告白1


 その日はリンのアパートの最寄駅から少し歩いた大型ショッピングモール内にある、アイスクリーム屋の新作を食べに行こうという約束だった。冬にこたつでアイス食べるのってぜいたくだよな、うん好き好キという会話からそんな話になった気がする。
 ただ、理由も目的も二の次で、2人で会えれば何でも良かった。

 『迎えに行くから家で待ってて』とメールしたのにエドワードからの返事は『もう家出たからリンの駅で待ち合せよう』だった。いやだからネ、ってもう言ってもしょうがないからリンは部屋を飛び出しエドワードのいる駅へと携帯を握りしめひた走る。







「すみません、タバコの火貸してもらえませんか」
「持ってないんで」
 誰か待ってるの?ってお前、今タバコがどうとか言わなかったか?だいたい未成年だよ見りゃわかんだろ。
 改札を出て左、携帯ショップとパン屋の間の柱に寄りかかりリンがやって来る方向を眺めていたら突然話し掛けてきた大学生っぽい男に、エドワードは心の中で突っ込みを入れる。こういう輩はなるべく相手をしないのが基本だ。しかしうっかりひとこと目に返事をしてしまったため応用問題になってしまった。
 あー面倒くせぇなどうしようと思ってたらふとその男から知っている香りがした。

「なぁあんた香水つけてる?」
「え、あ、うん!知ってるの?」
「どこの?それ」
 2週間ほど前からずっとエドワードの頭を悩ませていた難問がふっと解ける気がした。解答〆切はもう一週間後だ。よしよし、これをウィンリィに相談するか、ちょっとインターネットで調べてみよう。あー解が解けたときって本当に清々しいよな!だからオレ数学って好きなんだよなーなんて考えながら、エドワードはもうすでに男の話なんか聞いちゃいない。

「エド!!」
「わ!リン!」
 エドワードは次の週末のことやその準備で頭がいっぱいになっていた。目の前の見知らぬ男どころか今自分が誰を待っているのか、その待ち人が現れるまで気付かないほどに。待ち人だった男は肩でぜいぜいと息をしているが、エドワードの心配は別にあった。

 うわ、今の話聞かれてたかな、大丈夫だよな?今走ってきたみたいだもんな。

「な……何話してるノ…」
「え」







「エド、今、そいつト、何話してた、ノ?」
「えっ、な、なんで!?」
 息が切れてうまく話せない。
 ゆるやかなカーブを描く駅まで続く大通りは見通しが良い。リンが遠くからエドワードを見つけると見知らぬ男に話し掛けられているところだった。あーもうやっぱりそういうことになってル!慌てて走るスピードを上げるとそれまで無視を決め込んでいた様子のエドワードが、男に何か話し掛けた。
 ……おイ。

「エ、ド?」
「な!なんでもねぇよ!」

 エドワードは自らの意思で男に話し掛けていた。男の話にしきりに頷いた後で、軽く笑顔まで見せたのだ。おいコラちょっと待てヨ。ペース配分して走って来たっていうのにそこからはもう全力疾走だ。

「……何、焦ってるノ?」
「別に?」
 走って来たリンが膝に手を付いた体勢で下から睨み上げれば、ナンパ男は一瞬で姿を消した。息がだいぶ落ち着いてきたけれど、リンの心はまったく落ち着かない。そわそわした様子のエドワードも気に入らない。

「…好みだったノ?」
「は?」
「あぁいう男ガ、好みなノ?」
「はぁあああ!?」
 ばっかじゃねーの?という言葉にも、いつもだったら軽く流せるのに今日に限ってはカチンとくる。

「オレだってあんなの困ってたんだけど!」
「じゃあ携帯に電話くれればいいだロ。携帯持って走ってたヨ」
「そんなの知らねぇよ!」
 それはそうだろう、エドワードはエスパーじゃないし。
「困ってた割には楽しそうに話してたじゃないカ」
「えっマジで?オレそんな顔してた!?」

 自覚もなしにきみが喜ぶような会話って何?


 最近エドワードは悩み事があるようだった。
 しかしリンが聞こうとするとそんなことはないと言い張るので、そっとしておこうと思っていたのだ。何か話せることがあれば言ってくれるだろうし、言いたくない事なら無理に聞き出すことはない。そんな風にするのがエドワードのためだと思っていた。分別のある男の振りで我慢をした。
 それなのに、あんな見知らぬ男に何で笑顔ふりまくわケ?




「あのさァ、」
「……おう」
 汗で額に貼りつく前髪をかき上げ大きなため息をひとつ。それでリンの様子が変だとようやく気付いたエドワードがたたずまいを直した。

「待っててっテ、メールしたでしョ。それでのこのこ来といて何あんな男に絡まれてんノ」
 あぁ違う絡まれたのはエドワードのせいじゃなイ、それはわかってる。
「…なに怒ってんの」
 うん、何怒ってるんだろウ。

「何話してたか教えテ」
「……言わない」
 なんデ?

「エド……」
「なに怒ってんのか意味わかんねーし。
 ここの駅の用事なんだからオレが自分でここに来るのに文句言われる筋合いもねーし?
 知らねぇ男に話し掛けられたのもオレのせいじゃねーし!
 他人との会話を全部お前に報告しなきゃいけねぇ理由もねーよ!」

 仰る通りでス。ごめんなさいって、いつもだったら俺が折れて謝れば済む話なのに。
 なんで俺今こんなかわいい恋人を上から睨んでるんだろウ。身長差も相まって傍から見たら通報されるレベルで危ない絵面なことだろう。


「……帰る」
「待てヨ」
「っせーな付いてくんなボケ!」
 追い掛けて、捕まえて、ぎゅってして謝って、謝って謝って。今なら間に合う。

 そう思うのに足が動かなくてエドワードは改札の中に消えていった。



(続)




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