文.創作 | ナノ







コツ、と硬い靴底が音を響かせる。
「お待ちしておりました」
天使の姿が視界に入ると、悪魔は表情を綻ばせて声を掛けた。もっとも天使に異形の表情が読み取れるかどうかはわからないが。

「…」
珍しく悪魔が先に来ていた。なんとなく悔しい気持ちになりながら、何時ものように彼の隣へと腰を下ろす。離れて座るという選択肢は既に彼の中から消えていた。最初は近付こうともしなかった、当たり前だ、我々は敵対関係にある(いつどこで誰が決めたことか、永遠に近い時間を持つ2人でさえ事実はわからない、寧ろこの関係が常であるから疑いさえしないのだ)
羽を畳んだ拍子にふわりと舞う白い羽根。ゆっくりと宙を舞う姿を目で追っていると、天使が口を開いた。
「お前が先に来ているなんて珍しい」
何処か不服そうな声だった。
「仕事が早く終わったもので、貴方に早く逢いたかったのです」
至極優しく、囁くように悪魔が語る。さてどんな表情をしているのかと顔を見やれば、思った通り、これは酷い呆れ顔だ。
「戯言を」
これ以上ない程に顔をしかめる天使に思わず悪魔が吹き出せば、また一層と不機嫌そうに鼻を鳴らして顔を逸らしてしまう。
「ああ、すみませんって、そんな顔しないで」

本気か嘘か解らない、他愛ないやり取り。
日常から切り離され、種族も対立も考えることを必要としない。疑いもしなかった真実とは違うこの時間が、ここまで足を運び共に過ごす理由の一つであったのかもしれない。
少なくとも指折り数えることが出来ない程度には、この場に訪れていた。

「案外本気かもしれませんよ」
小首を傾げ悪魔が言う。天使はどうにも悪魔の言うことをそのまま鵜呑みにするのは癪で、突っ返すような物言いをしてしまった。
「悪魔の言うことなど信じられるか」
「連れないお方だ」
相変わらずの反応に苦笑を漏らす。腐っても天使、ということだろう。だがしかしそれでもここに居る、それだけで悪魔は十分だった。
この時間は偽りの物ではないのだ。
「少なくとも、私は貴方と共に此処で過ごす時間を好いていますよ」
「…そうか」
否定をしないということはそういうことなのだ。この天使はわかりにくいようでわかりやすい。

「なぁ、そういえば、お前の名前」
ふと、思い出したように天使が口を開く。
「ああ、言っていませんでしたっけ?」
「聞いていない」
何を考えているのか。顔色を伺うもその表情には感情が見て取れない。
「今更必要ないじゃありませんか」
「いいだろう別に、真名を教えろと言っているわけではない」
まぁ、強要はしない、と付け加える天使の瞳は何を映しているのか、何処か遠くをぼんやりと見つめていた。
それが今にも今にも泡のように消えて無くなってしまいそうな、そんな儚い色を孕んでいるように見えて。

「私の名前はーーー


2.