人の子が寝静まる深夜。 簡素な室内の寝台に上半身を起こした男が一人、熱心に書物を読みふけっていた。虫の鳴き声と時折紙面を捲る音が静かに響く。 夜深けまで起きていることを咎めようとし彼の元を訪れた天使だが、熱心な姿に戸惑ってしまう。その姿がとても神聖なものに思えるのだ。天使の彼から見ても。普段の飄々とした面影がなりを潜め、近寄り難く壊してはいけないと思う程であった。そしてこの天使が好きな一面でもあった。が、現在の時刻を思い出し、渋る気持ちを抑え男に声をかける。 「眠れないの?司祭さま」 びくりと僅かに身体を揺らし、此方に視線を向けた。 「びっくりした、天使さまじゃないですか。全く、気配を消すだなんて人が悪い」 余程集中していたのだろう、姿を確認して安堵するその様子に苦笑してしまう。 「ごめんごめん、あんまりにも熱心に読んでたから」 「こっちは本気でびっくりしたんですからね…もう。で、今日もお叱りにいらしたのですか?」 栞を挟んだ書物をぱたりと閉じる。 「ああうん、そうだったんだけど。なんか君の姿見たら言う気失せちゃったよ」 もう少し見ていたかったなどと、柄でもないなと内心また苦笑した。 「なんですか?見惚れてたんです?」 「あーはいはいもう若くないんだから早く寝てよね、ほら横になる」 茶化される前に、と男の肩を押し寝台に押し付ける。見下げる形はなんだか新鮮だなと、ぼんやりと思いながら抵抗しない相手を見据えた。 「子守唄がいい?それとも、おやすみのキスがいい?」 「……また随分と偏った二択ですね」 眠くないんですよと言う男の額に、触れる程度の口付けを贈る。 軽い催眠術をかけて。 「ちょっと、天使、さま」 すぐに重くなった瞼に逆らいながら文句を言いたげにこちらを見やるが、意識が落ちると共に瞳が隠れてしまった。 「…おやすみ、クリストバル」 静かに寝息を立てる男の唇へ己のそれを重ね、満足そうに天使は静かに消えていった。
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