文.創作 | ナノ




(モーセ→サマエル)


「綺麗ですねぇ…」
頭上で重ねられた掌は杭で貫通され、しっかりと壁に打ち付けられている。血で濡れた肉に指を這わせれば、僅かに詰まらせる息と震える指に込み上げる笑いが抑えられない。
屈辱に塗れたその表情が堪らない。ああ、背徳的だ。もっと穢して、堕としてしまいたい。尤も、これは既に堕天してしまっているのだが。
「ああ、すみません、痛かったですか?」
わざとらしく笑みを向ければ、予想通り蛇を思わせる睨みが返される。せめてもの抵抗だ、煩い口は術を掛けて封じてしまったのだから。
「しかし痛がる貴方の声を聞けないのは残念ですね…」
指に付いた血をなすり付ける様に頬に触れる。銀の髪と白い肌には艶かしく、実に煽情的だ。
ああ、どこまで私を魅了すればいいのだろう。

最初はほんの少しの興味だった。
神の使いだったこれに初めて会ったときはなんて美しいものなのだと思った。同時にこれが手に入ったらとも思った。
それから堕天させるのに手間はかからなかった。あれが神の手中から離れた、それだけで笑いが止まらなかった。
後は簡単だ。わたしという存在を覚えさせればいい。忘れないように、記憶と身体に刻み込むのだ。

引き締められた唇を血の付いていない手でなぞる。
「術は解きました。これで声が出ますよ」
「っ…、こっちも、外せよ…」
「それはできませんね」
だって逃げてしまうでしょう?耳元で秘事を囁くように言葉を紡いでやると同時に、再度杭に術を掛け直した。打ち付けてあるといってもなりふり構わず引き抜かれてしまったら、それこそ本末転倒だ。
「本当に、貴様は性根が腐っている」
「貴方を手に入れたいだけですよ」
いつも私が持ち歩く短めの杖を手に取り、彼の目の前に持っていく。先端が細く尖ったそれをゆったりと撫でながら不可解な表情の彼に柔く微笑みかければ、僅かに恐怖の色を滲ませた瞳を瞠った。
「何を、」
「簡単なことだ、貴方が私を忘れられないように刻み付けるだけです」
切先が紫の燐光を捉える。先程よりも恐怖が一際色濃くなった。
この記憶とこの傷に一生縛られるのだ。忘却は赦さない、彼を縛り付ける鎖となる。
ああ、堪らない。
堕とす為の時間など惜しくはない。待ち望んだものが手に入る、その過程というだけて酷く興奮を覚える。
「血に濡れた貴方は、とてもお綺麗ですよ」


静かな教会に、噛み殺しきれない悲鳴が反響した。


至愛
(貴方をこの上なく手に入れたい)


モーセさんどうなってしまうのあなた