上がりその中の金色の光の中に己の黒が映っているのが見てとれた。

「エド」

 名前を呼んで、距離を詰めれば、目をおおきく見開いてリンを見たまま軽く後ろに引かれてしまった。あ、駄目かナ、と思いつつも「目、つぶっテ」と言ってみれば素直に瞳を閉じた。どうやらこちらの次の行動が予測できなかっただけらしい。その仕草が妙に幼くて可愛い。

「ん……」

 厳かに、誓うように、そっと唇が触れるだけのキスをした。

 その晩、やわらかな唇の感触とスカートの際どい部分に落ちた影を思い出し1人耽ってしまった。知識と行動と心理がてんでバラバラで、リンを困らせる可愛い恋人には絶対に秘密だ。頼むから「週に何回くらいすんの?」とか「一回でどのくらいすんの?」とかはもう聞かないでネ。










 徐々に、エドワードにアプローチする男子生徒はいなくなった。エドワードがリン以外の男を全く相手にしなかったからだ。しかも彼らの願う破局の兆しどころか日に日に距離が縮まっていく2人を見れば諦めざるを得なかった。それでも思い出したように玉砕しに来る輩をリンが駆除している。




 誓います。




 きみがだれよりもあいする男になるよ






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