「天使さま」 目の前の男が切なげに囁く。その手には自分自身の手が握られて、もう片方の空いた手で腰を引き寄せられ、逃げ場を失われていた。 戦闘は一切しないこの男のどこにこんな力が隠されていたのか。距離を置こうと腕で押し返してもびくともしなかった。 この大嘘吐きめが。内心で悪態をついた。 「逃げないでくださいよ」 腰に回した腕の力がより一層強くなる。 いけない、そう思っているのに目の前でゆっくりと掌へ口付けるその男から目を離すことが出来なかった。しっとりとした唇の感触と生温かい舌が這う感覚にぞわりと背が震える。ご丁寧に手袋まで外されていた。何故こんなことになったのだ。 頭を抱えたい気持ちになったがそうはさせてくれない。返答を急かすように背を撫でるのだ、本来羽があるべき場所を。 「天使さま、わたしを好きになってはくださいませんか」 その声は行動に伴わず弱々しい。 ああ、絆されている。 わかっていても逃げられないのは彼を好いているからか。それとも憐れんでいるのか。正常な判断などとっくに出来なくなっていた。 止まることのない掌の熱を感じながら、もうどうにでもなれと半ば自暴自棄に目蓋で視界を遮った。
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