文.創作 | ナノ







ーーーですから、ここは……聞いているのですか!?」
バン、と机を叩かれた音に意識を戻す。勢いで数枚の書類が絨毯へと落ちた。それをゆったりと目で追い、今しがた声を荒げた張本人の顔に視線を向ければ鬼のような形相だ(いや、鬼よりも厄介かもしれない)
これはしまったなぁ。
「…ん?あ、ああ、そうだな」
「適当な返事をしないでください!重要な事案だと言っているでしょう!?」
そうは言っても、目の前に広がる書類の海はちっとも頭に入ってこない。決してやる気やらそういうものがない訳ではない。これでも普段は勤勉な筈だ。たぶん。
顔色で伝わったのか深い溜息をつく。流石私の部下だ。
「ああもう、では閣下がもう少し真面目な時にこの話はします」
「ありがとう、だが私は何時も真面目だぞ」
「そういうのはいいです」
手早く散らばった書類を整理し一つに纏める。口は煩いが仕事が出来て頭もいい、おまけに容姿端麗。同僚に羨ましがられるどころか、それを通り越してる奴もいる。実力世界なのは一向に構わないがいつ寝首をかかれるものかたまったもんじゃない。
自身の利用価値はちゃんと理解し有効活用する辺り、私の部下らしいのかどうなのか。すました顔からの返答はない。
気まぐれに絨毯に落ちた書類を拾い上げる細く白い手に自らのそれを重ねる。腰を抱き寄せ、掴んだ部下の生白い指先に唇を落とした。
一度拾い上げられた書類はまた地面へと落ち、無残にも靴底の下敷きになりくしゃりと音を立てた。
「爪まで手入れして、まるで女だなお前は」
「褒めても何も出ませんよ」
「そうだなぁ、こんな可愛げの無い女じゃ嫌だしなぁ」
顔色一つ変えない男の顎を掬い、唇を近付ける。長い睫毛が震え瞼がゆっくりと瞳を覆い隠す。
「なんです、欲求不満ですか」
「まぁ暫くご無沙汰ではあるな」
「別に僕はいいですけど、また怒られますよ」
「それは面倒臭いなぁ」
まぁまた上手く逃げればいいだろう。そんな呑気なことを考えながら薄い唇へと口付け、部下を執務卓へと横たえる。散らばった髪が昼の日光を浴びてきらきらと光った。
「いい?しても、セックス」
「拒む理由がありません」
「かーわいくない、もっと誘ってくれてもいいじゃないか」
「猫被りは嫌いじゃないですか貴方」
「うん」
腰を撫で、律儀にしっかりと首まで嵌めた金の釦を一つ一つ外していく。現れた白いシャツの釦も外し鎖骨から胸元を曝け出し、目に悪いくらいの白い肌に指を這わせた。
「だから素で誘ってよ、絶対クる」
「セックスは好きですけど下品なのは嫌いなので」
「ふぅん?ああそうだよね、ちょっと痛くされたり酷いこと言われたりするほうが好きだもんね君」
「閣下、口を謹んだほう、がッあ」
きゅう、と乳首を指先で潰せば引きつった声を上げた。気にせず乳頭を爪で引っ掻き転がすと、ひくひくと喉を震わせ控えめに喘ぐ。その姿と普段のギャップに口元が緩むのを感じた。
「ん、かわいいかわいい」
「やめ、あ、っひ、いッ」
両の飾りをきつく潰せば、気持ちいいのか背を仰け反らせ身体を震わす。
「やっぱり君マゾっ気あるよね」
「な、ないっう、う、あっ…っ」
「今度乳首にピアスでもしてみる?」
「ッいや、いやですっ」
相当嫌なのか首をこれでもかと振り拒否する。なんだ、少ししてみたかったのに。
残念そうなのが感じ取れたようで、釘を刺すかの如く鋭く睨みつけられた。
「身体を傷付けられるのは、嫌だって、再三言いましたよね」
「どうせ治るじゃない」
「そういう問題じゃないんです!」
「ちぇー」
残念そうに口を尖らせれば更に顔を顰める。さっきまでの色気なんかあったもんじゃない、なんだ勿体無い。
「しませんよ、セックス」
「あっうそうそごめんって」
「………」
深い溜息が一つ。
とりあえず、といった取り繕いでは彼の機嫌は戻らなかったようだ。
どうしてその気にさせようか思案している男を気にせず、執務卓に横たわった男が思い出したように口を開けた。
「…ああ、そういえば、また忌々しい鳥が攻めてくるそうですよ」
「君ほんと天使嫌いだね」
本来は嫌いなことが当然だ。一部の変わった者を除けば、の話であるが。その変わり者がのし掛かるこの男であるのだが。
「当たり前じゃないですか、…ああ、あと閣下のお気に入りのアレ、リストに入っていましたよ」
「………」
途端に真顔になり黙り込む上司に、してやったり、男が内心ほくそ笑んだ。
アレとは最近殺しもせず生かし続けている天使のことである。何を考えているのか、密会をここ最近ずっと続けているようで部下にしては頭が痛い問題であった。
「…なんで早く言わないんだ」
「僕には関係ありませんし、そもそも閣下にお伝えする程の重要性はありません」
「あのねぇ…」
素っ気なく言い返せば、ぐしゃりと整えられていた髪を乱し乱暴に頭を掻いた。身体を起こし、その身分を証明する上衣を脱ぎ捨て部下へと投げる。幾つかの勲章が音を立てカラカラと響いた。
「少し出る」
「いってらっしゃいませ、天使遊びも程々にしてくださいね」
「分かってる」
些か乱暴に閉められた執務室の扉に軽く溜息をつき、皺にならないよう上衣をクローゼットへとしまった。
内側に備え付けられた鏡に自身の姿が映り、思い出したように乱れた衣服を気怠そうに正す。
「…はぁ」
なんとも言えぬ酷い顔に二度目の溜息を吐き出した。






「遅い」
「すみません」
大分待ったのだろう。悪魔が現れた時には、帰るところだったのか、立ち上がり背を向けていた。
気配を感じて振り返ったその表情は、これはまた苛ついた酷い顔をしていた。
「帰る」
「ええっ、折角来ましたのに」
「貴様が遅いからだ」
今度は早く来い、と再度背を向けるほんの一瞬。弱々しく閉じられる瞼に隠れるように、哀しみを含んだ瞳を見た。
思考する間もなかった。
気が付けばその腕を取り引き寄せていた。


3.