愛玩少女


 その日、リンが朝廷での仕事を終え帰ってくると何かが足りない。何だろうと違和感の元を探しながら屋敷に上がる頃に愛娘が足りないのだ、と気付いた。

 リンが帰るのを今か今かと待ち侘びて、車の音がすると影すら見えない内に御簾から顔を覗かせて困るとリンまで侍女に叱られた事がある。リンが車から顔を出すと同時に飛び付いて来る姿が愛おしくて堪らないのではいくら窘められても直りはしない。

 それが今日は無かった。別段帰りが遅くなったりエドワードが寝てしまっている時間だったりするわけでもない。
 部屋付きの女房に尋ねると昼頃から具合が悪く寝込んでいると言う。何故報せないのかと思わず険相な顔になった所で、脅えた女房の後ろからランファンが出て来た。

「病では御座いませんので…」




 常ならば飾り気がなく華はその主だけの愛しい者の部屋に静かに足を入れると、紅を優しくした色の花が鮮やかに生けられていた。
 部屋の主はと言えば小さな身体をさらに小さく丸め、文字通り血の気を失って眠りに就いている。その枕許から少し離れた場所に置かれ、たおやかな香りを放っている芍薬は消臭の効果があるという。血の匂いを嫌うエドワードの為にランファンが置いてやってくれたのだろう。
 ここ数日、昼は機嫌が難しく夜は頻りにリンを求めてきたのはそのせいかと思い当った。

 昏々と眠るエドワードの金糸を撫でてやると金の睫毛がうっすらと開いた。懐かない猫のような澄んだ金の瞳も今は潤んで霞み掛かっている。
「リン……」
「眠いノ?」
「いたい……」
 そう言いながらもエドワードは身体を起こしてリンの帰りを出迎えた。

「血が足りないのなら水分を取った方が良イ。飲んでご覧」
「ん……あまい」
 厨(くりや)で白湯をもらい、水飴を溶かして柚子を絞った。口に合うだろうかと心配したがこくこくと飲み干した。喉が渇いていたのかも知れないなと思いながら空になった湯呑みをそっと受け取る。

「おりこうさんだネ。ご褒美に抱っこしてあげようカ」

「子供じゃねぇし…」

 ふてくされた顔をしながらリンの膝に登ってくる。着物を掛け直しながら腕でくるんでやればしばらくもぞもぞと動き、居心地の良い場所を見付けてからリンの胸で動かなくなった。

 そんな姿を苦笑しながら愛おしく見つめる。愛玩動物か幼子のような仕草だが、確かに、リンももうこの愛娘を子供だとは思ってはいない。
 エドワードは「子供扱いするな」とすぐ言うが、子供の立場に甘んじているのはむしろエドワードの方だとリンは思う。

 綺麗になった。元から美しい子供ではあったが、そうではなく綺麗になった、と最近特に思う。
 小さな背中に廻した手で上下にさすってやる。エドワードは安心したようにうっとりとしているが、肩から腰にかけてのなめらかさはリンを誘惑して止まない。

 やがて腕の中で小さな寝息が聞こえてきた。


 男の醜い欲と共に、少女を腕の中にそっと隠した。




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