文.創作 | ナノ




(神父さんと天使さま)


「ッゲホ」
小さな洗面台につい先程腹へと収めたものを吐き出す。赤黒い肉片は当然排水溝を塞いでしまう。ああ、またあれに怒られる。苦しい中でぼんやりと思考を廻らせた。どうでもいい、いつもそうは思うがこんな時でも頭に浮かんだのがあれのことで、嘔吐とは違う不快感が胸を突いた。全く、憎たらしい神父だ。再び食道をせり上がってくる感覚に先程と同じように洗面台に突っ伏した。

胃液しか出なくなる頃には、大きくない部屋に血と肉の異臭が充満していた。汚らわしいものの肉だ、匂いも相当キツい。
荒い息と焼けるように痛む胸とを意識外に追いやりながら、ずるずると壁にもたれ掛かった。背にあった長い髪もそれに従い床に散らばる。
他人の血で赤黒く染まった髪を一房つまみ上げる。
「…きたない」
酷い声だったのも気にしないふりをした。
それよりも、今は疲れた、眠りたい。
思考に従うように、瞼がゆっくりと下がっていった。
完全に瞳が隠れようとしたその時、ガチャリと古びた扉が開く。カソックに身を包んだ姿はどう見てのあの神父である。
「ヘリオ、貴方また」
一瞬驚いた顔をしたものの、呆れたように溜息を吐き出し異臭のする部屋へと踏み込んだ。
ああ、また説教か。人間のくせに生意気なことだ。
「一応聞いておきますが、怪我はないんですよね?」
「…」
声を出すのも面倒で力無く頷き応えた。
「…とにかく、こんなに汚くては何処にも置けませんから洗いますよ」
面倒だということが伝わったらしく、また一つ溜息をついて血だらけの身体を抱き上げた。大人しく運ばれるのも癪なので、頬に付いた血を擦り付けるように頭を肩にくっ付けてやった。
「…」
嫌な顔をされたので鼻で笑ってやった。してやったり。


人喰い
(ああ主よ、この憐れな天使にどうかご慈悲を…)
(そうか喰われたいか)